28、森の年末年始
ロランが森に来て、ほぼ四ヶ月半。
年末が迫っていた。
例年ならばこの時期、学校の「年末テスト」に向けての勉強に追われているロランであったが、今年は違う。
リッケと共に、小屋の大掃除に追われていた。
さらに、お祝い料理作りにも。
この時期多忙を極めるリッケのお手伝いを自ら買って出ていたのである。
大掃除を終わらせると、リッケの指示に従い、野菜を洗ったり、お肉を切ったり。
足りないものがあれば森に採りに行き、それでも足りなければ、街に買い出しに行く。
朝から晩まで大忙しだ。
その一方でアーシュとカサンドラはいつも通りの生活を送っていた。
マイペースというか、なんというか。
でも、リッケにもロランにも不満はない。
二人はみんなのために忙しく働くことに、楽しさと喜びを見出していたから。
そう言えば、あのカイゼンの襲来(?)以降、まだ誰もこの森に足を踏み入れる者は現れていない。
それを見る限り、どうやらカイゼンはロランとの約束を守ってくれているようだ。
正直、ロランの胸の中には
「なぜ、何も悪いことをしていない自分たちが、誰かから狙われなければならないのか?」
という気持ちが今も燻っていたが、他の四人の昔のことまで全部知っているわけではないから、そのモヤモヤは晴らしようがなかった。
でも、ロランはみんなを信じて毎日を充実させていきたいと心から思う。
だから、一所懸命に働く。
そして願わくば、それが年が明けて来年も続いていけばいい……そんな願も料理に掛けていた。
―――
「牧場や森の動物さんたちにも、年末年始のお祝いの品を振る舞うよ!」
リッケは言った。
これも毎年の習わしだという。
何を贈るのが一番喜ばれるか? これは、いつもかなり頭を悩ませるらしい。
もちろん食べ物には違いないのだが、リッケと協議した結果、今年は「魔女の木の実」をあげようということになった。
ロランが文字通り命懸けで手に入れた貴重なものだが、動物たちの体にもいいかもしれない。幸いまだまだ在庫もあるし、大盤振る舞いといこう。
が、果たしてこの栄養は満点だが大して美味しくない木の実を、動物たちが喜んで食べてくれるかは謎だ。
まぁ、とにかく「縁起物」としてこの森でこれ以上に相応しいものはない。と、
(そういうことにしておこう……)
二人は思った。
しかし、ロランの不安を他所に、動物たちは美味しそうに魔女の木の実を食べてくれた。
「これは珍しい木の実で、滅多に食べられないんだからねー。今日は特別だよー」
リッケのその場で考えた適当な力説に深く頷きながら、木の実を食べる動物さんたち。
その眼差しは、リッケを敬い信じきっていた。
ロランはそんな光景を見ながら、さすがだな……と思う。
けど、まぁ……そんなことよりも。
(動物さんたちにも、今年は大変お世話になりました)
ロランもみんなに挨拶をして回る。
頭を撫でようとして、また何匹かに手を噛まれたけれど、それもご愛嬌というものだ。
ロランは思う。
(ヒーリングがあって、本当に良かった……)
―――
リッケの作るお祝い料理は、ロランの家庭のものとは大分違っていた。
半分はおばあさんに習った料理で、煮豚や、煮豆、ハーブソーセージ、鶏肉のパイ、野菜の漬物など。
もう半分はリッケが街のお料理を見て真似たという、甘い卵焼き、味噌ダレの焼き魚、フルーツサラダ、キノコのピラフなどだ。
統一感はないけれど、これだけいっぱい作るとそれだけで特別感がある。
今年はさらに、そこにロランの家庭の味も一品加えてもらった。
ドライフルーツのパウンドケーキだ。
色取り取りのドライフルーツの中に、森バージョンとして「ドライ魔女の木の実」もたっぷりきざんで入れてもらった。
「今年はこれでばっちりね」
リッケはにっこり笑って言う。
その言葉の中には、全ての料理を作りきった充実感が溢れていた。
ロランはそんな充実感を一部でも一緒に味わうことができて、本当に良かったと思う。
森にやって来た当初は何を手伝うにも一から聞いていたロラン。
けど、最近では包丁を持つ作業もリッケは任せてくれるようになった。
そのプチ集大成とも言える、お祝い料理作り。
それを笑顔で終えることができたのだ。
嬉しくないはずがない。
ロランはリッケとハイタッチをしながら、
(毎日、リッケを手伝ってきてよかった……)
そんな感慨を噛み締めていた。
―――
「では、みんな揃ったね?」
おばあさんはテーブルを囲む子供たちを見回す。
ロラン、リッケ、アーシュ、カサンドラ。
みんなおばあさんの方へきちんと向き直っている。
そんな子どもたちを見て、おばあさんは頷いた。
「みんな、また一段と良い顔つきになったねぇ。どうだい? 今年はみんなにとって、良い年になったかい?」
子供たちは、それぞれに頷く。
ロランもここに来てからのことをあれこれと思い出しては、その思い出ひとつひとつに対し、肯定的に頷いた。
「そうかいそうかい。みんなにとって、よい年であったならば、私にとってもよい年だったということだよ。みんなには、感謝しないとねぇ。みんな、今年一年、ありがとう」
おばあさんはゆっくりと頭を下げた。
子供たちもおばあさんに倣い、頭を下げる。
「それから、来年もみんなにとってよい年でありますように。私は心から願っているよ。そのためには、また明日からも一日一日を大切に生きなさい。うまくいかないこともあるだろうし、うまく行き過ぎて思わぬ落とし穴に落ちることもあるかもしれない。それでも、みんなは前を向いて歩き続けてくれることを、私は望んでいるよ? どこまでもどこまでも、前を向いて歩き続けてくれることを。でも、歩き続けることに疲れた時には、どうか私のところに帰ってきておくれ。私はいつでも、この森にいるからねぇ」
「はい」
全員が声を揃えて返事をした。
「はっはっはっ。いい返事だ。年寄りの心配なんぞ、いらなかったかねぇ。では、みんな? 黙祷を」
全員がおばあさんに促され、いつものように目を閉じて祈る。
何に祈るのかは自由だし、ロランには特定の宗教を信じているとかはなかったけれど、いつも「どこかの何か」に向けて祈っていた。
祈ることは様々だったが、今は
(来年もまた、みんなと楽しく過ごせますように……)
そんなことをぼんやりと考えていた。
黙祷から目を開ける。
また世界が新たになった気がした。
でも、そこには変わらない……変わって欲しくない景色があって、ロランが微笑むと、みんなも微笑んでくれる。
「では、いただこうかね?」
「いただきまーす!」
待ってましたとばかりに、4人は叫んだ。
―――
夕食を終え、子供たち4人はこのまま年明けまで起きていようかと考えていたが、ちょっと仮眠を取った後、みんなで初日の出を見に行こうということになった。
「でも、この森で見晴らしのいい場所なんてあったっけ?」
ロランが聞くと、リッケが
「ドラコに乗っちゃえば見れるよ?」
と言う。それにはアーシュが
「おい、全員はいくらなんでも乗れねぇだろ?」
と反論する。
それを聞いたカサンドラは
「じゃあ、私のアンチグラビティで飛んで見る?」
と言うが、
「それも、風情があるのかないのか……」
とロランは腕を組んだ。
「じゃあ、ドラコに背の高そうな木を見つけてもらって、その木に登って見るのはどう?」
「まぁ、そんくらいしか案は出ねぇか」
「そうね」
「き、木の上かぁ……」
結局、その線でいくことにした。
夜明け前、まずはリッケが起き出して、温かいスープと飲み物、パンなどの軽食をリュックに詰める。
それからアーシュが起きて、ロランを起こす。二人は着替えると、リッケの横を通り顔を洗いに行き、最後に部屋に戻ってカサンドラを起こした。
カサンドラもさっさと着替えを済ませて準備完了だ。
「明けましておめでとう! じゃあ、新年一回目のピクニックってことで……しゅっぱーつ!」
「おー」
冬の森の朝の空気はキリッとしていて、目が覚める。
が、そんなこととは関係なくリッケはいつも元気だし、カサンドラは眠そうだ。
ロランとアーシュは並んで歩く。
「なぁ、ロランの家じゃ、初日の出とか見に行ったか?」
「うーん……もちろん、毎年は行かないけど……でも、何回か父さんと母さんと三人で行ったことはあるよ?」
「ふーん……そうか」
「うん。アーシュくんは?」
「ん? 俺か? 俺は……そんなことしたことねぇよ。天涯孤独の身の上だしなぁ。今回が初めてだ」
「そ、そっか……」
「ああ」
「……じゃあ、今年からこれも毎年恒例にしない?」
「へへっ。お前は……本当にそういうの好きだよな?」
「う……ダ、ダメ……かな?」
「へっ、ダメなわけねぇだろ? まぁ……毎年は無理かもしれねぇが……また年末に顔を合わせたら来ようぜ。いくつになっても、な?」
「……そ、そうだね! いくつになっても!」
ドラコの背中に乗せてもらったリッケがいい木を見つけた。
森の中で一本だけちょこんと頭を出している大木だった。
いつもは行かない森の奥だから、魔物の心配はあるが、今日はドラコがいるし、カサンドラが念のため、魔物除けの結界を木に施してくれたから安心だろう。
4人は順番に木に登る。
順番はアーシュ、リッケ、ロラン、カサンドラの順だ。
ドラコに天辺まで持ち上げてもらってもよいとは思うのだが、これもイベントの一環だとリッケは言う。
アーシュはひょいひょいとあっという間に木を登っていく。それに続くリッケも木登りなんてお手の物のようだ。
一方のロランは木登りは大の苦手だった。
腕の力はないし、高いところは嫌いだから。でも、この森で鍛えたお陰か、信じられないくらいスイスイ登ることができるようになっていた。
(すごい……! 体がなんか軽いような気がする)
さすがに興奮気味のロラン。
が、下を見ると途端に恐怖が込み上げてきた。
どうやら腕の力は鍛えられても、恐怖心までは克服できないらしい。
ロランは深呼吸する。
(下を見なければ大丈夫……下を見なければ……)
でも、不可抗力で下は見えてしまう。
そして、そんなロランよりも、ずっと木登りに苦戦しているカサンドラの姿も目に入る。
ロランは声をかけた。
「カサンドラさん、大丈夫?」
カサンドラは必死に木の幹にしがみつきながら無言で頷く。
なんか、大丈夫そうには見えない。
というか、そもそもなんでカサンドラが最後尾なのだろうか? これではいざという時に助けられない。ロランが最後尾の方がいいのではないか?
「僕が、最後尾になって、下からフォローするよ。場所を替わろう?」
ロランは下がりながら提案する。
が、カサンドラはそれに首を横に振った。
初めは、見間違いかなと思ったが、もう一度聞いてみても拒否されたから、ロランは理由を問いた。
「なんで替わりたくないの?」
すると、カサンドラはいつも通りの口調で
「パンツ、見えるから……」
と言った。
「……へ?」
ロランは絶句する。
確かにそうだ。
リッケは今日はズボンを履いているけれど、カサンドラはいつも通りのローブ姿だ。
「パ、パパ、パン……あ、いや、その……」
しどろもどろのロランにカサンドラは
「それとも、見たいの?」
と畳み掛けた。
ロランはいよいよ顔を赤くして
「めめめ、滅相もないです! 見たくなんてありません!!」
と、それはそれで失礼なことを言った。
だから、カサンドラはいかにもつまらなそうに
「あっそ」
とだけ言った。
―――
なんとか木の天辺まで登った時には、そろそろ日の出が始まろうとしていた。
4人で肩を並べて日の出を待つ。
狭い木の上でもリッケは器用にみんなに、コーヒーを配った。いつもは紅茶のカサンドラも今日は温かそうにコーヒーを飲み、手を擦り合わせる。
すると、その瞬間はやってきた。
遠い水平線の彼方、少し山に隠れた辺りから、眩しい日の光が広がり始める。
それはじんわりと水平線を染め上げると、すぐ後に今年初めての日が昇った。
4人はそんな光景を眺めた。
美しい? 神々しい?
そんな感想がロランの胸にやって来ては去る。
でも、そんなありきたりな感想よりも、ロランは日の出に見入る3人の横顔を本当に美しいと思う。
(これは……間違いなく、僕にしか見えない景色だ……)
でも、顔を見ていることを気づかれたら恥ずかしいから、少しずつしか見ない。
照れ隠しにコーヒーを飲みながら。
そして、ふと思いつき、両手を初日の出にかざした。
唐突に両手を前に突き出したロランを見てアーシュは言う。
「なにしてんだ? ロラン」
「両手に聖なるパワーをいただいてるの。解呪の魔法のために」
「はぁ?」
アーシュは呆れているが、ロランは大真面目だった。
なので、早速アーシュの服を脱がせ、新年最初の解呪に移る。
「うう……寒ぃ……なんでこんなところで……」
「まぁ、いいから、いいから」
「そう。神聖な雰囲気で効果も上がるんじゃない?」
「おい、お前。今、適当なこと言ったろ?」
「あっ! アーシュ! 痣、この前より、結構薄くなってない? すごいよー! 効果出てるー」
そうなのだ。
なかなか効果を見せなかった解呪が、ここ最近目に見えて効いてきていた。
ひとつには魔女の木の実による、魔力の底上げも要因だろう。
しかし、それ以上にロランの『パージ』の精密さが増してきていた。
むしろ、そこへさらに魔女の木の実を導入したことが、複雑な痣の呪いの糸を解く、きっかけになったのかもしれない。
ロランは詠唱を始める。
アーシュは
「なんだかなぁ……変な年明けだぜ……」
とぼやきながら、上半身裸の寒さに耐える。
けど、これはアーシュからロランたちに頼んでいることだ。贅沢は言えない。
それに、痣には消えて欲しいのだ。
が、アーシュはいざその痣が消えそうになっている現状に、複雑な思いを抱えていた。
(このまま行けば今年は……きっと……)
アーシュは思う。
でも、その時が来るまでは口には出すまい。
せめて、今だけは。
ロランじゃないが、今はこの4人でいるこの森の生活を、より楽しもうじゃないか。
日の出にそう誓ったのは、きっとアーシュだけではないだろう。




