127:ストーカーはあなたの後ろに……?!
だからね、と和泉は続ける。
「これからは自分の心を守ることを考えて。もちろん僕はいつでも周君の味方だし、困った時にはいつでも助けになるからね」
すると。今度は窓の方に、完全に顔を背けられてしまった。
え~……。
と、思ったら……ほんのりと周の頬から耳にかけて、広い範囲が紅く染まっている。
「知ってるよ、そんなこと」
か、可愛い……!!
「今日が終わらなければいいのになぁ~……」
「なんで?」
「だってほら、夕方には寮に戻らないといけないでしょ? 周君と別れたくないなぁって」
「……和泉さんも入り直したら? 警察学校」
※※※※※※※※※
今日一日ぐらいは休息を取るように。潰れた有給の代わりに。
そう言われた聡介は仕方なく、家の掃除をしたり、溜まっていたゴミの廃棄などに忙しくしていた。
ふと。猫をもらった時に買った様々な道具を、どうしたものかと悩んだ。
新しい子猫をもらってくるか。
保健所に行けばそれこそ、引き取り手を待つ猫が何匹もいるに違いない。
いや、と思い直す。昨日の夜、黄島から聞いた話が甦った。
隊長の古い知り合いがやってるらしい猫カフェを探ってこいと言われた、と。
何かある。
そうだ。尾道の事件の折り、北条がわざわざ捜査本部にまで足を運んできたのには、きっと何か自分の知らない裏があるのだ。
元々彼はテロリストなどを相手にする特殊部隊の人間である。
公安ほどではないにしろ、あまり表に出ない情報も持っているに違いない。
そう考えたらいても立ってもいられなくなって、聡介は黄島に連絡を取った。思い立ったが吉日である。
店の名前と住所を確認してから急いで出かける準備をした。
幸いなことに今日は晴天だ。路面電車に乗って八丁堀へと急ぐ。
目指す猫カフェ【ラング・ド・シャ】は、すぐに見つかった。
いらっしゃいませー、と声をかけてくれたのは若い女性。
案内されたのは窓際の2人がけテーブル。向かいの椅子の上には毛の長い猫が陣取っていた。
聡介が向かいに腰かけると、驚いて床に降りて行く。
それからさりげなさを装って店内を見回してみた。別にどうということはない、普通の喫茶店のようにしか思えない。まさかここがテロ組織のアジトだなどと言う訳でもあるまい。
それにしても。当たり前だが猫が多い。
猫達はほとんど首にリボンや輪をつけている。迷子になった時のための札なのだろう。
そうだ。さばも迷子札をつけてもらったのに。
思い出したらまた少し、しんみりしてしまった。
それからふと、何か注文しなければならないだろうと思ってメニュー表を見た。すると、
「高岡さん……?」
後ろから女性の声が聞こえた。振り返ると、
「ビアンカさん……」
「ねぇ、ここ座ってもいい?」
こちらが答える前に彼女は既に腰かけていた。
「あ、私コーヒーでお願いします」
紅茶派の聡介だが、のんびりお茶を飲みに来た訳ではないので「同じ物を」と便乗した。
「ちょうど良かった!! 電話しようと思ってたら、まさかここで会えるなんて」
ビアンカは身を乗り出し、なぜかひそひそ声で話し出す。
「なぜ、ここに……?」
すると彼女はなぜか目を泳がせた。
「高岡さんに会えるんじゃないかと思って」
「え……?」
「そ、そんなことより!! このお店、シフォンケーキがすごく美味しいって聞いてきたの。私、ダイエット中だから一つ注文して半分こにしない?!」
ケーキに魅かれた。
「……良いですね……」
※※※※※※※※※
良かった。
本当のことを話したら叱られるというか、ドン引きされる可能性がある。
もしかして……と思った予感は見事に的中した。
大宮桃子のロッカーから出てきたチラシ、ビアンカはそれを聡介に渡す前に、実は秘かにコピーをとっておいたのだ。
チラシのうち1枚はこの店の広告。灯りに透かしてみると実は秘かに表示されていたQRコードが印刷されていた。
そこへアクセスしてみたところ、なかなか先に進むことができず、イライラしていたのだが……。
やたらめったらあちこち押していたら、奇妙なサイトに辿り着いた。
【BLACK KITTY】
あなたの恨み、必ず晴らしてみせます。
何これ。
真っ黒な背景に血のような赤い文字。
読み進めて行くと、とんでもないサイトだということがわかった。法的に立件しづらい案件を代わりに裁く……要するに、復讐の実行を請け負ってくれる、そう言っているのだとわかった。
どうして猫カフェのチラシにこんなものが?
そしてまさか、大宮桃子はこのサイトを利用して、御堂久美の殺害を依頼した?
警察がどう考えているのか知らないが、この闇サイトを運営している人間はもしかすると、この猫カフェを表の仕事としている裏社会の人間……ではないだろうか。
だとしたら、たとえ表向きは普通にしていても、醸し出す空気ですぐにわかるはずよ!!
そう考えていざ、敵地に乗り込むつもりでビアンカはここにやってきた。そうしたら思いがけず聡介の姿を見つけた。
と言うことは警察も、例のサイトの存在を把握しているに違いない。
どの人間だろう?
案内してくれた女性は普通の人だったし、今のところこれと言って怪しい人物はいない。
「……ビアンカさん? 何をしてるんですか」
はっ、とビアンカは我に帰った。
いけない。本職の刑事の前で、刑事の真似ごとをするなんて。
「え? あ、えっと……可愛いなぁって」
「猫がですか?」
そうだった、ここは猫カフェだった。
「え、ええ……」
聡介は突然、顔を挙げて真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「いろいろと、和泉に情報提供してくださったそうですね。ありがとうございます」
驚いた。
「いえ……だって、同僚の事件ですもの。気になるわ」
「そうでしたね。でも……」
すっと彼の纏う空気が変わった。
「老婆心ながら申し上げると、あまり深く首を突っ込んではいけませんよ。もしかすると……」
「もしかすると、何?」
ビアンカは静かに彼の口元を見守った。
「いえ、なんでもありません。とにかく……現実はドラマや小説のようにはいかないのですからね。くれぐれも慎重に行動してください」
釘を刺されてしまった。
彼の言いたいことはわかる。
ビアンカも好きで時々見る刑事ドラマでは、民間人である主人公が独自に調査へ乗りだして危険な目に遭うが、間一髪のところで助け出されるというシーンが時々見られる。
だが。あくまでもドラマや小説は『作り話』であって、現実は決してそんな上手く行く訳がないのだと。
それでも……何とかして聡介の役に立ちたい。
そこへ「お待たせいたしました」と、女性がケーキとコーヒーを運んで来てくれた。
ビアンカがフォークを2本ください、と言いかけた時だ。
店のドアをものすごい勢いで開けて入って来た客がいた。
顔を隠すように深く帽子を被り、性別を悟られないようにしたいのか、上下のツナギを着て体型を隠している。だが、なんとなく女性だろうと思った。
その女性はずんずんと店員の女性の元へ歩き進めると、
「店長は、オーナーは?!」
ハスキーだが声は女性のものだ。
「え、えっと……今日はお見えにならないって連絡が……」
「それはいつの話?!」
「確か、昨日の夕方……7時頃です」
「理由は? 詳しいことを何か言っていた?!」
なんなんだろう?
ビアンカは呆気にとられてその様子を見守った。
例えは悪いが、本妻が愛人宅に乗り込んできて『うちの夫はどこ?!』と尋問しているようだ。
「……す、すみません!! 私にはわかりません……」
店員の女性は泣き出しそうな顔をしている。
猫が3匹ほど、ツナギの女性の足元にまとわりついた。
そして。聡介が突然立ち上がり、女性に近づいていく。
「あの、もしかしてあなたは……?」
え、知り合いなの?
すると。女性はハッと顔を上げ、それから急いで店を出て行ってしまった。
「ビアンカさん、すみません。良かったらそれ全部食べてください」
聡介は伝票を手にレジへと急ぐ。
「え、ちょっと待って……!」
「いいですか? くれぐれも余計なことに首を突っ込んではいけませんよ!!」
しゅ~ん……。
ビアンカは仕方なく、1人でケーキを全部食べた。
おいしかったけれど。
2時間ドラマあるある。
ワシは好きじゃけどのぅ……。