142:少女の苦悩
尾道私立土堂東小学校に通う3年生女子、辻村美羽は悩んでいた。
どうしてイジメはなくならないのだろう?
あれは3年生に上がって間もない頃のことだ。
担任の先生が怖い顔をして、クラス全員にアンケートを配った。
【あなたは誰かにイジメられていますか? もしくは誰かがイジメられているところを見ましたか?】
美羽は素直に、正直に書いた。
同じクラスの山西君はいつも、熊谷君をいじめています。顔が気持ち悪いとか言っていつも叩いたり蹴ったり、暴力を振るっています。でも熊谷君はそれでも黙っています。
家が近いからって、帰り道にランドセルやお道具箱なんかの荷物を、全部熊谷君に持たせています。その上、おじいちゃんやおばあちゃんが【県の偉い人】だから、ってすごく威張ってします。
叩いたり殴ったり、熊谷君の筆箱にゴミを入れたり、上履きを隠したり、下敷きに【バカ】とか【死ね】とかひどいことばかり書いています。
悪いことをする人は、竜王山のかみさまが、お仕置きをしてくれるんじゃないですか?
どうして、山西君は元気なのですか?
その日の放課後、美羽は担任の先生に呼び出された。
『このアンケートに書いたこと、他の人には絶対に言っちゃダメ』
先生はものすごく怖い顔でそう言った。
『パパやママにも言っちゃダメ。先生と約束して』
どうして?
私は本当のことを書いただけなのに。
納得はいかなかったけれど、先生がそう言うのなら……。
パパはいつも仕事が忙しくて、家に帰るのは深夜。ママも仕事をしていて、他にもしなくちゃいけないことがたくさんあるから、あまりゆっくりお話はできない。だから誰にも言わないっていう約束なら守れる。
でも、熊谷君は寂しそう。すごく辛そう。
彼は親切で、女子だからって差別したりしない。
皆に優しくて、困った時には助けてくれる。
私が勇気を出して、誰か他の大人に話したら……彼のことを助けてくれるのかな?
そんなことを考えながら、美羽が宿題を終えてテレビを見ようと立ち上がった時。
どこからか歌声が聞こえた。
ずっと前、家族で行ったことのある世羅高原で流れていた曲。
せらやんだ!!
美羽は歌声がどこから聞こえてくるのか、確認しようと思った。ママじゃない。パパはまだ仕事から帰っていない。
だとすると、外だ。
部屋の窓を開ける。
地面の方を見下ろすと、頭に花をいっぱい乗せ、白っぽい衣装に身を包んだヌイグルミが歩いている。隣には小さな男の子。
あの洋服には見覚えがあった。
広島の小学生は私服の上にスモックを着ることが義務付けられている。体操服に着替える時間になると、時々、山西君が自慢していたのと同じ服。なんとかっていう高いブランドもので、庶民には手が出ないんだって。
山西君がせらやんと手をつないで歩いている。
お金持ちの家の子供は、そんなことができるんだ。
羨ましくなって、でもそんなふうに感じる自分のことも少し切なくなって、美羽はカーテンを閉めた。
あれからすぐだ。
山西君が死んだって聞いたのは。
やっぱり、悪いことばっかりしているから罰が当たったんだ。
美羽はもう、誰に何を話してもいいんだ、と思った。
ママと話していたおじさんとお兄さん達。せらやんと一緒に山西君が歩いているのを見たという話を、真剣に聞いてくれた。
だから話したのに。
どうして『嘘つき呼ばわり』されなきゃいけないの?
その翌日、学校に行ったらクラスメートからいろいろ言われた。
『せらやんは世羅高原にしかいないんだよ? 尾道まで来るわけないじゃん』
『幻でもみたんじゃないの?』
『美羽ちゃんって、嘘つきなんだ』
仲良しだったクラスメートたちも口をきいてくれなくなった。
それから美羽は考えた。せらやんなら、あの夜に見たことが真実だって証明してくれるだろう。そうすれば『嘘つき』呼ばわりされずにすむ。
でも。パパは仕事が忙しいし、ママも同じ。
世羅高原に行きたいってお願いしても、また今度ねって言われて、そのままになっちゃうんだ。
そうだ、担任の先生にお願いするのはどうだろう?
行き先を世羅高原に変えてくださいって。
明日は社会科見学だ。
確か、坂町の方に行くって。
警察学校の見学に……新しいお巡りさん達を見に行くんだって言ってた。
でも、そんなの別に見たくない。
私のお願いはせらやんが本当のことを話してくれることだけ。
きっと大人たちだってそれを願っている。
そう考えたら何だか叶えられそうな気がしてきた。美羽は嬉しくなって、その夜はなかなか眠りにつけなくなった。
※※※※※※※※※
その日、ビアンカは午後出勤だった。
ゆっくり午前9時ごろに起き出して、朝食の準備を始める。
テレビをつけるとニュース番組ではちょうどこれから帝釈峡が紅葉シーズンを迎える、という話題で盛り上がっていた。
そう言えば御堂久美の遺体は帝釈峡で発見されたんだったわ……。
一瞬だけどんなところか行ってみたい、と思ったビアンカだったが、つい昨日聡介に釘を刺されたことを思い出した。
『現実はドラマや小説じゃないんですからね』
確かに。時々テレビで見るドラマの中では、刑事でもない一般女性が好奇心むき出しにホイホイと殺人現場に出向いて行って危機一髪、救出されるというシーンがある。以前からビアンカはどうしてもその話の流れに納得いかなかった。
自分から危ない場所に首を突っ込んで、傍迷惑な話だわ、と。
ダメダメ。警察に任せておかないと。
とはいうものの……一般市民の感覚ではどうしても、時に警察のやり方がもどかしく感じられてしまうのも事実だ。
ましてよく見知っている人物が関係しているとなると。
別に自分が疑われている訳ではないにしても。
……だから、ダメだって。
首を横に振って思考を切り替えようとした時、スマホが着信を知らせた。
知らない番号なので初めは放っておいた。しかし、なかなかあきらめない。
一分ぐらい経過した頃、ビアンカは着信を押した。
「……もしもし?」
『ビアンカさんで間違いないよね?』
誰だろう? 聞いたことがあるようなないような。若い男の声だ。
「どちら様?」
『高岡聡介さんの彼女の、ビアンカさんでしょ』
か~っ、と頬に血が集まって来た。が、
「ええ、そう。あなたは?」
本人がいないのをいいことに好き勝手なことを答えてしまった。
『せらやんだよ!!』
「……せらやん?」
悪戯電話だろうか。だとしても、聡介の名前を知っているなんて。ビアンカは警戒心を覚えた。
念のために通話録音ボタンを押しておく。
『ビアンカさんって、どういうお仕事してるの?』
「どういうって……普通のサラリーマンよ」
『つまらなくない?』
「別に、平穏な日常を送れたらそれに越したことはないわ」
『じゃあさ、たまには刺激的な非日常を感じてみない?』
「どういうこと?! ねぇ、あなたは誰なの?!」
『だから、せらやんだって言ってるじゃない。ねぇねぇ、帝釈峡の紅葉がそろそろ綺麗だからさ……ドライブがてら行ってみない? ちょっと遠いかもしれないけどね』
「……そこに行けば、何かあるの?」
『もちろんっ!! あ、でも……この電話のこと、警察の人に話しちゃダメだよ?』
「どうして?」
『そこは察してよ。あんまり大きな声で言えない話だからさぁ~』
「……とにかく、帝釈峡へ行けばいいのね?!」
『何か見つかるといいね。あ、そうだ。着いたら電話して。また指示するから』
電話は切れた。
ビアンカは急いで会社に欠勤の連絡を入れた。
聡介に連絡するのは、帝釈峡に到着してからにしよう。
……と、いうことで。さば・様の代表作。
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魔砲少女<ミハル>シリーズ
近々新作が公開されるとか……?ムフフ。
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