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7、アーシュの特訓

アーシュとロランは川をある程度遡ると、岩を飛び、向こう岸に渡る。


そうしてコースを森の中に定めると、アーシュを先頭に、風のように木々の間を駆け抜けた。


ロランは思った。

ちょっと森の雰囲気が違う、と。

それに、なんだか木も地面も少し荒れている。ところどころえぐれたり、削れたりしているのだ。


「へへっ、早速お出ましだぜ……」


ふいにアーシュが言った。

それでロランはようやく気がつく。

自分たちの周囲、木の間、そこを並走して走る小さな魔物に。


それは小型の狼の魔物、ワイルドウルフだった。

小さいが故に多数で群れるが、しかしその牙は長く鋭い。毎年、かなりの数の被害者が出る、ポピュラーだが厄介な魔物だ。


「いち、に、さん、しー、ご……」

ロランは目視で数えた。けど、全然数えきれない。たぶん10匹……いや、15匹はいる。


「こ、こいつらに聖魔法効くと思う?」

「んなこと、知るかよ。目くらましくらいにはなるんじゃねぇの?」


言うとアーシュは腰のナイフを引き抜く。向こうから来る前に始めるつもりだ。ロランも身構えた。

人生初の魔物戦だ。手が震える。


(詠唱魔法はまだ使えない……何はともあれ、まずは防御だ。自分の身は自分で守る! そして、余裕があればアーシュくんを援護……!)


ロランの覚悟を決めた目を見て、アーシュは笑った気がした。


「おっぱじめるぜっ!」


アーシュは叫ぶと地面を思い切り蹴った。

すると、アーシュの靴、そしてズボンに緑色の残像のようなものが見えた。

そして、突風が巻き起こる。


ロランは息をのんだ。


(えっ……?)


アーシュが消えたのだ。

けど、それは別に消えてしまったわけではないことがすぐにわかった。

木の向こう側を走っていたワイルドウルフが真っ二つに切り裂かれたのが見えたからだ。


一匹、二匹、三匹。


ほとんど瞬間の出来事だった。


その光景の中にロランは、確かにきらめくナイフの光とアーシュの姿を見た。

その時には、アーシュは全身に緑色の残像をまとっていた。


あれはどこかで見たことがある。そう。あれはカサンドラが見せてくれたサイクロンだ。あの時見た魔力を込めた風に似ている。


魔法に似ている。けど、あれは魔法とは似て非なるものだとロランは知っていた。

学校の授業で聞いたことがあるからだ。

その昔、大気中のマナを生み出す大本、精霊の力を直接身に宿す術があり、そしてそれを使いこなす民族がいたことを……。


アーシュは今も木々の間を風よりも早く駆け抜け、ワイルドウルフを次々と屠っている。

その姿はまさに鬼気迫るものだった。


(間違いない……あれは『精霊術』だ。ということは、アーシュは精霊術を使う民族の生き残り……?)


そんなことをぼーっと考えている時だった。


「なにぼさっとしてるっ! 後ろだっ!」


「えっ……?」


ロランはすっかり油断していた。

振り向くとすぐそこまでワイルドウルフが飛びかかってきていた。


ロランは驚き、魔法を忘れ、下がる。

そうして手で顔を庇った。

が、これは最悪の選択だった。

本来であれば、まだ防御魔法で防げたものを、咄嗟の判断で諦めてしまったのだから。


ロランは噛まれるのを覚悟した。

顔を噛まれるかもしれない。首をやられるかもしれない……。


が、しかしその瞬間は訪れなかった。


真横を突風が吹き抜けたかと思うと、アーシュがそのワイルドウルフを真っ二つにしていたからだ。


アーシュはナイフに着いた血を払う。


ロランは助かったと知り、思わず腰を抜かした。

どうやら、その一匹で最後だったようで、アーシュはナイフを収めた。


「大丈夫か? 怪我は?」

「う、うん……何にもない。その……助けてくれてありがとう」

「ったく。焦ったぜ。お前、魔法使えるんじゃねぇのかよ」

「ご、ごめん……ビビって、使えなかった……」

「はぁあ……」


アーシュは大きくため息をついた。が、すぐに腰を抜かしているロランに手を差し伸べて、


「でも、ま、最初はそんなもんだ」


と言ってくれた。


「アーシュくん……」


ロランはアーシュの手を取り立ち上がる。

すると、


「痛つっ……」


とアーシュが漏らした。

見ると脇腹を怪我していた。しかも、かなり深そうな傷だ。


「だ、大丈夫っ!?」


ロランは傷口を見て心配そうに言う。

だが、アーシュはそれをうざったそうにはねのけた。


「大丈夫だよ、こんくらい。そのうち治る……」

「そのうちって……」


ロランは歯噛みした。

アーシュがこんなドジをするはずがない。あんなに強いのに。

これはたぶん、僕を助けてくれた時の傷だ。あの時、アーシュは確かに離れたところで戦闘中だった。なのに、すぐに駆けつけて助けてくれた。きっと、その時に無茶をしたんだ……。


「脱いで……」


ロランは言った。

アーシュはうまく聞き取れなかったのか、


「はぁ?」

と返す。


「脱いで! 服!」


今度はいつになく大きな声でロランは言った。


「は……? うるせぇ、なんで……」

「いいから! 早く脱いで! さぁ!」


ロランは無理やり脱がしにかかる。

だが、アーシュも身をよじって抵抗した。


「バカ! よせ! 俺は脱がねぇぞ……って、ああもう、痛つつ……しつけぇなっ!」


結局、今回はロランの粘り勝ちだった。

ロランはアーシュの服を脱がせると、傷口にヒーリングをかけた。

すると、みるみるうちに血が止まり、傷が薄れていく。


「ケッ……治癒魔法をかけるなら、そう言えよ」

「ご、ごめん。知ってるかと思って……」

「こんな便利なもん、知ってたらとっくに頼んでるよ……ったく」


アーシュは塞がっていく傷口を見つめた。

そして、感心した様子で


「これが魔法ってやつか。貴族さまの才能は恐ろしいね。お手軽で効果が高い」


と言う。


「そんなことないよ。だって……アーシュくんの精霊術の方がすごいじゃない!」

「なんだよ。そんなことまで知ってんのか。やれやれ。教育の賜物だな」

「うん。でも、知ってたけど、見たのは初めてだよ!」

「当たり前だ。俺だって、俺のしか見たことねぇんだからよ」


そういうとアーシュは完全に塞がった傷口を触り、ヒューと口笛を吹く。


「こりゃお見事だな」

「えへへ、ありがとう……ねぇ、アーシュくんは精霊術をどこかで習ったの?」

「あ? なんでんなこと、てめぇに言わなきゃなんねぇんだよ?」

「い、いや……その……嫌ならいいんだ……ちょっと気になっただけだから」


ロランが引き下がるとアーシュは、はぁと息を吐いた。


「ま、これからも俺の傷をタダで治してくれるなら、教えてやってもいいがな?」

「ほ、ほんとに!? うん! いつでも治すよ! 毎朝治す!」

「はぁ……お前、本当におかしな野郎だな。まぁいいか。けど、まだ誰にも話してねぇから、お前もリッケと魔法オタクに言うんじゃねぇぞ?」

「うん! もちろんだよ。誰にも言わない」


アーシュは「本当か?」と言いたげな目をしたが、やがて諦めた表情になり、話し始めた。


「精霊術は誰にも習ってねぇ」


「ええっ?」


ロランは驚いた。


誰にも習ってないってどういうことなのだろうか?

それと、ならこの話はこれでお終い?


「精霊術ってぇのは、たぶん生まれた時から勝手に使えるんだよ。理由は知らねぇ。俺には身寄りはいねぇからな。正直、なんでこんな体で生まれてきたのかもわからねぇ」

「身寄りはいない?」


ロランは反応に困る。

リッケもそうだったけど、アーシュもなのか。


「その辺の話は聞いてもあんまり面白くねぇぞ。俺もなるべくなら思い出したくないことばかりだ。お前みたいに温室でぬくぬく育ったやつには想像もできない、地獄みてぇなところが世の中にはあるんだ」


「そ、そっか……」


そんなことを言われたら、ロランはそう絞り出す他なかった。


けど、だとしたらアーシュはそんな「地獄」を見てきたのだろうか?


そう考えると悲しくなった。


アーシュは静かになってしまったロランを見かねて続ける。


「ま、お前だって、好きで貴族に生まれたわけじゃねぇだろうし? もし俺が逆に貴族に生まれてたら、こんな森になんぞ来ないで、贅沢三昧過ごすだろうしな? ……どっちにしろ生まれは恨めねぇよ。利用できるものが利用すればいいし、ないなら勝ち取ればいい。ただそれだけだ」


そう言うとアーシュは手に風を纏って見せてくれた。


近くで見ると猛々しい、それでいてとても美しい力だと思った。


「さぁて、しみったれた話は終わりだ。今日はもう時間がねぇから、あと一回りして、とっとと帰るぞ」


そういうとアーシュは立ち上がり、脱いでいたシャツを被る。


ロランはそれを下から見ていたが、アーシュが背を向けた時、首の下、ちょうど肩の真ん中辺りに、小さな刺青がしてあるのを見つけた。


盾に剣と斧が交差して立ててあり、周りに薔薇と蛇をあしらった、紋章のようなものだ。


(あれ? あの紋章……どこかで……)


ロランは思う。が、刺青はアーシュがシャツを着ると隠れてしまい、結局思い出すまでには至らなかった。


「どうした? またぼーっとしてんのか?」

「う、ううん。なんでもない。それよりも、今日はごめん……すっかり邪魔しちゃって」

「本当だぜ。明日からは御免だな」

「えっ、そ、そんなぁ……」


アーシュは走り出す。

ロランは後を追う。

アーシュは口ではああ言うけれど、しっかりとスピードを合わせて走ってくれた。


「根は悪い奴じゃない」


リッケは言ったけれど本当だった。

むしろ、とっても良い人だ。


「ねぇ、ところで、アーシュくんは、何のためにこんなに大変な特訓をしてるの?」


そう思ったついでに、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


すると、アーシュは少し沈黙したあと、


「ぶっ飛ばしたいやつがいるから……かな」


と小声で言ったのだった。



――その翌朝。


ロランは頬をパシパシと叩かれて目を覚ました。


カーテンの隙間からは光が一切漏れていない。


まだ夜が明けていないのだ。


ロランは軋む体を起こし、目を擦る。


すると、ロランを起こした張本人がそこにいた。


「えっ……? アーシュくん……?」


「何寝てんだ。今日も行くんだろ? さっさと起きろ」


「えっ……で、でも……いいの?」


その問いかけをアーシュは無視した。


「行かねぇのか?」


「い、行く! 行くから、ちょっと待って!」



ロランは慌てて着替え、アーシュと共に小屋を出た。

今日はおばあさんも起きていなかった。

とびきり早く起きたわけだ。

ロランは正直眠かった。


「お前のスピードを考慮すると、この時間になった。ついてこい。遅れるなよ」


「う、うん! な、なんとか……頑張るよ!」


けど、アーシュが誘ってくれて、ロランは心の底から嬉しかった。


きっと、これならいくらでも走れそうだ。


これなら、毎日続けられる。


二人は暗い中、森へと走り出す。


こうしてまた新たに、ロランの日課がひとつ増えた。


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