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4、カサンドラの本

ロランが小屋に来て一週間が過ぎた。


生活のリズムには慣れてきたが、まだまだみんなから教わることは多い。


家畜の世話や畑の手入れなど、見たことも聞いたこともないことばかりだったし、例えば薪割りひとつとってみてもロランは満足にできなかった。

腕の力がなくて、斧をうまく振れないのだ。

アーシュはそんなロランを見て


「そこらのじいさんより体力がねぇな」


と酷評した。

けど、これじゃあ言われても仕方がないなと自分でも思ったので、不思議と嫌な気分にはならなかった。

むしろ


(いつかうまくなって認めてもらおう)


そう思ったほどだ。


アーシュは口数が少ないし、どこかロランのことを避けている感じはあるが、わからないことがあると的確に教えてくれた。

要領がいい人なのだろう。

そのせいか、ロランがおどおどしているとアーシュは露骨に嫌そうな顔をする。


「何にビビってんだか知らねぇが、さっさと動け。時間の無駄だろうが」


(ぼ、僕はアーシュくんの目つきがこわいんだけどなぁ……)


牛の世話をしている時にも、そんなようなことを何回も言われ、同じことを思った。

けど、ロランもそのうちに少しずつ、アーシュの目つきを気にしないように振る舞えるようになってきている。


リッケの言う通り「根は悪い奴じゃない」のだ。


そう思えばあの目つきもただのアーシュの癖であって、今ではそんな態度に、なんだか愛嬌すら感じるようになってきていた。



一方。

カサンドラの方とは、ロランはあまり話せていなかった。


カサンドラは昼前はずっと部屋で本を読んでいるし、狩りの時間になるとアーシュと出かけてしまう。

狩りから帰ってきても、かまどの火入れをした後は、またずっと本を読んでいて、夕食の時間とお風呂の時間を除けば、ほとんどずっと机に座りっぱなしだ。

そして、夜は誰よりも遅くまで起きて本を読み続け、朝は家畜当番の日以外は、誰よりも遅くまで寝ているのである。


家畜の世話も畑仕事もカサンドラはリッケと一緒にやっているので、そうなると益々ロランには話かけられるタイミングがなかった。


「本を読んでる時に話しかければいいのにー」


朝食の後片付けをしている時、リッケに相談したらそう言われた。


「そうなんだけど……カサンドラさんにとって読書の時間は、とても大切にしている時間かもしれないじゃないか。だから……そう思うと邪魔したくないなって」

「もー、考え過ぎだよ、ロランは。カサンドラちゃんが本を読んでるのは、ただ単に好きだからだよ。何がなくとも、とりあえず読んでるだけなんだと思うよ?」


リッケは微妙に失礼なことを言っているような気がしたが、ロランの想像もやっぱりただの想像でしかないので、リッケの説を完全には否定できない。


「リッケはカサンドラさんに聞いたことないの? なんでいつも本を読んでるのか」

「ないよ。だって、それがカサンドラちゃんだもん」

「そ、そっか……けど、カサンドラさん、いつも同じ本を読んでるよね?」

「うん」

「飽きないのかなぁ。それとも、難しい本だから何回も読み返してるのかなぁ……」

「そうね……聞いたことないけど……でも、確かによく飽きないよね? ずっと同じ本を読み続けて」

「だよね……」

「うんうん。だって、出会った頃からずっとだもん。ほんと、よほどおもしろいんだねー」

「ね……って、うん? ちょっと待って!?」


ロランは驚いて皿を拭く手を止めた。

出会った頃から、ずっと……?


「ねぇ、リッケとカサンドラさんが出会ったのって……5年くらい前のことだよね?」

「うん。そうだよ」

「その頃から……? じゃあ、もう5年間もずっとあの調子で、あの本を?」

「うん。でもね、ここに来た時にはもうカサンドラちゃんはあの本を持ってたから……だからたぶん、それよりももっと前からあの本を読んでるんだと思うよ?」


リッケはさらっと言うが、ロランは感心を通り越し、半ば呆れて息をついた。


(ダメだ)


(そんなの、ますます気になる……)


「そんなに長い間……いったい何の本なんだろう?」


ロランはつぶやいた。

それを聞いたリッケはニヤニヤとする。


「ほらほらー。興味あるなら、聞いたらいいよー。それにこの間の話、まだカサンドラちゃんにもおばあさまにも聞いてないんでしょ?」


そうなのだ。

ロランはなんだかんだで、まだ二人に属性外の魔法の習得方法を聞けていなかった。


「いい機会だから、話しかけてみなよ! もしうまくいかなそうなら、私が助け舟を出すからさ」

「うん……そうだね……」


ロランは皿拭きを再開し、考える。


(たぶん、あの本も何か魔法に関係あるものだろうしな……)


「よし。そうしてみる!」


ロランはやっと決意した。



――タイミングが来たのは、その翌日だった。


昼過ぎ、ロランが部屋に戻るとカサンドラは当たり前のように机に座って読書をしていた。


この時間、アーシュはどこで何をしているか、いつも一人でいなくなるし、リッケは台所や井戸の辺りで、ずっと何かしらの仕事をしている。

だから食料調達や他に予定のない日は、いつもこんなふうに部屋はロランとカサンドラの二人きりになってしまうのだ。

それもあって、ロランはなんとかこの微妙な雰囲気を打破したいと思っていた。


ロランはとりあえず、無言で自分のベッドに座り、そっとカサンドラの様子を伺った。


カサンドラは今日は髪の毛を三つ編みにしている……と言っても、カサンドラの髪型は毎朝リッケがセットしているのだが……。

よって、ポニーテールの日もあれば、今日みたいな三つ編みの日もあるし、もっと丁寧に編み込まれている日もあって、カサンドラの髪型はまったくのリッケの気分次第で毎日コロコロと変わった。

まるでお人形状態だが、カサンドラは一言も不満を言わない。むしろ、それを進んで受け入れている感すらあった。


(5年も一緒に住めば、自然とそうなるのかな……)


三つ編みを眺めながら、ロランはそんなことを思う。

が、ロランは小さく首を振った。


(違う違う! 5年なんて長過ぎる……! そんなに長くこの空気に耐えられるわけがない! そ、それに……)


(僕だって、いつまでここにいるかもわからないじゃないか)


今日しかない。

ロランはそんな覚悟で腰を上げた。

そして、部屋の端にあった椅子を持つと、カサンドラの席の隣に並べるように置いて腰かけた。


学校では自分から積極的に女の子に近づいていくなんてことはしないロランにとって、このアプローチは大胆極まる、言わば「賭け」だった。


だが、そうまでしてもカサンドラはロランの方を振り向きもしない。


らしいと言えばそれまでだけれど、ロランはここでへこたれるわけにはいかなかった。

もっと、自分に関心を持ってもらわなければ。


ロランはカサンドラの顔をもじもじしつつ覗く。

見るとカサンドラは、いつも通りの無表情で、メガネの奥の目だけが本の文字をゆっくりと追っていた。


ロランは本を覗き見る。

そこには見慣れない文字がびっしりと並んでいた。

でも、ロランはこれが何だか知っていた。


「古代……文字?」


思わず声に出る。


それは見慣れてこそいないが、確かに学校の歴史の教科書で見たことのある文字だった。

がそれだけで、決して読めるわけではない。


先生の話では、古代文字を読みこなすのは現代においては大変困難とされているらしい。

どうしても学びたいのであれば、国の専門機関に入り、そこいる『とある高名な魔法使い』に師事しなければならないのだとか。

しかも、仮にそこでみっちり学んだとしても、全てを正確に読めるようにはならないだろうとも言っていた。


そんなものだから、もちろん先生は読めないらしいし、世界でも満足に読みこなせるレベルの人は数人しかいないとのことである。


それをカサンドラは読めるのだろうか?


「古代文字。知ってるの?」


ロランがぼーっと本を見つめていると、カサンドラが聞いてきた。


初めて返事がきたのだ。


が、ロランはそのことを喜ぶよりも、カサンドラという女の子と、彼女の読書そのものに興味を持っていかれてしまったので、そんな意識はどこかへ吹き飛んでいた。


「うん……けど、魔法学校の教科書で見て知ってただけ。だから、実際に本で見るのも初めてだし、古代文字なんてひとつも読めないよ」


ロランは素直に答えた。

すると、


「あ。そう」


カサンドラはそう言って、また読書に戻っていく。

そうなってロランはようやく自分のミスに気がついた。


(しまった……! 嘘でも話題を広げればよかったかな……!?)


が、そんなロランの心配をよそにカサンドラはまたこちらを向き、


「無理もないわ。あなたは古代文字なんて読めなくても魔法が使えるんだもの」


と話を繋いだ。


カサンドラと初めて目が合い、ロランはほっと息を吐く。


普通に話せて安心した。

けど……それ以上に、なんだかとても嬉しかった。


「古代文字が読めなくても……魔法が使える?」


しかし、それはそれとして、カサンドラの言葉の意味は全然わからなかった。

古代文字と魔法にはどんな関係性があるのだろう?


「ええ。そう」

「どういう意味なの?」

「そのまま」

「そのまま……?」


ロランは大きく首を傾けた。

そうして考えてみる。そのまま……


「確かに僕は古代文字が読めなくても、魔法を使える……よね?」


言われてみれば当たり前のこと、というか客観的な事実だ。

カサンドラはこくりと頷く。


「そう。けど、私は古代文字を読まないと魔法が使えない。使えるようにならない」


「うーん……?」


そこまで話が進むと、またわからなくなる。ロランはなんとか見失わないようについていく。


「古代文字を読めると、魔法も使えるようになるの?」

「訓練次第」

「訓練って?」

「詠唱。こうやって文字を読んで体に刻みつける」


そう言うとカサンドラはいつものように本に向き直った。

ロランはカサンドラの顔を見る。

何も変わったことはない。が、気がついたことはあった。

カサンドラの口元だ。

よーく見ないとわからないが、微かに動いていた。


「もしかして、それ……詠唱してるの?」

「そう」


(なるほど……じゃあ、カサンドラさんの読書は、読書というより、反復練習みたいなものだったのか……)


ロランはひとり納得した。

まぁ、それでも飽きないのはすごいことだと思うが、練習ならば仕方がないと思えるかもしれない。


けど、そんなことよりももっと大きな疑問がロランの頭に持ち上がった。それは……


「でも……詠唱魔法って、確かかなり昔になくなったはずじゃあ……」


と言うことだった。


「それは少し違う。詠唱魔法がなくなるなんてことはない。ただ、みんなが忘れただけ」

「忘れた、だけ?」

「そう。詠唱魔法のやり方をみんなが忘れてしまったの。本が残ってないから。記録がなくなって、だんだん使い手もいなくなった」

「え? 本はなくなってしまったの? 古いものだから?」

「いえ。ほとんどは燃やされたの。あるいは没収され、隠された。あなた達、貴族の先祖に」

「僕たちの……?」


ロランは思わず背筋を伸ばし、椅子に座りなおした。けど、カサンドラは別にロランを咎めてなどいないようで


「そう。けど、そういう事実があったというだけ。あなたに罪はない」


と言ってくれた。ロランはまたほっとする。


「そ、そうなんだ……でも、なんでそんなことを?」

「短縮魔法を習得したから。あなた達は使えるでしょ? 術の名称を唱えるだけで使える魔法。種類は少ないけど」

「う、うん……」


ロランは自分の使える魔法を思い出す。


例えば物ごごろついた頃から、当たり前のように使っていた『ヒーリング』の魔法は傷口に手をあて「ヒーリング」と唱えるだけで傷を癒すことができた。

すなわち、それが「魔法を使えるということ」だと思っていたが、どうやらそうではないということなのか?


「なんであなた達がそんなことをできるか。考えたことはある?」

「ない……でも、血筋だって聞くけど……」

「そう。半分は正解。あなた達に流れる血のお陰。その中にはあなた達の先祖が努力し、学んだ、詠唱が刻まれているの」

「血に……詠唱が……?」


ロランは想像する。

が、全然わからなかった。


「そう。気の遠くなるほどの詠唱の繰り返しによって、あなた達の先祖はそれを会得したの。こうやって本を読んで、ひたすら詠唱を繰り返すこと。これが昔はどこでも行われていた、とても基本的な修行の方法だった」

「その修行の成果が……僕たちまで、受け継がれてる……?」

「そう。詠唱は体に刻めば刻むほど、魔法を理解し強化することができる。それこそ、世代が替わってもその血に受け継がれるほどに、濃く強く。ま、だんだん薄まっていっているらしいけど」


そう言われ、ロランは自分の手のひらを見つめる。

今までだって、自分が特別だなんて思ったことはなかったけど、やはりそうだったんだなと。


(ご先祖様が努力しただけだったんだ)


そんなロランの様子を見て、カサンドラは目を細め、言った。


「けど。それがある時わかると、その特異な体質を家系で独占しようと考える人達が現れた。きっと……その人達こそがあなた達、魔法教国貴族の先祖なのかもしれないわね。その先のことは、あまり記録がないし、話も聞かない。どうせろくなことじゃないと思うから、知りたいとも思わないけど」

「ろくなことじゃない……か」


それはそうかもしれない。

詠唱魔法を消し去る過程で、本を燃やしたり、没収したりしようとすれば当然反発は起きたはずだし、そうなればあとは実力行使しかなかったろうから……


「そっか……けど、すごいね。カサンドラさんは、何でも知ってて」

「常識。まだまだ知らないことの方が多い」


ロランは笑った。

カサンドラさんって、おもしろい。

それに……思っていたよりもずっとおしゃべりだ。


「それにしても、じゃあなんでカサンドラさんはそんな貴重な本を持ってるの? それに、どうして古代文字なんて読めるの?」


そう問われるととカサンドラはちょっとだけ、戸惑ったように見えた。

が、すぐに


「ないしょ」


と微笑み、言ってきた。

そして本のページをぱらっと捲った。


(こ、ここまで話しておいて?)


ロランは思う。けど、内緒なら仕方ない。

せっかくここまでおしゃべりできたのだ。嫌われたくはないし、詮索はやめよう。


「そっか……じゃあ、なんで僕にここまで色々と教えてくれたか、聞いてもいい?」

「あなたが聞いてきたから」

「そ、そっか……そうだよね」


ロランは頭を掻いた。そうだ。何を隠そう、自分から近づいてきたんじゃないか。


「それと。ちょうど私もあなたにお願いしようと思ってたことがあるから」

「えっ?」


が、意外にもカサンドラがそんなことを言い出した。


「お願い?」

「そう」


ロランはそう言われ、思わず身を乗り出す。

カサンドラから、何かをお願いされるなんて思いもしなかったからだ。


「いいよ! 色々教えてもらったし、それに……ルームメイトだし……なんでも言って!」


「そのつもり。けど、大したことじゃない。ただ、あなたの魔法を見せて欲しいだけ。短縮魔法、見たことないから」


「そ、そんなの、お安い御用だよ!」


ロランは嬉しそうに言う。

それを聞いてカサンドラはこくりと頷いた。


「ありがと。なら、早速行きましょう。外の方がいいでしょ?」

「う、うん」


カサンドラは本を小脇に抱え立ち上がると、壁に立て掛けてあった杖を手にとった。

ロランもワクワクして椅子から立ち上がる。


「どこでやろうか?」

「いいところがあるの。ついてきて」

「ねぇ……カサンドラさんの、詠唱魔法も見せてくれるの……?」

「条件次第」

「条件?」

「あなたの血。少し採らせてくれるなら」

「ぼ、僕の血で何をする気なの……」


二人は部屋を出る。


窓の外の空は今日も綺麗に晴れていた。


おそらく、これから森に入るのだろう。

おやつと水くらいは持って行ったほうがいいかなと、ロランは思った。


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