3:弁解は取調室でね?
「長野課長……っぽいですよね?」
「そうね」
北条雪村は立ち上がり、ゆるキャラを撮影している初老の男にズンズンと近づいた。
相手はカメラに夢中でこちらにまったく気付いていない。
むんずっ。
彼は小柄で細い。襟首をつかむと簡単に両足が宙に浮く。
「……何をやってるのかしら? 謙ちゃ~ん……」
「そ、その声はまさか……」
「そのまさかよ」
首だけ振り返った相手は、顔いっぱいに汗を浮かべていた。
「……どういうことか、説明してもらいましょうか……?」
「だ、だって……モミじーがせらやんと共演なんて……2度とない貴重なチャンスなんだエビっ?! 今日しかないんよ?! せらやんにはここでしか会えんのよ?!」
今、エビがどうこう言ったかしら……?
「……なんでゆっきー、ここにおるん?」
「なんで、ですって?! 元はと言えばあんたがアタシに、彰ちゃんとデートして来いってチケットくれたんじゃないの!! それをいきなり、行きたくないからってどこの馬の骨かも知らない他所の家の娘の結婚式に、彰ちゃんを代理で行かせたりして!!」
「ち、ちが……違うんよ、ゆっきー!! 彰の奴が、やっぱりデートは嫌じゃちゅうてワシの代わりに、どこかの馬の骨の娘の式に……し、死ぬるぅっっっ!!」
※※※
それはつい3日前のことだ。
捜査1課特殊捜査班隊長であり、現在は警察学校の教官も兼務している北条は、基本的には学校に詰めている。
しかし月に2回ほど、定例会議に出席するため県警本部に出向かなければならない。
3日前がその日で、会議が終わって廊下を歩いている時だった。
「ゆっきー、これあげる」
そう言ってひらひらと何やらチケットらしいものを手渡してきたのは、捜査1課長である長野謙真警視であった。
彼とは旧知の仲であり、一応上司と部下の関係ではあるが、常にフランクに渡り合っている。
「なぁに? これ」
「世羅高原に【フラワーパーク】ちゅうてな、綺麗な公園があるんよ。たまには彰でも連れて、2人でデートでもしてきいや。今ならダリアが見ごろじゃけん」
長野の言う【彰】とは、和泉彰彦……彼にとって遠縁に当たる捜査1課の刑事のことである。
北条にとっては、かつて同じ部隊で働いた仲間であり後輩でもある。
「男2人でお花を見に行くの?」
北条は思わず笑ってしまった。悪くはないが。
「ええじゃろ。たまにはそういう、癒しも必要なんよ……」
別にデート言う名目ではなくても、和泉とはいろいろ話したいことがあった。
ここから少し離れた場所なら落ち着いて会話ができるかもしれない。
チケットをヒラヒラと弄びながら、北条は少しそんなことを考えていたが、
「あら、これ4枚あるじゃない」
「誰か縁をとり持ってやりたいカップルはおらんの?」
なるほど、そういうことか。
「……残念ながら、既にくっついてるのは1組知ってるけど」
「ほんなら、そのカップルと一緒に行けばええじゃろ。いわばダブルデートじゃ」
「彰ちゃんが承知するといいんだけど……?」
期待半分、どうせダメだろうという予測が半分。
あの男(和泉)は自分を見ていると、何と言うか、過去のことをいろいろと思い出してしまうらしい。
時々、こちらを避けるような素振りを見せることがある。
だが。ずっと前から考えていたことだが、いずれは彼を自分の配下に置きたい。
それはつまり、特殊捜査班HRT隊員として再び活動してもらうこと、の意味だ。
彼の身体能力は今でも衰えていない。
ただ今のところ人事部は、和泉彰彦という扱いの面倒くさい刑事を、高岡聡介と言う優しい警部と引き離すことはできない、と考えているらしい。
聡介だって手放したくはないだろう。
彼は強行犯係の刑事としても優秀だからだ。
だから。和泉が自ら異動願いを提出するよう、北条は前々から彼を口説くつもりでいた。
決して既存の部下に不満がある訳ではない。が、優秀な人材はどの部署だって欲しいに決まっている。
問題なのは本人の意思のみだ。
そんなこちらの胸の内を見透かしたかのように、
「彰が拒むようなら、上司の命令じゃって、ワシが言うとくで?」
「あの子が素直に従うとも思えないんだけど?」
「そこはほれ、奴の弱点はワシもよう知っとるけぇの……任せてや」
2人は悪い笑顔を浮かべた。
「その代わりゆっきー、お土産をお願いしてもええかのぅ?」
「お安い御用よ。何が欲しいの?」
「【せらやん】のストラップじゃ」
何それ? と思ったら、チケットにイラストが書いてあった。
「……謙ちゃんって、ほんとゆるキャラ好きよね……」
「広島のご当地キャラじゃ。しかもこの日限定で、モミじーがゲストでやってくるらしいんよ。じゃけんホンマはのぅ、ワシが若い子を一緒に何人か連れて行ってやろうと思うとったんよ。それなのに……」
彼は若い頃に妻と死別して以来、ずっと独身を通している。子供はいない。
だから何かイベントごとと言えば、同じ部署の若い男女に声をかけてくれるのである。そうして成立したカップルを何組か知っている。
「刑事部長がの、ワシに結婚式の招待状を押しつけてきおったんよ!?」
「へぇ、誰の?」
「【あしたかグループ】の専務のお嬢さんなんじゃ。部長の親戚の方で不幸があって、急遽そっちに顔を出さにゃいけんけぇ、ちゅうて。かなわんわ」
「謙ちゃんも知ってる人?」
「うん、まぁ……できるだけ行きとうないんよね」
「大変ね」
それは確かに面倒だろう。
北条は礼を言ってチケットを受け取り、唯一の彼女持ちである部下の黄島に声をかけた。
最近ずっとデートらしいデートもできていなかった、と彼は喜んだ。
さて、和泉は……と言えば。
「へぇ~、世羅高原。いいですね」
と、予想外の返答だった。
「あそこって、冬はイルミネーションやるところでしょう? まわりにもけっこう観光スポットあるみたいだし、デートにはうってつけじゃないですか。僕も一度行ってみたいと思ってたんですよ、マイハニー周君と」
「で、行くの? 行かないの?」
「……ご一緒させていただきます。下見も兼ねて」
なんて、調子のいいことを言っていたくせに。
前の日になって突然、和泉がキャンセルだと言い出したのである。
「あのクソジジぃ……いや、長野課長が急きょ、自分が出席するはずだった結婚式の代理に僕を指名してきて……」
「なんで?」
「そんなのこっちが聞きたいですよ。急用ができたから、僕に代理出席しろって言いだして」
おのれ、長野謙真!!
実を言えば秘かに楽しみにしていた。
和泉とプライベートで行動を共にする機会はあまりないので。それなのに。
……仕方ない。
そこでとりあえず、休みの日も予定がなさそう、暇そう、かつカップルのどちらかと親しい人物を探してみた結果……平林郁美に白羽の矢を立てたのである。
モミじー
せらやん
「で、彰ちゃんに代理を押しつけておいて……あんたはここで何をやってるのよ?」
「だ、だってぇ~……モミじーが来るって聞いたから!! 今日じゃないと、ここでは会えんのよ?! スーパーレアなんよ?!」
呆れを通り越してもはや何も言えない。
モミじーもあるだろうが、本音はきっと結婚式が面倒だったのだろう。
捜査1課長として高名な長野だが、実は【政治力】はイマイチだと言える。
例の【あしたかグループ】専務の娘の慶事。良いチャンスだ、ここぞとばかりにゴマを擦っておけば、定年を迎えた後の天下り先に困ることはないだろうに。
仕方ない。
「お詫びに、ご飯おごってよ」
「……え、そんなんでええの……?」
ニヤリと北条が笑うと、長野課長は青くなった。
特殊捜査班に所属する男達の胃袋はハンパなく容量が大きいのだ。