40、ペア戦
『ペア実戦テスト』はトーナメント戦であるが、学年全生徒が同じトーナメントに参加するわけではなく、テスト二日目までの結果に応じて、実力別に分けられる。
また、そのペアの実力は組んだ二人のうちの成績の良い者の方となる。
従って、ロラン・エイコ組はロランの成績に引っ張られ、成績上位者のみが集まる第1グループに組み込まれた。
「す、すごい……私なんて去年は第5グループで一回戦負けだったのに……」
「ぼ、僕なんて組む人が見つからなくて、去年は参加すらできなかったよ……」
トーナメント表を眺める二人の切ない不幸自慢合戦。
が、今年はそんな悠長なことを言ってはいられない。
ロランはエイコに「学年一位を獲る」と宣言してしまったわけだし、その結果、過酷なグループでの戦いをエイコにさせることになってしまったのだから。
ここは少しでもエイコを安心させなければ。
「だ、大丈夫! 別に命を取られるわけじゃないんだからさ! 思いっきりぶつかっていこう! そうしたら、きっと……か、活路も見いだせるよ! うん!」
「アトールくん……なんかちょっとだけトーンダウンしましたよね……今」
益々、不安になる二人。
だが、時間は待ってはくれない。
もうすぐ各グループの一回戦が始まろうとしていた。
――二人が演習場に入ると第1グループの面々の視線が一気に注がれた。
(あいつが一位のロランか……)
(第2クラス? 聞いたこともないが、強いのか?)
(いや。腕は上げたようだが、あいつは所詮、下級貴族さ)
(そうだ。落ちこぼれペアだけには、絶対に優勝させはしない……)
気合いの入った顔つきに思わずたじろぐロランとエイコ。
その待機組の奥の広いコート上では既に第一試合の二組がバチバチと睨み合っていた。
片方はマーキス・イツキ組だ。
現在、学年2位と4位のペア。
このトーナメント表の中では一番上位に組み込まれた優勝候補の筆頭だ。
(マーキスくんと委員長がペアを組むなんて……意外だったよなぁ……)
ロランはそんなことを思いながら試合が観やすい場所まで移動する。
エイコもそれに従い、ついて来た。
そんな二人をマーキスはちらっと横目で伺う。
が、すぐに視線を前に戻し、不敵な笑みを浮かべた。
「カリナ。1分で終わらせるぞ。打ち合わせ通りにな」
「はいはい。見せつけたいのね。ほんと、男ってやつは……」
その直後、審判の教員が片手を上げ、試合開始の声を上げた。
「始めっ!」
すると、両組一斉に魔法を詠唱する。
「『アクアエッジ』!」
「『アイスニードル』!」
「『フレイムウォール』!」
マーキス組の相手は水属性のコンビだった。
イツキにとっては相性の悪い相手だ。
開始早々、イツキが防御のために展開した分厚い火の壁があっという間に削られていく。
「ちっ……」
思わず舌打ちするイツキ。
魔法力ではイツキが二人に対して上回っているが、なにせ属性が悪い。
このままでは押し切られるのは時間の問題だ。
「いける! いけるぞ……!」
「ああ! 畳み掛けるっ! 『アイスレイン』!」
相手の男子生徒が手を掲げた。
その先の空中から、無数の氷の針が火の壁に向け降り注ぐ。
それでもイツキは魔力を込め続け、火の勢いを保つ。
そんな攻防をどこか他人事のようにマーキスは見ていた。
堪りかねたイツキが、
「ねぇ! そろそろ30秒経つわよ!? 1分で終わらせるんじゃなかったの!?」
と叫ぶ。
それにマーキスはため息まじりに、
「ごちゃごちゃ言うな。打ち合わせ通りだろう? まずは相手の全力を出させ、その上で叩き潰す。そうやって俺の力を認めさせる……」
と言う。
それから、ようやく手を前にかざした。
「だが、こいつらじゃ元々役不足だったな……相性の良い火属性魔法に対し、二人がかりでこの程度じゃ……」
マーキスの周りに緑色の魔力が発生する。
相変わらず、視覚で捉えられるほどの濃い属性魔力だ。
「さぁ、燃え上がれ……『サイクロン』」
マーキスが静かに唱えた。
すると、それとは対照的に一本の激しい竜巻が巻き起こる。
カサンドラがかつて使った魔法だ。
マーキスの放った竜巻は真っ直ぐに火の壁へと突っ込んでいく。
そして、火の壁を吸収、膨張させ、大きな火の渦となり、燃え盛った。
風と火の合成魔法。
相性抜群の組み合わせの上に、二人の高い魔法力が拮抗し合って初めて成せる技だ。
大きな火の竜巻となったマーキスの魔法は、それまで劣勢だった相手組の放つ水属性魔法を物ともせず、勢いを増す。
コート外から見ているロランも顔に熱さを感じるほどだ。
「……ちっ、な、なんだよこれ……」
「ひ、怯むな! 押し負けるぞ!」
相手の叫びが耳に入ったのか、マーキスは
「もう遅いんだよ」
と言ってさらに力を込める。
その途端、均衡はあっという間に崩れ、火の竜巻は相手組に向かって襲いかかった。
「……! 『ウォーターアーマー』!」
男子生徒二人は水を纏って防御を固める。
が、
「そ、そこまでっ!」
咄嗟に審判が止めに入り、勝負あった。
「……ふんっ。余計なことを」
マーキスは力を抜くと、不機嫌そうに吐き捨てる。
宣言通り、ほぼ1分での決着だった。
――そんな強烈な試合を見せつけられたロランとエイコは試合が終わると壁際に座って、何やら話し合う。
ちなみにロラン・エイコ組はトーナメント表の最後の方に組み込まれていた。ロランは暫定で学年一位だが、エイコは50位以内にも入っていないからその位置も納得だった。
「ど、どうしよう……マーキスくんたちのあの魔法……あんなの私の振動魔法じゃ止められないよ……ア、アトールくんは?」
「ぼ、僕のリフレクトでも、あんな広範囲まではカバーできないや……」
「そっか……」
まずはネガティブから入らなければ気が済まないのか、二人はどんよりと肩を寄せ合う。
けど、諦めているわけでもないから不思議で、二人はそうやって問題点を出し合っては解決への糸口を探っているのだ。
まぁ、独特な方法ではあるが。
「……やっぱり『やられる前にやれ』で、体術で接近戦に持ち込むのが一番いいかもしれない。いくらマーキスくんたちでも詠唱の時には隙ができる。その一瞬を見逃さなければ……」
実戦魔法テストとペア実戦テストの一番の違いは、体術も武器も使ってよいことだった。
だが通常、広いコート上で魔法を掻い潜って接近戦に持ち込むのは至難の業とされ、そんな無茶は誰もやらない。間合いの取り合いなど足での駆け引きはするが、殴り合いにまで発展するのは極稀だ。
「で、でも……それはアトールくんの速さを知ってる二人には警戒されてるんじゃないかな……? もしも、二人の内の一人が詠唱をして、一人がアトールくんのカバーに行ったら魔法は止められないかも……」
「う……そ、それはそうだね……」
エイコの指摘はもっともだった。
その場合は詠唱をしている方をエイコが妨害すればいいわけだが、エイコの持つ『ハウリング』の魔法だけではあの二人の詠唱を止めるまでには至らないだろう。
「じゃあ、魔法を魔法で凌いだ後に、接近戦に持ち込む隙を伺うことになるのか……って結局、話が振り出しに戻っちゃうね……」
「そ、そうですね……えへへ」
「うーん……僕のリフレクトもホーリーランスも広範囲向きじゃないからなぁ……」
「はい……私のウインドウォールも強度がないですし……」
頭を悩ませる二人。
(……『ショック』が使えたらなぁ……でも、あれを見せるわけにはいかないし……)
(私が『あれ』を使えばアトールくんを助けられるかな? でも、あれは使っちゃダメって、お母さんに言われてるし……)
そんなことを考えている間に第二試合も終わってしまった。
二人の初戦も刻一刻と近づいて来ている。
二人は先程からマーキス・イツキ組と対戦する時のことばかり考えているが、この二組がぶつかるとしたら決勝戦しかない。
即ち、ロランとエイコの二人は当然のようにマーキスたちは決勝まで勝ち上がるし、また自分たちもそうだろうと思っているということなのだが……(これを天然と言わず何と言おう)。
でも、エイコの方はテストまでの二週間、短い間だが、ロランのことを間近に見てきて、その実力を知っていたから、必ずしも根拠がないわけではないのだけれど。
(まぁ……でも、アトールくんなら……きっと……)
少なくともエイコにそう思わせるだけの力をロランが身につけているのは間違いなさそうだった。
――初戦。
「では、次の二組。前へ」
審判役の中年教師に呼び出され、ロランとエイコは
「はい!」
と返事をし、コートに上がる。
審判を挟んだ少し向こうには相手の組が上がってきた。
相手も男女のペアで、違うクラスの生徒だった。ロランは何の情報も持っていない。
〝第4クラスのカール・シュナイトくんと、ルイザ・エルフィーさんですね。シュナイトくんは雷属性の収束魔法を、エルフィーさんは水属性の拡散系魔法を得意としてます。二人の魔法を一緒に使われると大変かもしれません……〟
その時、ロランの耳元で小さな声がした。
これはエイコの『コール』という風属性魔法で、離れた相手にも声を届けることができたり、小さな声を使えば、このように周りに悟られないように情報を伝えることができる。
ただし一方通行で会話はできない。
二人はこの魔法をちょっとした情報共有や合図に使うことにしていた。
ロランはエイコの声に小さく頷く。
雷の収束魔法ならリフレクトでなんとかなるかもしれない。問題は広範囲を攻撃できる水属性魔法の方だろう。そちらを先に叩く。
(まずは、基本戦略通りに……)
ロランとエイコは目を合わせると前に向き直り、それぞれに構えた。
審判の手が動く。
――
「始めっ!」
審判の声と同時にロランは弾丸のように飛び出した。
「マジック・ディフェンス!」
魔法の防御を前面に張りながら、コートを駆ける。
「……なっ! 『サンダーボルト』!」
まさかの接近態勢にカールが咄嗟に放ったのは中威力の丸形状雷属性攻撃魔法だ。
が、ロランは難なく避ける。
この程度のスピードなら、アーシュのかまいたちと比べるべくもない。
「こら! 闇雲に撃たないで! 揃えるのよ! 『スプラッシュ』!」
今度はルイザの広範囲小威力の水属性攻撃魔法だ。だが、このくらいならマジック・ディフェンスで耐えられる。
「く、くそっ……! なら、これでどうだ!? 『サンダー……』」
と、カールが『スプラッシュ』へ雷属性の魔法を合流させようとした時、
「『ハウリング』!」
エイコが絶妙なタイミングで妨害魔法を放つ。
「!? な、なんだ……?」
思わず足元がグラつくカール。
その一瞬が命取りになった。
ロランは目下の脅威であるルイザの魔法を全て受け止め、間合いを詰めていた。
カールの援護が間に合わなかったのだ。
「えっ……ちょ、ちょっと……」
「……ごめんなさい!」
ロランは首筋に軽く手刀を振るう。
それだけでルイザは呆気なく気を失った。
「ル、ルイザッ! こ、このぉっ!! 『サンダーボルト』!!」
「リフレクト!」
カールの放った渾身の雷球はロランのリフレクトによって無残にも弾き返され、カールに直撃。カールも沈黙した。正直、カサンドラの放つファイアーボールの方が遥かに威力がある。
「そ、そこまでっ!!」
こうしてロラン・エイコ組は初戦を20秒ほどで完勝した。
――
試合後、ロランとエイコが
「やったよ! 初めて勝ったよ!」
とはしゃいでいるのを、遠目で見ていたイツキは
「あらら……逆に見せつけられったって感じね」
とつぶやく。
もちろん、マーキスに聞こえるようにだ。イツキはマーキスのイライラした顔を見るのが、だんだん楽しくなってきていた。
「……バカ言え。あんなのは相手が弱かっただけだ。だいたい、アトールの体術やエコーズの魔法特性も事前に把握しないで試合に臨むなど……いくらなんでもナメ過ぎだ」
マーキスはそう言うが、実はそんな情報などあまり出回っていなかった。
なぜなら、ロランもエイコも、去年までは全く注目されていなかった生徒であり、誰も熱心にデータなど取っていなかったからだ。
多少は知っていたとしても、実際に見たクラスメイトたちのようには警戒しない。
「まぁ、それもそうね。なら、二回戦からはそうはいかないかも?」
「さぁ。どうだかな」
マーキスは腕を組み、目を瞑る。
そして、
(あの様子じゃ、対策は難しそうだが)
と言葉には出さず、考える。
「……そんなことより、まずは自分のことだ。俺たちが負けたら話にならないからな」
(……はぁ。それって、二回戦以降も大丈夫って思ってるってことじゃない? 本当に素直じゃないなぁ)
イツキは手を頭の上で組んで伸びをする。
でも、確かにここまで来たら戦ってみたい気がした。
半年前とは別人のように強くなった「いじられっ子」のロランと。
「そうね。私も頑張らなくっちゃ」
――その後の試合はマーキスの予想通り、ロランの体術に対応できないペアが次々と瞬殺されていった。
もちろん簡単なことではない。
ロランの硬い防御魔法もさることながら、エイコの妨害魔法も特訓の成果で威力が増し、一定の効果を上げたのも大きい。
そんな二人の奮闘ぶりを目の前で見せつけられたマーキスとイツキも、いつも以上に気合いが入り、並み居る上位組を全て蹴散らしていった。
現在学年3位と5位のペアも圧倒したのだから、今日のマーキスたちは絶好調と言ってもいい。
そんなマーキス組、ロラン組の闘いぶりは、だんだんと口コミで校内に広まり、ロランたちのいる演習場の観客も二組が勝ち進むに連れ、どんどん膨れ上がるように増えていった。
「そこまでっ!」
審判の声にロランは拳を止める。
相手の男子生徒が降参したのだ。
「勝者! ロラン・アトール、エイコ・エコーズ組! 」
おおー! と、観客席からどよめきが起こる。
ロランたちはついに決勝進出を決めたのだ。
先の試合で決勝進出を決めたのは、もちろんマーキス・イツキ組だ。
「はぁはぁ……か、勝った……次はいよいよ、マーキスくんたちと……」
ロランは息を切らしながら一人つぶやく。
そこへ審判の
「決勝戦は30分の休憩の後に行います。各ペアは30分後にコート前に集合してください」
というアナウンスが入る。
ロランは駆け寄ってくるエイコに笑顔を見せた。
がその奥、壁際のマーキスたちと目が合うと、思わず真剣な顔になる。
(マーキスくん……僕と……いや、僕たちと勝負だ……!)
30分後、リベンジの時。