4:この話はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係がありませ……
食事のあと、また長野はモミじーを探しに出かけた。
「ねぇねぇ、真尋さん。あれ乗りたい」
黄島の彼女である稲葉結衣はなぜか、1課の仲間内では【うさこ】と呼ばれている。なぜそう呼ばれているのか、由来は知らない。
うさこが指差したのは観覧車であった。
「……いってらっしゃい」
彼女の友人である郁美はつまらなそうにそっぽを向く。
「アタシも、こっちで待ってるわ」
すると2人は遠慮なく観覧車へと向かった。
残った北条と郁美は特に会話することもなく、なんとなくその辺にあったベンチに並んで腰かけた。
2人とも煙草は吸わない。
なんとなく手持無沙汰で、何か面白いニュースでもないだろうかと北条はスマホを取り出した。
その時。目の前をビニール製の、刀のような玩具を振り回して走って行く小さな男の子が通りかかった。
男の子はアニメかマンガで聞くような台詞を叫びながら、わーっと花壇に向かって走って行く。
そうして。
玩具の刀でダリアの花を叩きつけ始めたのである。
親はどこにいるのかしら?
北条はまわりを見回した。すると。
恐らく子供の両親であろう夫婦がのんびり歩いていた。父親はスマホを見ながら歩いているし、母親はニコニコと子供の様子を見ている。
ダリアの花弁が散り、それが面白いのか、子供はますます調子に乗る。
北条が立ち上がった時、この園の職員と思われる若い女性が走ってきた。
「僕、ダメだよ!! そんなことしたら、お花がかわいそうでしょう?!」
しかし子供はそれを無視し、次々と花達を叩きまわる。
「ダメだってば!!」
すると。子供はうぇええ~んっ!! と号泣し始めた。
「あとむちゃん!!」
子供の母親と思われる女性が駆け寄る。
え? 今の「あとむ」って名前……?
今の親って、子供にとんでもない名前をつけるものだわ。北条は声に出さず胸の内でそう呟きながら、しばらく様子を見守ることにした。
「うちの子に何をするんですかっ?!」
母親は息子を抱きしめ、職員の若い女性を怒鳴りつける。
「こんな小さい子のすることなんですよ?! いいじゃないですか、何も、悪気があってやってる訳じゃないんですからっ!!」
「だって、その子が、お花を……」
「こっちは料金を支払って中に入ってる、お客様なのよ!! 何をどうしようがこっちの勝手じゃない!! だいたい、子供のすることにいちいち目くじら立てて……」
職員の女性はその勢いにすっかり飲まれている。
父親らしき人物は一切無関心を決め込むらしい。スマホの画面から目を上げようともしない。
「あなた、名前は?! 出るところ出てやったっていいんだから!! うちのパパはね……」
仕方ない。
北条が立ち上がりかけた脇を、着ぐるみが走り抜けた。先ほどから何度も見たゆるキャラの「せらやん」である。
着ぐるみは職員の女性を庇うようにして立ち、泣き叫んでいる男の子を抱き上げた。
かと、思ったら。
いきなりぱっ、と手を放す。
舗装されてはいないから土の上だが、比較的高さがあったので、落下した子供は尻もちをついてしまう。
再び号泣。
呆気にとられていた母親は、我に帰って再び騒ぎ出す。
慰謝料がどう、治療費がどう、傷が残ったら、クリーニング代が……。
あの着ぐるみは中にどういう人物が入っているのか知らないが、なかなか面白い。
職員の女性はただひたすら、オロオロと戸惑っている。そろそろ出番か。
「ねぇ、坊や」
北条は泣き喚いている男の子の頭に手を置いた。
驚いた子供はぴたっ、と泣きやむ。
「痛かったでしょ?」
「……うん」
「お花達も一緒。しゃべれないから『痛い』って泣けないの、言えないの。わかる?」
子供はしばらく目をパチクリさせていたが、
「知るかバーカっ!!」
ぷちん。
優しくしてやればつけ上がりやがって、完全にキレた。
「何なんですか?! あなた!!」
母親は今度は、こちらに喰ってかかってきた。
「何……ですって? 何かって訊かれたら、こう答えるわね」
北条は長い前髪をかきあげた。
「【警察】よ」
すると子供の母親は、
「うちのパパだって県警の幹部なのよ?! あなた達、階級と所属を言ってみなさいよ!!」と、大きな声で喚き始めた。
「……県警の偉い人の娘とその孫は、日本語もまともに読めないんだって……恥をかくのはあんたの父親の方よ? あそこ見てごらんなさい」
北条は花壇の方を指差した。
一番目立つ所に看板がある。
『お花はとてもデリケートです。触れたり摘んだりしないでください』
「ちなみに、知りたいなら教えてあげるわよ。所属も階級も、名前も……ね?」
返す言葉をみつけられなかったのか、親子はそそくさと立ち去った。
その後すぐ、
「隊長、たいちょー!!」
黄島が手を振って呼んでいるのに気付く。
「……何よ?」
外で【隊長】って呼ぶんじゃないわよ、と胸の内で毒づきながら近づいて行くと、
「シャッター押してもらえます?」
見ると彼は【せらやん】を自分の彼女と挟んで立っていた。
リア充め。
爆発すればいいのよ。
※※※
「あ~言うのが、モンスターペアレンツっていうんですよね!!」
「……そうね」
「小学校に上がったら、きっともっと強い子供に出くわして、今度はいじめられっ子に転落でしょうかね~?」
飲み会においては、先に酔っ払った方が勝ちだというが……。
帰りの車の中。助手席の平林郁美はアルコール度強めの缶チューハイを片手に、グダグダと語っている。
後部座席ではバカップルが2人並んで、撮った写真をああだこうだと語り合っている。
このメンバーはどう考えても采配ミスだった。
北条はしみじみと溜め息をついた。
まぁ、今さら言っても仕方ないが。
とは言うものの……。
「ねぇ、あんた……いくら本命が傍にいないからって、男の前でその格好はどうなの? さきいかをつまみに缶チューハイって、おっさんじゃないのよ? あんた、まだそこそこ若いでしょ。干物女になるにはちょっと早いんじゃない?」
運転席の北条はつい、前を向いたまま説教してしまった。
「え~、警視って、男でしたっけぇ?」
こいつ……!!
「だいたい!! そもそも、確かに今日は何にも予定なかったですけどぉ!! 思った以上に素敵なところで、お花も綺麗だったし、食べ物もおいしかったし……これであと、和泉さんさえいてくれたら……」
そこは右に同じなのだが。
「あ~、そうだ思い出した!! ちょっと聞いてくらさいよー」
とうとう呂律まで回らなくなってきた。
「こないだの異動でね、鑑識課に若い男がやってきたんですよ!! 知ってます? 古川亜諸って言うんですけど!!」
「ああ……聞いたことあるわ」
「そいつ!! 私より若いクセにもう巡査部長なんですよ?! 昇進試験に一発合格って、いったいどんな裏工作をしたんだか!!」
この子も、なかなか根性腐ってるわね……。
「でもぉ、年数でも経験でも私の方が先輩な訳じゃないですか!! それなのに、あいつ……」
「階級は自分の方が上です、って?」
そう!! と、彼女はこちらの肩を思い切り強く叩いてきた。
「私のこと、センパイって呼ぶクセに態度が全然なってないんですお、態度が!!」
よほど日頃の不満が溜まっているようだ。
こういう時はとりあえず、吐き出させておくのがいい。
やれやれ。
世羅から広島市内まで、中国自動車道をひたすら西に向かって走ることになる。少しエンジンを休ませてやるつもりで、吉川サービスエリアで車を止めた時だった。
女性達は車を降りて洗面所へ向かう。
その姿を見送った後、急に黄島が声を潜めて話しかけてきた。
「隊長」
「なによ? 真剣な顔して」
「……たぶん、気のせいじゃないと思うんですけど。さっき世羅高原で着ぐるみをきていた人物……」
「せらやん、でしょう?」
「ええ、そうです……」
黄島は他の耳がないことを確認するかのように、左右を振り向き、
「硝煙の匂いがしました。それと……血の匂い……」
「え……?」
「真新しいものではありません。ただ、染み付いているといった感じでした」
黄島は異様に嗅覚が優れている。
時々冗談で【警察犬】などと揶揄するぐらいだ。各種の匂いを嗅ぎ分けるその能力のおかげで、危険物を察知し、事故を未然に防いだ例もある。
「だから何だという訳ではありませんが、気になったのでご報告までに」
わかったわ。
現時点では北条も、それ以外に言えることはなかった。