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116:リユニオン1

「わし、彰の……和泉彰彦の叔父みたいなもんなんじゃけど」

 そう言われて見れば。言動の怪しさといい、雰囲気といい、確かに似ているような気がする。

「この店に来たのはなんで?」

 周は思わず目をパチクリさせてしまった。

「い、いや……割引券をもらったのと……友達が……」

「友達が?」

「実家で飼う猫をもらいにいくって、それで」


 すると和泉の叔父を名乗った男性は、なぜか一瞬険しい表情をした。


「お友達はなんで猫を?」

「え? それは知りませんけど、なんか急に……」

 相手は周の顔を下から覗きこむようにして、顔の怪我をマジマジと見つめてくる。気まずい思いがするので目を逸らす。


 その時、さっき話しかけてきた店の男性が両手に皿を幾らか抱えてこちらへやってきた。

 猫の食事タイムらしい。男性のまわりに猫達が一斉に集まってくる。


 その時、気のせいだろうか。和泉の叔父が彼を見つめた気がした。それもどちらかと言えば敵意のこもった目で。


「にゃ~」

 しかしそうかと思えば、次の瞬間には床の上で四つん這いになり、猫にちょっかいを出し始める。

 猫達は変人には目もくれず、餌に向かってまっしぐら、である。


「お客様、猫達の食事タイムなので……少しの間お待ちいただけますか?」


 にゃー!! と、招き猫のポーズで和泉の叔父は正座する。


 血筋なんだな、あの変人ぶりは。

 周は1人深く納得していた。


 あまり長居しても悪いから、そろそろ帰ろう。

 立ち上がって会計をしてもらうことにした。


 周がレジの前に立っていると、店のドアが開いた。


 すると。

「……周君……?」

 その声はまさか。

「……和泉さん……」


 彼は知らない顔の男性と2人、並んで立っていた。

 マズい。抱きつかれるのではないかと、周は咄嗟に身構えた。しかし。

 和泉の方はどこを見ているのか、黙って固まっている。


「2名様ですか? こちらへどうぞ」

 今日は男性1人で店を回しているようだ。


 帰ろうと思っていたのに、彼の顔を見たらいろいろと話したくなってきてしまった。

 でも、きっと仕事で来ているのだろう。個人的な話をしている暇なんてきっとないはずだ。周は軽く会釈するにとどめ、店を出た。


 それから少し急ぎ足で階段を降りると、ビルの入り口で昇ってこようとする人にぶつかってしまった。それはまさに分厚い肉の壁だったように思う。


「あ、すみませ……」

「あら」

 今度はなぜかの北条だった。

「ちょうど良かったわ、あんたがここにいるって聞いたから、電話しようと思っていたところなのよ。手間が省けてよかったわ、一緒に来て」

 彼は返事を待つことなく、周の手をつかんでズンズンと階上に連行する。


「な、なんで……? 今、和泉さんも……」

「彰ちゃん?」

 北条は一瞬足を止めたが、まぁいいわと独り言を呟いて、やはり周を引っ張って行く。

 逆らっても無駄だ。


挿絵(By みてみん)


 あれこれと考えたいこと、考えなくてはならないことが多過ぎる。


 まず、どうしてこのゆるキャラ親父がここにいるのか。

 周はきっと偶然だと思う。

 あのオヤジ、あの子に何か妙なことを吹き込んでいないだろうか。って、そうじゃない。


 本来の目的は大宮桃子のことだ。

 彼女が生前、ロッカーに保管していたこの店のチラシ。保護猫の譲渡会も行っているこの店の、次回の開催日に○印がしてあった。


 例の闇サイト【BLACK KITTY】の運営者と、この猫カフェに何か関連があるのは間違いない。

 店の扉にしっかりと、黒い葉書に書かれていたのと同じ猫のイラストが飾ってあったからだ。

 とても偶然とは思えない。


 彼女自身がそのサイトにアクセスし、依頼を出したのだろうか?

 フィアンセを奪った女を始末して欲しい、と。


「いっちゃーん、写真撮って~」

 それから。

「はい、ニャーず!!」

 もう一枚の清掃業者のチラシ。あれはこの店と何か関係があるのだろうか?

「にゃんにゃん、待てまて~っ」


「……いい加減にしろっ、このゆるキャラ親父!!」

 和泉は思わず長野に向かって怒鳴りつけた。ビクっ、と猫達が毛を逆立てる。

 長野はしかしどこ吹く風で、猫じゃらしを手に床の上をほふく前進している。


 このオヤジがまさか、猫と遊ぶためだけにここへ来たとは思えないが。

 基本的に何を考えているのかわからないから推測もつかない。


「……ご注文はお決まりですか?」

 店員の男性が近づいてくる。

 長身で細身、少し垂れ気味の目尻。そして右手の傷跡。


「あの、実は……」

 和泉が警察手帳を取り出そうとした時、

「しばらくの時間、この店を閉めてちょうだい。それがオーダーよ」


 今度はまたもっと面倒くさい人がやってきた。


 そして、なぜ周が一緒なのだ?


 考えるのが嫌になって、和泉は考えることを放棄してしまった。


 ※※※※※※※※※


 彼は自分を裏切った。それもいろいろな意味で。

 勝手な話かもしれないが、北条にはそう思えて仕方なかった。


 冴子と3人で一緒に県警に就職して、いろいろと将来の展開図などを話し合った彼。

 ある日突然、急に方向を変えて自衛隊に入った彼。

 同じ道を歩むと約束したのに。


 理由すら明かしてくれなかった彼。


 若い頃からそうだ。

 もちろんそれは義務ではないけれど、こちらには何も言わず、彼はいつも1人で決めて1人で実行してきた。


 一度だけ冗談で『友達甲斐のない奴』と言ったことがあるが、それでも何となく惹きつけられて、いつも一緒にいた。


 そして現在。

 北条はもはや確信している。

 あの闇サイト『BLACK KITTY』を運営しているのは、この男だと。


 相馬要は現在、自分にとって敵と化した。


「……雪村じゃないか、来てくれてありがとう!! 待っていたよ」

 相馬は爽やかな笑顔を見せつつ、こちらに近づいてくる。

 猫のアップリケがプリントされたエプロンが、細長い身体に妙にしっくり似合っている。彼は北条が脇に抱えていた藤江周に気がつくと、

「あれ? さっきの……」


 それから周をしげしげと見つめ、

「もしかして、君の新しいお稚児さん?」

「違います!!」

 と、本人のみならず違う方向からも声が上がった。


「人のことを生臭坊主みたいに言わないでちょうだい」

「あはは、相変わらずだね。それより店を閉めろって、どういうこと? 営業妨害しに来たの?」

 相馬は笑いながらさりげなく遠慮のないことを言う。


「そんなところよ。あんたに話があって来たの」

「……お客さんがいるんだけどな」

 彼の言うお客は、和泉と連れの刑事、そして長野だろう。

 なぜ彼らがここにいるのか、そんなことは後でいい。


「そいつら全員、アタシの関係者だからかまわないわ。とにかく閉めてちょうだい」

「へぇ……そうなんだ、皆で約束してここに来たの?」

「知らないわ」


 相馬は肩を竦めて店の入り口に向かう。

 入り口にあるプレートがクローズになったことを北条は確認した。幸いなことに今、一般客はいない。


「これで満足かい? とにかく、お茶を入れてくるよ」

 相馬が奥に引っ込んだのを見送った後、北条は近くにあったソファに腰を下ろした。


 訳がわからないという顔の周は、隙あらば逃げようとしているように見える。

 茶色と白の縞模様の子猫が膝の上に乗ってきた。北条は子猫の頭を撫でながらふと思い出した。


 そう言えばあいつ、異様なまでの猫好きだったわね……。


 学生時代、キャンパス内に1匹の野良猫が潜り込んできたことがあった。

 餌をやる学生がいたこともあり、中庭の一画に住みついてしまって、やがて子供を産んだ。


 学校側に殺処分だけは止めて欲しいと頼みこみ、なんとか引き取り手を探すからと、しばらく猫達の面倒を見ることを申し出たのは相馬だった。


 友人として協力しない訳にはいかない。

 北条も手伝った。


 当時は今ほどネットが普及していなかった時代なので、口コミやポスター貼りなどで必死に引き取り手を探したものだ。


 生まれた子猫は5匹。

 実家暮らしの学生が3人、1匹ずつ引き受けてくれた。

 残るは2匹。当時の北条は賃貸で暮らしていたので飼うことができなかった。相馬も冴子も、やはり賃貸住まいだったため不可能だった。


 そんなある日の朝のことだ。

 残っていた猫2匹が死骸となって見つかったのは。

 毒入りの餌を食べてしまったようだった。

そして関係者が集まってくる

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