144:猫連れ刑事純情編
担任教師は真っ青な顔をしている。
ただ、生徒の安否というよりも、我が身の行く先を案じているようにしか思えなかったが。
「み……美羽ちゃんは、辻村美羽さんは?!」
みうちゃーん、と姿の見えなくなってしまった少女の名前を呼ぶのは、周の同期生達だ。
「今、我々が全力で捜索してします。もう少しだけ待ってください」
「で、でも……次の旅程が……他の子供たちを不安にさせるのも……」
担任教師は震える声で答えた。
「担当教官に確認してきます」
少女の安否も気になるところだが、亘理玲子の姿が見えないことも気になる。
まさか彼女が少女を略取し、どこかへ連れて行ったなどとは考え難い。そんなことをする理由がない。
となると導き出される結論は、少女もろとも玲子も何者かに連れ去られた、という可能性である。
でも誰が何のために?
「俺は教場の方を探すから!!」
「僕は道場の方を見てくる!!」
「俺、教官に報せてくる!!」
それぞれに役割分担を決めて走り出す。
そして周は、迷いなく公衆電話に向かった。
空で覚えてしまった和泉の携帯番号をダイヤルする。
「……和泉さん、大変なことが起きた!!」
※※※※※※※※※
昨夜、情報共有のために集まったメンバーが最終的に解散したのは、午後10時頃。
和泉はいったん帰宅したものの、ほとんど眠ることができなかった。
起きた時から少し頭痛がする。
薬を飲むのは嫌なので我慢してそのまま家を出た。
捜査1課の部屋に入ると、
「ひどい顔色だな」
挨拶も抜きに聡介に言われた。
「お互い様ですよ……って、聡さん……」
なぜか父は腕に猫を抱いていた。
「仕方ないだろう。またカゴから脱走してきたっていうんだから。それでいて、この部屋がお気に入りらしい」
「にゃ~ん」
「……今度、一緒に殺人現場に連れて行ってみてくださいよ」
さばは『とんでもにゃい』とでも言いたいのかぴょい、と床に降りて、和泉の席に飛び乗って丸まる。
「なぁ、北条警視は大丈夫なんだろうか……?」
他の仲間達はまだ誰も出勤していない。
部屋の入口を見ながら聡介が呟く。
和泉は猫を抱き上げ、
「あの人は不死身ですよ」
床に下ろされたさばは、再び聡介の元に走って行く。
「確かに、強い人だがな……」
あの人は確かに身も心も強靭だが、今回ばかりは相当堪えていることだろう。
そこへ北条と守警部、そして監察官の聖と一緒に、千葉から来た長谷川理加子刑事が姿を見せた。
疲労の色を隠せないのは全員がそうだ。
いつも自信に満ち溢れている特殊部隊の隊長は、今はやはり悄然としているように見える。
守警部も少し弱々しい声で、
「例のサイトは現在、封鎖されています。アクセスログについては引き続き調査を進めていますが、少し時間がかかります」
「相馬と半田の捜索の行方は……?」
「バイクとヘルメットは発見されましたが、今のところまだ身柄確保には至っておりません」
「防犯カメラの映像は?」
「ただ今、至急確認中です」
いったいどこに潜んでいるのか。
その上、彼らには警察内部に【協力者】がいる。そうやすやすと尻尾をつかませてはくれまい。
その時、聡介のスマホが着信を知らせた。
「あ、ビアンカさん。おはようございます」
すっかり忘れかけていたが、そう言えば彼女にも御堂久美の件で世話になった。あれからまったく連絡していないからきっと気にしているのだろう。
もっとも彼女の場合はそれだけではないだろうが。
「……え?」
父の顔色が変わった。
「今、どこですか?!」
どうしたのだろう?
「……え? だったらそこから動かないでください!! ダメですよ、全然大丈夫じゃないです!!」
「聡さん、どうしたんです?」
「ひょっとしたら……リョウかもしれない」
「どういう意味です?」
「ビアンカさんに【せらやん】を名乗る人物から連絡があったそうだ。帝釈峡に行ってみれば何かある、と。彼女、既に現地へ向かっているらしい」
「帝釈峡……? 帝釈峡と言ったのですか?!」
監察官の聖が強く反応する。
「ええ、それが何か?」
「……もしかしなくてもきっと【何か】あるに違いないわ」
「どういうことです、北条警視?」
「これは私の推測、ですが」
監察官が語りだす。
かつて帝釈峡を擁する庄原市を大型の台風が通過し、甚大な被害をもたらしたことがあった。
その際、救助活動のためにかの地を訪れたのが半田と相馬を含む自衛隊の部隊である。
彼らは人命救助のみならず、災害時に必ずと言っていいほどあらわれる強奪者を撃退し、家財道具を保護してくれたという。
それがのちの市長、当時その土地で一番影響力のある素封家で起きた事件だった。
「……つまり帝釈峡はあの2人にとってホームグラウンドというか、町ぐるみで庇ってくれる、ありていに言ってしまえば【やりたい放題】な土地、だと仰りたいのですね? 聖さんは」
和泉が問い、聖はそうです、とだけ答える。
「下手すると、奴らが死体を埋めて隠しておいても黙っているかもしれないわね」
冗談のつもりか、本気なのかわからないが、北条の台詞に全員が青くなった。
「まさか、そんな……」
千葉からやってきた女性刑事は呟く。
「長谷川さんは、千葉のどちらにお住まいですか?」
「千葉市ですが……」
「千葉は東京で働く人のベッドタウン、つまり近所付き合いの希薄な土地でしょうからピンとこないかもしれませんね。庄原や神石高原みたいな辺鄙な田舎町の人間関係というのは、とにかくいろいろな意味で濃いのですよ。長たる人が黒いものを白だと言えば、全員が従う……そんなところです」
もしかして……。
和泉がふと思考を切り替えようとした時だった。
今度は自分のスマホが着信を知らせる。
公衆電話と表示されていたので、思わず犯人グループからだろうかと身構える。
「……もしもし?」
『和泉さん、俺!! 周だよ!!』
思いがけない人物からだったが、その声は相当、緊張感を漂わせていた。
「……どうしたの?」
『北条さ……北条教官はそこに一緒にいない?!』
「いるけど、まさか学校で何かあったの?」
ぱっ、とスマホが取り上げられる。
「何があったの?!」
スピーカーボタンを押したらしく、周の声が和泉にも聞こえる。
『亘理巡査と、見学に来ていた女の子が……行方不明になってしまったんです!!』
「すぐに戻るから、全員を待機させておいて!!」
北条が立ち上がったその時だ。
今度は彼のスマホが着信を知らせた。
ディスプレイを見た彼は咄嗟に表情を変える。
「……もしもし?」
『あ、初めまして……かな。せらやんだよ!!』
その場にいた全員に緊張が走る。
『えっと、北条さんで良かったよね? 警察学校の先生をしてる』
「……ええ、そうよ」
『お宅の学生さんと、小学3年生の女の子を預かったよ。確かあれだよね、特殊捜査班って誘拐にも対応するんでしょ?』
「……要求は何?」
『うーん、いろいろあるからちゃんとメモしてね』
「要求は?!」
『そんなに急かさないでよ、短気だと損しちゃうよ? えっとね~』
犯人の要求は以下の通り。
山西亜斗夢殺害の容疑者として出頭してきた長門大輝を釈放すること。
そして。被害者について、その祖父の口から実情を記者発表しろとのことだ。
要するに被害者がクラスメートをいじめていたという事実を、警務部長兼広島市警察部長、山西宏一警視長の口から公表しろ、と。
さらに。
監察課が所有している、過去にあった県警職員の不祥事案件をすべて、具体的な事案及び実名で明かすように。
「……ちょっとだけ、上の人と相談してもいいかしら?」
『うん。でも、なるべく早めにね?』
「それで、場所はどこなの?」
『そんなこと……そっちで突き止めなよ。仮にもプロでしょ?』
おそらく世羅高原か帝釈峡のいずれか、だ。
『あ、それと。これが一番重要なんだけど』
「……なに?」
『藤江周君って子、いるでしょ? その子にいろいろ訊いてみたいことがあるんだよね……一緒に連れて来て』
はい、今回はですね~。さくっと読める短編のご紹介を。
それいけ!カナエタロウ (夢野 早紀さんの場合)
https://ncode.syosetu.com/n6518fc/
いろいろ気になる終わり方でしたね~。
ヒューマンドラマっていいですね~(^^)v