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139/177

139:上からの圧力とか下からのプレッシャーとか

「当該者については現在、緊急配備(キンパイ)を敷いてマル被追跡中です」


 それから約30分後。

 当該者……つまり宅配業者を装い、富士原の家に爆発物を届けた人物は身柄を確保され、現場に一番近い可部南署へと連行された。


 すぐに身元は割れた。

 しかし容疑者は一言も語らず、黙秘を続けているらしい。



 一方、和泉達は全員で県警本部に戻った。

 千葉からやって来た女性刑事はこちらで起きた事件の資料を調べたい、と今は聖と一緒に資料室へいる。

 時刻は午後9時過ぎ。


 長野と聡介は刑事部長やその他幹部に呼び出され、上の階にいる。

 和泉と北条、守警部は3人で捜査1課の部屋の隅にある応接セットを陣取っていた。


「内部に裏切り者が……」

 守警部が呟く。その口調にはどこか、やっぱりなと言うニュアンスが感じられた。


「それで、容疑者はどこの誰なの?」

 北条の問いかけに答えてくれたのは、当番で部屋にいた守警部の部下の1人である。

「身元は鞆の浦駐在所勤務の小川(おがわ)警部補と判明いたしました」

「……そう」


 和泉はちらり、と隣に座っている北条の横顔を見た。


 警察学校にいた時、会議の途中でかかってきた電話に出て戻ってきた時の彼は、ひどく顔色が悪かった。

 しかし今は淡々としているように見える。


 そう装っているのか、あるいは何もかも吹っ切れたのか、その胸の内を計り知ることはできない。


 とにかく今は、眼の前の事件について考えることとしよう。


 それにしても警部補でありながら駐在所勤務とは。

 何かヘマをやらかしたのだろうか?


「小川警部補って確か……」

「ご存知なのですか? 守警部」

「ええ。かつては捜査2課のエースと歌われた人物でしたが、7年ぐらい前だったかな。サンズイの方で大きなヤマを追っていたのですが、いざ大詰めっていうところでコケてしまって……。逮捕どころか、名誉毀損だ、訴えるぞ……という話になりましてね」

 さすが守警部だ。人脈の広さがハンパない。


 サンズイとは汚職、政治家がらみの事件である。その案件でミスをしたとなればもはや左遷は免れられない。

「結果的に、報復人事として福山のどこか所轄署に飛ばされて、そうだ。地域課で富士原と重なった時期があったんだ。そこで奴とトラブルを起こし……そうして辺境の地での駐在所勤務となったわけです」


 捜査2課のエースだったというプライドもあっただろう。それが所轄署の地域課、交番勤務だったかもしれない……となれば。

 富士原という男の人物像を鑑みるに、恐らく異動してきたその警部補のことを散々バカにしたに違いない。配慮に欠けた言動によって深く相手を傷つけたと考えられる。


 そうして恨みが積もった挙げ句のトラブル。とうとう離島での駐在所勤務にまで【落ちぶれた】なんて。


 その時、ふと和泉は御堂久美の事件を思い出した。


「和泉さん? どうかしましたか」

「御堂久美さんの結婚式の日のことを、思い出したんです。あの日、あのタイミングで花嫁の父親が逮捕されたなんて……何か裏があると思っていたんです。そもそも逮捕状が降りたことを知り得たのは、2課の刑事以外に考えられません」

 確かに、と守警部がうなずく。

「先ほど逮捕された警部補が漏らした……? つまり彼が相馬要及び、黒い子猫と深い関わりを持っているのではないか、と?」


「でも、彼が捜査2課にいたのは約7年前でしょう?」と、北条。

「ということは……他にも、内通者が?」

「あるいはその警部補に、今も2課に親しくしている、もしくは弱みを握っている部下もしくは後輩がいるのかもしれません」

「壁に耳あり障子に目あり……ってことですね」

 そう、と和泉は2人の顔を交互に見た。


「ちなみに内通者はこの組織内に複数いる、と僕は思っています」


「なぜだ?」

 と、問いかけてきたたのは父だった。

「聡さん、もう解放されたんですか?」

「ああ、まぁな……それより、俺にも詳しい話を聞かせてくれ」


 そこで和泉は逮捕された男の身元および経歴、どのようにして御堂久美の父親逮捕の情報が漏れたかについての可能性を、かいつまんで説明した。


「僕も、和泉さんの考えに同意です」

 守警部が援護してくれる。「2件目の、3人組ブロガーの事件の際です。彼女達が関わっているであろう事件についての資料が紛失していたのです。いえ、紛失と言うよりも故意に消された……重大な極秘情報ですから、むしろ管理者の仕業である可能性が高いと」

 それと、と彼は続ける。

「実は本日、石塚円香さんのご遺族について調べがつきました。父親はキャリアで現在、兵庫県警にいます。そして母親は……離婚して名字が変わっていますが、雨宮冴子という名前です」


「雨宮……?」

「彼女、今から4年前に新しく立ち上げる予定の部署の管理職として、当時は石塚冴子巡査部長でしたが……大抜擢されました。ですが一身上の都合と言うことで突然任命を辞退され、計画そのものが流れてしまったそうです。ちょうどお嬢さんの事件が重なった頃ですから、ショックが大きかったのでしょう」


 石塚円香はストーカー被害に遭っていた頃、警察官をしている母親に相談しようとしていた、とあのカフェのオーナーが言っていたことを思い出す。

 何度か店にやってきて、娘の働く姿を見て感激していたと聞いた。そうだ。あのオーナーに確認すれば裏が取れる。


「冴子……?」

 聡介が何か思い出そうとしている。

「聡さん?」

「それは、もしかしてこの女性のことか……?」

 父がスマホを差し出してくる。


 画面にうつっていたのは一枚の似顔絵。

 先ほど学校で見た女性教官ではないか。


 和泉は急いで自席のパソコンを立上げ、人員名簿を開いた。

 見つかった。


 さっそく写真をメールに添付し、和泉は佐藤ミズキ……石塚円香が働いていたカフェのオーナーに連絡した。母親を何度か見た、と確か言っていたはずだ。


 すぐに返信があった。


 間違いない、この女性が円香ちゃんのお母さんです、と。



 ※※※※※※※※※


 誰か嘘だと言ってくれ、と言うのは今まさに自分の心境そのものだ。


 冴子がどうして?

 今までのことが頭の中で甦って来る。


『娘は4年前に独立してからちっとも連絡寄越さないから、元気なんでしょ』


 独立と言うのは先立った、の意味だったのか。

 今頃になって気がついた。


 どうして今まで気がつかなかったのだろう。

 いつもあんなに近くにいたのに。


 でも、ああそうだ。


 学生時代にはいつも3人で一緒にいた。

 相馬要は北条雪村の友人であり、雨宮冴子の友人でもあったのだ。なぜそんな簡単な事実に思い至らなかったのだろう。


挿絵(By みてみん)


 冴子の娘の事件があった頃、北条は海外にいた。

 当時の日本国内で起きた事件ついてはほとんど把握していなかった。


 これまで冴子と同じ勤務地に着いたことは一度もなかったし、同期生会で顔を合わせたことは何度かあったが、いつも彼女は屈託がなかった。


 でも。知らなかっただけで本当はきっと、いろいろあったのだ。


 もしかすると。

 そもそも相馬があんな闇サイトを開設したのは、自分の経験がきっかけだった訳ではなく、本当は冴子の娘の事件が始まりだったのではないだろうか。


 実を言えば北条は学生時代に何度か、相馬は冴子のことが好きなのではないだろうか、と考えたことがあった。そうだったとして別に何の不思議もない。

 でも彼は決して本心を語らず、彼女も気付いていたのかいないのか、知らなかったが。


 犯人は逮捕・送検され、裁判を経て刑に服している。でも、それだけでは決して満足しなかった。当たり前だ。遺族であれば極刑を望むだろう。


 何も知らないくせに友達面をしないで!!

 そう罵る幻の声が聞こえてくる。


 先ほどの電話でのやりとりを、彼女はどんな気持ちで受け止めたのだろう。

挿絵(By みてみん)


交番と駐在所の違い、知ってる?

僕は知ってるエビよ……(^^)

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