148:さらっ、と恐ろしい……
それからせらやん、と名乗った着ぐるみは玲子に背を向けると、
「ねぇ、美羽ちゃん。せらやんと一緒に遊ぼう? 今日は特別、フラワーパークが貸し切りなんだよ!!」
「うん!!」
差し出された手を、少女は何の躊躇いもなく握り返してしまう。
今、フラワーパークと言った?
確か世羅高原に新しく、そんな観光施設ができたと聞いている。
「ここは世羅なの……?」
玲子は着ぐるみの背中に問いかける。
「うーん、たぶんね」
いこ、と着ぐるみは少女を連れて歩き出す。
「待って、その子をどうするつもりなの?! 何が目的なの?! あなたは誰なの?!」
せらやんは足を止めて振り返る。
「お姉さん、職質下手だって、よく怒られない?」
確かに以前はそうだったが。
「心配いらないよ。本当の意味で罪のない子供に危害を加えるような真似はしないから」
玲子は呆然として、二の句が継げなかった。
二人が出ていったのと入れ替わりに、新たな人影が。
「……彼女が?」
知らない男性の声。
「ええ、そう」
応じた女性の声には聞き覚えがある。
そして、あらわれた2人の男女は。
「……雨宮教官……!?」
毎日顔を合わせている女性教官はなぜか、警備実施訓練の際に着る、あの装備一式を身に着けている。
一緒にいる男性は迷彩服を着ている。自衛隊員のようだ。
「どうして、これはいったいどういうことなんですか?」
答えはない。
「ねぇ、亘理。いつも教えてるでしょう? すぐ人に質問するのは愚かな警官のすることだって。今の状況、いる場所、得られる情報すべてを頭に入れて、自分で考える。そんなことじゃあなた、いつまで経ってもD判定のまま成績上がらないわよ」
警察学校での成績は座学、術科、実習、演習、試験……すべての教養課程での成績を総合して判定が下される。
もちろん、卒業式の日に一番の栄誉となる総代に選ばれたければA判定を目指すしかない。
既に卒業を間近に控えている今、挽回の余地はない玲子にとって、どうにかCぐらいは取りたいところだが。
ここでの【判定】は、いざ卒業後の配属先で先輩達が自分を見る『色眼鏡』になる。
総代に選ばれるほどの【A】が来れば大歓迎。
警察に限らず、民間企業だってそうだ。
優秀な人材が来てくれればそれに越したことはない……。
そこで玲子は必死に頭を働かせた。
そして出た結論は。
「ここは世羅高原、私は【せらやん】を名乗る何者かに拉致され、ここに監禁されているのですね?」
女性教官はにっこり笑う。
「まぁまぁ、ってところね。雪村君は甘いから90点ぐらいあげるんだろうけど」
再び、どうして、と言いかけて飲み込んだ。
「ご褒美じゃないけど、いいことを教えてあげる。谷村と富士原は死んだわよ」
「……え?」
すると雨宮教官は玲子の傍にやってきて床に膝をつき、玲子の右肩に触れる。
「そのうちきっと、あなたのことを助けに王子様が……上村君がやってくるわよ」
彼はそんなのではない。
しかし今は、何を言っても無駄だ。
彼女も誤解しているようだが、別に一部の女子達が言うような恋愛感情など、少しも交じっていない。
確かに上村は当初からどういう訳かよく親切にしてくれた。
彼はただ、そうしたいからそうしただけ、なのだろう。
座学では右に並ぶ者がいない彼も、体力だけはイマイチで、そこに玲子は親しみを感じていた。
どちらかと言えば家族のような、友人のような、そういう存在。
だが理解してくれない一部の女子は、妬みを抱き、いろいろとくだらない嫌がらせを始めた。
特に谷村晶。
彼女は入校当初から、何かとミスをしては迷惑をかけている自分のことを鬱陶しく感じていたようだ。そこは申し訳ないと思っていたが彼女だって完璧ではない。
その上。チラリと聞こえた話では彼女はどうも、上村に好意があるらしい。
今までは自分を守ってくれる存在がいた。しかし彼女は不幸な事故により、命を落としてしまった。
今や天下は谷村のものだ。
少しの間、なりを潜めていた嫌がらせが再び台頭してきた。
どうせ一時的なものだ。
だから誰にも言わなかった。雨宮教官にさえ。
もちろん悔しいし、腹も立った。けれど。
今はただ、明確な目標もある。
相手にしなければいい。
【いじめっ子】と言うのは相手の反応を見て楽しむ。いずれ、自分がいかに愚かだったかを、振り返ってみて恥じればいい。
でも。その谷村が死んだ……?
確か昨日、彼女が門限になっても帰って来ないと寮で話題になっていた。自分の知らないところで『何か』があって、退学するのだろうかと玲子は考えていたのだが。
その谷村と親しい富士原。
2人同時に亡くなるなんて。
「まさか、無理心中……?」
玲子がふと浮かんだ可能性を口にしてみると、雨宮教官は笑い出した。
「はは、あはははは……!! あなた、なかなか突飛な発想するわね!!」
おかしくてたまらない、と言った様子で彼女は腹を抱える。
「……冴子」
迷彩服の男性が声をかける。
副担任出会ったはずの女性教官は笑いを引っ込め、辺りを見回す。
そうだ。
常に周囲に気を配ること。
理論上では何度も教えられていたはずなのに。
「自分が人質だってこと認識したみたいだから、あとは助けが来るのを大人しく待っていてね」
何か言いかけた玲子の意識はしかし、再び遠のいて行った。
※※※※※※※※※
パパもママも忙しいからって、なかなか連れて来てくれなかった世羅高原の遊園地。
美羽は夢を見ている気分で観覧車の窓から下方を見下ろした。
「ねぇ美羽ちゃん。警察学校の見学と、どっちが楽しい?」
向かいには、せらやんが座っている。
「こっちがいい!!」
「それなら良かった。帰ったらクラスの皆に自慢しないとね?」
しかし美羽は返答しないでおいた。
「どうしたの?」
「……それじゃ、山西君と一緒だよ。嫌われちゃう」
せらやんはぽん、と手を叩く。
「そっか、そうだよね~!! 美羽ちゃんはほんとに賢い、いい子だね」
彼(?)は身を乗り出して頭を撫でてくれる。
せらやんなら、私の話をちゃんと聞いてくれる。
あの日の夜にあったこともきっと正直に教えてくれる。
美羽は思い切って口を開いた。
「ねぇ、せらやん……」
「何だい?」
「あのね、尾道に来たこと……ある?」
「……どうして?」
せらやんの声が少しだけ、低くなった気がした。
「私ね、前に家の近くでせらやんを見たの!! だから先生にも警察の人にもそう言ったのに、信じてもらえなかった。私、嘘なんかついてないのに……せらやんは世羅高原にしかいないって」
「美羽ちゃん……」
「嘘つきなんじゃないもん!! 山西君がせらやんと歩いてるの、ちゃんと見たの!!」
少しの沈黙。
「……美羽ちゃんは、嘘つきなんかじゃないよ」
「ほんと?!」
「せらやんだって、お仕事で出かけることあるよ?」
良かった。
美羽は自分の正しさが証明されたことで、すっかり有頂天になっていた。
それからふと、頭に浮かんだ疑問を口にしてみる。
「どうして、皆が仲良くできないの? なんでイジメが起きるの?」
「そうだね……どうしてだろうね?」
「せらやんもいじめられたこと、ある?」
「あるよ」
「悲しかった?」
「うーん、悲しかったっていうよりは……怒ったかな」
「怒ったの?」
「うん。だって、何も悪いことしてないのに、どうして嫌な気持ちにさせられなきゃいけないのかなって、そう思ったから」
「……うん」
「美羽ちゃんはどう思う? どうやったら皆が仲良くなれて、イジメがなくなるんだと思う?」
美羽は首を傾げる。
「……わかんない……」
「悪いことをする奴が、嫌なこと言う奴が消えればいいって、そう思わない?」
うん、と頷く。
「でも、どうやって……?」
「魔法だよ」
「魔法?」
「そう。悪い奴はみんな消えちゃえって、ね。そう言う便利な魔法があるんだよ」
「すごいね!!」
「でしょう? 美羽ちゃんにも、その魔法を教えてあげてもいいかな」
「本当?! あ、でも……」
「どうしたの?」
「消えるって、痛いの……? 痛いのはかわいそう」
「優しいんだね、美羽ちゃんは。大丈夫、痛みも怖さも感じる間もなく消えるからさ」
観覧車が一周を終えて乗り場に到着した。
「次、どこ行く?」
「メリーゴーランド!!」
「いいよ、行こう!!」
せらやんは、呼ばれたらどこにでも行くんだよ~(^_^)v