130:あなたの子供は預かった
警学で教官。となれば、北条に話を聞くのが一番早い。
彼が抑えた証拠品と言うのも気になる。聡介は携帯電話を取りだした。
しかしすぐ留守電になってしまう。
仕方ない。
それならば、と聡介は黄島の姿を探した。先ほどまで同じ部屋にいたのに今は姿が見えない。
同じ部屋を共有しているが、HRT隊員はデスクワーク半分、トレーニング半分で席にいないことが多い。この時間帯なら道場かランニングだろうか。
まず道場へ向かってみた。当たりだ。
「あ、高岡警部。何ですか?」
「聞きたいことがあるんだ」
「……いや、俺も詳しいことは……昨夜突然、隊長に呼び出されたんですよ。なんとかって言う人の行確しろって」
「なんとか……?」
「すみません、名前は聞いてないんで。ただ特徴は覚えてますよ。あれは絶対マル暴の刑事ですね。顔が見事にヤクザみたいでした」
天然なのだろうが、もう少し言葉に気をつけた方がいい。
そう思ったが他部署の若手なので何も言えない。
「理由は?」
「特に聞いてないです。3チームに別れて、赤城さん達のチームが尾行を始めたんで、俺達はしばらく待機だったんですけど……何時ごろの話だったかなぁ? 隊長から突然、仁保インター近くにある河川敷まで来いって命令があったんです。それであのライトバンを鑑識に回せって言われたんです」
黄島はこともなげに言うが、聡介にはやや信じられなかった。
「……君達の隊長は、いつもそんな感じなのか?」
「そんな感じって?」
「理由も詳しいことも何も言わないで突然、呼びつけるというか……」
北条が部下達全員から慕われている様子は傍から見ていて良くわかる。ちょっと変わっているが、決して悪い人間ではない。
だから彼らも特に疑問を反感も抱かず、隊長の命令ならば、と従うのだろうか。
「そんなのいつものことですよ」
黄島は笑う。「でも、うちの隊長って、間違ったことや曲がったことはしないから」
その言葉だけで聡介も納得した。
「そうそう。こないだも突然、猫カフェに行ってこいとか……あ、この話はこないだもしましたっけ?」
黙って頷くと、
「そうだ。その時、その店ですごい奴を見かけたんですよ!!」
「すごい奴?」
黄島はタオルで顔の汗を拭きながら、
「なんて説明したらいいんですかね? 闘い慣れた人間って独特の空気があるんです。うちの隊長も、見るからに強そうな空気を醸し出してるでしょう?」
確かに。
「そいつ、身体は細いし背丈もそれほど高くなかったけど、なんて言うかとにかく油断ならない感じでしたね」
聡介だって警察官なのだから、武術関連は少ならず経験がある。でも。
彼の言うことは正直、半分ぐらいしか理解できなかった。
「何をしに来たんだ? その、強そうな男は」
「清掃業者ですよ」
「清掃……?」
「バケツとモップを持ってビルの掃除をしてました。猫カフェの中に入って、窓も拭いてたりしたなぁ」
「顔は見たか?」
「猫みたいな吊り目で、髪は天パでやや小柄でした」
まさか。
「ちなみにその、若くて細い男って言うのは……名前は?」
「名前まではわかりませんでした、すみません」
「いや、謝ることはない。ジャマをしてすまなかったな」
すると。黄島はなぜかマジマジとこちらを見つめてくる。
「……なんだ?」
「いや、高岡警部って、聞いてた通りの人だなあって」
何をどう聞いているんだか。
聡介は踵を返しかけたが、
「あ、そうだ!!」
突然の大きな声に呼び止められる。
「な、なんだ?」
「関係あるかどうかわかりませんけど、そいつ……世羅高原でもバイトしてましたよ」
「世羅高原でバイト?」
「ええ、せらやんの着ぐるみを被って歩いていました」
聡介は捜査1課の部屋に戻った。
リョウとは何度も顔を合わせたが、強そうだとか、暴力が好きそうだとかそんなふうには思わなかった。
人懐っこい笑顔に加え、警戒心を抱かせない軽快なしゃべり方。
あの時の自分は少し、いつもと違っていたなんていうのはただの言い訳だ。だけど……あまり信じたくないのも確かだった。
その時、不意に思い出した。
山西亜斗夢が殺害された夜、せらやんと一緒に歩いているのを見たという証言。
逮捕された容疑者とリョウは、背丈も背格好も似ている。
※※※※※※※※※
眠れば頭痛は治まるかと思い、北条は明け方、睡眠薬を服用した。
目が覚めた今も少し芯に微かな痛みが残っている。
経験したことはないが、二日酔いとはもしかしてこんな感じだろうか。
スマホがチカチカ光っている。聡介から着信があったが、かけてきたのは一度だけだから、それほど切羽詰まっている訳でもないのだろう。
折り返さなければ。
そう思うのだが、面倒で気が進まない。
すると。ディスプレイが輝き始め、聖からの着信を知らせた。
『おはようございます。恐れ入りますが本日、少しお時間をいただけますか?』
「……なに?」
『千葉県警の友人が、広島にやって来たのです。千葉で起きた事件と広島であった事件、彼女が情報共有をしたいと』
「わかったわ。とりあえず関係者に連絡しておくから、全員が集まれるのは夕方以降かもしれない」
『その前に、3人でお会いできませんか?』
北条は時計を見た。
「あんたと、その友達とアタシってこと?」
そうです、との返事。「……どこに行けばいい?」
※※※
まるでテレビから抜け出してきた女優のようだ、と北条は思った。
艶やかな長い黒髪、控え目ではありながら充分に魅力を引き出す完璧なメイク、そしてバランスのとれた四肢を包むグレーのパンツスーツ。
「初めまして。千葉県警捜査1課強行犯係、長谷川と申します」
差し出された名刺には【長谷川理加子】の名前と、巡査部長の肩書き。
「遠いところをようこそ、長旅だったでしょう」
他県の警官には気を遣って普通にしゃべることにしている。
「飛行機ならほんの2時間程度です。もっとも空港からここまでが、かなりの長距離でしたが……」
そうだろう。誰が何を思って、あんな場所に空港を作ったのか未だに謎だ。
場所は県警本部の一室。
空いている応接室があったので、北条は遠い千葉からやって来た女性刑事をそこに招き入れた。彼女の友人である聖も一緒だ。
挨拶を交わした後は念のため、船橋で起きた事件の概要を改めて確認する。
「驚きました。こちらで起きた事件と同じように、黒い葉書が届いた事件が3件も発生していたなんて……」
「むしろこちらがホームグラウンドなのではないかと、そう考えています。犯人の目星をつけている男は地元の人間なので」
「その件なのですが」
聖が口を開く。
「相馬の身元を詳しく遡って調べたところ、元々は東京に……それも千葉に近い場所に父親の実家が在ったことが判明しました。小学生の頃は、江戸川区に住んでいたと」
「江戸川区ってどこ?」
「東京の一番東側、千葉との県境です」
長谷川理加子が答える。
「小中高一貫の私立学園……それも船橋にある……に通っていたと」
「つまり犯行現場に土地勘があったってことね?」
思わずいつもの口調が出てしまったが、相手は何とも思わなかったようだ。
「相馬の父親っていうのは?」
そうだ。親しい友人ではあったが、相馬のことは大学に入ってから以外のことは何も知らない。
「元大蔵省……現、財務省の事務次官をしておりました。相馬が中学生の頃、大々的な疑獄事件に関係し、すべての罪を負って獄中自殺した……その事件の直前、母親は離婚して相馬の姓に戻り、親子3人で広島の地に戻って来たと。母親の地元が呉だったのだそうです」
「親子3人? 要……相馬には、兄弟がいたの?」
「ええ、兄が1人。やはり自衛隊員でした」
知らなかった。
今回登場した『長谷川理加子』さんですが。
あやの らいむ様の【警視庁の特別な事情 シリーズ】よりお借りしてきました。
https://ncode.syosetu.com/s4345e/
めっちゃカッコいいアクションが魅力!!
私も参考にさせていただいております(^^♪