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158:信じたくない

 相馬は淡々とした口調で語る。

「……猫達は他人を欺いたり、嘘をついたりもしない。だが人間は。自分の願いを、欲望を遂げるためなら平気で他人を欺き、嘘をつき……その行動は動物以下だ」


「それはもしや、御堂久美さんのことを仰っているのでしょうか?」

「……ああ、確かそんな名前だった……」

 このまま上手く話を伸ばして、他の隊員達に人質を捜索させるしかない。


「職場の同僚だった大宮桃子さんという女性からフィアンセを奪った……およそ、策略を巡らしてまで奪う価値のある男だったとは到底思えない……っていうのは、僕の個人的な意見なので忘れてください」

「あなた、面白い人ね」

 雨宮教官が笑う。


「それでも、大宮桃子さんにとっては自ら命を絶ってしまうほどのショックでした。とある事件でお母さんを失くし、やっとつかんだ幸せを目前にした矢先に。しかもどうやら御堂さんはその事件のことを脚色し、彼女のフィアンセに話したようなのです」

「最低ね」

「ええ、最低です。さて。この場合、御堂久美を許せないと考えるのは誰か……?」


 周はもしかしたら少し混乱しているかもしれない。


 ここに来るまでの間、一連の事件の概要は説明したが、細かい所まで話している暇はなかった。しかし彼ならきっと余計な口を挟んだり、ましてジャマをするような真似はするまい。


 きっと今、彼の頭の中は教場仲間を助けることでいっぱいだろう。


 和泉は心の中で周に『焦らないで』と語りかけた。きっと通じていると信じている。


「藤江君、あなたが答えなさい」

 急に指名された周はびくっ、と震える。

 それでも彼は答えた。

「……遺族、です。その、フィアンセを奪われた女性の」


「彼の言う通りです。大宮桃子さんのお父さん……坂町で【おおみや】という居酒屋を経営なさっている方です。彼に【黒い子猫】を紹介したのはあなたなのではありませんか? 雨宮さん」

 女性教官は笑うだけで答えない。


「あなたがその店の常連だったことは、既に調べがついています。かつては海田北署にいたと。であれば管内にあるその店を、檀家にしていたとしても不思議はありません」

「……否定はしないわ」

「我々は初め【おおみや】のご主人を疑いました。でも彼には不動のアリバイがある。そこで考えたのが嘱託殺人……」


 相馬が微かに動こうとした。それを制したのは雨宮冴子だ。


「ついでに言うなら、これは恐らく偶然でしょうが……御堂久美さんは雨宮さん、あなたからこの世羅の地を奪ったあしたかグループ専務の娘、でした。いろいろな偶然が重なりあって、何と言いますか……」


「ラッキー、でいいんじゃない?」


 和泉は思わず彼女を睨んだ。

 すると彼女はふふっ、と笑う。

「あなたも雪村君と同じタイプね。妙なところで真面目なの」


 乾いた風が、まるで対峙する二組を隔てるかのように吹き抜けて行く。


「それじゃあ、あなたはおおみやのご主人が、その闇サイトに依頼を出したってそう言いたいのね?」

「……恐らくは」


 恐らく核心をついている。

 和泉は女性教官の表情を見ていてそう感じた。


「でも。こう言ってはなんだけど、あの年代の方にパソコンは厳しいわよ。お店の経営管理もほとんど娘さんがやっていたぐらいだから」

 雨宮冴子は相変わらず銃を手にしたまま、おかしそうに話す。


「であれば、あなたが手引きしてあげればいい」

 和泉の台詞に、上向きだった彼女の口角が下がる。


「……妻子を失った父親に残ったのはあの店だけ。失いたくないと考えた。だから自分の手を汚すことなく、娘の仇を討ってくれる誰かを探し……」


「おじさんのことを卑怯者みたいに言わないで!!」

 怒りと悲しみの入り混じったような表情で彼女は叫んだ。


 周が驚いた顔をする。

 恐らく、日頃はそれほど大声を出さないのだろう。授業中に大ボリュームで指示を飛ばすことがあるとしても、それは感情に基づくものではない。

 外見だけで受けた印象からすれば彼女は、どちらかと言えば【クール】な印象だ。


 それでも今は。

 大切な人を庇うためなのか、女性にしてはややハスキーな声が高ぶっている。

「初めは私が、桃ちゃんにサイトの案内チラシを渡したの。彼女ならきっと、サイトにつながる入り口を見つけられると思ったから。確かにアクセスした履歴はあった。でも……あの子は何も書かなかった。そうして、自分で命を……そんな子の父親なのよ!!」


「失言でした、撤回します」

 和泉が素直に謝罪すると、今度は拍子抜けしたような表情を見せた。


「どうしても許せなかった、そういうことでしょう。妻を失くした事件のことを脚色したことも、娘のフィアンセを奪い、心に消せない傷を負わせたことに関しても」


「……もし、あなただったら。許せるの……?」


 和泉は首を横に振った。それから、

「僕の見解はこの際、重要ではありません」

 相馬と雨宮、両名を等分に見つめる。



 ※※※※※※※※※


 和泉の語ることを、周は半分以上、信じられない気持ちで聞いていた。


 復讐の代行を請け負う闇サイト?

 その件については世羅高原に向かう途中、概要だけは教えてもらったけれど。


「どうして……?」

 そんな違法なことに、なぜ雨宮教官が?

「なんであなたがそんなことを? 俺も話はいろいろ聞いたけど、俺にはわからない……!!」


 すると、副担任である女性教官は再び笑みを浮かべる。

「ねぇ、藤江君。いいことを教えてあげる。そもそもあなたをここに呼んだのは、感想を聞きたかったからなの」


「どういう意味です……か?」

 何かに気付いたのか、和泉がはっとした顔をする。


「富士原が死んだわ」


 そのことは聞いている。


「あら、思ったよりも驚かないのね」


「聞きました……でも、どうして?」

 周はもはや、自分が誰にそう問いかけているのかすらわからないような気がしていた。


「依頼があったからだ」と、答えたのは相馬の方だ。

「依頼……?」


 それはまさか……。


「お、俺はそんなこと、誰にも頼んでいないっ!!」

 周は戦慄を覚えてそう叫んだ。

「そうよ、依頼主はあなたじゃないわ。倉橋君だもの」


「……護が、護がそんなこと頼んだりする訳がない!!」


 ぐいっ。和泉に肩を抱き寄せられ、周は少しよろめいた。

「適当なことを言って、彼のような純真な若者を戸惑わせるのはやめてください。本人から聞いています。雨宮冴子さん。倉橋君から助けを求められ……黒い子猫に、相馬要氏に依頼を出したのはあなたですよね?」


「……私はただ、彼から藤江君を助けてって言われただけ」

 和泉が怒りを覚えたであろうことが、触れ合った部分から感じ取れた。


「ふふ……怒ってるみたいね。そう、気持ちはわかるわ。ねぇ藤江君。殺人教唆ってわかるわよね? 刑法の成績が良いあなたならわかるでしょ、答えてみて」


「刑法第61条……人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。 2 教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする……」


 正解、と女性教官は艶やかな唇を吊り上げた。

 でもね、と彼女は続ける。

「どうやって立件するの? 私がただ一言、そんなことは知らないって言ったらそれで終わりなのよ。それともまさかその時、倉橋君が録音でもしていたって言うの? そんなの無理よねぇ。携帯もスマホも持ってないんだもの」


 周はすっ、と血の気が引いていくのがわかった。


「状況証拠だけで言えば、倉橋君が一番クロに近いってことになるわ、そうでしょ?」

「護はそんな……!!」


「それと同じことをあの3人組にも言われたのでしょう? ならばどうして、あなたがその同じ過ちを他人に対して行うのですか?!」

 和泉の叫びに、雨宮冴子の表情が変わった。


「お嬢さんを学校から追い出したばかりか、罠にかけて、ストーカー男に殺されるよう仕向けたあの3人……今のあなたが仰ったのと同じことを……!!」

殺人教唆の立件は本当に難しい……らしいですね。

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