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23、ロランと釣り

嵐が去りしばらくすると、森に冬が訪れた。だが、そこでちょっとした問題が持ち上がった。


いつも御用達の豚系の魔物が、食料を求めて森の奥へと移動してしまったらしく、狩りに出ても採れなくなってしまったのである。


まぁ、これは毎年のことらしいのだが、今年は大食らいのアーシュと一応育ち盛り男子のロランがいる。

ベーコンやハムなどの保存食は確保してあるが、量的には心もとないものだった。


冬に狩れないのなら、その前から家畜として育てておけばよいのだが、それはリッケがかたくなに反対していた。

リッケは動物と話せてしまうから、仲良くなった牛や豚たちを食べるのには抵抗があるというのだ。

それは確かにそうかもしれない。


ならば、街に買い物に出ればいいと思うのだが、冬は稼ぎも少なくなるから、なるべくなら節約したいと言う。

本当にリッケは主婦のようだ。


しかし、このまま保存食中心の食卓になってしまっては飢えた子供たち(主に3人)の胃袋は満たされない。


なら、どうするか?



「釣りでもするか」


アーシュはロランにそう言った。

部屋で背中の痣に詠唱魔法をかけている時である。


背中の痣の呪いは構造が複雑らしく、根気よくその絡まりをひとつひとつ解いていかなければいけない。そのため、毎日こうやって『パージ』をかけ続けているのだが、消えるどころか、一向に薄くもならない。


詠唱の間、ロランはかなりの魔力を消耗するが、それはアーシュも同じで、カサンドラ曰く、かけられる方も自分の中にかけられた呪いを外に出す際、魔力も一緒に引っ張られ、結構消耗するらしい。


「えっ……? な、何? 何か言った? アーシュくん?」


だから、疲れていたロランは初め、何の脈絡もなく出てきたアーシュの言葉を理解することができなかった。

アーシュもただぼんやりと肉のことを考えていて、ふと言ったことだったから、改めて言う。


「ああ、釣りに行こうぜ?って言ったんだ。最近、肉が採れないだろ? まぁ、魚も冬は釣れにくいんだが、ちょっと試してみようと思ってな」


「あ、それいいかもね。でも……僕、魚釣りなんてしたことないや……」


「はぁ? 釣りしたことないってお前……はぁ、やれやれ。これだから貴族のお坊ちゃんは……」


「いや……貴族って言っても僕の家は、ごく普通の家庭なんだけど……」


「釣りしたことないなんて、普通じゃねぇと思うがな。まぁ、そんなことはいいや。なら、俺が教えてやるだけだしな」


「えっ!? 教えてくれるの?」


ロランは嬉しそうに言う。

アーシュは頷いた。


「ああ。そりゃ、食料がかかってるしな。それにこういう時は、案外初心者の方が釣れるもんなんだ」


というわけで、2人は小屋の備品の釣り具を2つ借りて、ついでにリッケに


「釣りに行くからドラコを貸してくれ」


と頼んだ。

釣りに集中するのに、魔物が出てきては煩わしいとの理由だ。


(そ、そんな理由で神聖なドラゴンを貸してくれるのかな……? 蚊取り線香じゃないんだから……いや、そもそも『ドラゴンを借りる』とか、なんかもう前提からして色々とおかしいし……)


ロランは思う。

が、リッケは即答で


「うん。いいよー!」


と言った。

まぁ、そうだと思ったけど。

ロランはどこからつっこめばいいかわらなくなり、肩を落とした。



――リッケはドラコを洞穴から呼んでくると、二人に引き渡し、小屋に帰って行った。


「夕飯のおかず、期待してるからー!」


ロランは手を振って応える。

アーシュは隣に並ぶドラコをまじまじと見ていた。


「はぁ……何回見ても立派なドラゴンだよなぁ……」


ドラコは当たり前だと言わんばかりの目で、アーシュを見据える。が、それは決して高圧的ではなく、フラットで冷静な視線だった。


(こういう目の時は威厳があるんだけど、リッケがいると途端にトロけるからなぁ、ドラコの目……オスだからか?)


そんなドラコが果たして、ちゃんと二人について来てくれるか少し心配だったが、歩き出すとちゃんとついて来てくれた。


いつもの川に着くとアーシュはまずは釣りの餌になる川虫を採ると言った。

川底の石の裏とかにいるらしい。水の中にいる、コオロギみたいなやつだ。


ロランも言われるがまま、裸足になり浅瀬の石をひっくり返す。

すると、二箇所に一匹程度の確率で川虫はいた。案外、簡単に餌は確保できるみたいだ。


二人がかりで30分ほど川虫を集めると、十分な量になった。

これで一応準備は整ったらしい。


「よっしゃ、じゃあもっと川の上流を攻めるか」


二人とドラゴン一匹は、川を遡る。

そうして、比較的川幅が広く、流れに溜まりができている場所を見つけると、その周辺を今日のポイントとした。


アーシュがロランに餌のつけ方を教える。


「こうやって、川虫の腹のところに針を隠すように掛けるんだ」

「こ、こうやって……こう?」

「そうだ。で、あとは魚のいそうな……ほら、ああいう岩肌とか障害物のあるところ、あそこの流れに沿って上流から餌を流してやると釣れるぞ」

「う、うん。わかった。やってみるよ」


二人はくっついてやっていても効率が悪いとのことで、少し距離を置き、別々のところを狙う。


アーシュ曰くここでは

「タイガーフィッシュ」「カワウナギ」「フォレストフィッシュ」「イワマス」「コケマス」

など5種類くらいの魚が釣れるらしい。


中でもフォレストフィッシュは警戒心が強く、なかなか釣れないが、釣れればかなり美味な高級魚なんだとか。


「ま、この時季は特に釣れにくいから、のんびりやろうぜ」


アーシュが「のんびり」とか、なかなか言わないが、どうやら釣りは好きらしく、今日は腰を据えてやる気のようだ。

ロランもここは足を引っ張らないように頑張ろうと気合いを入れた。


ロランは指示通りに岩に沿って流そうと、竿を振る。しかし、狙ったところになかなか着水しない。

一方、アーシュは慣れた手つきで糸を放ち、魚を待つ。


「ま、最初はそんなもんだ。練習すればすぐにうまくなる。俺も小さい頃は……」

「……う、うん。ん? あれ? なんだろう……急に竿が重く……」


アーシュが話そうとすると、ロランがそんなことを言い出した。


「は?」


見てみると、ロランの釣竿がしなっている。

当たりだ。


「……て、おいっ! それ釣れてるぞ! 竿を立てろ! ゆっくり引けっ! 持ち上げろ!」

「ええっ!? あ、上げろって言われてもどうすればいいの!?」

「いいか……落ち着いてゆっくりだ。魚の泳ぐ逆方向に引け! 動きをよく見れば大丈夫だっ!」

「う、動きを……よく見て……」

「そうそう。そうだ、その調子で……待ってろ今、網を持ってくる!」


ロランがなんとか引き寄せた魚を、アーシュが網ですくう。

こうしてロランはなんとか魚を釣りあげることができた。


しかも、それは立派なサイズのフォレストフィッシュだった。

ロランは初めて見たが、薄緑がかった模様が美しい淡水魚だ。


「おいおい……マジかよ。まだ一投目だろ? 」


アーシュは信じられないという様子でフォレストフィッシュを見つめる。

ビギナーズラックはあると思っていたが、まさか一投目でくるなんて。


「えへへ……まぐれだよ、まぐれ。でも、これで夕飯の足しにはなりそうだね?」


ロランがほっとして言う。

が、それを聞いてアーシュは俄然やる気になった。


「……へっ。夕食の足し……? バカ言え。こんなんじゃ足しにもなりゃしねぇ。今日はとことん釣りまくって……飽きるほど魚を食えるようにしてやるぜ!」


アーシュは高らかに宣言した。

さっきまで「のんびり」とか言っていたのはどこへやら。

すっかりアーシュの負けず嫌いに火がついてしまった。


(いくらなんでも一投目で来るなんてこたぁ早々ねぇ。ということは、今日は魚の食いが良いってことだ。いける……今日はいけるぞ!)


アーシュの決意の顔に、ロランは「おー」と拍手を送る。


(さすがはアーシュくんだ。自信に満ち溢れている……!)


「さぁ! やるぜ、ロラン!」

「うん! 頑張ろう、アーシュくん!」


ドラコが静かに見守る中、二人は謎の闘志を胸に、再び釣竿を握ると、それぞれの持ち場へと戻っていった。



――二時間後。


そこには、残酷な現実が待っていた。


釣果、ロラン11匹、アーシュ0匹。


アーシュは喜んでいいのか、悲しんでいいのか、それとも怒っていいのか……とても複雑な感情に押し潰されそうになりながらも、一心不乱に水面を流れる釣り糸を見つめている。


そこから少し離れたところでは、ロランがニコニコ顔で釣りを楽しんでいた。


天国と地獄とはこのことか。


アーシュはロランが五匹ほど魚を釣り上げたところで、プライドをかなぐり捨て、場所まで交換してもらったというのに……。

もちろんその後、ロランは替わってすぐにアーシュがいた場所でフォレストフィッシュを釣り上げた。


(なんだ? なにが違うんだ?)


アーシュはロランをつぶさに観察した。

だが、何も特別なことなどない。

餌のつけ方はたどたどしいし、竿の振り方は初心者そのものだ。狙うべきポイントまで浮きは飛んでいない。当たりへの反応もとても遅い。


だが、ロランは嘘のように魚を釣るのだ。


(これはもうビギナーズラックうんぬんじゃねぇ……それを越えた「何か」だ……)


アーシュはカサンドラが言っていたことを思い出す。


(ロランは普通じゃない。異常よ)


アーシュから見れば、カサンドラも普通じゃなく、かなり異常なのだが、そのカサンドラが言うのだから、聞き捨ててはおけない。

今までロランには教えることが多かったから目に付かなかったが……


(確かに普通とは思えねぇ。こいつは何者なんだ……?)


そんなことを考えていると、ロランの竿にまた当たりがあった。

ロランは少し遅れて竿を立てる。

それでも、魚は逃げずにちゃんと針にかかったみたいだ。


釣れたのはカワウナギで、アーシュはそれを針からとってやり、タモに入れる。

すると、ロランが言った。


「釣りって、楽しいね!」


と。


(おいおい……そりゃ、ボウズ(※一匹も魚が釣れていない人のこと)の俺の前で、一番言っちゃいけねぇセリフだぜ?)


アーシュは呆れる。


だが、ロランは別にアーシュに嫌味を言っているわけでなく、本当に心からそう思っているのだ。

それは顔を見ればすぐにわかった。


(へへっ……そうか……こいつには邪念ってもんがねぇんだ。いつも真っ直ぐで、とても純粋だ)


そのことに気づいたアーシュはやっと腑に落ちた気がした。

邪念がないから、魚はロランにかかるのだ。

それに比べてアーシュは食料さえ確保できれば、どちらが釣ったのでも関係ないのに、変に負けたくなくて……。


アーシュはロランの笑顔見る。


そして、ニヤッと笑った。


「だろう? 釣りを知らなかったなんて、今までの人生の半分は損してるぜ?」

「そ、そんなに!?」


アーシュは立ち上がる。

膝についた土をはたき、それから空の様子を見た。

そろそろ夕方が近い。


「さて、もう結構な時間だな……最後にあと15分だけ粘って、それで帰るとすっか」

「うん。わかった」


アーシュの提案にロランは賛同した。


そんな二人をドラコはまだ冷静な目つきで見守っている。


(よっしゃ、一投入魂……!)


アーシュは竿を持つと、瞑想の要領で目を瞑り、心を落ち着かせた。

そうして糸を放つ。


岩の横の流れに沿って進む浮き。

すると、当たりはすぐに来た。


すかさず引く。

しっかりと針が掛かった感触。


アーシュは慣れたもので、ロランが手伝いに来る間もなく、鮮やかな手つきでフォレストフィッシュを釣り上げた。


サイズは小ぶりだが、確かにフォレストフィッシュだ。


(はぁ……なるほどな……俺の瞑想の極意も釣りと同じで『邪念を捨てること』にあるのかもしれないな……そうすれば精霊は応えてくれる。けど……それはちょっと俺には酷な話だぜ)


アーシュが釣った魚を見つめていると、ロランが駆け寄ってきた。


「やったね! アーシュくん!」

「へへっ……まぁな。けど、今日のお前が言うと嫌味になっちまうぜ?」


アーシュは笑った。

ロランは困り顔になる。けど、すぐに釣られて笑った。



時間が来ると、二人はドラコを洞穴の近くまで送り、家路につく。


今日は結局、計13匹の魚を釣ることができた。

でもきっと、このくらいでは1日保つかどうか……


「大丈夫だ。そうしたら、また釣りに行きゃあいい」


「アーシュくん……えへへ。うん。そうだね。また来ればいいよね?」


また来ればいい。

いつでも来られるんだから。


ロランはそんな当たり前のことが嬉しくて仕方がなかった。


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