前編
出口のない箱庭。手の中の銀の鍵。白い翼。降り積もる雪。
私は入り口を閉じる。私を探しているのは誰?
私はここにいる。きっと、あなたの側に。
この鏡の向こう側に。
――
目の奥が明るくなった。
朝が来たのかと思い、薄っすらと目を開ける。
……これは、おかしい。
全く知らない場所にいるようだ。
「私は由希。白野由希。よし、覚えてる」
自分については異常なし。記憶もある。
しかし、ふわふわのベッドにふわふわの枕、そしてあたたかな布団に包まれているはずなのに、私は今固い床に転がっている。
その辺りはわからない。
どういうことか、ここは私の部屋じゃない。
そう理解して、辺りを見渡す。
視界いっぱいに広がる銀世界に私は眠たさに半開きだった目を見開いた。
いつの間に私は外に、それも何も無い唯々広いばかりの雪が降りしきるところに来たのか。
「どういう状況……!? 」
あまりに意味不明な事態にぎゅっと握りしめた手に硬い感触があった。
「銀色の鍵……。」
見覚えのない鍵。
よくわからない。これは一体何の鍵なんだろう?
指先で突いてみるも、なんの変哲も無い只の鍵だ。
何も起こらない。
こんな場所で私はどうしたらいいのだろう。
ため息をついた。
今日は友人と喧嘩をしてしまって、落ち込んで特別に乾燥して柔らかくなった布団たちに元気をもらう予定だったのに。散々だ。
でも、このままこうしている訳にはいかない。
友人とは仲直りをしたいし、よくわからない場所にいる訳にもいかない。
今はまだ寒さを感じていないけど、こんなにも雪が降っているのだから、直ぐに凍えてしまうだろう。
私しかいないのだ。私がしっかりしなくては、サバイバルになろうと我が家に帰る。
そう決意し顔を上げる。
すると、なんと、不思議なことに。
――目の前に家が現れた。
童話にでも出てきそうな、カントリーチックな木造の家だ。
「本当にどうなってるの……。」
これは一体どうなっているのだろう。
確かに辺りには何もなかったはずなのに、何故。
呆然としていると、その家から何者かが出てきた。
「こんばんは、お嬢さん。そんなところに立っていないで、中においでよ! 」
金髪の、カントリーチックな家にはあまりにもミスマッチなヨーロッパの貴族のようなキラキラした服装のこれまたキラキラした笑顔のお兄さん。
あまりにも、不審。
「いえ、その。私、家に帰らなくちゃいけないので……」
「家? ここも家みたいなものだよ。なんだっていいだろう? さあ! 温かい紅茶もあるんだ」
レモンは嫌だとか、ミルクは先か後かなんて矢継ぎ早に話されてついていけない。
なんなんだろうか、この人は。
背を押されあの家の中に入る。
うっかり入ってしまった……。
「わあ、久しぶりのお客さんだ! 」
わっと歓声が上がる。
腰に小さな衝撃を感じて驚いてそこを見ると、小さな男の子が引っ付いていた。
「セッテ、お嬢さんがびっくりしているよ」
「ゼロ! 離して」
お兄さんにひょい、と持ち上げられて暴れる男の子。
男の子がセッテ、お兄さんがゼロというらしい。
「お嬢さん、紅茶を飲んでいくだろう? 少し待っていてほしい。 」
「あの、お構いなく……!」
流されて椅子に座ってしまった。
キッチンに準備をしに行くゼロさんを見送る。
しかし、そう! プラスに考えてみよう。今は凍えずに済むし、いくら怪しくても……。そう、小さな子もいるし、大丈夫だろう。
「お姉さんは困ってるの? 」
「え? えっと、そうなの。家に帰らなくちゃいけないんだけど、道がわからなくて」
テーブルに肘をついてこちらを眺めるように見るセッテ君。
「このままここに住んじゃおうよ! 人数は少なくなっちゃったけど、僕はいるし、今はゼロもいるから寂しくないよ! 」
名案だ! と満面の笑みで手を叩いたセッテ君に罪悪感が胸に込み上げる。
「お誘いありがとう。でもきっと家族が待ってるから、ごめんね」
そう言えば、セッテ君は悲しげに目尻を下げる。
そして。
「えー! そんなぁ……やだやだやだ!お姉さんといるー! 」
涙目で訴える姿にどうしようと私も涙目になってしまう。しかし私は家に帰らなくちゃいけない。どうしよう!なんとか泣き止ませないと!
「そ、そうだ!偶に遊びになら」
「一緒に住みたいーー!!」
もう、どうしたら……!?
「セッテ、煩いぞ。ほら、お嬢さん。紅茶をどうぞ」
そこですっぱりと事態を切り捨てたのは紅茶を運んでくれたゼロさん。
「すみません……。」
こちらこそ、と謝罪され、しれっとした顔のゼロさん、ぷっくりと頰を膨らませたセッテ君に囲まれて気まずい中で紅茶を飲む。
「そういえばセッテ、忘れていたが迷い人は見つけたのか?」
紅茶と共に持ってきていたクッキーを摘みながらゼロさんは話題を変えた。
「あー、忘れてた。でも多分もう手遅れじゃないかな」
それにけろっと答えたセッテ君。
いや、それは、もしかして!
「あの! 待って、その迷い人って私のことかも……! 」
「いやお嬢さんではないな」
「違うねぇ」
即答。
一瞬で私の期待は儚く散った。
「そんな……」
もうこんなことしてる暇はない。
段々と焦ってきてしまう。
私をきっと、探してくれているはずなんだから。
「すみません。折角招いていただきましたけど、私やっぱり今すぐ家に帰ります! 」
「待て、もう一杯紅茶を」
「結構です! 」
勢いよく外に出た。
先程と変わらない雪の中だ。
「……あっれぇ? まさか由希? 」
「愛衣!? 」
そこに、喧嘩をしていた友人がいた。