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170:あの日の真相

 大丈夫だって言ったのに……。


 あの後、和泉は世羅高原を南下して尾道市内の病院で脳の検査をしたが、特に異常は見つからなかった。このまま広島に帰ろうと思ったのに。


 一晩は様子見のために入院しろと言われ、現在、強制的に病院のベッドに寝かされている。


 消灯時間を過ぎ、同じ部屋の他の入院患者は既に眠っている。


 疲労しているはずなのに眼がさえてしまう。

 和泉は何度目になるかわからないため息をついた。


「眠れないの?」

 突然、北条の声が聞こえた。


「え、ええ、まぁ……そうです」

「明日にはもう、広島に帰るんでしょ?」

「当然ですよ。何ともなかったんですから」


 すぐ隣のベッドに寝ている患者が微かに動いたようだ。


「……外に出ましょう」

 和泉は起き上がってスリッパを履いた。


 エレベーターホールの脇には、見舞客などがお茶やコーヒーを飲むために設置されている丸テーブルと椅子がある。そこも消灯時間を過ぎた今、照明は消えていた。


 自動販売機の灯りを頼りに、和泉は椅子に腰をおろしたが、北条は立ったままだ。

「すぐに帰るから」


「せめてお茶の一杯ぐらい、奢ってくださいよ」

 すると。小銭を自販機に入れる音に続いてガコン、と商品が落ちる音。和泉の目の前に何か缶が差し出された。

 礼を言ってプルタブを開ける。一口飲んでみて、エナジードリンクだとわかった。


「……いろいろありがとう、彰ちゃん」

「何がです?」


「それじゃあね」

 北条は去って行ってしまった。


 らしくない。


 いつもならもっとあれこれ、もう少し機敏に動けなかったのかとか、日頃の訓練を怠っているからこんなことになるのよとか、さんざん嫌味を口にするはずなのに。


 無理もないか、と思う。


 かつては北条の友人であった犯人達に、彼が今までどんな気持ちでいたか考えたことがあるのかと訊ねた時。


 明確な返答はなかった。


 しかし少なくとも雨宮冴子の方は。突然あらわれた老人が向けた銃口から、咄嗟に彼を庇った。

 それが彼女の答えなのだと思う。


 決して気持ちが完全に離れてしまった訳ではない、と。


 苦しみながらも決意を変えようとはしなかった。

 必ず恨みを晴らす、という強い願いを。


挿絵(By みてみん)


 それにしても。


 相馬要のトラウマとはいったいなんだろう?


 あの時の彼は完全に、我を失っていた。

 言葉は悪いかもしれないが、幻覚でも見ているのではないだろうかと感じたほどだ。


 得体の知れない魔物を必死で退治するかのような。 


 過去に【何か】あったに違いない。


 銃声が、発砲音が彼の辛い記憶を思い出させたのだろうか。


 だとしたらよく自衛隊に入ったものだ。

 そのあたりは明日、取調べの際に訊いてみればいい。


 和泉は空になったエナジードリンクの缶を握りつぶし、ゴミ箱にシュートした。



 ※※※※※※※※※


「県警捜査1課の守です。御堂久美さん及び、山西亜斗夢君殺害事件についてお訊きしたいことがあります」


 日頃は優しくて温和な彼だが、今は厳しい刑事の貌をしている。

 病室に入ってきた時点で既に緊張感を漂わせていた。


「御堂久美さんの事故について詳しいことをご存知ですね? 彼女が転落死した現場から、あなたの指紋が付いたアーチェリーの矢が発見されました。真相を話してください」


 恫喝よりもいっそ恐怖感を与える冷静な声。


 大抵の刑事は舐められてたまるか、という気概があって強面になるし、自然と声も大きくなる。しかし彼はその真逆を行っているようだ。


「まず、なぜ、どうやって彼女を帝釈峡へ呼び出したのですか?」


 リョウは子供のように首を横に振る。

 怯えているようだ。

 もしかすると子供の頃の、父親に叱られた時の記憶が甦っているのではないだろうか。


「……リョウ、約束したよな? 全部話すって」

「怖い……」

「大丈夫。お前のことを叩いたり、殴ったりしないから」

 手を握ってやるとようやく落ち着いたようだ。


 すると彼は少しずつ、ぽつりと語り始めた。


 御堂久美の父親に逮捕状が降りたことは、雨宮冴子から聞いて知ったという。彼女のスパイが警察内部にいるらしい。


 そこでリョウは違法な手段を使って入手しておいた新郎のメールアドレスから、結婚式の招待客全員に式は中止だと一斉メールを送った。


 明日、新婦の父親が逮捕されるから、と。


 不思議なことに深く訊ねてくる者はいなかったという。後で知ったことだが、新郎の母親の方も裏でいろいろと糸を引いていたようだ。


 そもそもこの結婚式は、新郎側の主導で計画が動いていたらしい。

 そのことは招待客の割合にもあらわれている。


 御堂久美の方は新婦の家族以外、同僚が数名しか呼ばれていなかった。


 表向きの理由としては、御堂家の親族は皆、遠方に住んでいるため出席が困難であろうと考えたためだということだが。その実は、あまり親戚付き合いすら疎遠になるほど、嫌われていたのではないかというのがリョウの見解である。


「元々、親族一同にも良く思われていなかったみたいだし。皆から結婚を祝福されてたわけじゃなさそうだったよ。むしろ行かなくて済んでほっとした、って言う声が多かったみたい」


 そう言えばビアンカもそんなことを言っていた記憶がある。

 聡介は会ったこともない女性に同情を覚えた。


「招待客の中には、新婦の職場の同僚も含まれていましたが、どうやって……?」

「彼女達、グループメールやってたから、僕がその内の1人になりすまして『ボイコットしちゃおうよ』って言い出したんだ。まさか実現するとは思わなかったけど」


 聡介にはメール云々のくだりに関して、詳しいことはさっぱりわからなかったが、とにかくネットというのは恐ろしいものだということだけはわかった。


「……それから?」

「問題の式の日は、僕が新郎になりすまして、彼女にメールを送ったんだ。大切な話があるから帝釈峡に来て欲しいって。あの人、すっかり頭に血が昇ってたみたいでさ、まさかドレスを着てやってくるなんて思わなかったよ……」


 だとすれば。

 目撃証言の1つでも出てきて良さそうなものだ。


 ウエディングドレスを着た怒り顔の女性が歩いていたら、普通は目につく。ましてあんなド田舎ならなおのことだろう。


 和泉は目撃情報が一切出て来なかった、と話していた。


「なぜ、帝釈峡だったのですか? 大宮桃子さんの思い出の場所だったからですか。そういう演出の1つでしたか」

 守警部が訊ねると、リョウは首を横に振った。

「……あそこの人たちは僕達に親切だから。万が一事件だって疑われても、僕を見かけたなんてこと警察に言ったりしないから」


 町ぐるみで隠ぺい工作に加担していたのか。


「……それで、あなた方【黒い子猫】に御堂久美さん殺害依頼をしたのは誰ですか?」


「大宮さん……坂町で居酒屋さんをやってる」

「ご主人ですね」

「あの人は別に、殺してくれなんて頼んでないよ。ただ、娘の無念を晴らして欲しいって、それだけ……」


 ふと聡介の頭に、長野課長の顔が浮かんだ。



 それから帝釈峡での出来事をリョウは淡々と答えた。


 異様に高飛車な女だった。


『何なの? あなた!! タカシはどこよ?!』

『タカシっていうんだ、フィアンセの名前』

『タカシ、どこ? 一体何がどうなってるっていうの?!』


 女は大声で叫びながらウロウロと神龍湖方面に歩いていく。


『気分が良かった? 他人のフィアンセを汚い方法で奪って、結婚まで漕ぎ着けてさ。お姉さんって醜いね。顔は真っ白に化粧してるけど、腹は真っ黒みたいだね』


『何なのよ、あんた!! 何者なの、名乗りなさいよ!! まさか、こんなところに呼び出したのって、あんたの仕業なの?! タカシはどこ?』


 その後に続いた喚きはまさに聞くに堪えない罵詈雑言だった。


 時々ネット上で話題になるよな、こういうクレーマー女。

 リョウはアーチェリーに矢をつがえた。


 まずは脅しで一本放ってみる。矢は女のすぐ傍をかすめ、後ろにあったモミの木に刺さった。


『僕、あんまり上手くないから……上手く逃げた方がいいよ?』

『け、警察を呼ぶわよ?!』

『無駄だと思うよ? まぁ、止めないけど』

尾道には昔、ものすごい山奥に巨大な総合病院があってのぅ……。

今はどうなっとるかのぅ。


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