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159:成長の証し

 和泉の問いかけに、女性教官は黙り込んでしまった。


「……俺、雨宮教官のこと尊敬していました。皆のお母さんみたいな存在で。俺は自分の母親をよく知りません。だから、生きていたらきっとこんな感じなのかなって……勝手にそう思っていました」

 周は必死に彼女の目を見つめたが、逸らされてしまう。

「富士原教官のことは……護……倉橋巡査が俺のために、あのままでは本当に死んでしまうって考えて、教官に助けを求めに行ったことを聞いています。その『依頼』を受ける代わりに条件として、猫を引きとること……」


「死ねばいいって、あなただってそう思ったでしょう? そのとおりになったんだから良かったじゃない。あんなの、生きていたって公害になるだけだわ」


 その意見は間違いだということを周は理解している。


 だけどきっと今、正論は意味をなさない。


「ありがとうございました」


 視界の端で和泉が驚いた顔をしたのがわかった。


「あんな、生きてる価値もないクズを始末してくださって、嬉しかったです」


 雨宮教官の方も、目を見開いている。


「……俺がそう言えば、満足ですか?」


 ※※※※※※※※※


 周は目にいっぱい涙を溜めていた。

 恐らく今、彼の胸の内を支配しているのは、信頼していた人の裏切りに対する怒り、そして悲しみ。それだけだろう。


「護は、倉橋巡査はっ、ただ俺のことを助けて欲しいって頼んでくれただけだ!! 誰があいつを殺してくれなんて言ったんだよ?!」

 雨宮冴子は眉間にしわを寄せる。


「こんなことを護が知ったら、きっと一生……苦しむことになる!! 俺だって、あんな奴いなくなればいいと何度も思った!! でも……」

 周は声を詰まらせた。


「彼らはそう……逃げませんでした。困難にめげず、あきらめもしなかった」

 和泉は傍らの相棒の肩に触れた。

「あなたが人質にしている、亘理玲子さんという女子学生もそうです。我々は彼女を探しに行きますからジャマをしないでください」


 行こう、と和泉は一歩踏み出した。

 しかしすぐ目の前に女性教官が立ちはだかる。


「……どこにいるのか、わかるの?」

「教えてくださるんですか?」

 和泉はやや挑発するような口調で訊ねた。すると。


「あなた、女の扱いが下手だって言われたことない?」

「過去、妻だった女性に逃げられた履歴があります」

 やっぱりね、と雨宮は笑う。

「忘れてない? 私達の要求は他にもまだあるのよ」


 周を連れてくること以外に、あと2つ。

 いずれも実現の望みは薄いだろう。


「そう一度に何もかも叶えられると思わないでください。あなたも警察組織に身を置く人間であれば、わかるでしょう?」

「……そうね」

「そもそも、まずは人質の解放が優先です。それが警察官の常識だってわかるでしょう?」

「理論上では、ね」


「雨宮教官!!」

 周が叫んだ。「代わりに人質になれっていうんなら、俺……自分がいくらでもそうします!! だから早く亘理を……!!」


「藤江君」

 雨宮は真剣な眼で周を見つめる。

「あなたは少し感情に先走り過ぎだわ。自分を犠牲にする気持ちは尊いけれど、それが果たして常に最善なのかどうか……よく考えなさい」

 周は黙り込んでしまう。


「そうだよ、周君」

 今度は不思議そうな顔で見上げてくる。

「君に万が一のことがあったら、どれだけの人が悲しむと思う?」


 でも、と彼は一度俯き、それから顔を上げた。

「……犠牲になっていい人間なんて、この世に1人もいないだろ?!」


 すると。

 雨宮冴子は急に笑い出す。

「やっぱり藤江君、あなたはそういう子ね」


 そう長くない期間であったとしても、家族のように時間を過ごした周のことを、彼女もよく知っているようだ。


 どこまでも自己中心的な人間とは対極にいる。それが彼だ。

 和泉は胸の内で同意していた。


「あなたは今まで、悔しさに眠れない夜を過ごしたことなんてないのかしら?」

 周は答えない。

「例えば、この世の中に生きる価値もないクズが存在するってこと、知ってるでしょ?」


 ふと和泉の頭の中に、いろいろと浮かんだ顔があった。


「私の娘には、あの3人よりもはるかに大切な、生きる価値があったのよ!!」



「……そうでしょうか?」


「い、和泉さん?!」

「少なくとも僕に言わせれば、もしお嬢さんが今のあなたの姿を見たら、恥ずかしくて死にたいと思うかもしれません」

「何ですって?!」

「お嬢さんは今のようなあなたの姿を、決して見たくなどなかったに違いない……」


 するとその時。

 いきなりだった。前触れもなく、すぐ目の前で銀色に光るナイフが軌跡を描いていた。


 反応が遅れていたら間違いなく切られていた。

 話は終わりだと言わんばかりに、突然、相馬の方が攻撃してきたのである。


 和泉は咄嗟に周を庇い、後方に飛び退る。


「……少し落ち着きませんか? まだ話は途中だと思うのですが」


 ダメだ。

 相方が戦意を失いかけていることに危機感を覚えたのだろう。相馬は無言の内に次々と襲いかかってくる。


 ここは足場が悪い。


 むき出しの木の根っこや石、下手をすれば足を引っかけてしまう可能性のある雑草が生い茂っている。

 できるだけ舗装された場所におびき出さなければ。


 それに、このまま周を庇って動くのは少し無理がある。


 来る途中、時間がない中でどうにか教えこんだハンドサイン。

 和泉は親指を西に向けて指した。


『西に向けて走れ』の意味だ。


 彼は黙って頷き、走りだす。和泉もそれに続く。


 相馬は狙い通りに追いかけてきた。アスファルトの敷かれた道路に出る。すると近くにあった桜の木の太い枝がどさっ、と頭上に落ちてくる。それが自分と周の間を隔てるものとなった。


「周君!!」

 周の方に注意を逸らされた瞬間、和泉は背中に衝撃を感じた。


 肩口を切りつけられたのだ。


 幸い、防刃ジャケットのために深い傷を負うことはなかったが。振り返るとすぐそこに相馬が立っていた。


 和泉の腹部に、相手のブーツの踵が食い込んでくる。

 胃を直接つかまれたかのような痛みを覚え、一瞬目の前が真っ白になる。身体が浮き上がり、やがて、背中をアスファルトの上に打ちつけてしまった。


 苦い物が喉元にこみあげてくる。

 靴底が目前に迫ってきた。


 和泉は咄嗟に身体を回転させ、どうにかかわした。起き上がるついでとばかりに右足を振り上げ、相馬の軸足に蹴りを入れた。


 バランスを崩した相手の脇をすり抜け、周の方に走り寄る。


 すると。

 今度は女性教官が和泉に向かって警棒を手に走ってくる。さすが人に教えるだけあって、その動きに無駄はない。


 まともに喰らうつもりはない。

 最初の一撃をかわし、和泉も特殊警棒を左手に構える。

 深手を負ったわけではないとはいっても、肩が痛む。


 どう制圧するか考えていた時だ。


 雨宮が警棒を突き出しつつこちらに突進してきた。最初の一撃を振り払ったはよかったが、彼女はすぐに身体の向きを直し、今度はこちらの左手首をつかんできた。

 女性でありながらその握力は侮れない。


 和泉は右足を繰り出し、相手の太腿に蹴りを入れる。バランスを崩した彼女はアスファルトの上に転がりながらも、お返しとばかりに和泉の脛を狙って右足を蹴りだす。


 その攻撃をかわした背後から、相馬が上段蹴りで襲いかかってくるのが見えた。まともに喰らったらタダではすまないだろう。


 腕か肩か、いずれかを犠牲にするしかない。


 和泉がそう覚悟を決めた時だ。


 ガンっ、という音と共に、背中に人の気配と温もりを感じた。


 肩越しに振りかえると、相馬がバックステップを踏んで数メートルほど離れて行ったのが見えた。


 身体ごと後ろを向くと、そこには周が。


「……周君……、大丈夫?!」

「……こ、怖かったけど……平気!!」

 額に汗を浮かべ、荒い息をついている周は、少なからず震えていた。


「お、俺だって、守られてるばかりの……あの頃とは違うんだ!!」


 相馬の攻撃を、彼が楯で受け止めてくれたのだとわかった。

 なんていう頼もしい相棒だろう。

挿絵のバランスが悪すぎて……そーりー(T_T)/~~~

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