23:シスコン仲間とその詳細
加純様からいただいた、お父さんのアイコン。
「……いや~、どこのお父さんも同じことをするんだなぁ……なぁ? 彰彦」
「前書きで言われても、本文を読まなきゃ意味がわからないでしょう」
と、いうことで。
どうぞ。
すーっ、と背中を何かが這い上がったような気がした。
「……なぜだ?」
なぜ彼に姉の存在がバレたのだろう?
「いや、だって昨夜……」
昨夜?
上村は昨日の夜のことを思い返してみた。
予習のために自習室へ行ったはいいが、眠気に襲われてつい居眠りしてしまった。
まさか。その時に聞かれてはならない寝言でも、この男に聞かれたのだろうか?
「寝言で姉さん、って言ってたぞ? 夢に見るぐらい大好きなお姉さんなんだなって思ったから」
やっぱりか!!
顔中に血液が集まるのを感じる。
やたらに頬が熱い。
「いいじゃん。俺も姉……」
気がつけば上村は走りだしていた。自分の部屋に飛び込み、後ろ手で扉を閉める。
なんて言うことだ……!!
上村の姓を名乗ってはいるが、それは本当の名字ではない。
【柚季】は産みの両親がつけてくれた名前。
4歳までの名字が何だったか、今はもう思い出せない。
上村の母親は彼を産んですぐに亡くなってしまった。彼女は自分の命と引き換えに彼を誕生させてくれたのだ。
しばらく男手一つで育ててくれた父は県警の警察官だった。
そんな父も上村が4歳になった時、殉職した。
天涯孤独の身になってしまった彼を養子縁組し、迎え入れてくれたのが今の、上村の父である。
その家にもやはり母親がいなかった。
詳しい理由は知らないが、とにかくいたのは、いくらか歳の離れた姉だけだ。
彼女は当時既に高校1年生だった。
上村にとっては姉と言うよりも母親である。
姉は幼かった自分を何から何まで面倒見てくれ、実の弟として可愛がってくれた。
細かいことやうるさいことは何一つ言わなかった。
例えば上村は、通知表の生活態度の欄に、担任教師から【もっとまわりのみんなと仲良くしましょう】と常に書かれるぐらい、協調性のない子供だった。
だが。同じ年齢の子供達と遊ぶ気にはなれなかった。
上村に言わせれば彼らは皆、その場の気分、感情で行動する生き物だ。
思うようにならないと悟っては泣き叫んだり地団駄を踏んだり、自分に注目を集めたくてパフォーマンスをしてみせる。
それがひどく愚かしい行為に見えたからだ。
子供らしくなくて理屈っぽい。
そう言われたこともある。
だからだろう、親戚が誰も自分のことを引き取りたがらなかったのは。
それでも姉は決して、そのことで心配したり咎めたりしなかった。
同じ年齢の子供達と一緒に遊びなさいとか、仲良くしなさいとは一切言わなかった。
それもまた個性だわ。
彼女はそう言って笑っていた。
上村の父もまた娘と同じ考えだったせいで、今まで【友人】と呼べる存在はいなかった。
それはいい。
別にいいのだが……。
何なんだ。藤江周のあのキラキラな瞳は、あの態度は?!
『夢に見るぐらい大好きなお姉さん』
そこは否定しない。
それで思い出したことがあった。
当時はまったく気にしたこともなかったが、そうやって弟の面倒を見ていることで、姉は自分のしたいこと、自由な時間……それら全てを奪われていたのはないだろうか。
それでも文句を言ったりしたことはなく、いつも明るく、深刻な話も笑い飛ばすような豪胆なところもあった。
そう考えると、時々申し訳ない気分になってしまう。
かくいう姉は高校卒業後、すぐに民間企業へ就職した。
しかしそれでも、弟の面倒を見る為になるべく早い時間に帰ってきては、家事をこなしながら世話をしてくれた。
実の父親と同じく県警の警察官である上村の父は……それもあって引きとってくれたのだが……常々、少し弟の面倒を見る手間が減ったら、お前も警察官にならないかと姉に勧めていた。
彼女は笑いながら、体力ないから多分無理ね、と答えていた。
しかし。そう言っていたはずの姉が急に気持ちを変えたのは、上村が小学5年生になった頃のことだ。
『私も警察官になる』
ある日突然、彼女はそう言った。
社会人経験者からの転職はめずらしくない。その場合は短期過程という6か月の研修の後、現場に出て行くものだが。
その気持ちの変化の理由は今ならわかる。
父は時々、姉の為に、一緒に働いている若い警官を自宅に連れて帰ることがあった。
きっとその中から、結婚相手を探せというつもりだったのだろう。そして姉は眼鏡にかなう相手を見つけたに違いない。
自分も同じ職に就くことによって、同じ価値観、話題を共有したい。
だからこそ彼女は人生の転機とも言える警察官への道を選んだのだろう。
体力ないとは言っていたものの、姉は運動神経も優れており、頭脳だって明晰だった。
その頃にはもう、たいていのことは1人で出来るようになっていた上村は、彼女の決断を祝福した。
姉が県警に入ってからというもの、寮生活になるため、今までのように顔を合わせる機会が減るのは寂しかった。
けれど、それでも笑顔で見送った。
週末になれば会える。そのことが心を支えていた。
最初の一ヶ月は外出禁止だが、それが解かれると、姉は週末ごとに真っ直ぐに実家へ帰って来てくれていた。
それが。段々と時間を経過するにつれ、帰省する頻度が減って行った。
『後半は追い込みがきついからな。検定試験もあるし』
父親の言葉に納得し、上村は寂しさを我慢した。
だけど……。
ふと時計を見る。
急がなければ。上村は準備を整えて食堂に向かった。
すると案の定。先ほどの話の続きをしたいのか、藤江周が笑顔全開で迷うことなく、上村の向かいに腰かけてきた。
助けを求めて倉橋の姿を探す。
だが、なぜか彼は姿が見えなかった。
「さっきの話なんだけど、俺もさ、少し歳の離れた姉がいて……」
いただきます、のすぐ後に彼は話しだす。
この話題はもう扱って欲しくない。そこで上村は応えて言った。
「僕に姉がいたとして、それが君と何の関わりがあるんだ?」
「そりゃ……仲間だから」
「今さら何を言ってるんだ、同じ教場仲間だということは紛れのない事実だろう」
「そうじゃなくて、シスコ……」
その時。
それなりに賑やかだった食堂内が、一気に静まり返った。
何ごとだろうかと振り返ると、先日の異動で新しくやって来た武術専任の富士原という教官が、それこそヤクザのように肩で風を切りながら歩いてきた。
その教官は食堂の中をぐるりと回り、学生達の服装と身だしなみをチェックしているようだった。
身なりに関しての細かい規定はいくつもある。
それ以外にも守らなければならないルールは数多く存在するが、この教官は学生達が少しでも違反をすれば、容赦なく殴りつけるのである。
上村はまだ経験がないが、この教官にビンタを喰らった学生が既に何十人もいると聞いた。それもほぼ、言いがかりのような難癖をつけられてとも。
「おい、お前」
ドスの効いた声が静かな食堂に響き渡る。
肩をつかまれたのは同じ教場の男子学生だ。
「お前の目は節穴か?」
「……は、はい?」
男子学生はすっかり怯え、裏返った声で返事をしている。
「胸元を見てみぃ」
その学生の胸元の徽章は、急いでいたのだろうか、裏表が反対になった状態であった。
彼が何か言おうとする前に、富士原の手が動いた。バシン、とものすごい音が響いたかと思うと、男子学生は床の上に倒れてしまう。
その場にいた全員が息を呑んだ。
咄嗟に立ち上がり、その男子学生に近づいたのは言うまでもない、藤江周である。
富士原がギロリと彼を睨む。
しかし、そんなことにはまったく気付かないまま立てるか? と声をかけながら彼は、男子学生に肩を貸して座り直させた。
それから富士原は食堂内を一回りし、手頃な【獲物】が見つからなかったのか、舌打ちしながら出て言った。
ほっという安堵のため息が一斉に漏れる。
しかしその後、学生達は皆顔を引きつらせ、ほとんどしゃべることなく食事を終えた。
一番嫌なタイプの指導者が来たものだ。
上村は胸の内でそっと舌打ちした。