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32、アーシュのいない小屋

この小屋で誰よりも早く起きるのは、ロランになった。


ロランは着替えを持って部屋を出ると、お風呂場の脱衣場で素早く着替えを済ませ、リビングを通る。

おばあさんはいない。

時にはおばあさんの方が早く起きていることもあるが今日は違った。このように、平均するとロランの方が早く起きている計算になる。


ロランはそっと小屋を出た。

冬の森はまだ真っ暗だ。


ロランは玄関の横に置かれている小さなランプを手に取ると、


「火のマナよ、我が願いに応えん。小さき光。灯火を我が手に……『フレイムライト』」


魔法を詠唱してランプに火を灯し、それを腰の紐に引っ掛ける。

それから、慣れた足取りで井戸に向かった。


井戸の痺れるくらい冷たい水でロランは顔を洗い、両手一杯分だけの水を飲む。


次に、入念に準備運動とストレッチを行い、それが終わると気持ちを切り替えるように、よしと一言だけ発して、ロランは勢いよく森の方へと駆け出して行った。



――アーシュが旅立ってから約一ヶ月。


ぽっかりと穴の空いたような寂しさを感じつつも、森の中での4人の生活は以前と変わらず平和に続いていた。


変わったことと言えば、アーシュと特訓していた分の時間が丸々空いてしまったロランが、カサンドラとの特訓の時間を増やしたことくらいだろうか。


カサンドラにも都合があるだろうからと、最初は遠慮して言い出せなかったロランであったが、いざ勇気を出してお願いしてみると、


「ま、ロランには恩があるから。そのくらいのことは引き受けてあげる」


と意外にも快諾だった。


それからは、午前も午後もみっちり一緒に魔法の特訓をしている。


『フレイムライト』もそこで新たに覚えた火属性魔法だ。

ランプの灯火や、焚き火の種火などに使える極々小規模な魔法だが、あればこれはかなり便利な魔法だった。


その他にも魔力消費の小さい簡単な水属性、土属性、風属性などの詠唱魔法も一通り覚えたのだが、それにはカサンドラの二つの狙いが関係していた。


ひとつ目は


「『属性放出魔法』」


カサンドラはそう言うと、杖を横薙ぎにひと振りする。

その途端、地面がグワッと隆起し、カサンドラの目の前に分厚い岩の壁ができた。

アーシュとのルームメイト対抗戦の時に見せた、あの得体の知れなかった魔法である。


カサンドラはこれを詠唱をしないで行使する魔法だと言った。


「魔法とは精霊が空気中に生み出したマナを体内に取り入れ、各用途に応じて魔力に変換、体外に放出して使うもの。というのは、知っているわね?」

「う、うん……なんとなくは」

「そして、その一連の流れをスムーズにしたり、魔法を構築するための補助として用いられる記号みたいなものが詠唱だということも」

「うん。その補助や流れが、血に刻まれるほど詠唱を熟練させれば、その詠唱自体を短縮できることも、今では理解してるつもり……」

「そう。だからこそ、そろそろ次の段階もあることを知っておいた方がいいと思うの」


カサンドラはもう一度杖を振るう。

今度は小さな火球が空中にまっすぐ飛び、すぐに消えた。


「それが属性放出魔法……? 最初のが土属性で、今のが火属性……?」

「そう。最初のが『アースグレイヴ』、今のが『ファイアーボール』を手本にして、小規模な魔法にしてる」

「本当に何にも唱えてないの……?」

「そう。口では。ただ、マナの流れを自分の中で自ら作り出し、然るべき魔力に変換、魔法に構築し、タイミングよく放出しているだけ」

「だ……だけって……」


(それって、すごく色んなことを同時に行ってない……?)


ロランは相変わらず底が見えないカサンドラの魔法知識に感心しつつも、呆れていた。

自分にそれができるイメージがどうしてもできない。


けど、ロランの表情から察したカサンドラは


「大丈夫よ」


やればできる、と気軽に親指を立てる。


「そ、そうかなぁ……」


「ロランは、その手甲を通して闇の魔力を放出して使えるでしょう? それは手甲に封印された悪魔族をフィルターにして、そこにあなたの魔力を流すことによって自動で魔力の変換、構築、放出を行なっているからなの。要は、それを手甲ではなく、自分の体内で行うだけ。加えて言えば、いつも詠唱魔法を使っている時の体の感覚……詠唱している時も、言ってみれば半分自動でマナを魔力に変換、魔法に構築し直してるんだけど、それを今度は完全手動でできるように、詠唱中の感覚を覚えておくの。そうすれば、どのようにマナを各属性の魔力に変換すればいいのか、すんなりと理解できるはず」


すんなり理解……できるはず……。

とは言うが、それこそが難しいポイントなのではないか?


けど、何事もチャレンジだと心に決め、ロランは目を閉じて魔力を練ってみる。


が、どうやっても手のひらから滲み出てくる魔力は「聖属性」になってしまった。


どうやら、こういう感覚はどうしても生まれながらのものに引っ張られてしまうらしい。

その点、カサンドラは生まれつきの魔法の才能は備わっていないから、変な邪魔も入らない。こう考えると、物事はいつも一長一短だと思う。


「今のは、何を出そうとしてたの?」

「ショックの魔法……あれを詠唱なしで出せたらすごいなぁって……」

「それは……できたらすごいけど。いくらなんでも最初から中威力の魔法は無理。段階を飛ばし過ぎてる。それに、せっかくの才能を無駄にするのは勿体ないと思う」

「……? せっかくの、才能……?」

「さっき出せたでしょ? 聖属性魔法こと。なにも私は最初から適正外属性の魔法を使えなんて一言も言ってないもの。どちらかと言えば、最初はすぐにできるようになりそうな聖属性魔法の放出魔法を練習すべき」


カサンドラはそう断言した。


なるほど、それならばとロランは思う。


今まで「適正属性外の魔法」を覚えることばかりに躍起になっていたから、基本的なことを見逃していた。

まずは、得意なことから。

これは人生におけるセオリーではないか。


ならばとロランは考え、ひとつの魔法を思い浮かべる。


それは聖属性『リフレクト』の魔法。


思えば、魔法学校ではクラスメイトの魔法を防ぐために『マジック・ディフェンス』の魔法ばかりを使っていた。

今少し思い出すだけでも、嫌な思い出ばかりだが、それはそれでかなりお世話になった魔法であり、おそらくこれからもお世話になる魔法だからあまり無碍むげにはできないのだが、やはりこれだけではいつも防御に徹することになり、結局ジリ貧に陥ってしまう。


が、もしも『リフレクト』の魔法を小規模でも詠唱なしで繰り出すことができたならば、防御一辺倒だったところから、魔法をそのまま反射できる攻防一体のスタイルに切り替えることが出来、さらに動きに幅が出るのではないかとロランは考えたのだ。


それと正直、きちんと詠唱をしてリフレクトを使うのがタイミング的にとても難しく、使い勝手が悪いなと日頃から思っていたのだ。

この機会にそこの辺りも改善したい。


「よーし……」


ロランは集中して自分の体内にマナを取り入れるイメージをする。

そして、それが体のどこを伝っていき、どこでマナから魔力へと変換されるのかを探る。

リフレクトの詠唱特訓も既に飽きるほどやってきた。まぁ、カサンドラの努力に比べれば「飽きる」など失礼極まりないのだが、それでもそれなりの自負はある。


(リフレクトの詠唱の時は確か……こんな感じで……)


ロランは思い出しながら魔力を練る。

けれども、詠唱を一字一句思い出していたのでは、かかる時間も変わらないから意味がない。

コツはたぶん「なるべく、ざっくりと」だ。

口に出さなくていいのだから速読のように。文章を読んだ後の「感じ」だけを抽出して思い出す。


そのイメージが自分の中で固まったと思ったところで、ロランは右腕を振るった。


右手から白いヴェールのような魔力が放たれる。


が、これは失敗だった。


それは聖属性の魔力そのものではないものの、ほとんど変化の見られない「魔法以前の何か」でしかなかった。

にも関わらず、時間が掛かり過ぎているのも問題だ。


ロランは失敗を認めると、次に気持ちを切り替え再び試行する。

それをカサンドラは無言で見守っていた。


二人の特訓はいつもこうなのだ。


ロランは簡単には諦めないし、最初にきちんと要点を伝えれば自分で問題点を見つけることができる。

だから、カサンドラも易々とロランに追加のアドバイスはしない。

見守る方の面倒は増えるが「自分で気がつくこと」も大事だと思うから、敢えてこの方法を取っていた。

カサンドラも負けず劣らず、かなり辛抱強い。



――そうして二時間程が経った時、ようやくロランのリフレクトがそれっぽい形をとるようになってきた。


ロランが集中して右手を振るう。

すると、右手の手のひらから丸く白い鏡のようなものが突如出現した。


集中して放出、出現まで掛かる時間は約2秒。

まずまず実戦で使えそうな感じだ。


「じぁあ、そろそろ試してみる?」


カサンドラは言うと杖を構える。


実際に魔法を反射できるかどうかやってみるかという誘いだ。

ロランはもちろん


「うん……! お願いします!」


と頷いた。


それを見たカサンドラも頷き、杖を振るう。

すると、杖の先から『ファイアーボール』が飛び出してきた。

ロランは火球から適度な間合い、角度になるようにステップし、右手を差し出す。


ロランの右手に小さな『リフレクト』らしき魔法が出現。

そこに火球がぶつかると、反射どころか防ぐことすら出来ず、丸い鏡状の魔法は、バラバラに砕け散ってしまった。


「なっ……!?」


ロランはすぐに手を引っ込めて火球をギリギリで躱す。


(思ったよりも放出したリフレクトが脆かった?)


ロランは冷や汗を掻きながら考える。


が、本当はカサンドラのファイアーボールが見た目よりもずっと威力があるからなのだが、そんなことはロランは知らない。

カサンドラもその方が面白いから、黙っていた。


「まだまだって感じね。ま、今日はこの辺でいい。初日でそこまでできれば上出来だもの」


カサンドラはそう言うと構えを解いた。


そんなカサンドラを見て、ロランもふーっとひとつ息をつく。

二時間も集中していたから、どっと疲れが来た。


けれど、カサンドラは間髪入れずにふたつ目の狙いに話を移す。


「ロラン。特訓自体はまだ終わってないわよ? 今日はもうひとつ見ておいて欲しいものがあるの」


「も、もうひとつ?」


既に属性放出魔法だけでも頭がパンクしそうなロランは、今一度集中を取り戻し、カサンドラの方を向く。


「ええ。今の属性放出魔法。あれを習得したことを前提として、最終的に覚えたらいいと思う魔法が封魔書に載っていたの……けど、今私も練習中。だから、うまくいくかわからないけど……見ていて?」


言うとカサンドラは珍しく杖を置いた。

そして、両手を前にかざし、目を閉じる。


するとカサンドラの前、眩い光と共に、赤、緑、青、黄、茶、の五色の魔力が渦を巻くように集結し始める。


それらはやがてひとつの大きな魔力の塊となり、色を失った。


が、その魔力の強力さ故か、カサンドラの手の前の空間が歪んでいるから、まだそこに「何か」があるのは容易に見て取れた。


カサンドラは口を開く。


「これは『無属性魔法』、『エレメンタルフォース』という魔法よ。詠唱方法は記載されておらず、ただ火、風、水、雷、土属性の魔力を同量ずつ同時に放出し、ひとつにまとめて放つ魔法と書かれているだけ。けど……」


カサンドラはゆっくり歩いて一本の木の前に行くと『エレメンタルフォース』をぶつけた。

すると、木のぶつけられた部分。そこがごっそりとまるで空間を削り取られたかのように消滅した。


「ご覧の通りの威力よ」


カサンドラは集中を解き、エレメンタルフォースを雲散霧消させる。

カサンドラは額にうっすら汗を掻き、息を切らせていた。

カサンドラがそんなに消耗しているのは初めて見る。余程、魔力量と集中力を要求される魔法らしい。


「す、すごい……」


ロランは月並みな感想を述べた。


はっきり言ってロランの理解の範疇を遥かに超えた魔法だった。

生まれつき得意な聖属性の魔法を詠唱なしで作り出すことにも手こずっているのに、それを異なる五属性で、しかも同時に体内で作り出すなんて……。


「ま、最終目標でいいから、今はこんなこともできるんだって覚えておいて。そのために『基本五属性』全部の詠唱魔法を覚えてもらったんだから」


カサンドラは杖を拾いあげる。


「はい。これで今日の特訓はおしまい」


五属性の魔法をロランに覚えさせた狙い。


それは『属性放出魔法』のマナを体内で魔力に変換するときのコツを掴ませ、最終的にはすべての属性に魔力を変えることできるようにして、『無属性魔法』『エレメンタルフォース』の習得を目指すため。


(はぁ……まだまだ修行の道のりは長いな……)


ロランは集中力が尽きてついに地面に倒れ込んだ。


けど、落胆よりも遥かにワクワクが上回っていたから、きっとロランはまだまだやっていけるだろう。



――ロランは朝の暗い森の中をランプの明かりと、魔物の気配だけを頼りに走る。


周りにはワイルドウルフの気配。


が、既にロランの強さを身に染みて知っているワイルドウルフの群れは、襲いかかってくることはない。


ロランはさらに森の奥へと足を踏み入れる。


アーシュがいないということは、戦闘不能になった時のリスクが跳ね上がったということだ。だから、リスク管理は慎重に行わなければならない。

が、かと言って弱い相手ばかりを倒していたのでは修行にならないから、そのギリギリの線を見極める。


今日の相手はだいぶ森の手前の時から、気配を察し、決めていた。


ロランは足を止める。


目の前にはロランの背の二倍はありそうな巨体熊型魔物『グリズリー』が。

熊にも関わらず冬眠もしないで、のこのこ歩いているなんてやはり魔物だなとロランは思う。


グリズリーは口からよだれを垂らし、ロランの方に振り向いた。

大きな口に、鋭い爪……そして魔法さえもなかなか通さない分厚い毛皮。


「おはよう。よし……行くよ……!」


ロランは意を決して飛びかかる。

グリズリーもそれに応戦するように雄叫びを上げた。



――日が昇る頃。


ロランは大きな木の棒にグリズリーを蔦で括り付け、担いで小屋に帰ってきた。


ただ命を奪うだけでは申し訳ないので、みんなで食べようと思ったのだ。


(けど……熊肉って美味しいのかな……? まぁ、リッケならなんとかしてくれるか……)


「ただいまー」


ロランが玄関のドアを開けると


「あ、おかえりー。って! どうしたの、その熊!?」


とリッケが言って近づいて来た。


「えへへ……ちょっとね。食べられそうかなぁって思って」


「まぁ……食べられないこともないけど……下ごしらえが手間なのよねぇ……あ、そんなことよりも、ロランに手紙が届いてたわよ? はい、これ」


ロランは


「手紙?」


とつぶやきながら、それをリッケから受け取る。

とりあえず熊を玄関脇に置き、手紙の封筒の裏を確認する。


そこには誰からの手紙か書かれていた。


「母さんから?」


「そう。ロランのお母さんから」


そう言うとリッケはグリズリーをしげしげと眺めた。


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