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33、母からの手紙

ロランは着替えもせずに、とりあえずリビングの椅子に座り、手紙の封を切った。


リッケはグリズリーをつんつんした後、ロランの座る椅子の後ろから手紙を覗こうとスタンバイする。


ロランは少し気になったが、読まれて困る内容でもないだろうと推測して、折り畳んで収められていた手紙を取り出し、広げる。


そこに書かれている文字は確かに見慣れた母の筆跡だった。


それを認めると、ロランはしっかりと頭から目を通し始める。


「…………」


しばし無言のロラン。


リッケは内容が気になるが、ロランより先に読んでしまったらさすがに悪いと思い、目を逸らしてロランの言葉を待った。


待つこと数分。

ロランは息を吐くと


「うーん……そっか……まぁ、それはそうだよね……」


とつぶやいて、天井を見上げた。


それを合図に、待ってましたとばかりにリッケがロランの肩越しに身を乗り出し、


「なになに? 何て書いてあったの?」


と聞く。


「ん? あ、えっと……まぁ、主に学校の話だよ。僕は、ほら……半年も学校を休んでる上に、年末テストもすっ飛ばしてるから……さすがに『学年度末テスト』くらいは受けないと単位が足りなくなって留年は確定的だけど、どうする? って……」


ロランは手紙をもう一度眺め、軽くため息をついた。

薄々わかっていたことだが、もうそんなに時間が経ったのかと。


ロランとしては卒業さえできれば、一年くらい留年しても構わないと思っているのだが、なにせまだ14歳だ。これから魔法学校を卒業するまで、あと最低でも4年は通わなければならない。

なのにもし留年してしまい、それ以降の学校生活を一つ下の学年の子たちと過ごすことになってしまったら……。


きっと辛いに違いない。


だって、ただでさえロランは学校生活をうまく送れていなかったのだから。

留年なんぞしてしまったら最後、卒業まで頑張れる可能性がまたぐっと目減りしてしまうのは明らかだ。


考えるまでもない。

どうやらロランに選択肢はないようだった。


「はぁ……母さんはよくわかってるなぁ……」


「……あの……ロラン? もしかして、学校に戻るの?」


リッケは不安そうに聞く。


ロランはそう問われると、俯き加減だった顔を上げ、


「……そうだね……」


とつぶやく。

それから、リッケの不安そうな顔を見、それを和らげるように笑顔を作ると


「うん……決めた。僕は一度、学校に戻ることにするよ!」


と言ったのだった。



――が。


思えばロランは魔法の特訓はしていたが、学校の勉強は一つもしていなかったのだった……。


それどころか、ここには教科書の一冊も持ってきていない。


(お、終わった……)


とロランは思う。


というのも、ロランはいつも実技がさっぱりだったから、その分を筆記試験の成績をしっかり取ることで補い、どうにかこうにかテストを切り抜けてきたのだ。


でも、今回はその手は使えそうにない。


いくらなんでも半年分の勉強を今から巻き返すのは無理があった。

よって、ロランは今度の学年度末テストにおいては、いつもと逆のことを求められることになる。


つまり、筆記は捨て、実技で点数を稼ぐということ。


それは魔法学校の本来の方針からすれば真っ当なやり方であり(実際、実技試験の点数の方が、筆記試験の点数より遥かに多くの点数を割り当てられている)事実、学年の成績上位者のほとんども、この方法で高い合計点数を叩き出していた。


だから、筆記でいい点数を取れそうになくったって、恐れることは何もないのだが、長年の苦い経験から、ロランは自然と不安になっていた。


「や、やっぱり、帰ったら即勉強だ……! まだテストまで二週間以上ある! テストの日程がわかったら、それから逆算して勉強する科目の順番を決めて……えっと、それから……」


ロランはぶつぶつ言いながら荷物をまとめる。

どうしても自分の実技の実力を信用できないらしい。

まぁ、無理もない。今まで失敗しかしてこなかったのだから。



「荷物はこれだけ?」


全てをまとめてリビングに行くとリッケが言った。

確かにそう言うのも当然で、ロランの荷物は特訓の時に着ている身軽な服と、森に来た時に着ていた制服、手甲、指輪、ドラコの鱗、特訓後につけている『特訓ノート』くらいしかないから、小さな袋一枚に簡単に収まってしまった。


「アーシュといい、ロランといい……ほんと、身軽が好きね」

「ま、まぁね。でも、僕は家に帰るだけだからさ。着替えも向こうにあるし」

「あ、それはそうか」

「で。どのくらい行ってくるつもり?」


リッケの隣にいるカサンドラが聞いてきた。

ロランはちょっと考えた末、


「正確にはわからないけど、とりあえず遅れた分を取り戻したら、またしばらく休んでも大丈夫なくらいの単位を取ってくるつもり。だから……どうしても、一年くらいはかかりそうかな」


と答えた。


「そ。ならその一年の間に私も修行を進めておくからそのつもりでね? 向こうに行ってもサボっちゃダメよ?」


「うん! もちろんだよ! きっと、学校でもまだまだ学べることはたくさんありそうだからさ。僕もカサンドラさんに負けないように、きちんと頑張ってくるつもり」


「うん。期待してる」


「さて……ロランや。そろそろ行くかい?」


「あ、はい! よろしくお願いします」


おばあさんに促されると、ロランたちは全員で小屋の外に出た。


出ると、そこには既に魔法教国行きの魔法陣が描かれていた。

来た時は二週間も馬車に揺られて来たのだが、帰りは一瞬だ。

そして、また森に来る時は馬車に揺られて来ることになる。おばあさんに魔法陣を紙に描いてもらっても、効果が一年も保たないらしいからだ。


「元気でね! ロラン! お土産、がっつり期待してるから!」

「わ、わかった……たくさん買ってくるよ」

「封魔書……もし図書館とかにあったら、遠慮することはないわ。パクってきなさい」

「ごめん……それは約束できない」


ロランは魔法陣の中央に乗る。

そして、リッケ、 カサンドラ、おばあさんの顔を見ると、しっかりと頷き、


「じゃあ。行ってきます」


と言った。


「行ってらっしゃい!」


リッケとカサンドラが声を重ねて言うと、おばあさんは微笑んで、杖を地面にトンと突き刺す。


すると、一瞬で周りの景色は歪み始め……



――あっと思う間に、気がつけばロランはよく見知った街の道路の隅っこに、一人佇んでいたのだった。


ロランはぐるっと辺りを見渡す。


それから自分の両手をグーパーと握ったり、閉じたりしてみた。


何度転移してみても、慣れない感覚。

とりあえず、問題なく来れたみたいだ。


そして相変わらず、突然ロランが現れても周りの人々に驚いている様子はない。これも魔法陣にかけられた魔法の作用なのだろうが、詳しいことはロランも知らなかった。


「『東通り商店街』か……ちょっと遠いけど、急ぐこともないし、ゆっくり歩いて帰ろう」


そう思うとロランは勝手知ったる道を、すたすたと歩き始める。


『魔法教国』。


王族がいないにも関わらず『魔法貴族』を自称する「代々魔法を扱える一族」が実質的な国の政治部を独占している不思議な国。


それでも、この国の人口が年々増加の一途を辿っているのは、海に面した貿易国のため、派手ではないが経済が安定していること。税率が低いのに、社会保障がしっかりしていること。そしてなにより「中立国」を謳い、戦争がないことが大きな要因だった。

そのため、この国の中枢を魔法貴族が占めていても文句を言う国民は少ない。一応は、魔法貴族でない人も地方政治になら関わることができるから、それでお茶を濁されている感もあるが、概ね国の運営自体も好評だ。


と、このように魔法貴族中心の国作りをしているためか、この国は時に『魔法学校の国』と呼ばれる時もある。

実際、遠くを見れば街の中心に据えられた魔法学校の立派な校舎が望める。

それほど後進の育成に重きを置いているのだ。なにせ、この国にとって『魔法力の維持』は常に最重要課題なのだから。


そう考えると、ロランは途端に気が重くなるのを感じた。


(待てよ……? もし、これで僕が『詠唱魔法』とか『属性放出魔法』とか、練習すれば誰でも使えるようになる魔法を学校で唱えた日には、いったいどうなるんだろうか……? もしかして『国家反逆罪』で捕まったりする……とか……?)


ロランは今更ながらカサンドラから教わったことのことごとくが、魔法貴族および魔法教国の存在意義を根底から覆す可能性があることに気づき、身震いする。


が、実技テストで高い点数を取るためには使わねばなるまい……。

これは困ったことになった。


(ど、ど、ど、どうしよう……ガンガン使おうと思ってたのに……! あれなしでどうやって乗り切ったらいいの!?)


歩きながらロランは考える。


(そ、そうだ! うまく誤魔化せばいいんだ! 口元を隠したり、新しく覚えたフリをすれば……あ、でもそれだとどちらにしろ『聖属性魔法』しか使えない……)


ロランがいきなり雷属性の魔法を使えば一発で怪しまれるだろう。

ということは使える新しい魔法は『ホーリーランス』と『リフレクト』だけになるが……。


(そ、そのふたつがあれば、なんとかなるかも! でも、今よりもリフレクトの精度は上げておかないと……それとやっぱり勉強だ! 最悪、筆記試験でなんとかするしかない……!)


ロランは走り出す。

ゆっくり帰っている暇などないことを悟ったのだ。


結局、森に行く前と大して変わっていない状況に、ロランは苦笑するしかなかった。



――「ただいまーー!!」


ロランは久しぶりに帰ったというのに、実家のドアをくぐった感慨もなく、二階にある自分の部屋に一直線に向かう。


「あら……ロラン? もう、帰ってきたの?」


リビングにいたロランの母親、レナ・アトールは読んでいた新聞を置き、階段に向かうと下から


「ロランー! いるのー?」


と聞く。

すると二階から


「うん! 今帰ったー」


とそっけない返事がきた。


「ふー。もう……」


レナはため息をつき、階段を登ってロランの部屋に向かう。

部屋のドアは開いていた。

そこから中を覗き込むと、彼女の息子は久しぶりに顔を合わせるというのに、母親よりも教科書を選別することに夢中のようだった。


「ねぇ、ロラン?」

「あ、母さん。ただいま」

「おかえりなさい。……って、あのさぁ、もうちょっと感動してくれてもいいんじゃないの? 母さんはもっとギュッと抱きついてくるとか、そういうのも歓迎なんだけど?」

「えー……やだよ、恥ずかしい」


ロランは教科書を広げながら言う。

レナは


「うぅ……ロランは母さんのこと嫌いになったの……?」


と泣き真似をしてみるが、ロランは気にも止めず教科書を読み始めていた。


「……ちぇっ。成長した息子のなんとつまらないこと……」


レナそう言ってロランの横顔を見つめる。

その言葉通り、ロランの顔つきは明らかに半年前とは違い、一段と男の子らしくなっていた。


(本当……手を離れた途端に……喜ぶべきことなんだろうけど、素直に喜べないわね……)


レナは腕組みをして、ふふっと笑った。

なんにせよ、息子が帰ってきて嬉しくない母親はいない。


「どうだった? 先生のところは? 楽しかった?」

「先生? ……ああ、おばあさんのこと。うん。とっても楽しかったよ」

「そう。良かったわね……それで? どうするつもり? またあそこに戻りたいなら、母さんは特に反対はしないけど?」

「えっ!? ほ、本当に!?」

「ふふふっ。その様子だと、余程気に入ったみたいね。でも、学校はちゃんと卒業してね?」

「うん! わかってる! そのためにも遅れを取り戻さないと……母さん、ありがとう!」


ロランはニコニコで勉強に戻る。

レナはそんな様子に呆れ、これも血筋かしらね。なにせ私の子なんだものと思う。


「お腹減ってるでしょう? 何か食べる?」

「うん! 食べる」

「なにがいい?」

「うーんと……なんでも!」

「はぁ……その答えが一番困るのよねぇ。まぁ、いいか。ちょっと待ってなさい」


言うとレナは部屋を離れ、階段を降りた。


本当、成長した息子はつまらないと思いながら。


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