29、ケーキに、からあげに、プレゼント
年が明け、
「これでしばらくお祝い事はなしかー。なんかつまんないねー」
とリッケが部屋でゴロゴロしながら言っていたら
「……あるにはあるぞ……祝い事」
とアーシュが珍しく話を広げた。
ロランは二段ベッドの上にいるアーシュを覗き込む。
「えっ? どんな?」
「……俺の……誕生日」
それは爆弾発言だった。
「えーーっ!!」
ロランとリッケが大声を出す。
「い、いつ!?」
「……1月20日……」
「もうすぐじゃないの!! てか、何で教えてくれなかったの!? 去年、完全にスルーしちゃったじゃない!!」
「チッ……仕方ねぇだろ……? 聞かれなかったんだから……それに、これはお師匠さまが勝手につけた誕生日で、正確なやつじゃねぇしよ……」
「そ、そうなんだ……ん? でも、ちょっと待って!? ということは、アーシュくんって、一つ年上なの!?」
「ま、まぁそういうことになるな……でも、繰り返しになるが、正確じゃねぇから本当のところはわからねぇんだぜ? それに今更年上扱いってのもなんだかなぁ、だしよ……」
「うーん……そ、それもそうだね……僕も今更アーシュくんに敬語っていうのも違和感があるし……」
「だろ? だから、それはそれとして今まで通りで頼むぜ? ロラン」
「うん。わかった。でも『それはそれとして』、誕生日会は開かないとね?」
「そうよ! そっちの方が大事な問題よ! よーし……去年スルーした分、今年で取り返してやるわよー……ふひひひ」
リッケは企み顔をする。
なにやら、スイッチが入ったようだった。
――「まずは、何はともあれ、ケーキよね! ケーキッ!」
次の日の昼前、リッケはロランに言った。
ロランはリビングの椅子に座りながら同意しつつ、
「どんなケーキを作ろうか?」
と聞く。
が、リッケは口角をくいっと上げ
「作る……?」
と否定的に聞き返してきた。
「去年の分も取り返すのよ? ならっ! それに相応しいケーキを用意しなきゃっ!!」
リッケの身を乗り出して言う姿に、ロランは嫌な予感というか、確信があったけれど一応聞くことにした。
「そ、それってもしかして……『熊の王冠』の……?」
「決まってるじゃないっ!!」
リッケは食い気味で返事する。
「ケーキと言えばウェイランさんのケーキ! ……私の心を掴んで離さない……あのケーキよっ! この機会に便乗して……じゃなくて、私はアーシュにもあの素晴らしいケーキの味と美しさを体験して欲しいのよ……ああ、なんという贅沢……きっと人生最高の誕生日になるに違いないわ……!」
リッケは虚空を見つめて言う。
ロランはそんなリッケにやはり引きながら、
(こ、これでスイッチが入ってたわけか……)
と深く納得した。
ロランは気を取り直して質問する。
「そ、それはいいと思うんだけど……お金はあるの? 確か、あそこのケーキ、一切れでもかなり高かったような……」
「大丈夫よ! お金ならまだまだあるわ!」
リッケはポケットから札束を取り出して、テーブルにバシンッと置く。
金にものを言わせるとばかりに。
「これだけあれば、あのケーキも、あのケーキも……にひひひひひ」
「……リッケ。そのお金は、みんなのお金なんだから、くれぐれも余計なお買い物はしないようにね?」
ロランは釘を刺しておく。
すると、リッケはびくっと肩を震わせ
「ああああ、当たり前じゃないっ! なな、何言ってるのよっ! もうっ!」
と一応約束してくれた。
(これは言わなかったら、危なかったな)
「……はぁ、ケーキが決まったら、次は料理だね。そっちは、僕はホロホロ鳥のからあげがいいと思うけど……」
「そうね。私もそれがいいと思う。あと、レフナントカボチャのクリーム煮かな。アーシュ、レフナント産のカボチャが大好きなのよ」
「へー。そうなんだ。じゃあ、それも決まりだね!」
二人は他にも数種類の料理とその材料を紙にリストアップしていった。
そうして、料理の話し合いがひと段落すると、
「最後に、誕生日プレゼントをどうするかよねー」
という相談に入った。
二人は考える。
アーシュが喜んでくれそうなもの……。
「武器……とか?」
「そうかもしれないけど、私たちとあんな約束をしたんだから、武器を贈るのはちょっとね……」
「じゃあ、防具? あ、でも……」
「うん。アーシュ、体が重くなるからって、防具着けないからねー」
「そ、そうだよね……」
早速、暗礁に乗り上げてしまった。
そもそも、プレゼントとして真っ先に思い浮かぶのが装備品というのもおかしいが、それ以外にはアーシュの喜びそうなものが見当たらないのも問題だった。
「……なら、僕たちがアーシュくんにあげたいと思うものをあげるのはどうかな?」
「うーん、私たちのあげたいものね……例えば?」
「例えば……お、お守り、とか?」
「お守り」
ロランの案にリッケ斜め上を見上げ、考える。
ロランが、お守りと言ったわけは「アーシの願いの成就」と「アーシュの無事」というふたつの願い。
それをお守りに託して渡したいと思ったからだった。
それならば、プレゼントとして相応しいし、アーシュの荷物にもならない。
それと、武器でも防具でもないが「アーシュを守るもの」として、きっと喜んでもらってくれるのではないかと考えたからだ。
「うん! それいいかも!」
リッケも考えた末に同意してくれた。
「よかった! じゃあ、決まりだね。でも……どんなものをお守りとして贈るかはまだ決めてないんだけどね……」
「当てもない?」
「うーん……アーシュくんはお坊さんだったから、そっち方面のお守りとかいいかなと思うけど……」
「えー。でも、それだとあまりにもプレゼントらしくなくない?」
「や、やっぱりそうだよね……」
プレゼントの大枠は決まったが、具体的に考え始めると、またもや暗礁に乗り上げてしまう。
二人があれこれと頭を悩ませていると、
「なら、『精霊石』とかどうかしら?」
と、いつのまにかリビングに入って来ていた、カサンドラが提案してきた。
カサンドラも椅子に座る。
そんなカサンドラの顔をまじまじと見ながら二人は
「精霊石って?」
と同時に聞いた。
「そのままよ。精霊の力が結晶してできた石。どういうふうにできたのかは解明されていないらしいけど、宝石のように地中や岩の中から産出されるの。とくに神聖レフナント王国はその産出量、質共に有名な精霊石採掘国よ」
「そ、そうなんだ……ということは宝石店に行けば売ってる?」
「ええ。アクセサリーとして加工したものが売っているわ。その他にも原石が欲しいなら精霊石専門店もある」
「へぇー。そうなんだぁー。カサンドラちゃん、詳しいね!」
「……知り合いが……お店をやってるから」
「そ、そんな知り合いがいたんだ……」
(というか、カサンドラさんに、外の知り合いがいたこと自体が意外だ……)
「ねぇねぇ、でもさ。精霊石って、宝石ならさ、かなりお高いんじゃない? いくらお金があるって言っても、限度はあるよ?」
「大丈夫。精霊石は他の宝石比べても、それほど高価じゃないから。それに、私の知り合いのお店に行けば、少しは安くしてくれるはず」
そういうとカサンドラは住所を紙に書いた。
それをロランが受け取る。
リッケはアスラでケーキとホロホロ鳥などの食材を、ロランはレフナントでカボチャとプレゼントを、それぞれ買ってくることにしたのだ。
「カサンドラさんも一緒来る? 知り合いの方にも会えるし……」
「私は遠慮するわ。特に、会いたい知り合いでもないし」
「……えっ?」
ロランは返す言葉がなくて困る。
どんな知り合いなんだ……
が、レフナントにカサンドラと行くことにちょっと危険も感じたのであえて説得はしなかった。
カイゼンとの件がどの程度まで周知されているかわからないが、街は広い。ロランの顔が割れていたとしても、見つかることはないだろう。でも、念のため一人で行って、さっさと帰って来るのが無難と思った。
「よしよし。じゃあ、方針は決まったね。あんまり早く用意しても仕方ないから誕生日の前日に仕入れに行くことにしよ? それまでにおばあさまの許可を貰ったり、森で用意できるものは用意しておかないとね!」
これで今日のところは解散になった。
ロランはカサンドラからもらった住所を眺めながら、レフナントの地に少しだけ思いを馳せた。
――あっという間にアーシュの誕生日、前日になった。
リッケは朝早くからアスラ王国へ転移し、ロランはレフナント王国へ転移した。
ロランは辺りを見回す。
レフナントにも初めて来た。
アスラよりも人通りは少ないが、それでも魔法教国よりはずっと栄えている。
街並みは石造りで、街の中央であろうところに、大きな教会のとんがり屋根が見えた。
街はそこを中心に放射線状に整備されているようだ。
白を基調とした色合いの家や店がほとんどで、それだけでどこか荘厳な雰囲気が街を包んでいるように思えた。
ロランはしばし惚けていたが、ここがカイゼンのいる騎士団のお膝元だと思い出すと
「こ、こんなことしてる場合じゃない……ま、まずはカボチャを探しに市場に行かないと……」
と、キョロキョロしながら歩き始めた。
が、結果から言うと、カボチャは最後に買った方が良かった。
(す、すごく重い……)
それにバカでかい。
ロランは袋を担ぎながら思う。
まさか、レフナントカボチャがこんなに大きいとは思わなかった。
市場の人に一番上物をお願いしますと言ったらこれが出てきた。なんでも、レフナントカボチャは大きければ大きいほど美味しいのだとか。
大きい=大味という常識で育ってきたロランには少々信じられなかったが、これは紛れも無い事実らしい。
(けど……いくらアーシュくんのためとは言え、もう少し小さいのにしてもらえば良かったな……)
街行く人の視線が痛い。
目立ち過ぎだ。
それに、これからこんなカボチャを持って宝石店に行くのだ。
ロランは思わずため息をついた。
――「こ、ここか……」
ロランは慣れない土地の中で、ようやくカサンドラの知り合いの店だという「精霊石専門店」にやって来た。
看板は出ていて『ラミーの店』とある。
それでも時刻はまだ早い。
が、扉を押すと、何の抵抗もなく奥へ開いた。
ロランはカボチャが扉に挟まらないように注意して中に入る。
店内は明るかった。けど、カウンターにも売り場にも人の姿はない。
「ま、まだ準備中だったかな……あのー、すいませーん! 誰かいませんかー?」
ロランが呼ぶと間もなく店の奥から
「はいよー。ちょいと待ってなー。今、手が離せないんだー」
と女性の声がした。
はっきりとした芯のある声で、聴く者にちゃきちゃきした印象を与える声だ。
「わ、わかりましたー」
ロランは恐る恐る返事をし、ついでにカボチャの入った袋を床に下ろして待った。
そうして、何をするでもなく店内を見回す。
壁は黒っぽい壁紙、カウンターと壁際にはガラスのショーケース。そのケースの上の壁には等間隔で綺麗な石のついたペンダントが掛けられている。
女性の声の印象とは違い、お洒落で落ち着いた雰囲気だ。
ロランはカウンターの前のショーケースを覗き込む。
そこには一際大きい、原石と思われる綺麗な石がごろごろと並べられていた。
(うわぁ……すごい……綺麗だなぁ……)
ロランは吸い込まれるように見入る。
すると、間もなく奥から足音が近づいてくるのが聞こえた。
ロランが視線を上げると、ちょうどカウンター奥の仕切りから一人の女性が姿を現した。
女性の年は20代半ばくらいだろうか? ウェーブのかかった黒髪を後ろでひとつにまとめている。黒い瞳は大きく、口元にはタバコを咥えていた。
宝石店でタバコってどうなの……と思うが、それよりもロランが気になったのは、彼女の服装だ。
胸元のざっくり開いた、てろてろのタンクトップに、黒い革のパンツ。
どこの不良だろうか? というか、今冬だし、それにそんなタンクトップでは彼女の大きな胸は全然隠せていない。いや、隠す気すら感じられない……ロランはかなり目のやり場に困った。
「いらっしゃい。いや、悪いねぇ、お待たせして。ちょっといい予想が思い浮かびそうでさぁ」
「あ、いえ、とんでもないです。ち、ちなみに……予想って……?」
「ん? なに言ってんだよ、この時期に予想と言えば来週初開催の『竜姫杯』に決まってんだろう? 競馬だよ、競馬!」
「け、競馬……」
ロランはがっくり肩を落とした。
別に競馬はいいんだけど、それを待たせていたお客の前でわざわざ正直に言わなくても……というか、それってカウンターにいながらでもできたんじゃあ……
(こ、この人が本当にカサンドラさんの知り合いなのかな……)
ロランはちょっと疑いつつ、
「あの、今日僕はカサンドラさんの紹介で来たんですけど……」
と切り出す。
が、女性は
「は? カサンドラ……?」
と要領を得ない。
やっぱり、この人は店主ではないのかも。
「あ、えーっと……そうだ!」
ロランは今朝カサンドラから預かった手紙を女性に手渡した。
カサンドラから渡して欲しいと頼まれていたのだ。これで、この女性がカサンドラの知り合いかどうか、手っ取り早くわかるはず。
「手紙……?」
それに目を通すと女性は眉を上げた。
そして、
「あ、そっか……」
と呟き、読み終わるとそれを畳んでポケットにしまう。
それから、タバコの煙をぷかーっと吐き出した。
「……まさか、あの子の友達が訪ねて来る日がくるなんてねぇ……まったく、私も年をとるわけだ……」
「あの……じゃあ、あなたがカサンドラさんの……?」
「ああ、友人って言ったらいいのか……ともかく、腐れ縁のラミーだ。よろしくな、ロランくん」
ラミーは手を差し出す。
この人がそうだったのだ。
ロランはその手をしっかりと取り
「こちらこそ、よろしくお願いします。ラミーさん」
と今度こそ、きちんと挨拶をした。
「……んで? 手紙によると『風の精霊石』をお探しのようだね? 誕生日プレゼントだって?」
「あ、はい。そうなんです。でも、僕にはどれが風の精霊石なのかわからないですし、是非おすすめをお聞きしたいなって……」
「お守り代わりなんだろう?」
「はい」
「予算は?」
「できれば5万エリス以内で……」
「5万ね……ならあんまり加工していない石を使ったペンダントが良いかもね。装飾に金をかけてない分、石は大きくなる」
そう言うとラミーは壁にかけてあるペンダントから一つを選び、ロランのもとへ持ってきた。
それは緑色の少しゴツゴツした石のついたシンプルなペンダントだった。
飾り気がない感じがアーシュにも似合うと思う。
「これが……風の精霊石ですか……透き通った緑色が、なんだかとても幻想的ですね」
「ああ。けど、風の精霊石は色は綺麗だが、なかなか人気はなくてね」
「えっ? なんでですか?」
「風の精霊使いなんて、今時あまりいないからなぁ。実用として人気がない分、他の石よりも割安なんだ」
「へぇー。けど、実用って、どういうふうに使うんですか?」
「使うっていうわけじゃないんだが、要は精霊石は精霊術や魔法の増幅装置にもなるのさ。まぁ、魔石や魔導具に比べたら微々たる効果だけどね。それこそ、お守りと大差ない」
ラミーはペンダントを片手に説明する。
ロランは頷いた。
そういうことなら、なおさらアーシュに合っている。
なんといってもアーシュは、その今時珍しい風の精霊使いなのだから。
「なるほど……」
「さて、私からの紹介はこのくらいかな。どうしますか? お客さん? 」
「……ちなみにそちらはおいくらですか?」
「本来なら7万はするが、あの子の友達なら5万ぴったりでいいよ」
「えっ? あ……そ、そういうことなら……あ、ありがとうございます!」
相変わらずロランは即決だった。
本当なら、その7万という元値を疑ってみてもいいはずなのに、ロランは一つも交渉しようとしない。
ラミーは内心呆れたが、自分は嘘をついていないから何も言わなかった。
それどころか5万で売っても利益は0だ。
(この子は当然、そんなことわかってないと思うけど……いつか騙されなければいいがな……)
ラミーは商談が成立するとペンダントを綺麗に箱に入れ、ラッピングしてくれた。
ロランはそれを受け取り、お金を払おうとポケットを探る。
すると、ポケットから財布を取り出す時に、誤ってポケットの中の物も一緒に落としてしまった。
床に落ちてカランと音を立てる。
それはドラコの真っ赤な鱗だった。
ロランはそれをドラコから貰って以来、ずっと肌身離さず持ち歩いているのだ。
「あっ……と」
だから慌てて拾い上げる。
そのせいで、ロランはその鱗を見た時のラミーの顔を見落としてしまった。
ラミーの恐怖に凍りついたような顔を。
ロランはドラコの鱗を大事にポケットに仕舞いなおすと、財布から5万エリスを数えてラミーに差し出す。
その時にはラミーは表面上は平静を取り戻していた。
「はい。ちょうどだね」
「はい。ありがとうございました!」
「おいおい、それはこっちのセリフだよ……まぁ、いいんだけどさぁ?」
「あの……また機会があったら、今度はカサンドラさんも連れて来ますね?」
「ああ。楽しみに待ってるよ」
ラミーがそう言うと、ロランは一礼して足早に店を出て行った。
なぜだか、バカでかいカボチャを背負って。
そんなロランの後ろ姿を見送りながら、ラミーは
「ははは……あの子も相変わらず、厄介な人生を送ってるみたいだねぇ」
と独り笑う。
そうしてタバコをふかした後
「しかし……『赤い竜』ときたか……」
と呟き、天井を見上げた。




