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 冴子の怪我はそれほど重傷という訳でもなく、会話に支障はないそうだ。事情聴取にも素直に応じているらしい。


 県警本部、捜査1課の自席で北条はその報せを聞いた。

 学校の方は他の人員に任せ、久しぶりに自分のデスクにいる。


 するとそこへ、

「北条警視。少し、よろしいでしょうか?」

 そこに立っていたのは聖だった。


「どうしたの?」

「雨宮冴子氏のことで、お話ししたいと仰る方がお見えになっています」


 誰だろう?

 不思議に思いつつ、北条は席を立った。


 ※※※ 


 捜査1課の部屋がある3階の北、一番奥にある応接室では、初めて見る顔の男性が待っていた。


 男性は北条の姿を見かけるや否や立ち上がり、

「……石塚です。雨宮冴子の元夫で、円香の父親です……」

 そう言って頭を下げた。


 確かキャリアだと聞いた。今は別の県にいるとも。

 年齢は自分たちよりも少し上だろうか。

 恐らく長年の習慣だろう。急いで来たのだろうが、銀色の髪はきっちりと撫でつけられ、黒い革靴はよく磨かれていた。


「冴子に、伝えて欲しいのです。決して嫌いになって出て行った訳ではないのだ……と」


「それは……直接、彼女にお伝えになった方が」

 いいえ、と彼は首を横に振る。

「見たくないのです。美しかった彼女が、復讐心に燃えて歪んだ姿なんて。私が彼女の元を去ったのも……見ていられなくなったからです。そして私には彼女を止めることができなかった。そのことが情けなくて、辛くて……」


 北条が黙っていると彼は続ける。

「娘を死に追いやったとされる、あの3人組が亡くなったとニュースで聞いた時、初めは単なる事故だと思っていました。でも……なんと言うのか、虫の報せとでもいいましょうか。嫌な予感がしてきたので、今も広島にいるかつての部下に連絡を取りました……県警は事態をどう見ているのか、と」


 どうもこうも、和泉に聞いた話では、所轄は端からただの【事故扱い】であった。

 彼もそのことで一度は安心したらしいが、やがて、事件ではないかと秘かに調べている刑事達の存在を知るようになった。


「申し訳ありません。円香の事件のことで、資料を隠したのは私です。私がかつての部下に指示して閲覧不可にさせました。正しいことではないとわかっていながら、それが彼女のために唯一できることだと思い……」


 この人も相当、悩んだ末にここに来たのだろう。


 もし心ない人であれば、わざわざ県外に足を運んだりしない。自分の過ちを告白したりしない。


 言っていることは恐らく真実だ。

 冴子が知らないだけで。


「勝手なことを申し上げますが……どうか素直に取調べに応じて、これ以上、円香を悲しませないて欲しい、と冴子に伝えていただけませんか?」

 

 本当なら直接、本人にそう伝えてあげるべきだ。

 しかし彼にも失いたくない様々な肩書き、社会的地位があるのだろう。


 キャリアは減点方式で評価される。

 常に足の引っ張り合いだという点では、ノンキャリアよりも過酷なレースを走っているのかもしれない。


 仮に別れた妻の起こした不祥事であったとしても。今、彼女と接触を持てば、誰に何を言われるかわからない。

 それを懸念しているのだとしたら。


 北条の彼に対する評価は、可も不可もなし、と言ったところか。

 

 相馬のように、自らの身を滅ぼすと分かっていながら冴子のために悪に手を染めた男と、どちらが彼女に相応しかったのか。

 恋愛の神様はなんと評価するのだろうか?


「私も冴子も、仕事にのめり込み過ぎました。娘を失った原因はもしかしたら、本当はそこにあったのかもしれません……」

 背中を丸めて去っていく冴子の元夫は、もう二度とここに来ることはないだろう。


「……本当に、会わないつもりなのね」

「そのようです」

 北条は踵を返して捜査1課の部屋に戻った。



 ※※※※※※※※※


「相馬さん」

 千葉からやってきた女性刑事が青い顔で取調室を出て行ったのを見送った後、和泉は相馬に話しかけた。

 彼の供述にどことなく違和感を覚えていたからだ。確かな根拠がある訳ではなく、ただの勘に過ぎないのだが。


「千葉のホテルで起きた事件。半田の方はターゲットを誘い出しただけで、殺害を実行したのはあなただという供述は確かですか?」

「嘘は言っていない」

「……まぁ、そう言うことにしておきましょう」


 それから。五日市埠頭偽装事故、それ以外の他の事件については、実行犯は相方の半田遼太郎であり、付随して起きた様々な出来事は昨日、世羅高原で和泉が披露した推測とほぼ変わることはなかった。


「御堂久美さん、それから山西亜斗夢。いずれもあなたの相棒の仕業だったということで間違いありませんね?」

 そうだ、と相馬は頷く。

「……リョウは、何と言うのか普通の人間とは違っていた。単純な人間で、ちょっとおだててやると何でも俺の言うことを聞いた。細かい殺害方法などはすべて俺が指示した。あいつは言ってみれば、操り人形みたいなものだった。いいように利用できる……」


「本当のことを話していますか? 相馬さん」

「……なぜ、そんなことを訊く?」

「僕の推測ですが。あなたはそうやって一部真実ではないことを述べて、少しでも半田遼太郎の刑を軽くしようと、考えていませんか?」

 ぴく、と相馬は微かに肩を揺らした。


「似た者同士だからでしょうかね、何となくピンと来るんですよ……自分もきっと同じことをするのではないか、とね」


「……俺は真実しか話していない」

 和泉はそうですか、とだけ答えておいた。


「1つお訊ねしたいのですが」

「……なんだ?」

「あなたが自衛隊を辞めた理由です。人伝てに聞いただけですので、是非ともご本人から真相をお話しいただきたいのです」


「……それが何か、事件と関係が?」

「僕が、相馬さん。あなたにとても関心があるからです。それと、可能であればぜひ、生い立ちからいろいろとお訊きしたい……」


 ふっ、と相馬は笑う。

「相手があなたでなければ、何も話さないつもりだったが」

「それは光栄です」


「何から話せばいい?」

 和泉はちらり、と彼の右手を見た。

「失礼ながら、その右手の怪我は……?」


 子供の頃、と相馬は話し始めた。

 彼の母親は、父親が逮捕されたと同時に離婚し、実家のある呉へと戻ったそうだ。


「世間知らずでお嬢様育ちだった母は……男に依存する傾向があった。そして。父のことですっかり疲れ果てて、弱っていた母はすぐ、くだらない男に引っかかった」

 お約束だな、と和泉は思ったが口に出さないでおく。


「知らない男が当たり前のように家に出入りする。当時6歳だった俺は……母親に気安く触れる汚らしい、知らない男、そう言う認識でいた。しかし3つ上の兄は空気を読む人で、いつも他人に気を遣うタイプだったから、衝突を起こすことはしなかった。でも俺は……とにかくそいつが大嫌いだったんだ」


 彼はどんな子供だったのだろう?

 少し想像してみたが、何も思い浮かばなかった。


「懐かない子供って言うのは当然、可愛くないらしい。そいつは母や兄が見ていないところで、秘かに俺に暴力を振るった。この右手の傷跡は……奴に熱湯をかけられて、できたものだ」

「お母さんはお兄さんに、そのことは……?」

「もちろん話した。だが、母は……俺が男の言うことをきかないのが悪いと言って、味方になどなってくれなかった」

「……そんなバカな」

「信じられないかもしれないが事実だ。俺は母親という生き物は、子供が可愛くないのかと、6歳にして悟ったものだ」

 そんなのはごく一部だ。

「もちろん、すべての母親がそうではない。冴子は違う」

 和泉が反論しかけたのを遮るように、相馬は言った。

いい人、もしくはどうでもいい人、と思うかはあなた次第!!(笑)


えび~(-_-)

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