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162:一時休戦?

 北条が大型滑り台の麓近くへ到着した時、周と自分の部下の2人、青木と桃谷が一緒に北へ向かって走って行くのが見えた。

 恐らく人質が、亘理が、そこにいると確信したのではないだろうか。


 和泉は既に相馬と交戦中だ。


 そして冴子は、自分の部下……赤城と黒崎を相手に立ち回っている。皮肉なものだ。日頃は【犯人役】として学生達に逮捕術を教えている彼女が。今は役割ではなく、犯人そのものだなんて。


挿絵(By みてみん)


「冴子!!」

 北条が声をかけると、冴子だけでなく部下達も動きを止める。


 彼らは互いに急いで距離を取った。

「隊長!!」


 北条は冴子の向かい、数メートルほど離れた位置に立った。


「……あら、雪村君。あの子……リョウ君はどうしたの?」

「ふっ、何を寝惚けたこと言ってんのよ。アタシを誰だと思ってるの? アタシと闘って勝てる訳がないじゃない」


 すると冴子は可笑しそうに口元を歪める。

「……の割には、随分時間がかかったじゃない? それに怪我してるわ……」


 確かに、左腕に微かだが出血している。

 相手を少し甘く見ていたのは否定できない。

 怪我を見せないよう、右手で患部を押さえておく。


 それから北条は、部下2人に後方に待機するようハンドサインを送った。彼らは何の疑問も持たずに従ってくれる。


 ところで。

 若い頃に比べて少し動きが鈍ったのではないだろうか?


 相馬と闘っている和泉を見て、北条はそう感じた。


 そう突っ込めばきっと、デスクワークしている時間が長いので、と言い訳をすることだろう。まぁいい。



「要!!」

 北条が呼びかけると、なぜか和泉が振り返った。


 その隙を突かれた彼は、危うくナイフの刃先をまともに左肩へ喰らいそうになった。それを紙一重のところでかわし、恨みがましげな眼で睨んでくる。


 バカねぇ……。


 相馬が動きを止め、和泉もかなりの間合いを取ってから同様に静止する。


 それから。

「ねぇ。そんな物騒なものはしまって頂戴。それよりも、久しぶりに3人で再会できたんだから……お茶でも飲まない?」

 北条の台詞に部下達がギョっとした顔をする。

 しかしそれが文字通りの意味ではないことを、長い付き合いの冴子は悟ったようだ。


「……そうね。雪村君や、名探偵さんが何をどう【憶測】しているのか、聞かせてもらいたいものだわ」

「推理、よ。憶測じゃないわ。物証もある」

「物証……?」


「それと。残念だけど、あんた達の要求は通らないわよ。1つだけ通ったんだからそれで良しとしなさいよ」

「……とんだジョーカーだったけどね」

「そうね。あの子はほんとに、いろいろ【持ってる】子だから」


「ねぇ、ちょっと休憩しましょうよ。こっちの提案に乗ってくれたら、あんたの大切な子猫の扱いを考慮してやってもいいわよ」


「……リョウは……?」

「当然、逮捕したわよ」


 若い頃から変わらない話し方。

 淡々としていて、大きな声を出すことがない。


 それでも今は、仲間の1人が逮捕に至ったことを知り、帽子の下の瞳に微かながら怒りのような色が見えた。


「彰ちゃん、こっちいらっしゃい」

 和泉は言われた通りではあるが、警戒しつつぶすっとした顔でこちらにやってくる。

「まぁ、詳細は取調室で、ってことになるけど。ある程度ならこっちの持ってる情報と、そっちが隠してる情報を交換してもいいかなって思うんだけど。どうかしら?」


 相馬は答えない。


 代わりに冴子が、

「……闘いたくはない、そういうことね?」

「もちろんよ。話し合いで解決できればそれが一番だわ」


「甘いわよねぇ、雪村君ってホントに。よく今まで生きて来られたものだわ」

 思わず北条は彼女を睨んだ。

「まぁ……そうね。私はいいけど、要君は?」


「リョウは無事なのか?」

 相馬はよほど、あの猫目の若い男を大切に思っているらしい。


「無傷、と言いたいところだけど……残念ね。少しだけ手元が狂って、脚の骨を折ってしまったわ」

 肩を竦めてそう答えた瞬間だった。


「北条警視!!」

「隊長!!」


 和泉と部下達の叫び声と共に、北条は殺気を覚えた。


 すんでのところでナイフの切っ先をかわす。


 なんて奴……。

 北条はかつての友人の知らなかった一面を見た。


 しかし、ふと頭に浮かんだ記憶があった。


 相馬が可愛がっていた【I】という後輩。名前は池上あるいは、池内、井原などだろうか。

 その彼が仲間達からのパワハラに耐えかね命を絶った時。


 彼は実行犯を特定した上で自ら私刑を科し、見て見ぬふりをした上官たちにもきっちりと制裁を加えた上で組織を去った、と。


 ああ、この男はそう言う人間だったのか。


 自分にとって大切な存在。

 それを傷つける者は、たとえ誰であろうと決して許しはしない。


「手配しておいたからすぐに救急車が来るわよ。それに、優しいお巡りさんが傍についているから、何も心配いらないわ」


 誰のことなのか見当がついたのだろうか。

 相馬はナイフを鞘に収めてくれた。もっとも、また怒らせたらすぐに抜き放つのだろうけど。


 ※※※


 それは異様な光景だった。

 アサルトスーツに身を包んだ警察官複数と迷彩服の元自衛官。


 ダリアの花壇や松の木に囲まれ、一定の距離を保って向き合っている。傍から見ればいったい何が起きているのか、推し量ることは難しいだろう。


「そもそものきっかけは、ここ……世羅高原に再開発事業計画が持ち上がったことから始まったのよね? 冴子」

「さっき、そっちの探偵さんに話したわ」

 探偵と呼ばれた和泉が顔をしかめる。

 かまわず北条は続ける。

「地元住民の反対を無視して、地主はさっさと土地を売ってしまった。その結果、あんたのお兄さん夫婦は工場を失った。そうね?」


 冴子は少し怒ったような顔で、

「同じことを2回言わせないで」

「……そう言う台詞は、教場の学生達だけにしてちょうだい」


 警察学校の教官は口頭で指示を与える時、同じことを聞き返すのを許してくれない。だから学生達は必死にメモを取る。


 やはり身内感覚だからだろうか。

 つい、口調が荒くなる。落ち着かなければ。


 北条は誰にも気付かれないよう、深呼吸をした。


「その地主だけど。もしかして、町民全体から【黒い子猫】に殺害依頼があったのかしら?」


「……事故死よ。酔っ払った末に、足を滑らせて川に落ちた」


 北条は長い前髪をかきあげ、唇の端を吊り上げた。

「それと同じ状況で、あの猫目の若い男が富士原を殺そうとしたのを見たわ」


 冴子が相馬をちらりを見上げる。だが彼は無言のまま。


「上手くいけばその地主と同じように、あいつも【事故死】ってことで処理されて、喝采を送る人間は少なくなかったでしょうね。そう……あんた達のやり方は、誰かに疑いがかかることなく、あくまでも事故死っていう形でことを進めること……そうね」

 返事はない。


「他にもいろいろ、事故として処理されたけど本当はあんた達が絡んでるんだろうって言う案件は複数あるわ。帝釈峡でダムに転落した女性の事故、それから五日市埠頭であった海への転落事故。唯一、殺人事件ってハッキリしていたのは尾道の、あの子供の事件だけね」


「少し、いいですか?」

 和泉が口を挟む。

「尾道の事件で出頭してきた長門という人物ですが……そう、あなた方の要求の一つに、彼を釈放しろというものがありましたね」

 確かにそうだった。


「彼は雨宮さん……あなたのお兄さん夫婦が経営していたワイナリーで、従業員として働いていた。真面目に一生懸命。だから社長夫妻に可愛がられ、彼もまたそれに応えた。彼はこの地とワイナリーを本当に愛していたのでしょう」


「……何が言いたいの?」

隊長さんの部下で、名前が出ているのは今のところ5名。


赤城、黒崎、青木、黄島、桃谷。

覚えなくてもきっと、テストには出ません……(笑)

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