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5、魔法は積み重ね

「ここよ」


言われてロランは上を仰ぎ見た。


小屋から出発して一時間半。

ようやく辿り着いたのは、ほぼ垂直に切り立った崖の真下だった。


高さは小さめの城くらいある。それがまるで壁のように目の前に立ち塞がっていて、その前、ちょうどロランとカサンドラが立っている辺りは木の生えていない草地になっていた。


確かにここなら魔法の試射にはうってつけかもしれない。


「こんな場所があったなんて……」

「ね。ま、ここもアーシュに教わるまでは知らなかったんだけど」


またアーシュか。

アーシュはそうやって日がな一日、森を駆けずり回っているのだろうか?


「じゃ。早速やってみて」


カサンドラは振り向くと、ロランと少し距離をとり言った。

それにロランは


「う、うん。わかった……」


と応じる。

魔法を使うといっても、前準備などない。今すぐ見せろと言われたら、見せられるからだ。


「で、でも……僕はあんまり派手な魔法は使えないよ?」

「ええ。リッケから聞いてる。だから気にしないで」

「リッケから?」


(そうか。だから僕の魔法について色々と知っていたのか……)


なら、少なくともがっかりさせることはないかなと、ロランは手を前に構える。

そして、使える魔法をひと通り使うつもりで、


「じゃあまずは攻撃魔法から……」


と、数少ない攻撃魔法を唱えた。


「レイズデッド!」


ロランが唱えると、構えた手のひらに白い光が溢れる。

それはやがて大きな光の塊となり、何もない草地に飛んでいくと、綺麗な余韻を残し雲散霧消した……


対象がいないからこんなものである。

ロランは派手じゃないと前置きはしたものの、なんだかだんだん恥ずかしくなって、カサンドラをチラッとみた。

だが、予想に反してカサンドラは興味深そうに頷いてくれている。


「かなり強力な魔法ね」

「えっ……!? そうなの?」


言葉も予想外なものが帰ってきた。

強力な魔法と言われても、人には効かないし、使う対象に出会ったことすらないから実感がない。


「ええ。けどレイズデッドは本来、蘇生魔法のはず。ま、蘇生魔法はかけるタイミングが難しいし、アンデッドには攻撃効果が高いから、攻撃魔法として使ってもいいわね」


「は、はぁ……」


攻撃魔法だと母親に教わっていたものが、まさか蘇生魔法だったとは……ただでさえ攻撃魔法が少ないのに。

ロランはちょっとがっかりした。

まぁ、いい。気を取り直して次の魔法を使う。


「アンチアンデッド!」

ロランの手から先程よりも小さい光が溢れる。

「これは基本的な聖魔法ね。レイズデッドより魔法発動速度が速いから、使い分けができるわね。威力は大したことないけど」


「ホーリーニードル!」

空中に多数の光の針が出現し、飛んでいく。

「大勢の敵に対して有効な聖魔法ね。威力は低いけど、足止めくらいにはなるかしら」


これで攻撃魔法は終わりだ。


「ヒーリング!」

ロランの手のひらに、薄い緑色の光が集まる。

「傷を癒す万能の魔法ね。その人の魔力によって効果は変化する。あなたのは……まぁまぁね。でも、使える人は限られてるから、かなり重宝されるわ」


「ディスペル!」

ロランの手のひらに、黄色い光が集まる。

「魔法効果を打ち消す、癒し魔法ね。これも使える人は少ないから重宝されるんじゃないかしら」


癒しの魔法もこれで終わりだ。

残すは防御魔法のみ。


「クリスタル・ディフェンス!」


ロランが唱えて、目の前に透明なキラキラしたクリスタルの壁を作り出すと、初めてカサンドラは目を見開いた。


「高硬度の物理防御魔法ね……うん。なかなかのものだわ。今まで見た中では、一番高位の魔法よ」


やっとまともに褒められた気がした。

ロランはちょっと嬉しい。けど、この魔法も物理防御だから、テストでは役に立たなかったんだけれど……。

次で最後の魔法だ。


「マジック・ディフェンス!」

白い魔力でできた膜がロランの眼前を覆う。

「魔法防御魔法の基本形ね。使い勝手はいいけれど、脆さが目立つって定説よ。だから、本来であれば応用形を覚えるべきね」


これでひと通り、カサンドラに魔法を見せた。


ロランはふーっと、体の力を抜く。

さすがに激しく魔力を消耗したが、これで約束を果たせたことになるだろうか?


(それにしても……魔法のこととなると、カサンドラさんは途端に饒舌になるなぁ)


見るとカサンドラは地面を見つめ、まだ何かを熱心に考えているようだった。


「どう? 何か役に立ちそう……?」


ロランの声にカサンドラはようやく顔を上げる。


「ええ。とても。有意義だったわ。ありがとう」


お礼も素直だ。

いざ真正面からお礼を言われると、ロランはお腹がむずむずするのを感じる。


「カ、カサンドラさんは……色々な魔法のことも知っててすごいね。もしかして、見たらすぐに使えるようになっちゃうとか……?」

「そんなわけない。詠唱部分がわからないんだから。あいにく、あなたの使える魔法で、この本に載っている魔法はひとつもなかったし」

「そう……じゃあ、なんで見せてなんて……?」

「参考までに、よ。それともし今後、他の本に出会って詠唱部分を発見した時に、一度短縮魔法を見たことがあった方が、断然習得が早くなるから」

「そ、そっか……」


(カサンドラさんは、どこまでも勉強熱心なんだな……)


ロランは見習わなければと思う。


「ええ。じゃあ、次は私の番ね」


ロランが感心していると、カサンドラがおもむろに杖を構えた。

思わずびっくりして飛び退く。


「えっ……? 魔法、見せてくれるの?」

「ええ」

「で、でも……僕は、血はあげられないよ……?」

「あれは冗談」


(冗談って……そんなふうには聞こえなかったけど……)


ロランはカサンドラのマジだった目を思い出す。


「さ。詠唱を始めるから。巻き込まれないように少し下がって」

「は、はいっ!」


カサンドラは本当に始めるみたいだった。

もし、巻き込まれてアーシュのようにされては堪らない。

ロランは言われるがまま、森の木の傍まで退避した。


カサンドラはロランが下がったのを確認すると杖を体の前に立てて持ち、目を瞑って詠唱を始める。


「風のマナよ。我が声掛けに応え、力を貸さん……」


相変わらず小さいけれど、透き通るような凜とした声だった。


そのせいか、カサンドラが詠唱を始めた途端、なんとなく森の音が少し静かになった気がした。


「……我が招く力は慈悲を知らず、全てを灰塵に帰さん!」


時間にして15秒ほどの詠唱だったろうか。

それが終わるとカサンドラは杖を天に掲げた。


すると、周囲の森の風が一瞬完全に止んだ。


そして……その次の瞬間。

風が一斉にカサンドラの杖に向かい集まり始めた。


ものすごい風圧だった。

ロランが必死に木にしがみつかないとすぐに吹き飛ばされそうなくらいの強風。

「……う……なんだ、これぇ……」

ロランは辛うじで目を開けた。

風は本来、無色透明なものだが、カサンドラの魔力によってうっすらと緑色に染まり、肉眼で確認できるほどになっていた。


(風をこんな色にできるほど、魔力を練り込めるなんて……これが詠唱の力……修行の成果……?)


カサンドラは杖の先にどんどんと風を溜め込む。そして、頃合いと見たのか、崖の方に向けて一気に魔法を解き放った。


「サイクロン!」


杖を振ると同時に、凄まじい竜巻が空に向かって立ち昇る。

しかも、ただの竜巻じゃない。魔力を込めた巨大な竜巻だ。

緑の竜巻は暴風を辺りに撒き散らし、草や木を風圧で切り裂き、崖を粘土のように削った。

さながら、暴れ回る龍のようだ。


(アーシュくんは、こんなのを受けてるの……!?)


ロランは真っ先にそんなどうでもいい心配をした。

それと、もしこんな魔法を実戦テストでやられたら怪我では済まないだろうとも。


ロランはとにかく生き残るべく、木の根本に座り込み、竜巻が収まるのを待った……。



「どう? 何か役に立ちそう?」


サイクロンの魔法が収束するとカサンドラが聞いてきた。

ロランは目を開ける。見ると、さっきまで健在だった崖が見事に半月型にくり抜かれていた。

ロランはカサンドラの問いかけに、涙目になりながら


「はい。とても……」


と答える。するとカサンドラは満足気に


「そ。ならよかった」


と言った。


(あ、今のって冗談じゃなかったんだ……)


ロランはまんざらでもなさそうなカサンドラを見て思った。


「今のはサイクロンという風の高位魔法。威力は少し抑えたけど」

「は、はぁ……」


威力は抑えた?

いや、もうロランは何を言われても驚かない。


「使いやすい攻撃魔法よ。でも、たぶんあなたには向かないわね。あなたは聖属性の適正値が強いから、詠唱魔法を覚えるにしても、それに近いものがいいと思うから」


カサンドラはそう言い、持ってきた本を捲る。


ロランは頭が混乱していてすんなり入って来なかったけれど、ようやくその言葉の意味に気がついて立ち上がった。


「詠唱魔法を覚えるって……まさか、教えてくれるの? というか、僕でも覚えられるの!?」


「もちろんよ。詠唱魔法は誰でも覚えられる。訓練次第だけど」


「訓練次第……ね」


「そう」


「訓練は……カサンドラさんがしてくれるの?」


「そう」


カサンドラは即答する。


ロランはとても嬉しかった。内心、飛び跳ねるくらい。自分が聖属性以外の魔法を使えるようになるかもしれない。しかも、あんなにすごい魔法を使えるカサンドラが教えてくれるのだから。

でも……


「でも……どうして?」

「リッケに頼まれたから」

「リッケに……?」

「ええ」


カサンドラは頷いた。

それを聞き、ロランは思う。そうか、と。

リッケは昨日のうちに、もしくはそれよりも前に、カサンドラにお願いしていたのかもしれない。

僕の悩みを解決して欲しいって。


「そっか……」


リッケの気持ちは嬉しい。

とても嬉しい。


けど……どこか寂しかった。


せっかく、カサンドラと少しは仲良くなれたかと思ったのに。

結局は……


と……


「それと、あなた」


「……え?」


カサンドラが言葉を続けたので、ロランは我に返った。


「僕……?」


「そう。あなた。あなた、観察対象としておもしろそうだから」


「か、観察?」

「ええ。とても教え甲斐がありそう。それを考察すれば、短縮魔法の独自発見にも近づけそうだし」

「こ、考察? ……発見?」

「ええ。そのためにも……やっぱり、血はもらっておこうかしら……代金として」

「それは、じょ、冗談だよね?」

「……さ。どうかしら?」


言うとカサンドラは笑った。


その笑顔を見て、ロランはさっきの自分の考えがただの杞憂だと知った。


もちろん、リッケが色々と言ってくれていたのだとは思う。

けれど今日、一歩踏み出したのは確かに自分だったし、今こうやってカサンドラと話せているのもまた、自分じゃないかと。


それでいいじゃないか。


ロランはバツの悪い気持ちになり、心の中でリッケにちょっと謝っておいた。



「あなたには、この攻撃魔法が合ってると思うの」


カサンドラは本を指差して、提案してくれる。けど、全然読めないから、そう言われてもわからなかった。


「なんていう魔法なの?」

「『ショック』という魔法」

「どんな魔法?」

「雷属性の中位魔法で、地を這う雷を放ち、相手を気絶させる魔法よ。これなら聖属性のあなたとも相性がいいし、魔物にも対人にも役に立つわ。それに詠唱を極めて威力を上げれば相手を即死させることも可能よ」


最後に物騒なことを言ったが、確かにこれはロランの望んでいた攻撃魔法に近い。だから、是非教えて欲しいとお願いした。


「それと……この防御魔法も載ってるから覚えたらいい。マジック・ディフェンスの応用で『リフレクト』という聖属性防御魔法よ。相手の魔法をそのまま別方向へ弾き返せる」


これも素晴らしい魔法だと思った。

ロランはすぐに頷いた。


「うん! 是非、教えて!」


「ええ。決まりね。なら、しばらくこの二つの魔法の詠唱を練習しましょう。時間は午後の空いた時間を使う。毎日、きっちり一時間ずつ、計二時間」


「そ、そんなに……?」

「なにか、不満?」


ロランは首を全力で横に振った。

こちらはわざわざ、カサンドラに時間を使ってもらう立場だ。不満などあるわけない。


そんなロランを見てカサンドラは満足気に頷いた。


「結構。魔法は積み重ねよ。それを忘れないで」


こうしてロランの日課に、新たにカサンドラとの魔法特訓が組み込まれることとなった。



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