134:一度で終わらなくてすみません
倉橋は少しスッキリした気分で自分の部屋に向かった。
あの和泉と言う人は少し、かなり変わった人だと思っていた。しかし。
直接話してみると、とても優しい人だった。なるほど、周が懐くわけだ。
「あ、護!!」
ちょうど部屋から出て来た周と鉢合わせする。
「周……今、和泉教官……もう教官じゃないって言ってたから、和泉さんでいいのかな。あの人が来てるよ」
「うん、知ってる。なんかの事件を追ってるみたいだよ」
「事件……」
中に入るよう勧められて従う。
「何か随分、皆が騒いでるけど何かあったのか?」
「谷村と栗原がさ、門限を過ぎても戻って来ないらしいんだよ」
「ああ、だから……」
「だからってどういう意味だ?」
「2人が駆け落ちしたんじゃないかって、そんな噂話をしてたからさ。まさかあの2人がそう言う関係だったとは思わなかったな」
周は何か考え込んでいるようだ。
「……周?」
「あの2人ってさ、富士原教官と仲が良いんだよな」
「そうなのか?!」
「俺、一度だけ見たことがあるんだ。3人で一緒に出かけてるところ」
「へぇ……何か悪企みでもしてたのかな」
そう。考えてみればあの2人、谷村と栗原にはそれぞれ『敵』がいた。
亘理玲子と、そして今、目の前にいる藤江周。
谷村の方は実にわかりやすかった。
でも栗原の方は。
あれはそう、上村に聞いたのだ。あの男は自分が希望する部署に入るため、担当教官の注意を引きたかったのだが、周がそれをジャマしたと考えていたと。
そこでどうやって追い出してやろうかと考えて、そうしてまさか……あの盗難騒ぎを起こしたのではないか?
自分が犯人に仕立て上げられたのは、そうすれば間違いなく周が庇うと考えて。
実際、そのとおりになったじゃないか。
「……護? どうしたんだよ」
「俺、もう一回あの人のところに行ってくる!!」
※※※※※※※※※
教官室の隣にある応接室。
集まったのは和泉、そして守警部。
あと男女の2人組。
この後、長野と聡介もやってくるらしい。もちろん北条も。
いずれも北条とは知り合いのようだ。男性の方が、彼の遣いでやって来たと語った。それぞれに名刺交換から始めるべきかと思ったが、
「時間がありませんので口頭で失礼いたします。私は人事第1課監察係、聖と申します」
続けて女性が名乗る。
「初めまして。千葉県警捜査1課強行犯係、長谷川と申します」
「千葉……? どうしてまた、そんな遠くから」
「聖君から聞いています。こちらでも【黒い子猫】があらわれたのですね。いえ、恐らくはこちらが本拠地だと……」
どういうことだ?
「詳細は全員が揃ってからお話しいたしますが、千葉でも【黒い子猫】による犯行と思われる事件が発生したのです」
「そんな遠くで……」
「こちらでは最早、迷宮入り確定と思われていますが……まさか、こちらでも同じようなことが起きるなんて。詳しいことをお訊きしたくてこちらに参りました」
軽く頭を下げると、黒いセミロングが揺れる。
知的な雰囲気の若い女性刑事は、聖と名乗った監察官の横顔を見上げた。2人は知り合い同士のようだ。
漏れ聞こえたその会話から比較的、気安い間柄であろうことが何となく伺えた。
その時、長野と聡介が連れ立ってやって来た。
「あっ、ひじりん!!」
聡介もまた、見知らぬ顔ぶれに戸惑っているようだ。
「彰彦? どうしてここに?」
「聡さんこそ」
「俺は突然、長野課長に連れて来られて……」
詳しいことはまだ聞いていないようだ。
するとそこへ、
「待たせたわね……」
真打ち登場、である。
「全員、お揃いですね?」
監察官が口を開く。
そうだ。以前世羅で彼と出会った時、いずれ関係者を集めて情報共有します、と言っていた。
今がその時なのだ。
和泉は息を呑んだ。
※※※
それぞれに自己紹介を終え、初めに口火を切ったのは和泉である。
「現在の最新情報をお伝えしてよろしいでしょうか? 実は先ほど、富士原という教官のデスクからこれを発見しました」
そして黒い葉書を、集まった全員に見せる。
今まで便宜上【葉書】と称してきたが、考えてみれば消印がない。切手も貼られていないし、宛て先も書かれていない。
つまり直接ターゲットの元に送られたと考えていいだろう。
この学校に届く、学生に宛てた手紙や葉書の類はすべて、通信と呼ばれる部屋で管理されている。怪しい葉書が届けばたちまち騒ぎになるだろう。おそらくこの葉書は富士原と言う教官のデスクの引き出しに直接、届られた。
だとすれば内部の人間に限られてくる。
とはいっても、既に現場に出ている警察官を含め、この部屋に出入りできる人物は多数いる。
驚きの表情を見せなかったのは、つい先ほど予めそれを見た守警部と、もう1人。
「その表情からして、既にご存知だったようですね? 北条警視」
「……気がついたのは昨日の夕方よ」
すると。
「あ、もしかして!!」
と、聡介が声をあげた。
「ターゲットになった人物の行確を部下に命じて、警備に当たっていたのですね?」
何の話だ?
「……いくらクズでも、これ以上好き勝手な真似はさせられないから……」
誰か司会進行役を務める人間がいた方がいい。
そうでないと、それぞれが自分の知っている【情報】を元に話し出してしまう。
和泉がそう思った時、
「恐れ入りますが、時系列に古い順から遡っていきませんか?」
と、申し出てくれたのは監察官の聖であった。
全員が同意した時。
「ちょっと待って、誰かがこっちに走ってくる」
と、北条が言い出した。
「様子を見てきます」
和泉は立ち上がって廊下に出た。
一体どういう耳をしているのか、まだ誰かが近づいてくる気配が感じられないのだが。
しかしあの北条に限って聞き間違いなんていうことはない。
それから和泉は頭の中で先ほど、父と北条が交わしていた遣り取りについて考えた。
察するに、黒い子猫のターゲットとなった富士原はあのチートな教官によって無事救出された、ということだろう。
正直な胸の内を明かせば、放っておけば良かったのにと思う。
警察官である自分が口にすることは絶対に許されないが。
それに。
昨日に比べればだいぶ薄くはなったものの、周の全身につけられた無数の痣を思い出す度、強い怒りがこみ上げてくる。
周は耐えることができたが、この先、放っておけば次の犠牲者が出る。
きっと犯人達も今の自分と同じことを考えたに違いない。
【あいつを許してはいけない】
和泉は自分の中に眠る【凶悪】な何かが、時々、思い出したようにその存在を主張してくることを自覚していた。
あの時、もし父に出会わなければ。
きっと早々にこの組織を去っていたと思う。
もしかしたら自分も【黒い子猫】の一員になっていたかもしれない。
名前は確か【相馬要】と言っただろうか。
その相棒である【半田遼太郎】
一度彼らの話をゆっくりと訊いてみたい。
「ただし、取調室で……ね」
独り言を呟いた時、確かに向こうから誰かが走って来たのに和泉は気付いた。
「あ、あのっ、さっきはお話しし損ねたことが……!!」
倉橋だった。
「実は……」