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42:出身は奈良ですけど

 今朝早い時間帯だった。

 2、3日は逗留させてもらうつもりで、聡介は昨夜、長女の自宅に泊まった。


 たぶん5時ぐらいだろう。ぱしぱしと顔を叩かれる衝撃があり、まさか義理の息子の仕業だったら張り倒す……と思いながら目を開けると、さばだった。

「にゃあ」

 そう言えば猫って朝早いんだっけな。

 餌の催促か、それとも遊んで欲しいのか。


 聡介が眠い目をこすりながら起き上がると、枕元に置いていた携帯電話の着信音が鳴った。

 娘達を起こしてはいけないと、慌てて着信ボタンを押す。


 すると、

『祇園橋に行ってみて』

 変声機を使ったであろう、奇妙な声が聞こえてくる。

「……誰だ?」

 一瞬で眼が覚めた。


『面白いものが見られるよ』

 そこで電話は切れた。


 胸騒ぎがする。聡介は急いで起き上がり、着替えて外に出た。


 そろそろ秋の気配が訪れた今、外はまだ薄暗い。気温はやや肌寒い。


 祇園橋と言うのは、尾道駅の南側を走る国道2号線を海沿いに三原方面へ一キロほど進んだところにある。物流会社の倉庫が立ち並ぶ埠頭のすぐ近くで、早朝には釣り人の姿も見られる。


 長女の自宅から歩いて5分ほど。

 聡介はあたりを警戒しながら、祇園橋を目指した。


 すると。埠頭近くで釣り人と思われる男性が2人、ひそひそ話し合っている。

「警察に……」

「いや、119番が先じゃないんか……」

 聡介は思わず彼らに声をかけた。

「何かありましたか?」


「いや、あれ……見てくださいよ……」

 男性の1人が海面を指差す。

 満潮の今、川に向かってボラの群れが泳いでいるのが見えた。それと同時に、

「あれ……まさか、人間じゃないかって……話してたんですよ」


 確かに、人形のようなものが海面に浮かんでいる。大きさから言って子供のようだ。うつ伏せ状態のため、顔は見えない。


 聡介は急いで付近を見回す。すると。

 コンクリートの床の上に、子供サイズの靴がひっくり返っていた。それから再度浮かんでいる『子供らしいもの』をよく見る。片足しか靴を履いていなかった。


 聡介は携帯電話のカメラを起動させ、それからすぐに救急を要請した。併せて110番にも。


 まさか、先ほどの電話の『面白いもの』とはこれだったのだろうか?

 背筋を悪寒が走った。


 救急車はすぐにやってきてくれた。

 そうして海から引き揚げられたそれは、やはり子供の遺体だったらしい。


 既に死亡が確認され、対応は警察にうつることになる。


 ※※※


 本日の当番だった尾道東署の刑事と、機動捜査隊の隊員がやってきて、聡介と釣り人達に質問する。いずれも見たことのない顔だった。

 聡介は自分の身分を明かさず、一般人のフリをして応対した。


「ご遺体に見覚えありますか?」

 遺体の顔写真を見せられる。目を閉じているのでよくわからなかったが、どこかで見た顔のような気がした。

 聡介が首を横に振ると、

「では、山西あとむという名前に聞き覚えは?」

「え……?」


「落ちていた靴に名前が書かれていましてね」

 それはつい昨日、商店街の入り口で見かけたあの小学生集団の、先頭を立っていた子供ではないか。

 そしておそらく別れた妻の親類縁者。


「どうしました? 顔色が悪いですよ」

「いえ……」

 頭がクラクラしてきた。その時、

「おお、聡さんじゃないか!!」


 聞き覚えのあるダミ声に顔を上げると、ついこないだまで本部で一緒だった鑑識の相原警部補が手を挙げてこちらに向かってくる。先日の人事異動で彼は、尾道東署鑑識係所属となったのだった。


「なんじゃ、浮かん顔して……具合悪いんか?」

 知っている顔に出会えて、少しだけホっとした。

「相原さん、ずいぶん鑑識さんの人数が少ないようですが……?」

 鑑識道具を手に作業しているのは、彼の他に1人しか姿が見えない。

「いや、それがのぅ……困ったことにいろいろ重なってしもうて、ワシの直属の部下はすぐに動ける者が1人もおらんのよ。今、近隣に応援を要請……」

 言いながら相原は何を思いついたのか、ニヤリと笑う。

「ほうじゃ、あいつを呼び付けてやろう、あいつ。どうせ暇なんじゃけん」

 ひどい言われようの『あいつ』が誰なのか、その時にはわからなかった。


 ※※※※※※※※※


 キリの良い所まで仕事を片付けておこうと思い、気がつけば徹夜であった。

 平林郁美はふと洗面所で鏡を見た時、目の下のクマと頬のやつれ具合にげっそりしてしまった。何これ……。

 肌も調子が悪い。


 溜め息をつきながら鑑識課の部屋に戻ると、後輩の古川が遠慮なくソファーに寝そべっていた。

 彼も昨夜は帰宅しなかった。


 それにしても、少しは年上の女性に気を遣えってーの。

 鼻をつまんでやろうかしら、と企んだ時。


「郁美、おはよー」

 友人である稲葉結衣が中に入って来た。

 振り返ったこちらの顔を見た彼女はやや怯えた顔で、

「もしかして昨夜、徹夜だった?」

「……まぁね。それより、何か用?」


 すると結衣はなぜかモジモジしながら、

「来月ね、彼の誕生日なんだ……」

 寝不足の朝に聞きたくない話題だ。

 テンションがさらに下がってしまう。


「でもほら、男の人にどんなプレゼントしたらいいのかわからないでしょ。それでね、古川さんに相談に乗ってもらえないかなって思って」

 結衣は古川の方を見る。


 彼はソファーの上で仰向けになり、帽子で顔を隠していた。

 起きているのか寝ているのかわからないが、今は会話に入って来て欲しくない。


「そんなことより、あれから全然、和泉さんから連絡がないんだけど。最近、何してるの?」

 頼まれた鑑定物の調査結果をまとめているので、連絡して欲しいと頼んであるのに。一向に電話は鳴らない。

「何かよくわからない。第2班の守警部と一緒に、どこかへ出かけてるみたいだけど」

 話している途中で自分の携帯電話が鳴りだした。


 きっと和泉からだ!!

 ロクにディスプレイも見ずに応答したのが間違いだった。


『おう、郁美。ワシじゃ、ワシ。久しぶりじゃのー』

 その声はかつての直属の上司、相原警部補のものだ。


「……何か……?」

 一応、いろいろと恩義があったり、弱みを握らている相手なのでむげにはできない。

 が。今までの経験上、この人が電話をかけてきて良い話だった試しがない。


『今すぐ、古川と一緒に尾道へ来てくれ』

「……はいぃ?」

『お前は某警視庁の特命係か。ええから、すぐ来い』

「いや、意味がわかりませんけど?!」

 確か今、相原は尾道東署の鑑識係にいるはずだ。


『実はの~、部下が全員出られん状態なんよ。1人はインフルエンザ、1人は親族に不幸、1人は新婚旅行の真っ最中なんじゃ』

「……で、私に作業を手伝えと……?」

『ビンゴ!! 新幹線とタクシーで来てもええど? きっちり領収書とっとけや!!』


 何が【ビンゴ】だ、あのオヤジ!!

 郁美は電話を机に叩きつけたい衝動を抑え、

「他にいないんですか、他に!!」

『おったら、お前に頼んだりせんじゃろ』

「ごもっとも……って、ちょっとー!!」


『尾道は和泉の故郷じゃぞ? それに尾道東署はかつて、奴が長い間おった……』

「すぐに行きます。場所を教えてください」


 そこで言われた通り、郁美は古川を叩き起こした。


「……今から尾道に行くわよ?!」

「え~……寺巡りっすか? 俺、そういう趣味は……第一、郁美センパイとなんて……」

「誰が寺巡りなんて言ったのよ!! 仕事よ、仕事!! 私だって、あんたと一緒なんてごめんだわ」

 寝起きの良くないらしい後輩は、寝癖のついた髪をボリボリとかき回し、何やらブツブツ言っている。

「相原係長がお呼びなの!! さっさと用意して」

「うーん、なら仕方ないか……」


 それでも上着に袖を通し、道具箱を手に取った時には既に古川は【職人】の顔つきになっていた。


 一瞬だけ『カッコいい』なんて思ったのは内緒だ。

 そもそも彼はイケメンである。


挿絵(By みてみん)

こんばんニャ。

子猫の【さば】だよ。


うちのご主人様はどうも、長女の旦那さんが気に入らないみたいにゃ……。


そんなことより、ねぇねぇ!!

新作読んでる?!


Ballad to Hope <希望への譚詩曲> 魔砲少女ミハル・シリーズ エピソード0.5


https://ncode.syosetu.com/n0494fk/


ミハルのパパとママが出会った頃のお話しだよ。

読んでニャ?!

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