27、縛られの竜騎士
アーシュとロランが、レフナント行きの魔法陣を描いてもらった紙と、軽食を持って戻るとカイゼンは既に目を覚ましていた。
地面には、もがいた跡がある。
でも、縄は外せなかったらしい。
「よう。お目覚めかい?」
アーシュが言うと、カイゼンはアーシュを睨みつけた。
「お仲間でござるか……む? この精霊の気配……先程、ロラン殿と共に拙者を追っていたのは、貴公でござったか」
「正解。なるほどな。ここまで消した精霊の気配も感じるのか……どうりで、捕まらないわけだぜ」
アーシュは納得顔をすると、カイゼンの近くに寄った。
カイゼンは観念したように目を瞑る。
「尋問でござるか?」
「まぁな」
「拙者に話すことは何もないでござる。斬るならひと思いに斬れ」
「へへっ、そうかよ。じゃあ……仕方ねぇな」
アーシュは悪そうな顔をする。
それをロランが、
「アーシュくん」
とたしなめた。
アーシュはぺろっと舌を出す。
「冗談に決まってんだろ。俺には不殺の誓いもあるしな」
そう言うとアーシュはロランと場所を交代した。
カイゼンは意外そうな顔で、ことの成り行きを見守っている。
ロランはカイゼンの前に座ると、持ってきたサンドイッチとコーヒーを差し出した。
「あの……お腹減ってませんか?」
カイゼンは益々意外そうな顔になる。
「何のつもりでござるか?」
「えっ? あ、いや、その……何のつもりと言われても……」
「情けは無用でござるよ。斬るなら今すぐに……」
言葉は威勢の良いカイゼンであったが、お腹は正直らしく、ぐーと鳴った。
「う……」
恥ずかしそうな顔をするカイゼン。
ロランはくすっと笑った。
「無理はしないでください。この森はすごくお腹が減るんです。あ……それと……このままじゃ食べられませんよね? ちょっと待ってください」
そう言うとロランはカイゼンの縄を解き始めた。
アーシュは「おいおいおい……」とロランを止めようとしたが、ロランは聞かず、あっさりカイゼンを解放してしまった。
カイゼンは意外を通り越して、呆然としている。
そこへ、ロランは改めてサンドイッチとコーヒーを差し出した。
「はい、どうぞ。これで食べられますよね?」
その屈託のない笑顔を見て、カイゼンは今度こそ観念した。色々な意味で。
「か、かたじけない……では、遠慮なくいただくでござるよ」
カイゼンは地面に座り、美味しそうにサンドイッチを食べ、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
それを対面に座り、二人は見守る。
「……ふぅ。結構なお点前でござった。ご馳走さまでござる」
「いえいえ、どういたしまして」
(と言っても、これを作ったのはリッケなんだけど)
「……しかし、拙者も騎士の端くれ。一食の恩は感じれど、それで情報を売るようなことは致しかねる」
カイゼンはそう言うとだんまりを決め込んだ。
「恩は感じた」と言うだけあって抵抗はしないみたいだが、喋ってくれないのなら意味がない。
よって、ロランは次の手段に出た。
「そうですか……なら、これはどうしましょう……?」
そう言いながらロランはカイゼンから没収した刀を取り出す。
「ん……はっ! そ、それは拙者の『羅刹』!」
ここにきて刀がないことにようやく気がついたカイゼンの顔色が変わった。
ロランはおばあさんから聞いてきたのだ。
「その男はおそらく、その刀を命よりも大事にするはずだよ?」
と。
おばあさんの言っていたことが本当だということは、カイゼンの顔を見れば一目瞭然だった。
そんなに大事なものを取られたというのに、今気がつくとは、かなり間が抜けているとは思うが、これを利用しない手はない。
ロランはホーリーランスを詠唱し呼び出すと、鞘から抜いた刀に向けた。
「な、なにをする気でござるか……?」
「は、はい。カイゼンさんが、少しも喋ってくれませんので、ちょっと暇つぶしに刀の強度実験でもと思いまして……」
「きょ、強度実験……」
ロランは魔力を込めて振りかぶる。
そして、それを
「てぃっ!」
と刀の腹に振り下ろした。
「なっ!!」
刀とランスの間で青白い閃光が弾ける。
だが、刀は刃こぼれひとつしなかった。
カイゼンは止めようと腰を浮かせたが、アーシュの睨みによって、動くに動けない。
今動けば確実にやられる。
それだけはわかった。
ロランは首を捻る。
「すごい……薄いのに思ったよりも丈夫ですね。なら、もう一度っ!」
そう言ってロランが再度魔力を込め、振りかぶった時、
「だーーっ!! わかったでござる!! わかったでござるからっ!! だから、やめてくだされ!!」
と、カイゼンは二人の手に落ちたのだった。
(この人……かなりちょろいな……)
二人は顔を見合わせて、思った。
―――
「で? 何が聞きたいのでござるか?」
カイゼンは返された刀を大事そうに抱え、言う。
その姿はもはや騎士としての威厳など皆無だが、妙に同情を誘うから逆にやりにくい。
「まずは、そっちの戦力を知りたい。あんた、レフナントの騎士なんだろう? まさか、単独でここまで来たわけじゃねぇよな?」
アーシュがそう切り出す。
その質問にカイゼンは若干、うんざりした様子で答えた。
「……もちろん、単騎でここまで来たわけではござらん。ござらんが……結局ここまで辿り着けたのは、拙者一人……ただ、それだけのことでござる」
「ひ、一人だけって……他の方々はどうしたんですか?」
ロランが聞くとカイゼンは肩をピクッと揺らした。
「よ、よくも、抜け抜けと申すでござるな……! 貴公たちの仕掛けた魔法と罠の数々……! それによって我が同胞たちがどれほど苦しみ、泣く泣く撤退していったことか……い、今頃はきっと……任務を果たせなかった恥にまみれながら、姫様にきついお仕置きを受けていることでござろう……」
カイゼンは涙を流してロランに訴えた。
だが、もちろんそんなことロランにもアーシュにも身に覚えがないことだった。
罠。魔法。
双六のことを思い出すまでもない。
やったのは、おそらくおばあさんだ。
もしかしたら、カサンドラも手伝っているかもしれない。
(ど、どんなひどい罠だったんだ……騎士が泣くほどなんて……というか、僕が母さんとここまで来た時には、そんな罠にはひとつもかからなかったけど……?)
「そ、そうだったんですね……じゃあ、最初はたくさんで来たのに、今はお一人に……」
「うう……そうなのでござる……」
「はぁ、そうですか……」
「おい、ロラン。そこは同情するところでも何でもねぇぞ? 要するにこいつらの上司は、この森に一小隊かそれ以上を差し向けたってことだろうが。もし、それが全員到着しててみろ。こんなにお気楽なことじゃ済まなかっただろうよ」
アーシュの言うことはもっともだった。
カイゼン一人だったからよかったものの、カイゼン並みの腕の騎士が大挙として押しかけていたら、かなり厄介なことになっていた。
「で? お前らの目的は予言の魔女を引っ捕らえることなんだっけ?」
これはカイゼンが自ら口にした情報だ。
冥土の土産としてロランに言ったつもりだったが、まさかこんなことになるとは。
カイゼンは仕方なく認める。
「そうでござる……が、それ以上は教えられん」
「ロラン。やっぱり刀、折るか?」
「何が聞きたいのでござるか?」
(ちょ、ちょろいなぁ……)
ロランは肩を落とす。
「予言の魔女を捕まえて、どうする気だったんだ?」
「姫様に捕まえて来いと言われたので、捕まえに来たまででござる。その先のことは姫様がお決めになること。拙者が知るはずもないでござろう」
「あの……その姫様って、誰のことです? レフナント王国に姫なんていましたっけ?」
ロランが聞くとカイゼンは然もありなんと頷いた。
「うむ……姫様の存在はつい最近まで秘匿されておりましたからな。ロラン殿がご存知なくとも、無理はござらん。しかし、今ではレフナントの『竜姫シェファ』と言えば国内では知らぬ者はおらぬほど、国の象徴的な存在でござるよ」
「竜姫……シェファ……?」
ロランもアーシュも聞き覚えがなかった。
ということは、本当に最近秘密が明らかになったということか?
でも、
「なんで『竜姫』なんですか?」
そこが気になった。
「……ん? ロラン殿はレフナントの国造り神話をご存知でござらんか?」
「ああ、あの『赤い竜と白い竜』……」
そういうことかと、ロランは勝手に納得した。
あの神話になぞらえて竜の末裔の姫というわけか。
「それで竜姫と……」
ロランは言う。
(まぁ、それだけではござらんが……)
何か勘違いしている様子だが、カイゼンは言わない。
隠せるところは隠さねば。
「ふーん。でよ、その姫さんが、なんでまた魔女なんかに興味があるんだ?」
「き、貴公たちは、本当に何も知らぬのでござるな……」
カイゼンはまじまじと二人の顔を見た。
こんなに事情に疎い者が、本当にこの森の住人で、魔女の手先なのかと。
そして、そんな物を知らぬ少年が、なぜあれほどまでの力を持っているのか……
(真に面妖……)
「知らなきゃ悪いみたいな、顔してんな?」
「そ、そんなことはござらん。が、しかし拙者が言わなくともいずれは知れること。ご自分で調べられるがよかろう」
そう言われると無理聞くのが負けみたいにアーシュは感じた。
だから、次の質問に移る。
「……ったく。じゃあ、最後の質問だ。お前らの次はもう来てんのか? この森に向けての第二陣は?」
「そんなもの……」
カイゼンはため息をついた。
「来ていたらとっくに合流している時期でござるよ……でなければ、一人で何ヶ月も彷徨ったりしないでござる……」
つまり、第二陣はすでに遣わされたかもしれないが、それも罠にかかって来ていないのかどうか、それさえもカイゼンには皆目見当がつかないということか。
なんというか……
(こいつ、使えねぇな……)
身も蓋もないことをアーシュは思った。
実際にはここに辿り着けただけカイゼンは使えるやつなのだが、そんなことはアーシュは知らない。
「はぁ……俺からはそんなもんだが…… ロランは何か送り返す前に、こいつに聞いておきたいことはあるか?」
アーシュが振ると、ロランは考えた。
「えっ? うーん……じゃあ……ひとつだけ。カイゼンさんは送り返された後、またここを目指すんですか?」
その質問に、カイゼンは首を横に振る。
「正直、わからんでござる。それも姫様が決めること。が、拙者がまた来たところでどうにかなるとも思えぬ……来るとしたら増援を頼むでござろうな」
「おい……やっぱりこいつ、送り返さねぇで縛っておくか?」
「そ、それはあんまりだよ。けど……一食の恩はここで返してもらおう?」
「あ? どういうことだ?」
「つまり、一食の恩として、帰ってもここへの行き方は誰にも教えないって条件で帰ってもらうんだよ」
そう言うと、カイゼンは目を見開いた。
そんな条件など聞いたことがない。
だいたい、そんなの帰ってしまえばこちらのもの。カイゼンが教えたかどうかなど、ロランたちにはわからないではないか。
「甘いでごさるな」
カイゼンは言う。
が、そんなロランの甘さに救われているとも、自覚しているから始末が悪かった。
「ダ、ダメですかね? ……やっぱり」
カイゼンはロランを見つめる。
が、結論など最初から出ていた。
「いや……それでよいでござる。一食の恩、寛大な措置の恩として、この森の場所は決して他言せぬ。そう誓おう」
―――
ロランはカイゼンの背中に魔法陣を描いた紙を貼り付けた。
そして、魔力を送り込み、起動する。
カイゼンは消える寸前に、
「ロラン殿とは……またどこかで会う気がするでござるな」
と言った。
それにロランが頷く間もなく、カイゼンの姿は消える。
アーシュとロランは失敗がないか、しっかりと見届けた後、小屋へと戻り始める。
今度の件を報告するために。
また、これから先もあるであろう、敵の侵入に備えるために。
(また会うか……)
ロランは思う。
でも、それはこの森の中ではなく、この森の外で会うのではないかと、なんとなくそんな予感がしてならなかった。




