38:たちまちビール
【おおみや】は大盛況であった。
仕事帰りのサラリーマン、近所の住民と思われる高齢者、様々な客が集まっている。
和泉が店内に入った時、店内は煙草の煙が充満しており、守警部がどこにいるのかを探すのに少し手間取った。
「すみません、お待たせして」
彼は店の一番奥にあるテーブル席に、1人で座っていた。
和泉が向かいに腰掛けると、
「可愛いハニーには会えましたか?」
と、訊ねてくれる。
「ええ、おかげさまで。ただ、ついでにゴリラも見かけましたけど」
「ゴリラ? それってもしかして、富士原かな……」
「ご存知なのですか?」
そういえば同期が今、教官をしていると言っていたっけ。
「身長は160ちょっとぐらい、浅黒い肌の厳つい顔をした男でしたか?」
まさにその通りだ。和泉がうなずくと、
「……気をつけた方がいいですよ。いろいろ問題のある人物なので」
先ほど、まさに問題の現場を見た和泉は納得した。
後で北条に連絡しておこう。
周に被害が及ばないよう見守って欲しいと。
あの人なら、頼まなくてもやってくれるだろうが。
ところで、と守警部は声を潜める。
「さっき、さりげなく常連客らしい方から話を聞いたんですが……大宮桃子さんはこの店のご主人、大宮氏の一人娘で、昼間は会社勤めをしながら、夜は店の手伝いをしていたそうです」
「母親は?」
「それが……」
恰幅の良い中年女性がおしぼりを運んでくる。
「……今の方は、違うんですか?」
「母親、つまり大宮氏の妻は亡くなっているそうです。あそこを」
守警部が顔を上げ、和泉もその視線の先を追う。
目立たないようにひっそりとだが、壁の隅に女性2人の写真が飾ってあった。
彼の妻子だろう。
「残念ながら、まだそこまでしか聞き出せていません。あそこにいる男性……あの方が一番古くからの常連客なんだそうですが、既にでき上がっていましてね……」
と、その時だった。
いらっしゃいませーと、声が聞こえて新しい客が入ってくる。
「こんばんはー、大将。たちまちビールね」
どこかで見た顔が入ってきた。黒いシャツにジーンズ姿の若い男性。
確実にどこかで見た、どこでだっただろう……?
和泉が思い出そうと必死に記憶を探っていると、
「あれ、刑事さん?」
相手の方から話しかけてきた。
名前は忘れたが素性は思い出した。和泉の情報提供者となってくれた、確かコンビニの息子!!
「こんばんは、その節はどうも……」
「奇遇ですね。ひょっとしてあのテレビ番組をご覧になっていらしたんですか?」
「テレビ番組?」
「この店、中国四国地方版メシュランガイドで星1つ獲得したすごい店なんですよ? 一度、夕方のニュース番組でも紹介されました。僕は元々、この店の主人と遠い親戚だというのもありましてね、時々訪ねるんです」
和泉は思わずコンビニの息子を抱きしめたくなってしまった。
「だ、伊達さん!! 良かったら……奢りますから、他の店に移りませんか?」
「井出ですけど」
「……申し訳ありません……」
「何か事情がおありのようですね?」
察しの良い檀家は、快く承諾してくれる。
それからできるだけ井出氏の自宅に近い場所へと移動した。
井出氏はご機嫌な様子で、いろいろとよく話してくれた。
「大宮桃子さんは僕の2年先輩でしてね~、小中学校では何度か同じ学校で顔を合せましたよ。あ、僕も彼女と同じ学校の出身なんですよ? 美人で頭も良くて、四字熟語でなんて言いましたっけ……? ああ、そうそう才色兼備。とにかくステキな女性でしたよ」
確かに、壁にひっそりと飾られていた写真に映っていた女性は、ヤマトナデシコの呼び名に相応しい美女だったと思う。
「高校卒業後は進学しないで、某大手通信企業に就職されました。そこでの実績がとにかく目覚ましかったようですよ。詳しいことはわかりませんけど、とにかく彼女はデキる女だったらしいです」
ふむふむ、と相槌を打って和泉は続きを促す。
「そうこうしているうちに、とあるプロジェクトで一緒に組んだ、同僚の男性と親しくなって……交際に発展したそうです。で、最終的にゴールインまで」
「その同僚男性の名前は?」
「名前は確か……あ、思い出しました。田端さんです。なんでも、高学歴のイケメンで、いいところのお坊っちゃまらしいですよ。僕はお会いしたことありませんが」
なるほど。
その田端とやらは、好ましい条件をすべて兼ね備えていた【優良物件】だったわけだ。
ビアンカの同僚女性たちから聞いた話が真実だとして。
どんな手段を使ったのか知らないが、御堂久美は大宮桃子からその男を略奪した、ということか。
「ふーん……と、なると彼を狙っていた女性が他にもきっといたはずでしょうね。そうして、大宮桃子さんに対する嫉妬の炎が燃え上がった……と」
和泉の台詞に、井手氏は苦笑いを浮かべる。
「彼女の社内事情ですから、詳しいことは僕もさすがに……ただ。結婚式をあと何ヶ月後かに控えたある日……実は僕も招待状を受け取っていたんですよ? 急に婚約解消した、っていう報せが有った時には驚きましたね」
「原因をご存知ですか?」
「わかりません……当然ですが、詳しいことは知らされませんでしたから」
井出氏はグラスに残っていた水割りをぐいっと飲み干すと、
「可愛そうに。お母さんを亡くしてから、せっかくつかんだ幸せだと思ったのに……」
「その、お母さんですが。亡くなられたのは何が原因だったかをご存知ですか?」
と、静かに訊ねたのは守警部の方だった。
「……強盗ですよ、強盗」
和泉は守警部と顔を見合わせた。
「今からもう10年ぐらい前の話ですかね。店を閉めて間もない時間、2人組の強盗が押し入ってきたらしいんです。売上金を全部寄越せって、刃物で脅してきたらしいんですよ」
抵抗した奥さんは賊によって殺害され、店の主人も大怪我を負ったものの、一命を取り留めた……と。
「犯人は未だに逮捕されていません。あれですよ、迷宮入りってやつです……」
10年前といえば当時、和泉は尾道東署にいた。
県内で起きた事件とはいえ、かなり距離の離れた場所でのことだから、詳しいことは調べないとわからない。
坂町、おおみや、強殺。
和泉はキーワードだけをメモしておいた。
「その後は父娘2人で一生懸命、お店を盛りたてていました。ご主人と桃子さんの人柄なのでしょうね……初めは遠ざかっていた常連客も、次第に戻るようになってきて。やっとのことで平穏な日常が戻ってきて、そうしておめでたい話も出てきた矢先の、再びの不幸ですよ……」
井手氏は我がことのように、悲しそうな表情で鼻を詰まらせた。
「桃子さん、ショックが大きかったんですね。自殺してしまうなんて……」
それ以上、話を訊くのは困難に思われた。
思い出せば出すほどに、辛くなっていく様子が見てとれたためだ。
それから刑事達はコンビニの息子を自宅まで送り届けた。
とりあえず一度本部に戻り、長野にも報告することにする。和泉は車の中で守警部と2人、あれこれと話し合っていた。
「あの店のご主人のかたくなな態度はつまり……その事件が原因だったということでしょうね?」
「ええ、おそらく。奥さんが被害に遭った事件は未解決……警察の対応に不満を感じていたことには間違いないでしょう。その上、お嬢さんの不幸まで重なったのでは……」
「フィアンセを奪われた……その件に関しては、民事不介入ですからね」
2人は顔を見合わせて溜め息をつく。
「それにしても。御堂久美氏の事件は、やはり他殺で間違いないような気がしてきました」
守警部が言い、
「とりあえず、おおみやのご主人のアリバイを調べるだけ調べた方がいいとは思いますが。どうなんでしょう。僕の感触では、あまりピンときませんね」
和泉は答えた。
こんにちは、こんばんは、あるいはおはようございます。
IDECCHI51です。
実はなろうで、小説書いてます。
Youtubeで番組もやってます。
【SHINKIROU THE SHINIGAMI】
https://ncode.syosetu.com/n8431ev/
『死神ゲーム』に巻き込まれた主人公。彼を取り巻く不穏な影達の正体は?!