150:相手が悪かった
高速道路を降りて一般道に入ると、どういう訳か帝釈峡へ向かう上り方面の車線のみがやたらに渋滞している。
こんな田舎町にはめずらしいことだ。まして今日は平日、観光シーズンでもないというのに。
「高岡警部、アレつけちゃっていいですか?」
黄島はやや嬉しそうだ。
「アレ?」
「赤いやつ鳴らして、緊急走行」
ゴーサインを出す。黄島はサイレンを鳴らして反対車線を走行し始めた。
長い列を作っている車を横目に、あっという間に観光客用の駐車場に到着する。聡介はそこにビアンカの車が停めてあるのを確認した。
「ここから、どこへ行ったんだろう……?」
「こっちです!!」
と、黄島。
彼は迷いなく神石高原方面へと進んで行く。
「な、なんで?」
古川は不思議そうな顔をしながら、それでも鑑識セットを入れたカバンを肩に追いかけていく。聡介も続いた。
多分『匂い』だろう。
聞いたことがある。彼の嗅覚は犬並みにすごいのだ、と。
それから約1キロ歩いた場所で、消防車や複数台のパトカーが停まっているのが見えた。
規制線が張られており、その手前で制服警官と野次馬が押し合いへしあいしている。
「警察です!! 何があったんですか?!」
聡介が近くにいた制服警官を捕まえて話しかけると、
「崖下で事故車が発見されたんです」
「事故車……?」
途端にものすごい不安に襲われる。
まさかビアンカでは……?
「ま、まさか中に人が……?! 金髪の白人女性じゃ……?」
相手は怪訝そうな顔をしたが、
「いえ、黒い髪の日本人女性ですよ。残念ですが既に死亡が確認されています」
ほっとした瞬間、全身の力が抜けてしまった。
思わずその場にしゃがみこんでしまう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すまない……」
聡介は差し出された黄島の手をつかみ、ゆっくりと立ち上がった。
すると、古川が自分を呼ぶ声が。
「高岡警部!! これ、まさか……彼女さんの?」
彼の足元にはいろいろなものが散らばっていた。
見覚えのあるカバンと、その中身。財布に化粧ポーチとハンカチ、そしてスマホ。聡介はスマホを拾い上げて画面をタップしてみた。ロックがかかっていなかったので、すぐに待受画面があらわれる。
間違いない。これはビアンカのものだ。
※※※※※※※※※
ふと目が覚めて起き上がろうとしたビアンカは、手足の自由が効かないことに気づいた。
ここはどこだろう?
天井が高く、薄暗い。
すぐ近くには段ボール箱がうず高く積まれている。箱の側面には有限会社Aと書かれていた。
何かの工場のようだが、人がいたり、稼働している気配はまったくない。
「……あ、あなたは……?」
突然、暗がりの中から声が聞こえた。ビアンカはびくっと震えて、声の方に目を向ける。
「誰っ?!」
高い場所にある小さな窓から少しだけ光が入ってくる。ビアンカはもぞもぞと這い寄って明るい場所に移動した。
「じ、自分は怪しい者では……見ての通り、手足を縛られて動くことができません」
男性の声だ。
「見ての通りって言われても、暗くて見えないわ……ねぇ、動ける? 動けるならもう少し明るい場所に移動して」
はい、と返事があり、床を這いずる音が聞こえる。
そうして微かに見えたのは、やはり手足をロープで縛られた、五分刈り頭の若い男性であった。
「自分は県警初任科生で、栗原と申します」
「初任科……」
確か周もそうだと言っていなかったか。
「つまりあなたは、警察学校の生徒さんっていうことね?」
肯定の返事。
「私はビアンカよ。せらやんを名乗る人から電話がかかってきて、何か面白いものを発見できるから来てみてって言われて、帝釈峡にやってきたんだけど……気がついたらこんなことになっていたの。あなたはどうしてこんなところに?」
しばしの沈黙。
「……もしかして、奴の仕業か……?」
突然、栗原と名乗った男性は言い出した。
「どういうこと? 奴って誰?」
「実は……」
自分は教場の中で成績優秀で、教官からの覚えもいい。そのことを妬んだ誰かが仕組んだ罠にはめられたのだ、と。
「どういうこと?」
少し胡散臭く感じつつも、ビアンカは話の続きを促した。
栗原の語るところによると。
昨日は1人で出かけていて、寮に戻ろうとした時に当然、町中で知らない奴らにケンカをふっかけかれた。警察官である自分が一般人を傷つける訳にもいかず、必死で逃げようとしたが敵わずに、気がつけばここに拉致監禁されていた。
門限までに寮に帰ることができなければ重大な規則違反である。
自分を陥れようとした人間が、きっと誰かを雇ってこんなことをしたのだ。
言いたいことはわかるが、あまり頭の良い人ではないな……という印象をビアンカは抱いた。
「誰かって誰よ? 誰があなたに恨みを抱いているっていうの?」
「あいつだ、あいつ!! 藤江周に決まってる!!」
飛び出してきたのは思いがけない名前。
「……藤江周って、もしかして……あの……」
「え?」
「明るい髪色の、目が大きくて、可愛い顔した子のこと?」
「自分は男を可愛いと思ったことはありませんが、確かにやや女の子寄りの顔立ちではあります」
間違いない。
「その子が、あなたを拉致してこんな場所に監禁するように『誰か』に頼んだって言いたいの?」
ビアンカの口調が剣呑になったのを感じ取ったのだろうか、微かに相手が身を引いたのがわかった。
「は、はい……」
「冗談じゃないわよ!! 周がそんなことする訳ないじゃない、何言ってるの?!」
「え、え……?」
「周はね、私の友達よ!! あの子のことよく知ってるけど、他人をはめたり、嫌がらせしたりなんて、絶対にない!! 他人を傷つけるぐらいなら自分が傷つく方を選ぶ、そういう子よ?!」
この男性に何が起きたのか知らないが、最早どうでもいい。
「さっきの話って、自分が周にしようとしていた計画だったんじゃないの?!」
相手はすっかり黙り込んでしまう。
「だとしたら自業自得だわ、バカバカしい!!」
ビアンカは言いたいことすべて言い終えてから、ふと、どうしよう……と思った。
きっと聡介は助けに来てくれるだろうけど。
何とかならないだろうか、このロープ。
その時、
「おい、どうするんだ?」
恐らく自分を拉致したであろう男達の話し声が聞こえてきた。ビアンカは口を閉じた。
「どうもこうも、始末するしかないだろうが」
「でもよ、計画になかっただろうが……」
「さっきソウマさんに訊いたら、男の方はさっさと始末しろって言ってたぞ。でも、女の方は何も聞いてなかったみたいだ」
「それはリョウさんが……」
「まさか、あの2人に限って連絡の不備なんて……」
何の話だろう?
「おい、またじゃないのか?!」
「またって何だよ?」
「お前らはいつもいつも、勝手に自分達の思いつきで行動する!! それがどれだけソウマさんの迷惑になっているのかわかっているのか?!」
「自分だってそうだろうが!!」
何を揉めているのだろう? しかしどうやら、自分を拉致監禁することは突発的な行動だったと、それだけは察することができる。
「とにかく……」
コツコツ、近づいて来る足音。
男達がすぐ近くにやってきたようだった。
「おい、いいこと思いついたぞ!!」
この場合の【いいこと】はたいていロクなことではない。
ビアンカは息を呑んで続きに耳を傾けた。
「男と女を同時に始末すれば、警察は【心中】だって判断する。昔、何かの小説で読んだことがあるぜ」
「お前、本読んだりなんかするのか」
「うるせぇな。本ぐらい読むさ、俺だって」
冗談じゃない。
こんな男と心中だなんて、偽装でも冗談じゃない。
確かに刺激的な【非日常】かもしれないけど、結末が悪すぎる!!
その『小説』とは?
とある、有名過ぎる作家の代表作です。
もう故人だけど……。