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36、いじめられっ子ペア


―――


「別にどこにも異常なしっと。よかったじゃない? とりあえず怪我がなくて。でも、まぁ、気分が落ち着くまでここにいるといい」


保健室の「妙齢」女教師、ミレーヌ・ロズベルグは脚を組んで言った。


ロランは、


「あ、ありがとうございます。先生」


と頭を下げる。


ロランはちょっとほっとした。

けど、まだ「えっく、えっく……」とベッドに座りながらしゃくり上げているエイコを見ると、ソワソワした気持ちになる。


何と声をかけたらいいかわからない。


そんなロランの気持ちを知ってか知らずか、ミレーヌはくくっと笑った。


「しっかし、まさかあのロランが、女の子を泣かすなんてなぁ。こりゃあ、責任とってもらわにゃなぁ」


「は、はい……責任……ん? せ、責任って!? なんの話ですか!?」


「はぁ? そりゃあ、女の子を傷つけた責任の取り方っつったら、一つしかないだろう?」


「先生。ふざけないでください……だ、大体、エコーズさんにも失礼でしょう」


「あらあら。ムキになっちゃって。どっちが本当に失礼なのかしらぁ?」


「く……この人はぁ……」


ロランは苦虫を噛み潰したような顔になる。が、ミレーヌの方は楽しくて仕方がない様子だった。


実はロランとミレーヌは仲が良い。


というのも、ミレーヌはこの学校で数少ない「聖属性魔法」を使える教師だった。しかも、治癒魔法のスペシャリスト。あいにく、「保健室の先生」という肩書きのため、ロランに直接、魔法指導はできない決まりなのだが、それでも時々相談に乗ってもらっていた。


「ま、冗談はさて置き。いったい、どうしたんだい? エコーズ。悩みなら私も聞いてあげられるぞ?」


ミレーヌはくだらない話をパッと手放し、真剣な顔で聞く。

あまりの話の直角な曲がり具合に、ロランは文句のやり場を失い、口をパクパクさせるが、ミレーヌがエコーズにどストレートに質問した内容の方が気になったので、出かかった言葉をグッと飲み込んだ。


さすがは教師だ。


(僕には、こんなストレートな質問はできない……)


そこが経験の差なのだろう。


エイコはミレーヌに聞かれたことに答えるべく、嗚咽を止めようと必死に頑張っている。


二人が根気よく見守っていると、ようやく落ち着きを取り戻したエイコは静かに口を開いた。


「ご……ごめんなさい……急に、泣き、出したりして……ひくっ。び、びっくり、しました、よね……?」


それはロランへの質問だった。

ロランは思わぬ謝罪に最初は理解が追いつかなかったが、意味がわかると全力で首を横に振った。


「そ、そ、そ、そんな! びっくりさせたのは僕だし……その……僕の方こそ、ごめんなさい」


「ううん。……アトールくんは悪くないの。ただ……アトールくんが、あんなに強かったなんて、思いもしなくて……それで……」


ロランはなんと返したらよいかわからない、微妙に失礼なことを言われている気がしたが、


(えーっと……それってやっぱり、僕が悪いんじゃ……)


と思う。

エイコはロランの曇った表情に構わず、話を続ける。


「だから……どうして……? って。どうして、あんなに強いのに、いじめられてたのかな……って……」


「んん? そんな理由で泣いていたのか?」


ミレーヌが尋ねると、エイコは否定するように首を振る。


「そうじゃなくて……私は、あんなふうには強くなれないから……そうしたら、せっかくアトールくんが戻ってきたのに……また、みんなから……そう思うと……でも、そんなふうに思っちゃう自分も嫌で……」


「はぁ……なるほどねぇ。そういうことかぁ」


また泣き始めるエイコに、ミレーヌは寄り添い


「そっか……気づかなくて、ごめんね……」


と頭を撫で、相槌を打つ。

が、ロランには全く話が見えてこなかった。


「えっと……つ、つまり、どういうことなんですか?」


ロランが聞くとミレーヌは、エイコに言ってもいいか? と尋ねた。エイコはそれに涙を拭きながら頷く。


「まぁ……つまりさ、ロラン。お前がクラスからいなくなったことで、この子が次のいじめのターゲットになってたってことさ」


「……えっ……?」


ロランはビクッと肩を震わせ、声を出した。


(な、なんだそれ? )


とロランは思う。

僕がいなくなったから?


意味がわからない。

理屈になってない。


不可解そうなロランの顔を見て、ミレーヌは口を開く。


「ロラン。お前はどんなにいじめられようが、学校に来続けてきた、わばいじめのベテラン戦士だ。だから、感覚が麻痺してるかもしれないが……なにも、お前だけがいじめられるってわけじゃない。実際には見えにくいものもたくさんある。むしろ、今まではお前が我慢強いお陰で、被害が最小限に食い止められてたのかもしれないな?」


「そ、そんな……」


ロランは悔しさを噛み締める。


ロランは好きで休んだわけでも、ましてや逃げたわけでもない。


しかし、理由はどうあれ、その結果エイコのような潜在的ないじめのターゲットを見つけさせてしまったのは、確かなようだった。


僕が悪いのか?


ロランはまた考える。

けれど、どう考えても自分が悪いとは思えなかった。

もちろん、半年前の何もできなかった自分をまるごと肯定しようとは思わない。思わないが、やはりそんなつまらない事に終始するクラスメイトがいることには憤りを感じざるを得なかった。


「エコーズさんも、僕みたいに戦闘が得意じゃないからですか……?」

「さぁな……」

「でも、僕はエコーズさんがとても筆記の成績が良いのを知っています。得手不得手があるのは、当たり前のことではないんですか?」

「一般的にはなぁ。だが、ここは魔法学校だ。普通の世界じゃあない」

「……そんな……勉強を頑張ることも、大事なことでしょう?」


ミレーヌは考える。

そして、脚を組み替えて言った。


「そういうことはなぁ、ここでは『ちゃんと魔法が使えるようになってから』言うことなんだよ」


残念だがな、と小さく付け加えて。


ロランとエイコは何も反論できなかった。

それは理不尽なことだが、よく骨身にしみてわかっていたからだ。二人とも伊達に初等部から魔法学校に通っていない。


エイコはなんとか泣き止んでくれたが、問題は宙に浮いたままだった。

詳しいこと、誰がエイコをいじめているのかなどは本人の口から説明してもらわないとわからないが、とにかくロランは決意していた。


もはや、この問題は自分ひとりのものではない。

根本から解決してしまわなければ、と。


「エコーズさん」


ロランは声をかけた。

ベッドに座り、俯いていたエイコは突然のことに


「あ、はい」


と反射的に顔を上げる。

その顔は腫れぼったくなっていたが、一応の落ち着きは取り戻しているのはわかった。

それを認めるとロランは力強く、


「今度の『年度末テスト』の『ペア実戦テスト』、僕と組んでください」


と言った。


エイコはえっ? と思わず声を上げ、ミレーヌはほぉ? とうなる。


「え、で、でも……その……アトールくん、いいの?」

「えっ? なんで? 誰と組むかは生徒の自由のはずだけど……」

「そ、そうじゃなくて……わ、私なんかと組んだら、きっと負けちゃうし……」

「ううん。私なんかじゃないよ。それは絶対に違う。僕はエコーズさんと組みたいんだ。それに、僕は負けるつもりはないよ? さっき戦ってわかったから。エコーズさんの魔法はすごい魔法だよ!」

「えっ……」


言葉を失うエイコ。

そこへ、さらにロランは畳み掛けるように言った。


「ペアテストは年度末一回だけの勝ち抜き戦でしょ? だからちょうど機会だと思う。みんなに見せてやればいい。僕たちの魔法を! 二人で、学年一位をとってやろうよ!」


「それで、一気に解決だ!」

そう言って、ロランは笑顔で手を差し出す。


今度こそエイコは絶句した。


学年一位?


(ダメだよ……そんなことできるわけない)


エイコは去年、一回戦で負けていた。

ペアを見つけるのも大変だった。ペアを組んで負けた子からは恨み節を言われた。


とてもじゃないが、現実味がない。


けれど、ロランの差し伸べた手。

そして、笑顔。

そこには、なぜかはわからないが、「何かが起こるのではないか」という予感があった。


手を取りたい。

でも、さっき初めて言葉を交わしたばかりのこの人は、なんでこんなにも、私のことを真剣に考えてくれるのだろう?


わからない。

それは、きっと「似た境遇同士だから」とか、そんな安い同情でもないはずだ。


このロラン・アトールというクラスメイトの心には、きっと「救われた記憶」……温かい「何か」の記憶があるのかもしれない。


エイコは迷っていたはずだった。

足手まといになりたくなかったから。

けれど、気がつけばエイコはロランの手を取り、ベッドから立ち上がっていた。


エイコは思う。

もし、ロランがその「何か」を知っているのなら……


(なら……私もそこまで行きたい。アトールくんの、今立っている「温かいところ」まで)


エイコの背より高いところにあるロランの顔。

エイコが見上げると二人の目が合った。


「あの……ふ、不束者ふつつかものですが……よろしくお願いします」


エイコはなんとも場違いな挨拶をした。


それを聞いたミレーヌは思わず大声で笑う。

ほら、責任を取る時が来たぞと。


でも、残念ながらロランにはその言葉の意味がわからなかった。

だから、ただ手を取ってくれたことが嬉しくて


「うん! こちらこそ、よろしく! エコーズさん!」


と、ぎゅっとエイコの手を握った。


こうして学校史上類を見ない、『最強を目指す、学年最弱ペア』が結成されたのだった。


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