46:京浜東北線でまとめてみました
時間を早朝に戻して、一方その頃。
『和泉さん、大変ですよ!!』
慌てた声でかかってきた守警部からの電話で和泉は叩き起こされた。昨夜は遅かったので、今日は少しゆっくり起きようと目ざまし時計をいつもより30分遅くにセットしたのに。
時計を確認するとまだ午前7時過ぎではないか。
「……何があったんです?」
『今朝、五日市埠頭で乗用車の転落事故があったんです』
「転落事故?」
『乗っていた女性3名と、子供が1名、死亡しています』
まだ頭がハッキリしていない和泉は、それがどうしたのかとボンヤリ聞いていた。
『実は管轄である佐伯南署の鑑識係に私の友人がいましてね……御堂久美さんのところに届いた黒い葉書を鑑定してもらっていたんですが……』
何となく葉書のビジュアルは覚えている。
真っ黒な台紙に白い文字、そして猫のイラスト。
黒枠で囲われた訃報を知らせる葉書よりもよほど、背筋がぞっとするような装丁だった。
そして和泉は守警部の次の台詞に覚醒する。
『転落した車の中から、その黒い葉書と良く似たものが発見された、と教えてくれたんですよ』
「……あの、ブラックキティとか書かれていた……?」
そうです、と彼はやや早口で続ける。
『とにかく、現場に来てください!! 私も急いで向かいます!!』
承知しました、と答えて和泉は急いで出かける準備をした。
佐伯区五日市埠頭は外国からやってきた豪華客船が停泊する港でもあり、湾岸地域ならではの広い敷地では時々、地元のお好み焼き店が集う屋外イベントなども行われる。
深夜になっても比較的人出が多く、酔っ払いが事故を起こすこともめずらしくはないが。
「和泉さん、こちらです!!」
守警部の姿を見つけた和泉は、急いで近くへ走って行った。
「今、どんな状況です……?」
「鑑識作業はほぼ終わっているそうです。それで、例の葉書ですが……」
見せてもらった写真に映っていたのは間違いなく、御堂久美の元に届いていた脅迫状と思われる葉書と同一の物である。
しかし、車ごと海に転落したというのに、よくこんなにハッキリと形が残っているものだ。
その疑問に対し、
「鑑識さんの話では……表面に防水加工がしてあったそうですよ」
「……ということは……事故ではなく、何者かが車ごと海に突き落とした? あるいは落ちるように細工をしていた?」
2人が顔を見合わせた時、
「いや、事故ですよ」
と、面倒くさそうに言う声があった。初めて見る顔だ。
「こちらは佐伯南署交通課の……伊藤警部です」
太鼓腹の中年男性が、残り少ない髪の毛をかき回しながらこちらを見つめる……というよりも、睨みつけられているような気がする。
「ここは夜になると、夜景が綺麗だってよく若い者らが集まるんです。挙げ句にドンちゃん騒ぎで……大方、飲んで騒いで調子に乗った挙げ句、車に乗ってハンドル操作を誤ったというところじゃないですか?」
「ブレーキ痕は?」
「ありませんでした。だから、飲酒運転だって言うんです。そこらじゅうに空の酒瓶が転がっていましたからね。車の中からも発見されています」
「では、こちらの葉書については?」
和泉は守警部のスマホを掲げて見せる。
しかし伊藤警部は写真に映っている黒い葉書に一瞥くれただけで、
「特に当件に関わりがあるとは思えませんね」
と、にべもない。
朝早くから面倒事を起こさないでくれ。
所轄の担当者はそんな感じで、こちらの質問にまともに答えてくれる様子が見えない。
「……とりあえず、亡くなった人物達の詳細を教えていただけますか?」
「そんなもん、調べてどうするんです? これは事故ですよ事故。あんた達、1課の刑事でしょう?」
伊藤警部は嫌そうな顔をして、犬猫でも追い払うかのような仕草を見せる。
「詳しいことは報道でどうぞ」
2人は顔を見合わせた。
「申し訳ありません……車内から黒い葉書が見つかったと聞いて、思わず和泉さんをお呼び出し申し上げてしまいました」
守警部は頭を垂れる。
「いえ、お気になさらず。むしろありがたいですよ」
それは本音だった。
葉書が発見されなければ、和泉だって何の興味も抱かなかった。
それから一通りの作業を終えたらしい、鑑識員達が引き揚げて行くのを見つめつつ、和泉は守警部にひっそりと問いかける。
「……その葉書ですが、御堂久美さんのところに届いたものと同じものでしょうか?」
「友人が言うには、詳しく鑑定するまでは断定できないが、おそらく同一だろうと」
だからこそ守警部の友人は彼に連絡を寄越したのだろう。
「その、亡くなった女性達と御堂久美さんには何か、関わりがあったんでしょうか?」
「その可能性は……どうなのでしょうね。確か同僚女性達の話では、彼女には友人がいなかったと」
そうだった。
「でも、今はネット上で見ず知らずの人とつながれる時代ですからね。思わぬところでつながりが出てくるのかもしれません」
「そうですね……あ、少しお待ちを」
守警部はスマホを操作し、
「詳細がわかりましたよ。持つべきものは友ですねぇ」
恐らくその鑑識の友人からだろう。彼はニッコリと笑う。
「……なんだか我々、某警視庁の特命係コンビみたいですね」
「本当ですね」
そうして守警部の友人がもたらしてくれた情報によれば。
便宜上【被害者】と称することにする。
被害者の氏名はそれぞれ、十条、赤羽、川口……と、どこかで聞いたような気もするがそれはいい。
このうち、亡くなった子供は川口と言う女性の息子だった。
川口はシングルマザー、他2人は独身である。
職業は不明。何やら自称【ブロガー】を名乗っていたらしいが、定職に就いている様子はない。住まいは南区の住宅街。
それも比較的高級な場所だ。
「今は、稼ごうと思えば会社に行って働かなくても、ネットで何とかなる時代ですもんね……」
守警部がしみじみと言い、和泉は自問自答する。
「ネット上のトラブルでしょうか?」
「調べてみますか」
彼女達はとある大手SNSサイトを利用していたようで、実名で検索したらすぐに引っかかった。
【るな&ぺこ&ここあ、そしてみんとのほっこり絵日記】
発見したのはこのようなタイトルのブログ。恐ろしいことに「るな」だの「ここあ」だのは全て彼女達の本名である。いわゆるDQNネームだ。親は何を考えてこんな命名したのか。
それでもそのフォロワー数は1万人を越えている。
寄せられたコメントも、びっくりするほどの件数である。
よほど暇なのか、あるいは金持ちなのかしらないが、ほぼ毎日のように遊び歩いている日記が写真と共に綴られている。
今日はどこそこへ行きました、初の○○を体験してきました。
和泉に言わせればすべて『それがどうした?』なのだが、コメント欄を見ていると、わりと好意的な意見が多い。
今の時代、ネット上で目立った人間が偉いという価値観と言うか、和泉のような昭和生まれの人間には理解しづらい風潮がある。
ちなみに彼女達が投稿している写真は全て自分達を映したものだ。
なんと言うか、ナルシストだな……と和泉は感じた。
それから和泉は何かしら事件に結びつきそうなヒントはないだろうかと探ってみたが、めくってもめくっても出てくるのはどうでもいい、被害者たちの私生活の様子ばかり。
いい加減ウンザリしてきた頃に、守警部が話しかけてきた。
「とにかく……あの黒い葉書が残されていたということからして、御堂久美氏の事件と何かつながりが……」
「あるのかもしれませんし、ないのかもしれません」
和泉は眉間を指で揉みながら答えた。
守警部は微妙な表情をする。
和泉のこういう物言いに慣れている父や仲間なら、また始まったぐらいに思うのだろうが、彼は困惑を隠せないようだった。
「とにかく、葉書の出所を突き止めましょう。そしてガイシャ達の周辺を調べる必要があると思います」
「ガイシャって……」
「これはまだ、ただの勘に過ぎませんが。御堂さんの事件と直接か間接かはわかりませんが、どこかでつながっていると考えて間違いないと思います」