22、嵐の森の夜
秋から冬になる季節の変わり目。
そこに、最後の名残りのように嵐がやってきた。
今日でもう三日目。
窓の外は、相変わらず凄い風と雨だ。
木はしなって葉を散らし、窓枠はガタガタと小刻みに揺れて音を立てている。とても外を出歩けるような状態ではない。
そんなわけで、ここ三日、井戸に水を汲みに行く時と、家畜の様子を見に行く時以外は、5人ともずっと小屋に籠っていた。
こんな状況もロランが森に来てからは初めてのことで、何故だかウキウキする。
まぁ、ウキウキしたところで、やることはあまりないのだけれど。
ロランはみんなの様子を伺う。
小屋に籠りきりでも、一番退屈していないのはもちろんカサンドラで、一日中机に座って本を読んでいる。
ロランに解呪の詠唱を教えたり、台所やお風呂の火入れをしたりはするが、それ以外はまるでこの状況を満喫するかのように、日がな机にかじりついていた。
しかも、そうしているだけでリッケがクッキーやら紅茶やらを運んできてくれるから、カサンドラにとっては、至れり尽くせりだ。
逆に一番退屈そうなのは、間違いなくアーシュで、有り余る体力に、体をうずうずさせていた。
昨日は、我慢しきれず嵐の中を走りに行ったのだが、すぐに濡れそぼれた仔犬みたいになって帰ってきた。
だからアーシュは部屋で腕立て伏せをしたり、腹筋やスクワットをしたりして、なんとか汗を掻こうとする。
だが、そうするとカサンドラに
「うるさい」
と注意される。
そう言われてしまうと、もうアーシュに残されたものは、瞑想か解呪の実験台しかなかった。
だから、アーシュは瞑想をしたり、ベッドで寝転んだりする。
退屈と言う他ないだろう。
リッケはこういう天候での過ごし方も慣れているようで、おばあさんと一緒に裁縫をしたり、保存食を作ったりしていた。
他にも朝昼夕の食事作りに、掃除、洗濯など、家事を「満喫している」とは言えないが、いつも通り忙しそうだ。
で、ロランはと言うと、自分のことは古代文字の復習と、瞑想、解呪の特訓くらいしかないので、リッケの食事作りを手伝ったり、アーシュやカサンドラとおしゃべりしたりして、なんとかそれなりに退屈を凌いでいた。
そんな嵐の夜。
リッケがボードゲームを持ち出してきた。
おばあさんから、借りてきたらしい。
『冒険者ボードゲーム』というもので、冒険者がダンジョンに潜っていく双六なのだとか。
プレイヤーはパーティーを組んで、協力しながら、ゴール(最深部)を目指すと言う。
「暇だからこれで遊ぼうよ!」
いつもなら、こんな遊びに気乗りしないアーシュとカサンドラだったが、さすがの退屈に少し興が乗ったらしく集まってきた。
リッケがゲームの説明をする。
「じゃ、みんな一人一つ、お人形を持って。はい、はい、どうぞー。で、持ったら目を閉じてお人形をギュって握って! そうしたら、職業が決まるから」
「職業……?」
三人はよくわからないまま、言われた通りにする。
この素直さも退屈の賜物だろう。
すると、人形にそれぞれ絵柄が浮かび上がってきた。
絵柄は服と顔のようだ。
それを見てリッケは言う。
「あ、ロランは僧侶ね! アーシュは……あ、やっぱり盗賊か。だと思ったー。で、カサンドラちゃんは魔法使い? 順当だね! ちなみに私は家政婦よ!」
おばあさんから借りてきたボードゲームだから、普通のボードゲームではないだろうと思っていたが、案の定だった。魔法がかけられているらしい。
しかし、アーシュが盗賊とか……適正とは言え過去の話を聞いたばかりだから、コメントがし辛い。
あと、家政婦って冒険者の職業なのか?
「さぁ、始めるよー。みんな駒を置いてー」
呆れ顔の三人は、とりあえず流されるがまま、ゲームを始めた。
まずはスタート地点であるダンジョンの入口に、好きな順番で人形を置く。
これがパーティーの陣形になるらしく、話し合いの結果、アーシュ、カサンドラ、ロラン、リッケの順番に並べた。
「よし。じゃあ、アーシュからね。頼んだよ!」
「なんだかよくわかんねぇが、盗賊が先頭って……もっと盾になりそうな職業のやつはいねぇのかよ。このパーティー、バランス悪りぃな……」
アーシュはサイコロを振った。
5が出た。
アーシュは駒である自分の人形を進める。
ボードは洞穴のような柄の無地で、先に何が待ち受けるかわからないようになっていた。
アーシュが5マス進めて止めると、初めてそこに文字が浮かび上がってくる。
「あ? なんだ? 〈毒矢の罠を見つけ、解除する。仲間も5マス進む〉だとよ」
「おっ! いいねいいね、さっすが盗賊! というわけで私達も進むよー」
次はカサンドラの番。
2が出た。
「〈ゴブリン出現。サイコロを振り、3以上を出せば撃退。2なら前衛にダメージ。1ならパーティー全員にダメージ〉。前衛って?」
「アーシュのこと」
「あっそ。ならまた2を出そうかしら」
カサンドラはもう一度サイコロを振った。
2が出た。
「おい……てめぇな……」
と、アーシュが言いかけた時。
「……ん? ……なっ!?」
アーシュの体に突如、電流のようなものが流れた。
「……ぐげげげげげげっ……!」
痺れて思わず変な声が出る。
それが終わると、アーシュは額に汗を掻き、なにやら痛そうに胸を押さえた。
(な、なんなんだ、今のは……?)
ロランもまさかの事態に目を見開いている。
が、リッケは平然と言った。
「あ、今のは2ダメージのエフェクトね。ということは、アーシュの残りライフは5……っと」
リッケはメモをとる。
が、アーシュもロランもそれどころではなかった。
「なに今の!? それに、エフェクトって!?」
ロランが聞くと、リッケは、ああと言い、
「まぁ、賑やかしみたいなものよ。ダメージを受けるとビリビリってくるの。もっと大きいダメージを食らうと、もっとすごいのが来るよー! にひひ、ィエイッ!」
とVサインを突き出した。
(いやいや……来るよ! ィエイッ! って。別に楽しみにはしてませんが……!?)
ロランは心の中でつっこむ。
なにやら窓の外以上に、こちらの雲行きが怪しくなってきた。
ロランの僧侶は味方にダメージを受けた者がいる場合、マスを進むか回復するかを選べるらしかった。
なのでロランは回復を選ぶ。
「出た目の分だけ仲間一人のライフを回復できるよ。ただし、最大値より多くは回復しないからー」
ロランはサイコロを振った。
出たのは4の目だ。
これでアーシュのライフは最大の7にまで回復した。
が、特に回復のエフェクトはないみたいだった。
「……チッ。エフェクトっつうのはダメージの時だけかよ。とんでもねぇ野郎だな。このゲームを作ったやつはよぉ」
「え? 別にエフェクトはダメージの時だけじゃないよ? 毒とか麻痺とか魅了とか、そういうやつもちゃんとあるし……あと、これ作ったのおばあさまだし」
毒、麻痺、魅了……。
おばあさん……。
ロランとアーシュはがっくりと肩を落とした。
然もありなんである。
リッケの駒の家政婦の能力は解毒と調理だった。
この調理能力を持った駒がいないと、やがて空腹でライフがなくなるらしい。
なら、やる人達の適正によっては駒を作った段階で詰みになるのでは? とロランは思ったが、もうこのボードゲームの危険さの前では細かいことはどうでもよくなっていた。
――「前衛、アーシュに3ダメージ」
――「魔物の針で前衛が麻痺状態に」
――「前衛、仲間を庇い1ダメージ」
――「前衛、誤って毒キノコを食べ……」
「もう……いい加減、誰か前衛を替わってくれ……」
ダンジョンの中層を過ぎたところで、満身創痍のアーシュが言った。
ロランはサイコロで3回復を出しながら、
「そ、そうだね……じゃあ、次は僕が前衛になるよ」
と言う。
これで隊列は僧侶、魔法使い、家政婦、盗賊となったわけだが、やはりこのパーティーには戦士が欠けている気がしてならなかった。
僧侶が前衛なんて、間違っている。
「おい、リッケ。お前、明日から筋トレしてムキムキになれ。戦士に向いてるかもしれねぇぞ?」
「乙女に向かって何言うのよ。あんたこそ、鍛え方が足りないんじゃないの?」
そんな会話を無視してカサンドラはサイコロを振る。
6が出た。
6進む。
「〈罠を踏んだ。落とし穴に落ち、パーティー全員に1ダメージ〉」
「ひゃっ!」
「ぐわっ!」
「痛っ!」
前衛に盗賊がいなくなった途端にこれだ。
しかし、進むしかない。
せっかくここまで来たのだから、引き返すのも癪だ。
きっと、現実のダンジョンであれば、引き返すのも勇気なのだろうが。
「ていうか、これ最深部に行ったら終わりって、帰りのことは考えてないのか?」
「いいじゃない、別に。たかがゲームのなんだからー」
「うん。それよりも、次リッケの番。早く調理しないと、みんな飢え死にする」
(カ、カサンドラさんは、意外と楽しんでるな……)
そんなこんなで、サイコロを振りつつ、夜は更ける。
ロランもおばあさんのかけた魔法の毒、麻痺、石化などの手痛い洗礼を浴びながらも、どうにか生き延びた。
そして、夜が明ける前になんとか全員無事でダンジョン最深部まで辿り着くことができたのだった。
「や、やっと着いた……寝みぃ……」
みんな床に倒れ込んでグッタリだ。
特に、朝型のアーシュなど、見ていて可哀想なくらい。
ロランが最深部へと駒を進める。
すると、そこから文字ではなく、宝箱が出現した。
しかも大きさはロランの手のひらに余るほどある。すごい……こんな仕掛けまで作ってしまうとは……。
「えっ、なになに!? そんなの出てくるんだ!」
リッケも最深部まで来たのは初めてらしく、ロランの手の上の宝箱を覗き込む。
ロランはそれをみんなの前に置くと、そっと開いた。
中には指輪が入っていた。
薄い金色をした指輪が4つ。綺麗に並べられている。
「わぁ……」
それぞれ手に取る。
なんとなくサイズが違ったから、みんな自分の指の太さを見て選んだが、嵌めてみると本当にぴったりだった。
「おばあさまからのプレゼント、なのかなぁ?」
「うん。そうかもね。4人のサイズに合わせてあるんだから」
「魔力を感じる。おばあちゃん、これにも何か仕掛けたみたい」
「おいおい、またかよ……物騒な仕掛けじゃねぇだろうな……」
4人は手を前にかざした。
そうして、みんなの指輪を見比べる。
眠い目を擦りながら、でも妙な達成感があった。
ふと、外に夜明けの気配を感じ、ロランが立って窓辺に行く。
みると、微かに空が白み始めていた。
雨も、もう止んでいる。
「じゃ、じゃあ……とりあえず寝ようか?」
その意見にみんな賛成し、双六を片付けてベッドに潜り込んだ。
けど、体は重いのに目が冴えてなかなか眠れない。
ロランは指輪を眺める。
はずして寝ようかとも思ったが、なんとなくそのままにしておくことにした。
(早く寝なきゃ……きっと明日は晴れだ……)
そんなことを思いながら、ぼーっとする。
すると、いつの間にか眠りはやってきて、ロランはゆっくりと浅い夢の中へ落ちていった。




