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41、決勝戦

決勝とはいえ、中等部第2期の試合にしては考えられないほどの観客が集まっていた。


同じ中等部だけではなく、初等部や高等部の生徒の姿もちらほらと。一般生徒や教師は入れないVIPルームの窓にもいくつか人影が見える。


それほど、この試合は注目を集めているということだ。


ロラン・アトール、エイコ・エコーズ組



マーキス・レイノット、イツキ・カリナ組。


ロランは半年前までは落ちこぼれだったにも関わらず、休学中に急成長を遂げ、現在ぶっちぎりの学年一位。しかも基礎魔力測定で最高評価の「5」を二項目で貰った、久しぶりに出てきた『特魔候補生』。


そんな新進の生徒が選んだパートナーは、なんと学年成績50位圏外の女生徒、エイコ。エコーズ家といえば優秀な風系統魔法使いを多数輩出している名門だが、もしや彼女にも隠れた才能があるのかと、今や生徒たちの噂の的になっている。


一方のマーキスは高等部にも名が知れるほどの天才肌のエリートだ。生活態度や素行に問題があるとも言われ、最近まで勉強や努力を怠ってきたが、今回は違っていた。魔法力に磨きがかかっている。元からある才能をやっと伸ばし始めたマーキスに、教師たちもほっと胸を撫で下ろしつつ、なぜ今頃になってと首を傾げている。しかし、本気を出したマーキスを一目見ておこうと、高等部の生徒まで試合を見にきているのだから、余程のことだ。そこは皆が認めるところである。


そして、そのマーキスはパートナーにイツキを選んだ。彼女は天才肌というより、根っからの努力家で地道に魔法力を上げてきた、生徒のお手本のような存在だ。

激しい炎を操る優等生はそのルックスも相まってファンも多いが、今回そんなイツキをマーキスが選んだことで、あらぬ臆測が飛び交っている。男子生徒の悲鳴もさることながら、エイコをいじめていたナタリーなどは悔しさに地団駄を踏んでいたらしい。けど、ナタリーではイツキには敵わないから、指をくわえて見ているだけに留まった。

もちろん、マーキスにもイツキにもそんな男女の感情は微塵もない。

本当、くだらないとイツキなんかは思う。


そんな様々な注目を集める二組が今、コートに上がった。


ロランは人の多さに思わず観客席を見上げ、口をぽーかんと開ける。

が、真剣な顔で前を見つめるエイコに気がつくと、すぐに視線を前に戻した。


そこにはやはり真剣にこちらを睨みつけているマーキスとイツキの姿が。


ロランは何だか、身が引き締まる思いがした。


(こんな舞台で戦うなんて思いもしなかったけど……全力でいくよ、マーキスくん)


両組の表情を見て、審判が口を開く。


「では……両組が揃ったので、改めてルールを説明する。制限時間は30分。ペア両人が戦闘続行不能もしくはコート場外に落ちるか降参した時点で勝敗が決する。武器、体術の使用は可能であるが、両ペアとも武器の使用申請はなかったため、今試合は武器は使用しない。魔法威力は相手を死に至らしめる程に高めて使用することは禁ずるが、手加減をできない場面もあると思われる。その場合は我々審判員が止めに入るので、その時は速やかに魔法を消す努力をすること。制限時間内に決着が着かなかった際は、審判員による判定になるが……以上のことに異存はないか?」


「は、はい……ありません」


「……特にない」


ロランとマーキスが言った。


審判は軽く頷くと、二組に配置につくように促す。


〝い、いよいよ……始まっちゃいますね……〟


耳元でエイコの声がした。

ロランはそちらを見ずに小さく相槌を打つ。


〝ここまでは、なんとか先手必勝で切り抜けられましたけど……マーキスくんは警戒してきますよね……やっぱり?〟


そうだね、とロランは口だけ動かした。


〝それでも……これまで通り真正面から行きます……よね?〟


そう。作戦は同じだ。

ロランが接近戦で活路を見出す。エイコはその援護。


「うん。僕には、それしかできないからね」


今度は声を出してロランは言う。


「そっ、そんなことないですよっ!」


エイコも思わず声を出してしまう。

けど、すぐに恥ずかしそうに俯くとまた魔法を使い、


〝ア、アトールくんは……もっと自信を持っていいと思います。そうすれば、きっと……ううん。絶対に魔法でもマーキスくんに負けません。私、少ししかアトールくんのこと知らないけど……そのくらいのことならわかります〟


と勇気を振り絞って言った。


ロランはエイコからの意外な高評価に驚いたが、それよりも、お世辞でもそんなことを言ってくれたことが嬉しくて、ついつい笑顔になってしまった。


お陰で二人の緊張も取れた。


「ありがとう……でも、僕一人じゃここまで来られなかっただろうし、この試合もきっと勝てないと思う。だから……エコーズさんこそ、自信を持って。僕も今だけは自信を持ってやるから……二人で絶対に勝とう!」


「……! はい!」


「……おほん。それでは、これより! 中等部第2期ペア実戦テストトーナメント、決勝戦を開始する! 両組、礼!」


「よろしくお願いします!」


審判の声に、4人ともビシッと礼をした後、想い想いに構える。


(さぁ……行くぞ。アトール)

(……勝負だ。マーキスくん……!)


「……始めっ!」


――


始まりの合図と共に、例のごとくロランは駆け出した。


「ホーリーランス!」


が、今回は初めから防御は捨てていた。

なぜならば、既にマーキスもロランに向かって突っ込んで来ていたからだ。


「サイクロン!」


マーキスが唱えると、濃い緑色の魔力を帯びた風がマーキスの脚と腕に纏わりつく。


サイクロンを足に使い、加速。

腕に使い、武器にしていた。


まるでアーシュの精霊術のようだ。

実際、ロランの目にもアーシュの動きと同程度のスピードに見えた。


瞬く間に二人は接近する。

開始数秒でだ。


「てぇぇぇぇ!!」


ロランが鋭くランスを突き出す。

それをマーキスは左腕で強引にいなした。

マーキスの左腕から鮮血が飛び散る。


けれど、ロランはランスを右側に受け流されてしまったため、体のバランスを崩していた。

追撃はできない。

それどころか、ガラ空きになった左脇腹にマーキスは狙いを定める。


「……しまっ……!」

「おらぁぁぁぁ!!」


サイクロンを纏ったマーキスの横薙ぎが、ロランの脇腹を直撃。ロランはそのまま数メートル吹き飛ばされた。


転がりながらも、ロランはすぐに立ち上がる。

見ると、腹の肉が切り裂かれ血が出ていたが、ロランはほとんど反射のように


「ヒーリング!」


と魔法を右手でかけていた。

すると、傷口は嘘のようにすぐ消えてなくなる。


もちろん、マーキスの追撃は始まっていた。

傷口は戦いながら治すのだ。

これが、ロランがアーシュや魔物と戦いながら会得したスタイルだった。


「『ウインドエッジ』!」


大きな十字形の風攻撃魔法がロランを襲う。

ここまで大型の魔法ではリフレクトで反射はできない。

ロランは際どいところで避ける。

そこへ、再びマーキスが飛び込んできて、拳を振り上げる。


ロランは咄嗟にホーリーランスを投げつけた。

マーキスは辛くも右腕で弾く。

そうして作った隙で


「クリスタル・ディフェンス!」


物理防御魔法を唱え、拳を受け止めた。

だが、腕から放出されているサイクロンの魔法までは防げない。

それでもロランは


「うぉぉぉぉぉ!!」


と、強引にマーキスを押し返す。


力技で吹き飛ばされるマーキス。

だが、ダメージはない。


「おい。てめぇから、距離を開けるのか!? 接近戦しかできない能無しがっ!」


マーキスは叫ぶと、身に纏っていたサイクロンを切り離し、ロランに向けて放った。


規模を落とし、スピードを重視させた竜巻を前に、ロランは魔法防御にうまく切り替えることができない。


「……くっ! マジック・ディフェンス……」


「遅ぇよ!『テンペスト』!」


マーキスはさらに追い打ちを掛ける。


あっという間の出来事だったが、もはやロランの姿は吹き荒ぶ魔法の嵐の中に見えなくなってしまった。

ロランの苦しそうな叫び声だけが、演習場に響く。


「ぐぁぁぁ! ……くっ、うわぁぁぁ!」


「ア、アトールくん!!」


エイコが思わず駆け出そうとすると、


「フレイムキャノン!」


横を向いたエイコに向けてイツキが火球を放った。

エイコは間一髪のところで避け、イツキの方を向く。


イツキは普段の人当たりの良さそうな目つきとは正反対の鋭い目つきをして、


「ちょっと。余所見しないでよ。エイコの相手は私。それに、男の戦いに横槍を入れる女は嫌われるわよ? これは、私からのささやかなアドバイス」


と言った。


「アドバイス……?」


「そう。アドバイス。私は一応、ちゃんとした乙女のつもりだからね。どっかの鈍感くんとは違って」


「な、えっ!? ど、どういう意味ですか……!?」


動揺するエイコをつい、微笑ましく思ってしまうイツキだが、今日は心を鬼にして言う。


「ああ、いいのいいの。今はのんびり話をするつもりはないから。次は外さないわよ?」


イツキは構える。

その気配が「本気」だと悟ったエイコはタイミングよく横に飛ぶ。


「フレイムキャノン!」


「『ウインドフロウ』!」


先のものよりも大きく、速い火球がエイコの真下を通り抜ける。

魔法で体を浮かせたエイコの判断が功を奏した。エイコはロランから教わった魔力の気配の読み方を活かし、イツキの放つ魔力が大きくなっていたのを察知していたのだ。


地面にうつ伏せに倒れこむエイコ。

けど、必死に起き上がった。


「本気で狙ったのに外された……? へぇ。なかなかやるわね、エイコ」


言葉とは裏腹にイツキは余裕そうに手足をぶらぶらとほぐす。


エイコはそんな様子を見て、思わずゾッとした。

次に来る魔法がどういうものか気配でわかってしまったからだ。


「じゃあ……こういうのはどうかしらね?」


イツキは全身に力を込めると


「『フレイムビッド』!」


と唱え、小さな火球を20個ほど空中に浮かべた。

火球たちはやがて、綺麗に一列に並び、イツキの体の周りをぐるぐると衛星のように回転し始める。


「私の新魔法よ。ここまで火球の数を増やすのは大変だったんだから」


エイコはじりっと後退あとずさりする。


あれだけの数を同時に操れるなど、やっぱり並みの魔法力ではない。全ては避けきれないとして……どう対処すればいいのか?


「さぁ、試し撃ちに付き合ってもらうわよ!」


そう言うとイツキはエイコに向かい、一斉に火球を放った。


――


一方、ロランは嵐の中で身を屈め、じっと耐え忍んでいた。


マジック・ディフェンスを遅れながらも展開し、壊れたら魔力を込め直し、傷が出来たらヒーリングで癒す。

嵐が止むのが先か、ロランの魔力が尽きるのが先か、根比べだ。


だが、このままの状態が続けば、きっとマーキスは次の手を打ってくるだろう。

今は嵐が強いから干渉できないみたいだが、追撃は時間の問題だ。そうなった時のため、こちらも反撃の手を考えておかなければ……。


(マーキスくんの意表を突く、遠距離攻撃……なら、僕には「あれ」しか残されていない……けど……)


この状況になってもなお、ロランは躊躇していた。

属性外詠唱魔法を使うことが、いったいどんな事態を招くのか想像もつかないからだ。


それに、そんな危険をおかしてまで、このテストで優勝することが大事なことなのだろうかという考えも頭をもたげる。


いいじゃないか、二位だって。


半年前に比べたら、信じられないような順位だ。もうロランとエイコのことを考えもなしにいじめるクラスメイトなどいなくなるはずだ。

それでいいじゃないか。


そう思う自分がいる。


けど、理屈ではそう思っていても、何かがロランの心の中で引っかかっていた。


それは、簡単に言えば「全力を出さずに負けて、それで後悔しないのか?」ということだった。


思い浮かぶのは、森のみんなの顔。

特訓の日々。

そして、ペアを組んでくれたエイコとの約束。


それらに応えるためにも、ロランは出し惜しみなどせず、全てを使って勝ちにいくべきではないのか?


決してテストでの優勝や、学年一位の称号などが大事なのではない。


結果はどうあれ、あくまでも自分が納得できるかどうかだ。


そして……そうしてこそ「本当の自信」というものが生まれるのではないだろうか?


(アトールくんは、もっと自信を持っていいと思います)


試合前にエイコに言われた言葉を思い出す。


はっきり言って、ロランはまだ自分に自信が持てなかった。


アーシュやリッケやカサンドラの姿はいつも自分なんかよりも頼もしく見えるし、今だにマーキスのことはちょっと怖い。


エイコに対してもクラスメイトに対しても、うまく振る舞えているのか確信がない。


けど……


(僕は「そんな自分」を乗り越えるために、学校に戻って来たんじゃなかったのか…?)


そう思い至ると、ロランは体を軋ませながらも、ゆっくりと立ち上がった。


(そうだよね……躊躇ってる場合じゃない。なのに、僕は……いや、もしかして僕は学校が怖いから詠唱魔法を使わなかったんじゃないかもしれない。きっと……またみんなから「あいつは俺たちと違う」って、白い目で見られるのが怖かったんだ……)


「出でよ……ホーリーランス!」


ロランは右手にランスを繰り出すと、瞑想し、そこに魔力を注ぎ込み始めた。


(そうだ。どっちに転んでも、僕はきっと後悔するんだと思う……なら……僕は……!)


ロランは素早くランスに力を込め終わると、


「てぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁ!!」


と全力で嵐を真一文字に薙ぎ払った。


先程まで猛威を奮っていた巨大な竜巻が半分に切断され、雲散霧消する。


ロランの視界が開けた。


が、この機を逃すまいと、既にマーキスが走り込んで来ていた。

風魔法で加速し、既にいつでも攻撃できる態勢だ。

しかし、ロランのホーリーランスは竜巻を切り裂いた反動が大きかったのか、消えてしまう。


防御も反撃も間に合わない。


「……へっ。もらったぁぁぁぁ!」


マーキスが勝利を確信した顔で、右の拳を振りかぶる。


と、その時、マーキスは微かな違和感に気づいた。


ロランの口元が動いているのだ。


何か言っている。うまく聞き取れないが、とても早いスピードで。


それにロランの左手は自分の胸の辺りにそっと添えられていた。


(……ちぃっ!! 何かあるっ!)


マーキスは直感で思ったが、もうスピードは殺せない。

先に拳を当てなければ!

が、ロランが声を発する方が一瞬だけ早かった。


「ショック!!」


ロランがそう唱えた瞬間、左手から放たれた雷がロランの体内を通り抜け、全ての方向をカバーするように炸裂した。


「なっ……!? 雷属性!?」


あまりに予想外な攻撃に為す術なく、マーキスは直撃を受ける。その威力はマーキスの纏っていた風も軽々と突き破り、激しく全身を焼いた。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


突進の勢いを失い、地面に倒れこむマーキス。


危うく気を失いかけたが、それでも根性で立ち上がり、ここは一旦後ろに退こうとバックステップをする。


が、ロランの追撃の方がそれよりも早かった。


ロランはまだ状況を掴めていないマーキスの懐に飛び込むと、さっきのお返しとばかりに脇腹に右の拳を叩き込む。


「でぇぇりゃぁぁ!」


「ぐはっ……!」


マーキスの顔が初めて苦痛に歪んだ。


今度はマーキスが吹き飛ばされ、地面に転がる番だった。


さすがに息を切らし、間を詰められないロランと、膝をついたマーキスの視線がぶつかる。


(この……サンドバッグの分際でぇぇ……!!)


そんな束の間の静寂に、観客も息を飲む中、ロランはもう後には引けないと思っていた。


見せてしまったものは仕方ない。


(ここからは……全部出し切る!!)


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