153:せらやんと一緒
目的地付近には整備された真新しい道路が真っ直ぐに続いている。
周が『異変』に気がついたのは、フラワーパーク駐車場は右300メートル先、という看板を目前にしたその時だ。
「……何よこれ!!」
道路が封鎖されている。
工事現場などで使用する黒とオレンジの柵。それらが横一列に並び、車の侵入を防いでいる。
さらに両脇には手書きの文字で『立ち入り禁止』と書かれた看板が立てかけられていた。
「俺、どかしてきます」
周は車のドアを開けようとした。しかし。
「待って!!」
腕を引っ張られ驚いて動きを止める。
そのすぐ後にバチン、という衝撃音が。
「……石を投げつけられたわ……」
「え……?」
一度では終わらなかった。
何かがぶつかってくる音は次々と、段々と激しくなる。
誰がこんなことを?!
「このまま突破するわよ!!」
北条が言い終わるが早いか、車は急発進する。
車体に傷がついたであろう音と共に、柵が引き倒される音。タイヤが倒れた看板を引きずっているようで、後部からガリガリという耳障りな音が響く。
飛んでくる石が当たる音もやむことはない。
避けようと運転席の隊員が忙しく左右にハンドルを切るため、全身が揺れる。
転んでしまいそうになった周を和泉が抱きとめてくれた。
「……これはいったい……?」
「黙ってて、舌を噛むわよ?!」
そのまま車はものすごい勢いで突き進み、駐車場を突っ切り、入園チケット売り場のカウンター前にまで到着した。
北条が少しだけ遮光カーテンを開けると、周の目に驚くべき光景が目に入ってきた。
どこからあらわれたのか、高齢者から比較的若い男性まで、様々な年齢層の人々が基地局を取り囲んでいる。
「帰れ!!」
「そうだ、帰れ、犬!!」
再び石が飛んでくる。
日頃はきっと、ごく普通の庶民なのだろう。
でも今は。
誰に何を言われたのか、形相が違う。
まるでこちらを侵略者でも見るかのような目で睨みつけている。
怖い。
でも、降りなければ。
「群衆心理ってやつだね……」
隣でぽつりと和泉が呟く。
周は彼の横顔を見上げた。
「そうだった、ここは彼らのホームグラウンドでしたね。北条警視」
「ここも、よ」
「地元住民は全員、犯人グループを応援してます、ってことですね」
2人の遣り取りが妙にのんびりしているように思えて、周は焦りを覚えた。
どうするつもりだろう?
このままでは園の中に入るどころか、基地局から降りることすらままならない。
するとそのすぐ後、無線機から声が聞こえた。
『第3方面機動隊、ただいま現場に到着いたしました!!』
『第5方面機動隊、同じく現着!!』
周が顔を上げ、窓の隙間から外を見ると。
自分がいる基地局と同じような大型車が4台、いや5台はすぐ近くに停まっている。
次々と特殊車両から降りてくる黒い塊。楯を手に訓練された兵士のように、足並みを揃えて整然と一列に並ぶ。
「遅いわよ!!」
『はっ、申し訳ありません!!』
「とにかく民間人を引き下がらせて!! あとはこっちで何とかするから!!」
※※※
基地局の扉が開かれる。
舞い上がる土煙と埃が目に入りそうになり、周は慌ててゴーグルを降ろした。
すぐ近くで怒号と叫び声、そして悲鳴の様なもの。
何かがぶつかりあうような衝撃音やまばゆい光。煙の白い筋も見える。
ちゃんと見なくてはいけない、そう頭ではわかっているが。
以前、テレビ中継でデモ隊と警察が衝突する場面を見たことがある。
それは遠い外国での話だった。
でも今はそれが目の前で起きている。
怖くなって周は思わず、すぐ隣に立つ和泉にしがみつきそうになってしまった。彼の視線はしかし既にフラワーパークの中を見ているようだ。
伸ばしそうになった手、を急いで引っ込める。
次の瞬間、周は男性の1人が楯を持った警官にぶつかって行き、逆に弾き飛ばされたのを見た。
その勢いに巻き込まれ、何人かが共に地面へ倒れてしまう。
「行くわよ!? しっかりついて来なさい!!」
担当教官、今は現場指揮官の号令。
周は背筋を伸ばした。
「は、はいっ!!」
そうだ。
今は怖がっている場合じゃないし、知らない人の心配をしている場合じゃない。
人質となった子供を、仲間を助け出さなければ。
※※※※※※※※※
人質の1人である少女はすっかりご満悦である。
本日、フラワーパークは実質的に貸切状態だ。
メンテナンスのため閉園となるこの日を狙ったわけではなかったが、こちらにとっては好都合だった。居合わせた業者や従業員は、適当な嘘を並べて外に追い出した。
「ねぇせらやん、次はあれ行こうよ!!」
「いいよ!!」
少女が手を引っ張る先にあったのは巨大な滑り台である。山の斜面を切り崩したところに設置してあり、全長100メートルはあろうかというこの遊具は、大人でも一番高い所に立つと少し躊躇してしまうほどだ。
「ねぇ……せらやんが先に滑ってみて?」
「え、怖いの? 美羽ちゃん」
「……怖い……」
「あはは、そうなんだ。じゃあ、せらやんと一緒に滑ろう?」
うん! としがみついてくる少女の背中を抱え込み、共に腰を下ろす。
「……リョウ」
耳に挿した通信機から相棒の声がする。
すぐに行くよ、と答えておく。
「じゃあ、行くよ? 3、2、1……ゴー!!」
無事に終点へ着地すると、少女はにっこり笑う。
「楽しかったー!!」
「良かったね」
頭を撫でると、嬉しそうにはにかむ。
そこへ相馬がやってきた。
「……どういうことだ?」
その口調には微かな怒りが混じっているように思えた。
「俺は何も聞いていないぞ。帝釈峡の方は」
そう述べるサングラスの男は少女を見つめる。
誰? と、少し怯えた様子で彼女は後ろに隠れた。
「美羽ちゃん、せらやんはこのお兄さんとちょっとだけ話があるから、先にもう一回滑り台のてっぺんに行っててくれないかな? 少ししたら追いかけるから」
うん、と返事をして彼女は斜面を登り始める。
その後ろ姿を確認してから、せらやん……半田遼太郎は相馬の腕をひっぱり、木陰に隠れた。そうして頭に被っていたものを外す。
「ごめんなさい……」
「もしかして例の【聡介さん】か?」
「うん……ここに近付けたくなくて」
「だから俺に何も言わなかったのか?」
「……うん」
相馬は溜め息をつく。
「あいつらが、またやらかした」
「え……っ?!」
「お前が帝釈峡に呼び出した女性を拉致して、警察をおびき寄せた。現行犯逮捕、だそうだ。例の男子学生も保護されたらしい」
それを聞いた半田は腹立ちまぎれに着ぐるみの頭部を、土の上に叩きつけた。
「ふざけんなよっ!!」
「落ちつけ、リョウ」
「いつもいつも、勝手なことばっかりして……!!」
『あいつら』というのは3人組の自称仲間、だ。
そのうち1人はかつて自衛隊にいた時の同僚である。その男は相馬の信者と言ってもいい人物だった。だが半田はあまり信用していなかった。
善かれと思ってしたことが裏目に出る。そう言うタイプだ。
今も自衛隊に籍を置きながら、積極的に相馬の【自称】協力者を自負している。
信者でありながら上の判断を仰ぐ前に、こうすれば相馬さんが喜ぶ、という勘違いで暴走するタイプ。
そしてあと2人。奴らは世羅の人間だ。
世羅で再開発計画が施工され、反対運動を起こした地元住民の中に彼らはいた。企業側に雇われたチンピラもしくは半グレ集団を蹴散らした時、すっかり惚れ込まれて、仲間に入れてくれと言ってきた。
【黒い子猫】は相馬と2人だけでやって行くつもりだったので断った。
だが彼らは【自称】協力者である現役自衛官と組んで、好き勝手なことをやり始めたのである。
その一例が、警察の人間が相馬について調べ始めたという情報が入った時。今も呉の海上自衛隊にいる都築という自衛官に警官の1人が接触しようとしていることが判明した折、奴は『勝手』に襲撃計画を立て、実行した。
信条も信念もない。
ただ、暴力を愛するだけの野蛮人。
奴らには一生かかっても、自分達の仲間にはなりえない。
完結に向けてなるべく連投していきたいと……思います。