13:班長さんの愉快ではない非日常
加純様 https://mypage.syosetu.com/793065/
より再びいただきました!!
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から、いつもありがとうございます!!
「……ちょう、班長!!」
いつの間にかボンヤリしていたらしい。
目の前で友永が手を上下させているのに気がついた時、部下達が全員、心配そうな顔でこちらを見ていたことに聡介は気付いた。
「どうしたんです、ぼけーっとして。らしくないですよ?」
「ああ、すまん。何だっけな?」
「訂正したからハンコくださいって、言ってるんですけどね」
そうだったか、と聡介は引き出しからハンコを取り出す。
いつもの刑事部屋。いつもの顔ぶれ。
少しだけ違うのはそこに和泉の姿がないこと。
朝一番で、長野課長とどつき合いながらやってきたかと思うと、和泉はこれから帝釈峡に行ってくると言い出した。
神龍湖で女性の遺体が発見されたのは聡介も聞いている。
しかし所轄は既に【事故】と見なしており、捜査1課の出番があるようにも思えない。
それなのに。きっと何かあると主張し、他の班の長と一緒に調査することに決めたなんて。
和泉がそう言うのには何かしら根拠があるに違いない。
それが【第6感】だったとしても、聡介は一笑に付したりはしない。
いわゆる刑事の勘はバカにできないのだ。
そう言う訳で息子は詳しいことを聞きに、現場である帝釈峡と、管轄である神石庄原署へ長野課長と守警部を伴って出かけて行ってしまったのである。
ダメだとは課長の手前もあって言えなかった。
なんというのか不思議な気持ちだ。
今まで何をするにも2人一緒だった。
同居していたから、出勤も退勤もほぼ同時刻だった。
それが当たり前のような気がしていた。
日常ではない非日常。
こんなにも心を落ち着かなくさせるとは。
「まさか班長、ジュニアがいなくて寂しいとか?」
友永がニヤニヤ笑いながら問いかけてくる。
聡介は返事をしないでおいた。
すると、
「班長、刑事部長からお電話です」
「部長から……?」
緊急の用があるので執務室に来いとの命令である。刑事部長から連絡が入るなんて、普段はあまりないことだ。
そう考えたら途端に緊張してきてしまった。
右手と右足を同時に出しながら、聡介は刑事部長の待つ執務室へ向かう。
重厚な扉をノックすると、部長の声で入れと返事があった。
「失礼いたします」
ドアを開き、部屋の中を見回すと、応接用ソファに和服を着た白髪頭の老婦人が座っている。
こちらに背を向けているので顔は見えない。
「ああ、高岡君。実は……」
部長が何か言うよりも先に、老婦人が立ち上がってこちらを振り返る。
「お久しぶりね、高岡さん」
二度と見ることのない顔だと思っていた。
決して、もう会うことなどないと。
それはかつて聡介が『お義母さん』と呼ぶべき立場にあった女性だ。
年齢は既に80を越えているだろうに、元気はつらつと言った様子である。
山西信子。
聡介にとってかつて妻であった女性の母親。
その夫はかつて県警本部長を務めた人物であり、今もって隠然たるその強い影響力を及ぼしているという。
彼女はしかし、昔から自分のことを【聡介さん】とは呼ばなかった。
娘の結婚を苦々しく思っていたことを、当時からずっと感じていた。お前なんかが我が一族に連なるのか、と言わんばかりの態度だったのを、今でも覚えている。
それが呼び方にも表れているのだと思ったことも。
だからよほどのことがない限り、妻の親族とは付き合わなかった。
その点で聡介には『仕事が忙しい』という、至極もっともな口実があった訳だが。
双子の娘達も祖母のことはほとんど覚えていないだろう。
ただ次女の方は、母親が何かにつけて実家に連れて行っていたから、もしかすると覚えているかもしれないが。
妻が失踪して、聡介が独身に戻ってからはまったく連絡もとらなかったかつての親族。
それなのに。
なぜ、今になって急に……?
あれこれと頭の中で考えていた為、挨拶さえ忘れかけていた。
しかし、相手もそんなことは大して気にならない様子だった。
「これはどういうことなの?!」
かつての義母は突然、大きな声でそう怒鳴りつけた。
「え……?」
「まぁまぁ、落ち着いて……」
部長が宥めようとすると、
「黙っていてください!!」と、一喝し、その吊り上がった眼差しは再び聡介に向かう。
彼女はカバンの中に手を突っ込み、何かを取り出した。
「あなたの仕業でしょう?!」
ずいっ、と目の前に差し出されたのは一枚の葉書。用紙全体が真っ黒で、あまり気分の良くない装丁である。
『私はお前達がしたことを決して忘れない。必ず復讐する。同じ苦しみを味わえ』
そう書かれた文章と、葉書の隅っこに猫のようなイラストが書かれていた。
「これは……?」
「とぼけないで!! あなたがこんなこと……今になって、いったい何だって言うのかしら?! そもそも奈津子のことは、あなたさえしっかりしていれば、あんなことにはならなかったのよ!! 娘を、あの子を返してちょうだい!!」
その後もかつての義母は何か喚いていたが、聡介はただ呆然とするだけだった。
「お、奥様!! 落ち着いて……!!」
触れようとする部長の手を振り払ったかつての義母は、ふっ、とソファの上にくず折れてしまう。
「た、高岡君!! 救急車、救急車だよっ?!」
部長は青くなっている。
しかし聡介の頭の中はもはや、遥か遠くに過ぎ去った過去の記憶でいっぱいになっていた。
その後、どうやって捜査1課の部屋に戻ったのか覚えていない。
気がつけば自分の席に戻っていた。
モニターにスクリーンセーバーが降りて、真っ暗だ。
いったい誰がどうして、今になって?
それこそもう20年以上の前の話だ。
かつて妻だった女性がしでしたこと、その大きな罪について聡介は努めて思い出さないようにしていた。
人生の汚点とも言えるあの悲劇は、もう既に【終わった】はずの事件だ。
だから何度も頭の中で繰り返される。
『なぜ今ごろになって?』
※※※※※※※※※
管轄している神石庄原署の刑事課の担当者は、和泉達の訪問を歓迎していない様子だった。
それはそうだろう。
事故として処理が決定しつつあるのに、真実なのか? などと捜査1課の刑事が、それも課長を連れてやってきたのでは。
「目撃者はほぼゼロ、付近に防犯カメラもありません。こんな田舎町ですからね、ちょっとでも変わった出来事が起きれば即、街全体に広まりますよ」
応対した所轄の刑事は面倒くさそうに言った。
確かに辺鄙な場所だ。
来る途中にポツンと集落を見かけたが、それ以外はまさに山の中と表現するのが相応しい。
「でも逆を言えば、誰にも目撃されずに犯行を遂げることも可能だった……と」
和泉の台詞に所轄の刑事は目を剥いた。
「あ、あんた!! ワシらが職務怠慢じゃ言うつもりですか?!」
「まぁまぁ、若造の戯言じゃけん、そんなに目くじら立てんとってくださいな」
長野が宥める。
カチンときたが、この際は黙っておいた方がいいだろうと判断した和泉は口を閉じた。
「ほんなら不審者じゃのうても……日頃は見かけないような人間が、歩いとるのを見かけたなんちゅうことは?」
所轄の刑事は首を傾げる。
「さっきも申し上げましたがね、他所者が来ればすぐにわかります。もっとも、外部の人であっても過去に何度か顔を見せたことがあるとか、そう言う人なら別に……」
「外部の人?」
「例えば消防の方、あとは市役所の人やなんかですな。ほら、今は単身生活の高齢者が多いもんじゃけん、周期的に見回りにやってくる人がおるんですよ。その人は庄原市の方から来ちゃってて、まぁこの辺の人らにしてみれば顔なじみですな」
これ以上、聞き出せることはなさそうだ。
刑事達は礼を言って署を後にした。