9、リッケの特技
森の春夏秋冬。
それぞれに実りはあるけれど、やっぱり秋が一番よねとリッケは言った。
「キノコがたくさん採れるもんね……」
ロランは言う。
が、その返答にリッケはチッチッチと指を振った。
「そうそう。けどね、ロラン。キノコは、基本的に春にも夏にも採れるんだよ? 」
「えっ? そ、そうなの……?」
「ふふふっ。さっすが。都会っ子だね、ロランは」
リッケは笑い、ロランは恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、どうして秋なの?」
そう聞かれるとリッケは待ってましたとばかりにニヤッと笑った。
わざとらしいが、悪い事を考えてそうな顔だ。
「それは……今が旬なのよ」
「旬……って、やっぱりキノコじゃ……?」
「うん。でも、ちょっと違うの。そんじょそこらのキノコじゃないの」
「わからないよ……」
「ふふふ。それはね? 別名、森の白い秘宝とも呼ばれ……世界的にも最高級とされるキノコ……『パールエッグ』なの!」
「パ、パールエッグ……!」
パールエッグならロランも聞いたことがある。大きいものは鶏の卵ほどの大きさになり、表面はまるで真珠のような輝きを放つ……お店で食べようと思ったら、目が飛び出るくらいの値段がつく高級食材だ。
父親も職業柄、乾燥させたパールエッグを扱ったことがあったが、確か卸価格でも一つ10万エリスを超えていたはずだ。
「そ、そんな高価なものが、この森で採れるの……?」
「その通り! 言っておくけど、私はベテランよ? 毎年この季節に荒稼ぎさせてもらってるわ! そして、ウェイランのケーキをお腹いっぱい食べるの!」
(そ、それじゃあ……結局手元にはお金が残らないんじゃ……)
ロランはそう思ったが、口には出さないことにした。リッケが稼いだお金なのだから、好きに使えばいい。
「で、でも……パールエッグって地中にできるキノコだよね? しかも、発生率は低いから、それ専用に訓練された動物がいなきゃ、とてもじゃないけど探しようが……」
ロランがそう懸念すると、リッケはへへんと胸を張る。
「大丈夫。私には心強ーい相棒がいるから」
「あ、相棒って……?」
なんのことだろう? とロランは思った。
僕のことじゃなさそうだし……
すると、リッケが、
「おーい! ピケロー!おーい!」
と誰かを呼び始めた。
「ピケロ?」
「おーい! 私、私。リッケーだよー! 今年もたくさんおやつ持ってきたからー、出ておいでー!」
リッケが叫び終わると、森がしーんとした。
すると、近くの茂み。
そこが、いきなりガサゴソと動き出した。
ロランはそっとリッケの後ろに隠れる。
すごく情けない反応だがリッケは気にもせず、さらに前に出ると、茂みに向かって両手を広げた。
「きたきた。さ、出ておいで」
するとそいつは出てきた。
真っ黒い体に白いぶちのある小さい、豚だ。
いや、可愛い牙がついているから、ウリボーか?
ロランはちょっとほっとして、リッケの横に並んだ。いつもアーシュ達が狩ってくるビックボアの子供とも違うので、魔物ではなさそうだし、これなら怖くない。
「久しぶりだねー、ピケロー。元気してたー?」
「ブヒー、フガフガ、ブフ」
「え? 大丈夫よ。ちゃんとリクエスト通り持ってきたから。ほら見て? じゃーん! おばあさまお手製、ミックスベリーのジャムー! 待ってね、今クラッカーにぬってあげるから」
「ブヒー! ブフガフガッ」
なにやらとても仲が良さそうだ。
リッケはしゃがんでピケロの頭をごしごしと撫でたあと、おもむろに鞄から取り出したジャムをクラッカーにぬる。
それをピケロはお座りして待っていた。
「すごい……よく慣れてるね、この……イノシシ?」
ロランも隣にしゃがみ、そっと撫でようとした。
「あ、ダメ! ロラン!」
ガブり。
ちょっと遅かった。
「ぎゃーー!!」
ロランは慌ててピケロの口から手を引っこ抜く。見ると、鋭い牙で手の甲に穴があき、血がドクドクと流れ出ていた。
「ヒーリング!」
ロランはすぐに治癒して事なきを得た。
が、額からは変な汗がぶわっと吹き出ている。
「ごめん、ピケロは私にしか懐かないと思う。気難しい子だから……」
「さ、先に言ってよ……!」
ロランは涙を浮かべながら訴えた。
「えへへ。今度から気をつけるー」
リッケは舌をぺろっと出して謝る。ロランは可愛いから許した。
「で、でも本当にすごいね……こんなに凶暴なのに……」
ロランがそう言うとピケロは不満げな顔をして
「ブヒ! ブヒ、ブヒフガフガガ!」
と、なにやらロランに向かってフガフガと言い出した。それを聞いたリッケは
「ああ、そっかそっか。言われてみれば、確かにそうかも……」
と頷いている。
なんだろう、この感じとロランは思った。
まるで、ピケロの言っていることを理解しているみたいな素振りだ。
試しに聞いてみる。
「ピ、ピケロは何て言ってるの……?」
「ああ、それは……何が凶暴だ! 初対面のくせに勝手に体に触ろうとしたのはそっちだろっ! って……」
「……う……た、確かに……っていうか! わかるの!? ピケロの言ってること!?」
「にひひひ……」
リッケは照れ臭そうに笑う。
「うん。実は……私、動物さんとか魔物さんとかとおしゃべりができるんだ。私の唯一の特技!」
そしてVサインを作った。
「どう? すごいでしょ?」
「そ、そうだね……」
す、すごい。けど、ロランはそう言われても、いまいちピンとこなかった。
動物と話せるなんて、そんなこと聞いたこともない。学校でも習わなかった。しかも、魔物とも?
「えーっと……じゃあ、今朝、あのでかい鷲と話してたのも?」
「あ、見られてたかー。いやぁ、人前ではあんまり見せるなって、おばあさまに言われてるんだけどね。ま、ロランなら平気か。どうせいつか話さなきゃと思ってたし、アーシュもカサンドラちゃんも知ってるわけだしー」
なるほど、小屋では秘密ではないけど、それ以外で知られちゃまずいのか。
(なら、僕も誰にも言わないようにしなきゃな……)
とロランは思う。
「そうだったんだ……でも、なんで人前で見せちゃいけないんだろう?」
ロランが理由を聞くとリッケはちょっと考えたあと、首を横に振った。
「わからない。おばあさまも具体的には何も話してくれないの。もしかしたら、私の記憶がないことにも何か関係してるのかもしれないけど……」
「うん……」
「あ、でも、私はおばあさまのこと信頼してるから……だから気にしないでね。この特技もすごく気に入ってるし!」
「そ、そうだね……いや、本当にすごいよ! リッケ!」
「にひひひ……」
リッケはまた照れる。
すると、ずっとお座りしていたピケロがリッケの膝を鼻でツンツンとつついた。
「フゴッ、ブヒャ! ブフブヒ!」
「あ、ああ。ごめんね! すぐに用意するから!」
今のはロランにも、ピケロが何を言っているのか容易にわかった。
クラッカーとジャムを催促しているのだ。
リッケがクラッカーにジャムをぬり終わると、ピケロはそれをもらい、うまそうにブヒブヒ食べた。
こうして見ている分にはとても愛らしく、あんなに凶暴だとは思えない。
「ところで、このピケロが心強い相棒なの?」
「うん。そう! ピケロはね、パールエッグを探すの得意なんだ! だから、毎年協力してもらってるの。おやつと引き換えにね」
「フゴッ」
ピケロは返事をした。
「は、はぁ……」
「あ、それに……」
リッケはロランの耳もとに顔を寄せると
「私がおやつをあげないと、ピケロがパールエッグを食べちゃうの。だから、ね?」
と囁いた。ロランは顔を真っ赤にしながら
「そ、そう……なんだ」
と頷く。まぁ、緊張して内容が全然入ってこなかったけれど。
ということで、リッケはピケロが満足するまで好きなだけクラッカーとジャムをあげた。
色々なものを持ってきたけれど、これが一番のお気に入りということだ。さすがは、おばあさん。イノシシの胃袋まで掴むとは。
「ブヒフゴッ」
「ごちそうさま。もうお腹いっぱいだって」
「そう。それは良かった」
「ブヒブヒャヒャ、フゴッフゴッ」
「でも、おまえの血はなかなか美味かったから、もう一度デザートとして噛ませてくれないかって」
「嫌です」
ロランが即断ると、ピケロは物凄い目つきで睨んできた。けれど、リッケの手前気まずいのか、すぐに本題に入ってくれた。
「フゴッブヒヒ」
「ついて来いって。よしよし……さぁ! 今年も稼ぐぞー……ふふふっ」
リッケはつい気合いが入り、ない袖をまくる。
ロランはこのなんとも奇妙な隊列を見ながらふと、
(僕……なんでこんなことをしてるんだろう……)
と思わず心の中でつぶやいた。
――パールエッグは思い他、簡単に見つかった。
リッケの言っていたとおり、ピケロは本当に凄かった。
森の中を歩き出し地面の匂いを嗅いだかと思うと、すぐに走り出した。
そして、ここだという場所をリッケに指し示し、掘れという。
「そ、そんなに簡単に……」
と、初めは思ったロランだったが、リッケはいともあっさり一つ目のパールエッグを掘り当ててみせた。
少し小ぶりだが、表面の光沢の状態はとてもいい。試しに匂いを嗅がせてもらうと、なんとも言えないとてもロマンチックでファンタスティックな香りがした。
「こ、これが……ひとつ10万のキノコ……」
「ううん。さすがにそんなにはいかないよ。それは最高のものを乾燥させた値段じゃないかな? 今これを私が街で売っても、せいぜい1万エリスってところね」
「1万! そ、それでもすごいよ!」
「えへへ。でしょ? よーし、じゃんじゃん掘るよ! ほら、ロランも手伝って!」
「う、うん!」
こうして、二人はピケロの指示に従い、じゃんじゃんパールエッグを掘り当てた。
傷をつけないように手で丁寧に掘るのだが、森の土はふかふかで柔らかく、とても掘りやすかった。
そのため、作業はかなり捗った。
そして結局この日、二人は計20個ものパールエッグを採取することに成功した。
「ふーっ。やっぱり二人いると違うよね。助かっちゃった!」
「そ、そんなことないよ。リッケが凄すぎるだけで……」
本当にこれは考えるまでもなくすごい才能だとロランは思った。
おばあさんが隠せと言うのも無理もない。
「さて。じゃあ、遅くなる前に帰ろっか。夕食の準備もしなきゃだし、それに明日に備えて早く寝ないとね」
「明日?」
「そうよ。明日、街に行ってこれをお金に換えなきゃいけないでしょ? そして……ケーキを買うの! もちろん、儲けはロランと山分けだから、安心して?」
「えっ? 僕にも……いいの?」
「もちろんだよー! 私はそんなに守銭奴じゃないもん。ケーキを買うお金が欲しかっただけ。だから、ロランくんも買いたいものがあったら、買ったらいいよ! まぁ、私のおすすめは、ウェイランのケーキなんだけどね?」
「か、買いたいものかぁ……」
ロランは考える。でも、何も思いつかなった。まぁ、街を歩けば何か見つかるかもしれない。
「よしよし、考えたらワクワクしてきたね! じゃあ、ピケロ! またよろしくね。今度もたくさん持ってくるからね」
「ブヒブヒブヒ」
そう言ってピケロをひとしきり撫でたあと、二人は帰路についた。
――「ねぇ、明日、アスラに行くんだけど、カサンドラちゃんも一緒に行く?」
就寝前、リッケがカサンドラに聞いた。
アーシュはもう寝ていたが、寝る前に聞いてみたら行かないとのことだった。アーシュはいつもそうらしい。決して、外に出たがらないという。
「おばあちゃんは何て?」
カサンドラは読書をしながら聞く。
「いいって。もう許可済み! どう? 久しぶりでしょ? アスラ」
「……そうね。久しぶりに行ってもいいかも」
「決まり! じゃあ、明日は三人でお出掛けだね」
ということになった。
ロランはベッドに潜り込み、明日のことを考える。
初めての外出。
それもリッケとカサンドラと三人で。
ワクワクするなと言う方が無理な相談だった。
今日は早く眠れないかもしれない。