表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/177

34:だからストーカーだって言われるんだエビ?

 挿絵(By みてみん)


 何十年か前、もう平成に入ってからの話だが。

 新しく尾道市長となった人は湾岸整備に力を入れたらしい。


 尾道を起点とし、瀬戸の小さな島々と愛媛県今治市をつなぐ【しまなみ海道】の開通に伴い、山陽本線尾道駅前は見違えるように綺麗になった。

 線路沿いに福山方面へ続く商店街のすぐ裏は瀬戸内海、いわゆる尾道水道だが、聡介の知っているこの海辺は、軽自動車さえ通れないような細い道ばかり。入り組んだ迷路のような、小汚い場所だと以前はそう思っていた。


 けれど。今は防波堤もアスファルトも白く塗り替えられていて、ところどころ幾何学模様のタイルが貼られ、等間隔にベンチが設置されてさえいた。


 気がついたらそのベンチの一つに今、自分は腰かけているようだった。


 少し回復したように思う。

 さっきは吐き気と眩暈を覚えていたのだが。


「……落ち着きました?」

「……はい」


 心配そうな表情でこちらを覗き込んでくる金髪碧眼の美女。

 なぜ彼女がここにいるのか、自分はいったい、何をしているのか……。


 聡介は記憶を取り戻してみることに努めてみた。


 次女に会いに行こうと思って、長女の家を出た。そして。

 駅前で小学生の団体を見た。


 1人の子供に対し、3人の子供が寄ってたかって乱暴していた。


 そして。弾みで道路に落ちた文房具を拾ったところ、そこに書かれていた名前に驚愕した。


 それは別れた妻の旧姓だったこと。

 つい先日、かつて義母と呼んでいた女性。彼女が訪ねてきてからこっち、聡介は精神的に不安定な状態が続いている。


 かつての妻のことは考えないようにしていた。と言うよりも、日々の仕事に追われてそんな余裕もなかったのも事実だ。それでも。


 ああして、元とはいえ親族の顔を見ると否応なく心をかき乱されてしまう。

 もっと自分にできることがあったのではないか。本当なら今頃、2人で定年後の将来を考えていたのではなかったか。


 その結婚生活の始まりは決して、褒められたことではなかったとしても、2人で協力し合って、もっと良い家庭にすることはできなかったのか。


 仕事を言い訳にほとんど家庭を顧みなかった自分。

 自分は夫としても父親としても失格だったと、振り返ってみて思う。

 ああすればよかった、こうしていればもっと違ったはずだ。


 そうやって聡介は自分を責め続け、その日の夜は眠れなかった。


 挙げ句。心配して声をかけてくれた息子に『お前には関係ない』なんて、暴言に近いことを吐いてしまったこと。

 思い出したら出したで、今度は強い自己嫌悪に襲われる。


 あれから彼は何ごともなかったかのように、何やら忙しそうにしているが……内心ではどう思っているのだろうか。


「もうっ、高岡さんったら!!」

 鈴の鳴る様な声で、ふっと我に帰る。

「そうやってなんでもかんでも、自分の胸の内だけで解決しようとするのは悪い癖よ!? あなたは人生経験もあるし、とても深く考える人だから……でもね」

 白くて冷たい手が自分の手を包む。

 ひやりとしたのは一瞬で、次第に温かさを感じてくる。

「そういうの、周と同じよ?」


 なぜ、その名前が?

 あのバカ息子が心底可愛がっている、どこまでも真っ直ぐで純粋な青年。

「あの子もね。まわりに心配かけまい、決して負担になるまいって、何でもかんでも全部、一身に背負っちゃって……でもね。美咲が時々こぼすのよ、少しぐらいは愚痴でも弱音でも吐いてくれたらいいのに……って。大変なんでしょう? 警察学校って」


 ああ、そうだ。

 あの子は今、必死であの過酷な訓練に耐えているに違いない。

 気持ちの強い子だから、あまり内心の葛藤や苦悩は人前で出さないのだろう。それだけに疲労がピークに達してしまった時が心配なのだが。


「そりゃね、いつも愚痴や弱音ばっかりだと、聞かされる方はウンザリするけど。こんなになるまで溜めておくのも考えものだわ」

「……俺が、警察学校にいたのは……もう何十年も前の話ですよ?」

 ああ、思い出した。

 そこで妻と、初めて好きになった人と出会い、そうして……。


「何があったのか知らないけど、嫌なことがあった時はね? 美味しいものと、美味しいお酒でぱーっと忘れちゃうの!!」

 飲めませんけど、とはこの際、言わない方がいいだろう。

 聡介は黙って微笑む。


「それとね。あなたを支えたいって思ってる人間がいるんだってことを、思い出して」


 そうだ。今までは自分1人の力で何とか部下達をまとめ、上手くやっているなんて考えていたけれど。そんなのはただの傲慢だ。

 皆が自分を支えてくれて、そうしてちゃんと上手く回っているのだ。


「……ありがとう……ビアンカさん」


 白い頬が赤く染まる。

「ところで、どうしてここに?」



 ※※※※※※※※※


『そっとしておいてあげてください』

 和泉はああ言ったけれど。


 思い立ったら即日行動!! を、モットーにしているビアンカは、たかが尾道じゃないの、と愛車を駆りたてて高速道路に乗った。


 会いたい気持ちは抑えられない。

 それに加えて、親友の美咲から聞いていた尾道にある【美味しい店】も気になっていた。


 午前中、和泉達と別れてから即、ビアンカは尾道へ向かった。

 適当なところに車を止めて、実は聡介を探してしばらくウロウロしていた。広島市内に比べたら圧倒的に人は少ない。商店街をウロウロ歩いていたら、偶然ばったり……なんてこともあり得るだろうと期待して、何回か往復したりもした。


 しかしそう上手い話があるわけもない。

 あきらめかけたその時だった。


 少し前を小学生の集団が歩いていた。一目で穏やかならぬ空気に気付いたが、しばらくビアンカは様子を見ていた。


 自分も学生時代、外見で随分と差別的な扱いを受けたことがあったが。そんなことは今どうでもいい。

 頃合いを見計らって、何か声をかけようか。


 そう考えた時だ。向かいから探している人があらわれたのは!!


 彼も子供達の様子をひどく気にしていた。そうしていじめられっ子が蹴飛ばされ、荷物を散らかしてしまった時、動き出した。


 何がきっかけだったのかわからない。だが。

 聡介の顔色がみるみる内に青くなる。


 まさか、あのクソガキが不敬な言葉を浴びせかけたから? そう考えたらもう、いてもたってもいられなくなった。


 外人、キモいですって?

 そんなくだらない台詞、学生時代に何度も言われたわ。

 影でこっそり、公にもね。


 そうして。クソガキどもを蹴散らした後、どういう訳か聡介の様子が急におかしくなってしまった。

 額に汗を浮かべたかと思うと、次の瞬間にはふらついている。


 救急車を呼ぶかと訊ねたが、彼は首を横に振る。少し、座る場所を……そう言われて咄嗟に辺りを見回す。幸い、すぐ傍にベンチがあった。


 次第に回復へ向かっている様子なのは、顔色を見ていて分かった。


 要するに彼は疲れていたのだ。

 毎日、こちらには想像もつかないほどの激務に耐えているのだろう。優しい人だから余計に、人よりも多くのストレスを抱えているのかもしれない。


 私が。私があなたの支えになれたなら。


 聡介の隣に腰かけ、銀の髪と、その横顔を見つめながらビアンカは考えた。

 穏やかな、瀬戸のエメラルドグリーンの水面は今も静かに波打っている。


『ところで、どうしてここに?』


 そりゃそうよね……。

 どう答えようか悩んでいる時、ちょうど午後6時を知らせるチャイムが鳴った。


 話を逸らそう。


「ねぇ、高岡さん。もう大丈夫? 実はこの近くに『小松屋』さんっていうお店があるの知ってる? 美咲から聞いたの、とっても美味しいお店だって。私、お昼ご飯抜いちゃったから、お腹空いちゃった」

 すると彼は目をパチクリさせる。

「それ、うちの娘の嫁ぎ先ですよ……ちなみに場所は、すぐそこです」


 世間って、思っている以上に狭いのね……。

挿絵(By みてみん)

そういえばね。

シリーズ『その7』でたいへんお世話になった、このエッセイを知ってる?


『しろうと絵師による 「なろう小説」挿絵 製作日記 プラス 「お絵かき教室」 読んで練習するだけで、誰でも絵が、みるみる、上手くなる! アンド 100円ショップでお絵描き』


https://ncode.syosetu.com/n5400en/76/



夢学無岳様:著


挿し絵をつけたいけど、自分で描くのはハードルが高いや……って人!!

是非これを読んで、いろいろ試してみてください!!


かくいう私は、自分でも絵を描くけど……夢学さんにも描いてもらった!!(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ