3、初めての食料調達
リッケは今から森に入るとは思えないワンピースと長靴、背中に小さなリュックサックというラフな格好で外に出た。
ロランは着の身着のまま、まだリュックすら持っていない。肩から採集用の竹籠をさげているだけだ。
「よしよし、今日もいい天気! じゃあ、張り切ってロランくんとの第一回食料調達にしゅっぱーつ!私に着いてきてー!」
「りょ、了解!」
元気なリッケにつられてロランも思わず声が大きくなる。
とりあえず、服装と装備から見て危険なところには行かなそうだとロランは安心してついて行くことにした。
森は遠目に見るとわからないが、意外と登ったり、下ったりしていた。
その高低差に加え、岩に生えた苔や木々の地面から張り出した根に足を取られる。これは慣れないとなかなか思うように歩けない。
「ゆっくりでいいからね。足元をよく見て」
「うん。いまのところ大丈夫」
森はそんな感じでどこまでも続いていた。
景色も大して変化ない。
自生していると木々は、樹皮がゴツゴツしているものもあればツルツルしているものもあったり、模様のついているものもあるが、ロランにはまだその違いがわからない。
生えている草のことも落ちている葉のことも何もわからない。だから、どこまでも同じ風景に見えた。
そんな道も目印もなさそうな森を、リッケは迷いなく進む。
それができるのはリッケがここの木や岩や草、それに地形のことを知っているからだ。
(リッケさんは、いつからこの森にいるんだろう)
ロランはリッケの背中を追いながら、そんなことを思う。
リッケは休みなく歩を進めている。
会話はない。
たわいのない話をしてもいいのだろうけれど、ロランはついて行くので精一杯だし、リッケはリッケでいつもより真剣に森の先を見つめていた。
しかしこの無言も気にならないくらい、森を歩くことはロランにとってとても心地よい経験だった。
空気はおいしいし、風は肌に優しい。
なんで今まで街に閉じこもったりしていたのだろうと、ふと思ったほどだ。
――あっという間に一時間ほどが過ぎた頃、リッケは足を止めた。
ロランはリッケの横まで追いつき、その視線の先を伺う。
見るとそこには周囲の木々より、比較的背の低い木でできた茂みがあった。
確かにそれは今まで通って来た森の景色の中にはなかった変化だった。
「よしよし。今日の最初の採集場所に到着! まずはあそこで木の実を探すよ。二週間前に一度採っちゃったんだけど、たぶんまたなってるはずだからー」
「うん」
ロランが返事をするとリッケは足取り軽く茂みを目指す。ロランも初めての獲物を前に、なんだかウキウキした気分になってきた。
ロランが茂みに入る。
分け入ってまず思ったのは
(あれ? 木の実なんてどこにあるの?)
ということだった。
けど、リッケに教えられよくよく木々を眺めてみると、それはあった。薄い赤色の小さな実だ。
「これはグミの実。このままパクって食べるの。美味しいよ?」
勧められるがまま、ロランは食べてみる。
グミの実は噛むとプチっとした食感で弾け、口の中に酸味とほんのりとした甘さが広がった。
懐かしいような……でもきっと初めて食べる味。鼻の奥の方に記憶をくすぐる素であろう野生の香りが微かに残った。
「美味しい……」
「ふふふっ、でしょ?」
「他にはどんな実があるの?」
「じゃ、一緒に探しながら採ろっか!」
リッケに教わりながら茂みを探索すると、そこはまるで果樹園のようだった。
やはり木の葉の形や、蔓の種類などの知識があると景色の見え方が根本的に変わってくる。リッケは枝のどの辺りに実がついているのかも正確に把握していたし、どんなものがその季節に実るのかもわかっていた。
そんな人には森は宝の山に見えるに違いない。
( すごい……何にも無さそうだったのに、探せばこんなにも食べられるものがあるなんて……)
最初は何もないと思っていたロランも、リッケに教わる度にすっかりこの茂みの印象を改めていた。
そうして二人は竹籠にたくさんの果実を摘んだ。
山桃に木苺、山葡萄、コケモモ、そして赤いグミや青いグミの実など……
これだけあれば今日と明日の分には十分足りそうだ。
「ふーっ。ま、木の実はこんなもんかな」
リッケは汗を拭って言った。
「この茂みだけで、こんなにいっぱい採れるんだね」
「うん。でも本当は、もっと奥の方を探せば、もっともっと色々なものが採れそうなんだけどね。あっちは魔物が出やすいから近づかないことにしてるの。私はアーシュ達と違って戦えないし」
「そっか。そうだよね……魔物とか怖いそうだし……僕も自信ないや……」
ロランが言うと、リッケは不思議そうに首を傾げた。
「えっ? そうなの? でも、ロランくん、魔法を使えるんでしょ?」
「うん。そうなんだけどね……僕、あんまり攻撃魔法は得意じゃなくて、というかほとんど防御と回復の魔法しか使えないんだ……」
「ふーん、そうなんだー」
「うん」
「でも、なんで?」
「それは……血筋がそうだから。魔法って先祖代々からの受け継ぎなんだけど、僕は母さんの家系の魔法を受け継いだんだ。これが『聖属性』って言って、あんまり攻撃には向かない属性なんだ……」
ロランはちょっと俯き加減で言う。
リッケはそんな様子のロランを相変わらず不思議そうに見ていた。
「そうなんだぁ。ねぇ、私には難しいことはわからないけどさ? 防御魔法が使えるって、それだけでも立派なことじゃないかな? だって、私なんて魔物に出会ったら逃げるくらいしかできないもん。なのにロランくんは防御ができるんでしょ? すごいことだよ!」
「そ、そうなの……かな……?」
ロランは少し顔を上げた。
リッケにそう言われて嬉しくないことはない。けどやはりまだ自分の魔法に自信が持てなかった。
学校でのことがまだ生々しくロランの頭に残っていたからだ。
「そうだよ! だから……頼りにしてるよ? いざとなったら、ロランくんが魔法で私を守ってくれるって!」
「いざとなったら……僕が、リッケさんを……?」
守る?
ロランは驚いてリッケを見た。
リッケはロランと目が合うとにっこりと笑う。
その笑顔を見て、ロランは「そうか」と思った。
守る。そういうことなら僕にもできるかもしれない。自信があるわけじゃないけれど、もしそんな時が来た時、確かに僕にもできることはあるはずだ。
そして、できることがあるならやってみたいし、やらなきゃいけないんだ。
「そうだね……うん。わかった。そんな時は僕がリッケさんを守るよ!」
「ふふふっ。さっすが! 男の子だね。ありがとう」
リッケはいたずらっぽく言った。
ロランはそれを聞いて耳まで真っ赤になる。
もしかして今、自分は恥ずかしいことを言ったんじゃないかと。
(なんだかうまく乗せられたような……いや、励ましてくれたのか……やっぱり、リッケさんはすごいな……)
ロランが小さくため息をついていると、リッケは言った。
「けど……もしロランくんがそのことを気にしてるならさ。覚えればいいんじゃないかなぁ?」
今度はロランが首を傾げる番だった。
「覚えるって、何を?」
「攻撃できる魔法……って言えばいいのかなぁ? わからないけど、ロランくんの言ってたさ、『聖属性』ってやつ以外の魔法だよ。火をバーン! って出したりさ、雷をズドドーン! って落としたりするやつ」
「ああ……」
説明が足りなかったかなとロランは思う。
「うん……できればそうしたいんだけど、そういうのは生まれつきで決まってるものなんだ。だから、僕には『火属性』の魔法も『雷属性』の魔法も使えない……」
「そうなの? うーん……でも、だとしたらちょっと変なのよねー」
「変って?」
「だって、私はカサンドラちゃんとかおばあさまの魔法を何回も見て知ってるけど、ロランくんの言ってるみたいに一つとか二つの『属性』しか使えないってわけじゃなさそうに見えたよ? 二人ともたくさんの種類の魔法が使えるもの」
「えっ……? ほ、本当に?」
「嘘なんてつかないよー。全部本当のこと! そもそも、カサンドラちゃんもおばあさまも貴族じゃないって言ってたし……ロランくんの話では魔法って、貴族の血筋の人しか使えないはずでしょ? だとしたら、前提からして既におかしいもん」
「た、確かに……そうだね」
ロランは腕を組んで考え込んだ。
いったいどうことなのだろう?
もろちん、おばあさんのような存在がいることは知っていた。
けど、詳しいことは学校でも家でも教わらなかった。血筋に関係なく魔法を使えるなんて。
が、いくら考えても混乱するばかりで、一向に有効な仮説が浮かんでこなかった。
でも、もし自分の生まれ持ったもの以外の魔法を使える方法があるのだとしたら……
それはロランにとって、とても心惹かれる話だった。
「ま、どちらにしても私が考えてもわからないことだからさ、暇をみて直接聞いてみるのが一番いいよ! カサンドラちゃんかおばあさまに」
「うん……そうだね。そうする」
リッケの言う通り、その答えを知っていそうな人がいるのなら聞いてみるのが早い。ロランもひとまずこの問題は置いておくことにした。
「よーし! じゃあ、そろそろ次の場所へ向かおっか。この先に川があるから、今度はそれに沿って山菜とキノコを探すの」
「川か……どんなだろう。楽しみだな」
「へへへ。お楽しみにー」
――木の実を採った茂みを抜け、少し歩くと川のせせらぎが聞こえてきた。
森は静かだから、それはとても派手な音に聞こえる。
川は二メートルほどの幅で奥の方から流れてきていた。
水面は森の色を写し、深い緑をしているが、手にすくってみると冷たく澄んでいる。
飲んでみるととてもおいしく、疲れた体に染み渡るようだった。
「この川を遡るよ! 途中の土手とか木の根元を注意して見てみて。そういうところにキノコが生えてるから」
「わかった。でも、大丈夫なの? これ以上奥に行ったら魔物が出るんじゃ……」
「大丈夫。前にアーシュが教えてくれたの。この川の先には大きな湖があって、そこまでは安全だって。だから、そこまで行かなければ魔物は出ないよ」
「アーシュくんが……そっか。それなら安心だね」
「まぁ、あいつのそういう情報だけは正確だからね。でも……もし出ても今日はロランくんがいるから……ね?」
「う、うん。そうだね……が、頑張ります」
「こら、さっきの勢いはどうしたの?」
二人は照れ臭そうに笑った。
ロランとリッケは山菜とキノコを探す。
キノコはいたるところに生えていて見つけやすかったけれど、ロランには食べられるものと毒キノコとの見分けがつかなかった。
そんな時は毎回リッケに聞いた。すると、リッケはリュックから一冊のノートを取り出し調べてくれる。そこには綺麗な水彩のスケッチと共にキノコの名前や特徴がびっしりと書き込まれていた。
「すごい……これ、リッケさんが?」
「うん。キノコってとっても危ないものだからって、おばあさまに教わりながらね。それに、山菜とキノコは種類が多くて、こうでもしないと覚えられなくて……」
ノートを捲るリッケをロランは見つめる。
(そっか……リッケさんもこうやって頑張って勉強したんだ。だからこんなに森に詳しいんだな……)
そんな当たり前のことに今更思い至り、ロランは胸が熱くなるのを感じた。
リッケさんは頑張ってる。なら僕には何ができるだろう? 何を頑張れるだろう?
「残念。ロランくん……これは食べられないって。すごい毒らしいから、触らない方がいいよ」
「そ、そうなんだ……こんなに普通の見た目なのに……」
ロランは手を引っ込める。
「そう。キノコは見た目で安易に判断すると危険なの。だからいつでも聞いてね?」
「うん。そうする」
「さーて! もうひと頑張りしよ!」
リッケは立ち上がって伸びをした。
こうして二人は約二時間がかりで山菜とキノコを集めた。
リッケに教えてもらいながらだったので、余計に時間がかかったと思う。
けど、そんなことはリッケは気にしなかった。むしろ、ふたりで探すのは一人よりもずっと楽しいと言ってくれた。
ロランはやはりすごく照れ臭かった。
――帰り道。
ロランはなんだか頭がフラフラして、足元が覚束なくなってきたのを感じた。
それを見たリッケは
「あ、そうだね。そろそろ疲れたろうから、ここで休憩していきましょ?」
と言う。
ロランはまだ大丈夫と言いたかったが、無理をするとまずそうなので、素直に休憩することにした。
大きな木の下に二人は腰掛ける。
ロランは竹籠を地面に置き、リッケはリュックから袋を取り出した。そこには昨日焼いたと言うクッキーが入っていた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう。いただきます」
ロランは受け取り、食べる。
とてもお腹が空いていたからか、すごく美味しかった。いや、リッケが焼いたクッキーだから美味しいと感じたのかもしれない。
とにかく、ロランは何枚ももらっては夢中でバクバクと食べた。
「ふふふっ。相当お腹空いてたみたいね?」
「うん。こんなに歩いたのも久しぶりだし……」
「そうかもね。でも、それだけじゃないんだよ? この森は魔力が濃いから」
リッケは言う。
ロランはもらったお茶を飲みながら、
「魔力が濃いって?」
と聞き返した。
「私も詳しくは知らないの。でも、おばあさまも、カサンドラちゃんも、アーシュもみんな口を揃えて『ここはすごい密度の魔力で満ちてる』っていうの。だからすごく消耗するし、お腹が減るって」
「そ、そうなんだ……僕には全然……」
(わからないし、感じないな……)
それがちょっと恥ずかしいことのようにロランには思えた。
「えへへ、実は私も全然。……けど、ロランくんがさっきみたいにフラフラしたり、お腹が異常に空いたりしたのは、きっとそのせいなんだよ。わからなくても、魔力が強い人には影響が出るらしいから」
それを聞いてロランはアーシュとカサンドラの食事を思い出す。だから二人はあんなにモリモリ食べていたのか。
「でも、それって体に悪い影響は出ないの?」
「うーん……どうなんだろう? おばあさまは元気だし、私も長くここにいるけど元気だし……まぁ、大丈夫なんじゃないかな?」
「そ、そんな適当な……」
「あ、でもアーシュが言ってたんだけどね、この森の魔物はその魔力の影響か、外の魔物と比べてすごく強いんだって! だからさ、むしろ私たちもこの森の影響で強くなったりして?」
「そんな……」
「ふふふっ。ま、冗談はさておき、疲れやすいのは確かだから、ロランくんも倒れないように、ごはんの時は遠慮なくいっぱい食べてね。私、たくさん作るから!」
「うん。ありがとう」
ロランはお茶を飲み干し、コップをリッケに返すとずっと気になっていたことを聞いた。
「リッケさんはおばあさんのお手伝いって言ってたけど……いつからここに?」
そう聞かれるとリッケは
「8歳になるちょっと前から。だから……もう6年になるね」
と、淀みなく答えた。
まるで思い出すまでもないみたいに。
「そんなに前から……?」
ロランは言葉を詰まらせた。
やっぱりあまり聞かれたくないことだったかもしれない。
が、リッケは笑って話す。
「うん。実はね、私、小さい頃の記憶がないの。だから、親戚がいるのかも、両親がどこで何をしているのか、そもそも生きているのかどうかもわらないんだ。だから、ずっと小さい頃から働いてるの」
リッケはちらっとロランをみる。
けど、やはりロランはどんな顔をしていいかわからない。
リッケはロランを困らせるつもりはないから、空中を見上げながら笑顔で話を続けた。
「記憶があるのは7歳よりあと。でも、本当は誕生日だってわからないの。けど、その当時私を保護してくれた人が作ってくれたの……誕生日。だから、別にいいんだ、それでも。とても私を大切にしてくれたしね。そして、8歳の誕生日を迎える少し前に、私をおばあさまに引きあわせてくれた……」
「……それから、ずっとここにいるの?」
「うん……可哀想だと思う?」
ロランは言葉を失った。
そんな境遇の彼女に、何不自由なく育った僕が、何を言えるというのだろう。
けど、リッケはロランの言葉を待っている。
それを見てロランは、きっとリッケはどんな言葉でもロランの言ったことを真正面から、誤解することなく受け取ってくれるだろうと、そう思えた。
「……わからない。けど、リッケさんを見ていると……きっとそうじゃないんだろうなって思う」
ロランが勇気を出して言うと、リッケは頷いた。
「うん……そうだね……私もそう思ってる。私は可哀想じゃないんだって。おばあさまのところで暮らせて、とっても幸せなんだってね」
「わかる気がする。あそこは……なんだかとっても居心地がいいもの。昨日来たばかりだけど……すぐにそう思った」
「ふふふっ。よかった。ロランくんにも、そう思ってもらえて」
「アーシュくんとカサンドラさんは、ちょっと怖いけどね」
「ははは。あの二人は元からああだからね。すぐに慣れるよ。ロランくんも、あの二人も」
「だといいな……あの二人もリッケさんと一緒に?」
「ううん。カサンドラちゃんは私がここに来て一年経った頃におばあさまがどこからか連れて来たの。アーシュは今から一年くらい前に、森の入口の近くで倒れているところをおばあさまが拾ってきたんだ」
「そうだったんだ……」
「うん。で、昨日ロランくんが来た。お母さんに連れられてね?」
「えっ? 何で、知ってるの? 」
「えへへ。昔からおばあさまに聞かされてたからね。いつか弟子が自分の子供を預けに来るって」
「……昔から?」
なんで、昔から?
「それって、どういう……」
「さ・て・と!」
ロランが口を開こうとしたら、リッケが突然立ち上がった。
そして、ワンピースのお尻についた葉っぱをパシパシと叩く。目の前でスカートがめくれそうになり、ロランは思わず目をそらした。
「すっかり長居しちゃったね。急いで帰ってごはんの準備をしないと!」
「うん。そ、そうだね……そうしよう」
ロランも慌てて立ち上がり、葉っぱを払った。
「昨日から男の子一人分、料理が増えたからね! 気合いを入れないと!」
「ご、ご面倒をおかけします……もちろん、何か手伝えることがあったら遠慮なく言って! 僕もリッケさんばかりに任せきりなのは申し訳ないから」
「ありがとう。そんなこと、カサンドラちゃんからもアーシュからも、一度も言われたことないからすごく嬉しいよ」
二人はまた歩き始める。
すると、ほどなくしてリッケが振り返って言った。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、私のことは『リッケ』でいいからね? リッケさんって言われると何か、変な感じがするから」
「うん。わかった。リ、リッケ……あ、じゃあ、僕のことも『ロラン』でいいよ」
「ふふふっ。了解、ロラン」
リッケにそう呼ばれて、ロランはやっとあの部屋の一員になれた、そんな気がした。
――無事に小屋に帰りつくと、午後3時近かった。
リッケとロランは手分けして摘んできた果実や、山菜を井戸で洗う。
と、そこへちょうど、アーシュとカサンドラが帰って来た。
二人は太い丸太に大きな魔物を括り付け、肩に担いでいた。
魔物は巨大なイノシシのようなフォルムをしていたが、ビックボアと決定的に違うのは背中に固くてトゲトゲした甲羅がびっしりとついていること。
アーマードボアという魔物だ。
やはりこの魔物も、ロランは図鑑以外で見るのは初めてだった。
生き絶え、丸太に吊るされたアーマードボアには全身に黒い焦げ跡がついていた。
そして……アーシュも全身 煤だらけだ。
「クソッ……だから嫌だって言ったんだ」
それを見てリッケは大笑いした。
ロランも笑ってはダメだとわかっていても、笑わずにはいられなかった。
二人に笑われて、アーシュはみるみる不機嫌になる。
そして、そこへまたカサンドラが油を注ぎ、口論を始める。
そんな光景がロランには眩しかった。
やっぱり、ここは居心地がいい。
確かにアーシュもカサンドラも怖いけれど、悪い人じゃない。
早く僕も打ち解けたいと思った。
そして、あの輪の中に入って、自分もあの景色の一部になりたい。
そう強く思った。