43、上層部会議
まだ中等部ペア実戦テストの興奮が冷めやらぬ夕刻の学校で、とある会議が開かれていた。
集められたのは、有力な魔法使い7人。
男性が6人に、女性が1人。
円卓を等間隔に囲むように座っている。
その内男性3人と女性1人が初老で、男性に2人だけ30代と40代前半に見える比較的若い人物がいる。
同じく男性のうちの一人はかなり高齢に見えた。
その長老らしき男性が口を開く。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない。レナちゃんの息子のことじゃ。どうやら、可愛い子に旅をさせたみたいじゃのぅ。ようやく面白そうな子になった。ほっほっほっ」
愉快そうに笑う長老に、40代らしき男性がため息混じりに言う。
「のんきに笑っている場合ではありませんよ。どこで詠唱魔法を覚えてきたのか知りませんが、レナの子となれば、予言の魔女が再び動き出した可能性は高いはずです。あなたがもう全盛期の力を失くした以上、あの魔女には我々が束になっても敵いませんよ? そこは深刻に考えてください」
「ふむー。そうかのぅ……? モリエールのやつはもう隠居したんじゃから、表には出て来ないと思うがのぅ」
長老は口ひげを撫でる。
そのわざとらしい、いかにものんきそうな様子に男性は少しイラっとする。
「……相手は魔女なんですよ? なのに! そのように簡単に我々の都合の良い方にとってはいけません!」
「まぁまぁ、そう心配ばかりするな。それはそれで疲れるだろう? 今はまだ事の成り行きを見守る時だ」
そう男性を諌めたのは、プロッフ・アロンド名誉教授だ。ロランを基礎魔力測定で高評価した彼もこの会議のメンバーに加わっていた。
「プロッフさん。あなたまでそんなことを言うのですか?」
「そう睨むな。私も校長と同じ意見で、今のこの状況でモリエールがまた、世界に混乱を望むとは到底思えんというだけだ。彼女の動きは引き続き見張る。そのためにレナをこの国で受け入れ、ロランくんが学校に入るのも許可したのではないかね? 不測の事態が起こった時のために」
「もちろんそうです……そして、それは向こうも同じだったはず。しかし、これを見てください! 現に事態は動き出しました! 『竜姫』シェファ・ヴォーティガンは、自分の近衛騎士兼魔法使いに、ロラン・アトールを指名してきたんですよ? 『モリエールの予言』通りに!」
男性はそう言って立ち上がると、配られた資料を円卓に叩きつけた。
他の者たちは彼の激昂を気にもせず、資料に目を通している。
目を吊り上げる彼に、またプロッフが柔らかに話かける。
「そう言うがな……? これは、必ずしも予言通りではないではないか。モリエールは『歴史は繰り返される』と言った。ならば、ロランくんが味方するのは『白』ではなく行方不明の『赤』のはずだ。だから、これはむしろモリエールの予言が外れ始めた証拠にも見えないかね?」
「何を言います。それこそ安易な憶測です。実際に事は動き始めた。ならば、これから先、さらに状況が変化する可能性もあるではないですか!」
「だからのぅ……それが心配性というのじゃて……」
長老はつぶやいた。
が、男性は意見を曲げるつもりはない。
彼は
「心配し過ぎるに越した事はありません。今すぐにこの要求を拒否し、ロラン・アトールを特別魔法クラスに移すべきです。そこでしかるべき教育を施し、素早く欠けた人員を補充すべきかと」
「しかし、竜姫は権力こそないが、一国の姫であるのに変わりはない。そんな彼女の要求を無碍にはできないだろう。それに……この中にも既に姫から要求を通すように頼まれた者もおるのではないかね?」
「な、なにっ!?」
プロッフの質問に沈黙する面々。
先程から、何やら怒っている男性も、さすがにこれには呆れ顔になった。
「ちっ……! これだから、多数決は嫌なんだ!」
「仕方ないだろう? 今までもこれでやってきた。誰かの利害にだけ有利に働くようでは、バランスを失うからな」
「そんなことは言われなくてもわかっています。ただ……今回のことだけは容認しかねる。ロラン・アトールを竜姫のところに行かせるのならば、私は委員を降ろさせてもらいます」
「ほっほっほっ。お主がそう言うのはわかるがのぅ。これは仕方ないことなんじゃ。じゃが……こういった場合、本人に決めてもらうのが一番じゃからな。そこの細工はできるが、どうだね?」
長老は言った。
その言葉の真意を図りかねて、男性は聞く。
「細工? 本人に決めてもらうとはどういうことです……?」
「ほっほっ。簡単なことじゃ。わしらは、特別魔法クラスの人員が二人欲しい。そして、そのうちの一人を竜姫が欲しがっておる。しかし、わしらにその拒否権はないに等しい……ならば、本人に断ってもらい、特別魔法クラスに自発的に入ってもらうようにするのじゃ。『もう一人の候補者』を使ってな」
「も、もう一人の候補者? 今回の議題はロラン・アトールだけではないのですか?」
男性は資料を捲る。
しかし、やはりそこにはロランのデータしかない。
「そうじゃ。ついさっき試合を見て、わしが決めたのじゃ。あの子は磨けば光る。必ずや我が国の『戦力』になってくれるじゃろう。そして……ロランくんは彼女のことを置いてはいけないだろうて」
「か、彼女……? ……! ま、まさか……!?」
男性、ロジャース・レイノットは、驚きのあまり、すとんと椅子に腰を落とした。
――翌朝。
ロランの学年、いや、学校中がロランたちの話題で持ちきりだった。
廊下に改めて張り出されたテストの最終結果。
そこの一位には当然のようにロランの名前が。
二位はマーキス。三位はイツキ。
そして、最後のペア実戦テストでの優勝が影響したのと、元々の筆記テストの成績が良かったのとで、なんとエイコが学年9位にまで上がっていた。
「わ、私が……9位……?」
エイコはあまりの事態に立ち眩みがして、倒れそうになる。
「あっ、ちょ! エコーズさん!」
それをロランが横から支える。
そんな様子を周囲の生徒は笑いながら見ていた。
クラスに戻っても概ねそんな調子で、もう二人を無意味に見下す生徒はほとんどいなかった。
中には面白くなさそうに顔を背ける生徒もいたが、それも二人の実力を認めたが上でのことだ。
今度こそ二人の努力と結果が、報われた日となった。
二人は実に久しぶりに、心の安まる学校での時間を送ったのだった。
が……それもたった半日しか続かなかった。
本当に学校中が震撼したのは、この日の昼過ぎだった。
その掲示は、ロランの学年だけでなく、学校中に張り出された。
そこには、こうあった。
〈特別魔法クラスに以下の生徒を推薦することを決定した。
第六席、中等部第2期第2クラス、エイコ・エコーズ
また、以下の生徒を神聖レフナント王国への留学生とすることも合わせて決定した。
中等部第2期第2クラス、ロラン・アトール
上記の二名は通達を受け次第、ただちに校長室に来ること。
以上。〉
と。




