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123:アプローチを失敗したか

「……初めは千葉。とあるモーテルで殺人事件が起きたわ」


 北条は聖から聞いた事件をまとめて話した。

 いわゆる【アカハラ】と呼ばれる学内でのトラブル。論文の盗用および、言葉による虐待の数々など、教授の肩書きを持つ人間が学生を喰いものにしていたこと。


「あとは……こっちでも何件か疑わしい事件があった。いずれも被害者となった人物は誰かに何かしらの恨みを買っていたわ。とは言っても訴訟を起こしたところで、法律で裁くには少し難しい案件よ。それでも犠牲になった人間はそれぞれ自殺にまで追い詰められる、もしくは一生消えないであろう傷を負うことになる。だから恨みを晴らしたい……」


「それがぜんぶ、このサイトで引き受けた依頼で、俺が関わっていると?」

「そう考えているわ」


 相馬はくくっ、と肩を揺するような笑い方をした。

「君はもっと理論的な人間だと思っていたよ、雪村。まるで巷で言うところの【中2病】的な発想じゃないか。」

 確かに、現時点ではすべて状況証拠に過ぎず、確信できる材料は少ない。

「俺はただの猫を愛する、猫カフェのオーナー。それでいいじゃないか」


 それが真実なら。

 それでいい。

 古くからの友人を疑うような真似をしたくはない。


 でも状況証拠と心証は、明らかに彼をクロだと断定していた。

「どこまでもシラを切り通すつもりね?」


 すると相馬は急に表情を変えた。

「いい加減にしてくれないか」

 彼は突然、席を立つ。

「久しぶりに会って、何の話かと思えば……俺に何か恨みでもあるのか?」

「恨みって何よ」

「人のことをまるで犯罪者かサイコパスみたいに。君は友達じゃなかったのか」


 友達だと思っている。

 だからこそ、彼が【そんなこと】に加担しているなんて考えたくもない。


「要……」

「悪いけど、君の【期待】には応えられそうにないよ、雪村」


 結局、決定打となるような供述も何もつかむことはできないまま、半ばケンカ別れのような状態で終わった。

 その時、北条のスマホが着信を知らせた。


『マル被、自宅を出ました』

「……引き続き、見張っていてちょうだい」


 黒い子猫が動き出すかもしれない。

 北条も席を立った。多少はアルコールが入っているが、些細なことだ。何も問題はない。


 ※※※※※※※※※


 半田遼太郎はスマホの画面を見ながら、傍らで丸まっている猫の頭を撫でる。サバトラと呼ばれる種類の猫はいつも傍を離れない。

 生まれてすぐの頃から面倒を見てきたからか、母親だと思っているのかもしれない。

 ゴロゴロと喉を鳴らしている猫は毛づくろいに余念がない。


 今回の依頼は一連の流れに沿っていないイレギュラーだ。

 入念な調査をした上でしか動かないというのが『彼』の信条だが、今回ばかりは不要だろう。

 何しろ『彼女』が毎日しっかりと見聞きしてきたのだから。


 ちゃんと『依頼料』が支払われたことも確認した。


【ターゲット】が家から出てきた。肩で風を切るような歩き方はまるでヤクザだ。エンジンボタンを押す。ゆっくりと、決して追い抜かないように、気づかれないように。


 到着したのは薬研堀通り。

 行きつけの店があるらしい。迷う素振りもなく真っ直ぐ、赤提灯のぶら下がった居酒屋に入って行く。


 それから何時間経過しただろうか。

 【ターゲット】はフラフラした足取りで次の店へと向かう。飲み屋で意気投合したらしい人物と肩を組み、再び暖簾をくぐる。


 そして約1時間後。

「おじさん、タクシー来たよ?」

 リョウの声かけにまったく疑う素振りも見せない。  


 これでいい。

 後はこちらの計画通りだ。


 ※※※


 時刻は午前0時。

 広島市内にはいくつもの川が流れ、瀬戸内海へと続いている。だから市内にはたくさんの橋がかかっていて、それもまたこの地域独特の風景だろう。


 町の中心部である広島城および、平和記念公園を囲むように流れる太田川付近は、夜でも人通りが絶えることがなく、周辺も比較的明るい。


 だから舞台として選んだのは駅からも繁華街からも遠い南区の、大きな自動車工場の敷地、ほとんど人通りの途絶えた猿俣川のほとりだ。


 ここはすぐ近くに高速道路が走っていることもあり、多少の物音では注意を引きはしないだろうという計算もあった。


 半田遼太郎は河川敷のすぐ傍を走る高速道路を支える、太く強い支柱の影に乗ってきたライトバンを停め、トランクを開けた。

 すっかり泥酔している【ターゲット】は鼾をかいて眠っている。

 脇に手を差し入れて背中に担ぐ。短躯のクセに重い。


 決して引きずってはいけない。あくまでも【酔っ払ってフラフラと歩いていたら足を滑らせ、川に落ちた】という筋書きなのだから。


「……要さんも、手伝ってくれればいいのに……」

 ブツブツ言いながら、背の高い雑草の生い茂る方向へと歩き進める。


 このあたりでいいかな。

 ターゲットを地面に座らせる。


「じゃあね」

 あとは背中を押すだけ。



 その時だった。


「そう言う訳にはいかないわよ」

 背後から低い声が聞こえた。

 車のハイビームが目元を照らす。半田は手で顔を覆った。


 まさか警察か?!


「確かに、どうしようもないクズには違いないけどね」

 何を言っている?


 少し明るさに慣れた時には既に、見たこともない顔の男が目前に迫っていた。急いで後方に飛び退り距離を取る。

 それから即、ポケットからナイフを取り出す。


「ムダよ。仕舞いなさい、そんなものは」

 上着のポケットに両手を突っ込んだ状態で、怪しい物言いの男が告げる。


 バカにしている。さっ、と怒りが沸いた。

 身を低くし、下方向から男に向かって攻撃を仕掛けていく。被っていた帽子が頭から外れ、川の方に飛んで行くのがわかったが、気にしている場合ではない。


 一撃必殺、渾身の攻撃だった。

 今までかわすことのできた人間はただ1人、あの人だけだったのに。


 男は顔色一つ変えることなくなんなく避けてしまう。


 今のはきっとまぐれだ。

 半田は再び態勢を整え、男に向かってナイフによる攻撃を繰り出す。ところが予想を違え、なかなか当たらないことに業を煮やした時だ。


 男が右足を振り上げたのを視界の端で捉えた。

 武器を持つ腕を引っ込め、防御の体勢に入る。すんでのところで繰り出された蹴りをかわすことに成功した。まともに喰らっていたらきっと、タダでは済まなかった。

 それほどの威力を感じた。


 男の表情には余裕がある。

 それが無性に腹立たしかった。


挿絵(By みてみん)


 半田はナイフを捨てた。


「投降するの? いい子ね」


 そうじゃない。

 もっとリーチの長い得物に持ち替えるだけだ。伸縮自在の特殊警棒。それを持っているのは何も警察官だけではない。


 殺傷能力を高めることができるよう、特別に注文して作らせたものだ。上手くヒットすれば致命傷を与えられる。初めて男の表情が変わった。


「そんなものまで……」

 半田は無言の内に地面を蹴る。助走をつけて高く飛び上がり、男の脳天をめがけて警棒を振り下ろす。


 ガキいぃんっ!!


 固い物同士がぶつかり合う音。

 男がようやくポケットから手を出したことに満足し、思わず唇の端が上向く。

 相手も警棒を所持している。しかもかなり手慣れた様子だ。


 そう言えば、こんな手ごたえのある敵に会ったのは久しぶりかもしれない。


 今まで何人かのチンピラや、時には警察官も相手にしてきた。


 でも。

 彼らは皆、弱かった。まるで相手にならなかった。


 強がって大声を出すだけで、少しでも傷をつけると、途端に委縮した。


 この男が何者かは知らない。

 そもそも、そんなことはどうだっていい。

 全身の血が騒ぎ出し、鼓動が早鐘を打つ。


 楽しくなってきた……。


ビミョーに難しいアクションシーン……もう少し修行してきます。

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