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2、小屋のルールに、部屋のルール

翌朝になった。


昨晩、ロランはお風呂をいただいた後、すぐに夕食もご馳走になり、アーシュ、カサンドラ、リッケ、そして魔女のおばあさんと共にテーブルを囲んだ。


しかし正確に言えば、リッケは食事をしつつも皆のおかわりや飲み物の給仕をしたり、果物を剥いたりと、何かと忙しく動き回っていた。


ロランはそんな姿を見て「何か手伝いたいな……」と思ったが、リッケの手際の良さの前に、タイミングを失い続けてしまった。


食事を終えるとおばあさんは安楽椅子に座り、縫い物を始めた。

食器は各々が自分の分を流し場に運び、おばあさんの分はリッケが片付けた。そういう決まりらしい。


食器を洗うのも、もちろんリッケのようだった。アーシュとカサンドラはおばあさんに挨拶を済ませると部屋の方へ戻って行ってしまったからだ。たぶんそうなのだろう。


それを見てロランもおばあさんのもとに向かった。


「あの……ごちそうさまでした。どれも、とても美味しかったです」

「そうかい。それは良かったね。今日、私はスープを作ったんだがね、あとの料理とパンは全部リッケさ。あの子にもちゃんとお礼を言っておやり」

「……えっ? あっ、はい」


あれを全部、一人で?


ロランはびっくりして、洗い物をしているリッケをしげしげと見た。

(僕と同い年……なんだよね……?)

ロランにはなんだかリッケが、自分よりもずっとしっかりとした「大人」に見えた。


「て……手伝うよ……」


ロランは自分の食器をリッケのところに持って行って言った。


「ん?」


けどあまりに小さく消えそうな声でしか言えなかったものだから、リッケにはうまく聞き取れなかったみたいだった。

ロランは息を整え、改めて言い直す。


「何か手伝えることはない?」


そう言うとリッケはやっとわかってくれて「ふふふっ」と笑った。


「ありがとう! でも、私はここのお手伝いさんだから……だから、これが私の仕事なの。ロランくんは、おばあさまのお客様なんだから、気にしないで」


リッケは明るくそう言った。

それはわざと明るく見せているのではなくて、本当に心の底から「ここで働けることが嬉しい」と思っているように、ロランには見えた。


「そ、そうなんだ……」


ロランは挙げた手を降ろそうとした。


けど、そうは言われてもロランは何か手伝いたかった。


「わかったよ。じゃあ、テーブルは拭いてもいい? そのくらいなら手伝ってもいいでしょ?」


「うーん……」


ロランの提案にリッケは目を閉じて考えた。けど、結局は


「じゃあ……お願いしようかな」


と折れてくれた。


「う、うん! 任せて。えっと……台拭きは……」

「はい。これ使って」


リッケは台拭きをロランに手渡す。


「ねぇ、ロランくん。これ終わったら、寝る前にさ、魔法教国のお話聞かせて。それから、学校のこととか!」


ロランがテーブルを拭いていると、リッケが流し場から聞いてきた。

学校のことか、とロランは一瞬戸惑ったが、


「うん……もちろん、いいよ」


と、すぐに快諾した。


「やった!」


リッケはにっこり笑い、泡だらけの手でガッツポーズをした。



――こうして昨晩はリッケと寝そべりながらおしゃべりすることになった。


アーシュはリッケが仕事を終える頃にはもう眠っていて、カサンドラは蝋燭の灯りでまだ本を読んでいた。


リッケは色々な質問をロランにし、その話に興味深そうに頷いたり笑ったりした。


二メートル程も離れていない二段ベッドの下段同士向かい合って話をすると、ロランはたまらなく恥ずかしくなった。けど、嬉かったり、楽しかったり、そんな感情の方がずっと優っていて、何だかとてもふわふわした気持ちになった。


そのせいか、リッケが眠ってしまった後も、ロランはなかなか寝付くことができなかった。


そして夜が明けた。


ロランは窓のカーテンの隙間から漏れる太陽の眩しさで目を覚ます。

体の感覚からして、かなり寝過ごしてしまったらしいのがわかった。


「しまった……! 寝坊した!」


見ると、当然のようにリッケの姿はなかった。

きっと、朝からテキパキと働いているのだ。ロランは溜息をついた。


「はぁ……出遅れたぁ……」


ロランは顔を擦り、ベッドから出る。

上の段をそっと覗くと、アーシュも既に起きたようで、そこにはいなかった。なんとなくホッとし、向かいの上の段を見ると、カサンドラはまだそこで寝ていた。枕元には本と、その上にメガネが置いてある。


(遅くまで本を読んでたんだ……何時に起きるとかは個人の自由なのかな?)


起こすのも悪いし、ロランはそっと部屋を出ることにした。


廊下を通り、大部屋に入ると台所に立っていたリッケが振り向いた。


「あ、ロランくん、おはよう! よく眠れた?」

「リッケさん、おはよう。うん。おかげさまで……」


あまり眠れなかったとは言えない。


「ごめんなさい、ちょっと寝すぎたくらい……」

「ふふふっ。そのうち慣れてきて、太陽が出てくるのと一緒に起きるようになっちゃうよ。それよりも、そろそろ朝ごはんできるから、その前に外で顔を洗ってきたら? 目も覚めると思うよ」

「う、うん。そうする」

「出て右の方に井戸があるからー」


リッケの親切に従い、ロランは外に出た。昨日の今日で勝手がわからないから、何をするにもリッケの言われるがままだ。


外に出ると朝の森の爽やかな空気が鼻をくすぐった。

ロランは思わず上を見上げる。


太陽を透かした木々の黄緑色の葉がすっぽりと空を覆い隠しているが、この小屋のある広場の一箇所だけは台風の目のようにぽっかりと穴が開いていて、そこから小屋に向かって光の束が降り注いでいた。

それがロランにはとても幻想的で、神聖なことに思えた。


ロランはそんな光景を横目に見つつ、昨夜は気がつかなかった庭の大きな飛び石を辿り、小屋の側面に回る。

すると井戸はすぐに見つかった。けど、そこには先客がいた。

アーシュだ。


アーシュは桶に水を汲み顔を洗っていた。

激しい運動でもしてきたのか全身汗だくで、服も所々汚れたり、破れたりしている。


ロランはそんな様子を遠目に見ていたが、アーシュはロランの視線に気がつくと、昨夜のように鋭い視線を返してきた。


「お、おはよう……」


ロランが言う。

アーシュは布で顔をふき、桶を井戸の中に戻した。それから、井戸の縁に置いてあったナイフを手に取ると、ロランの方に向かってきた。


(え……ど、どうしよう……僕、何か気に触ることした?)


ロランはアーシュの形相に恐怖を感じ、立ち尽くした。

が、そんなロランの横を、アーシュはポケットに手を突っ込んだまま、ただ無言で通り過ぎただけだった。

まるで誰もいないかのように。

アーシュが小屋の陰に消えるとロランはふーっと息を吐いた。

けど、どこか虚しさが残った。


顔を洗って小屋に戻ると、リッケが着替えを用意してくれていた。


「はい、これ着て。制服だと森の中じゃ動き難いだろうから。昨日、おばあさまが縫ってくれたの」

「あ、うん」

「寝巻きは今用意してるから、今夜にはできるよ」

「い、色々とありがとう」


ロランは服を受け取るとおばあさんのもとへ行き


「ありがとうございます」


と一礼した。

おばあさんはにっこりして


「どういたしまして」


と言った。


部屋に戻り、早速着替える。

カサンドラはまだ寝ていたが、一応隅っこでこっそりと着替えをした。

上着は紺色の麻のシャツで、下は白い布地の長ズボンだった。靴も革靴では歩き難いだろうと、山歩き用の靴を貸してくれた。サイズもちょうど良かったから、たぶんこれも用意してくれていたのかもしれない。


着替え終わり、部屋を出ようとしたが、ロランはカサンドラを起こした方がいいか迷った。そろそろ朝食らしいからだ。

悩んだ末、一応声はかけるべきかなと思った。


「カサンドラさん。そろそろ朝ごはんみたいだから……あの、先に行ってますね」


ロランが言うと、少ししてからカサンドラは寝ながら、こくんと頷いた。それは昨日の頷きのようにしたかしていないかわからないものではなく、はっきり見てわかる頷きだった。

ロランはちょっと安心して部屋を出た。


テーブルの上にある湯気が立ちのぼる。

昨日の夕食もそうだったが、朝食も高級な食材こそ使っていないが、とても豪華なものだった。


パンは焼きたてが三種類並んでいたし、ジャムも色とりどりなものが五種類と、バターも一人一人の皿にたっぷりと盛られいる。それに銀のトレイには山葡萄に木苺、林檎、オレンジ、その他初めて見るフルーツなどがこれでもかというほど乗り、木のボウルには見るからに新鮮そうなサラダ、大皿には焼いたベーコンとソーセージまで大量に用意されていた。


「ロランくんは、コーヒーと紅茶どっちがいい?」

「あ、こ、紅茶を……」


ロランは椅子に座ると、なんだか恐縮して小さくなる。

やっぱり早起きするべきだった。ちゃんとしなきゃ。


テーブルを挟んで向かいに座っていたアーシュはまだ食べてはいなかったが、コーヒーを飲んでいた。どうやら食事は全員が揃ってからのようだ。


ロランがそんなことを考えていると、ちょうどカサンドラが起きてきた。

上下とも青いパジャマのままで髪はボサボサ。眠そうな顔をしながらそれでもなぜか本は持っていた。


「カサンドラちゃん、おはよう! 紅茶? 砂糖はいる?」


カサンドラはこくんと頷いた。

そして、おばあさんのところへ行くと


「おはようございます」


と、小声だがはっきりと聞き取れる声で言った。

それでロランはカサンドラの声を初めて聴くことができた。


(喋れないとか、喋らないとか、そういうんじゃなかったんだ……)


カサンドラがロランの隣に座るとおばあさんは安楽椅子をテーブルのところまで持って来て座る。

リッケも飲み物を配り終わると席につく。

これで全員揃った。


昨日の夕食の時も思ったが、ロランはこの食事が始まる前の一瞬、この小屋の中が一層静かになるような気がした。


おばあさんが口を開く。


「みんな、おはよう」

「おはようございます」


子供達4人は声を揃えて挨拶をした。

おばあさんは頷く。


「元気でよろしい。じゃあ、今日も無事に過ごすんだよ。それと、ロランは小屋に来たばかりだ。だから、わからないことがたくさんあると思うから、みんなで教えてやっておくれ。いいね?」


「はい」


これにはロラン以外の3人が返事をした。

それを聞いておばあさんは満足そうに微笑んだ。


「よろしい。では、黙祷を」


こうして食事を始める前には少しの間、全員で目を閉じる。

特に何を考えても、逆に何も考えなくてもいいらしい。それは昨日の夕食の時に教わった。


10秒程してから、目を開ける。

こうすると、不思議と元の世界に帰ってきたような感覚になった。


「では、いただこうかね」


「いただきまーす!」


こうして朝食が始まった。


みんなとの食事もまだ2回目だが、2回目にしてもう色々とわかったことがある。

とりあえず、アーシュとカサンドラはすごくよく食べるということだ。


アーシュに関しては特に意外という程でもなかったが、カサンドラはいったいその小さな体のどこにそんなに入るの? というくらい食べたから、ロランはびっくりした。食べ方はアーシュはガツガツと、カサンドラは黙々といった感じなのだが、2人とも一切手が止まらないのだ。

幼い頃から何かと(主に母親から)食事の作法などをしつけられてきたロランにしてみれば、軽いカルチャーショックだった。魔法学校の食堂で、こんな食べ方をした日には、一日で学校中に噂が広がるに違いない。


「おかわりまだあるからー」


リッケが言う。

それに無言でカサンドラが皿を差し出すと、そこにフライパンからドドドドッと焼きたてのベーコンとソーセージが乗った。それにカサンドラは蜂蜜をたっぷりとかけて食べる。

見ているだけでお腹いっぱいになりそうだ。

そこへアーシュも


「俺も」


と言う。


「はいよー! ちょっと待っててー!」


(た、大変だな……)


ロランはサラダを食べながら思った。

リッケはまるで、2人のお母さんみたいだ。


「ロランくんも、もっとじゃんじゃん食べてね! じゃないと、すぐにお腹空くよー?」

「う、うん……ありがとう」

「あ、目玉焼きはいる? 今から焼くけどー」

「あ、じゃあ……お、お願いしま……」

「俺も」

アーシュが言う。

「わかってるってー。カサンドラちゃんは?」

カサンドラはソーセージを食べながら頷く。

「オッケー!」


(訂正。僕も入れて3人か……)


ロランは、なるべく早くリッケの負担を減らせるようにならなきゃと改めて思った。


食事も終わりに差し掛かった頃、リッケが言った。


「ねぇ、みんな。今日は朝ごはんが終わったら、一度部屋に集合して? ロランくんにここのルールを教えるのと、新しい食料調達の分担を決めたいから」


食料調達?


ロランは何のことだろうと思った。が、あとで説明してくれるみたいなので、質問はしなかった。


リッケの呼びかけにアーシュは

「ああ」

と言い、カサンドラは黙って頷いた。


食事を終え、リッケは皿を洗い、ロランはテーブルを拭いて、ついでに洗い終わった皿を拭いて棚にしまう作業も手伝った。

それから2人で一緒に部屋に帰った。


「ありがとう。お陰でいつもより早く終わったよ」

「そ、そんな……いいよ。こちらこそ、気にしないで」


廊下を歩きながらロランは照れ臭そうに俯く。


部屋に入るとアーシュはベッドの上に、カサンドラは机に座っていた。どうやらそこが2人のいつものポジションらしい。

カサンドラは着替えを済ませ、髪はざっくりとひとつにまとめられていた。


リッケは自分のベッドの縁に腰掛ける。ロランもそれにならった。


みんなの視線が集まったのを見計らってリッケは口を開く。


「さて、まずは改めてまして、ようこそ私達の部屋へ! ロランくん、歓迎するよ」


「ど、どうも……ありがとう」


ロランはぺこっと頭を下げた。


「で。歓迎ばっかりでもいいんだけど、ここは私達のじゃなくて、おばあさまの家。別に家賃とか取ってないし、月謝もいらないんだけどね、一つだけおばあさまの決めたルールというか方針があるの」


「方針?」


ロランは聞いた。

当然ながらアーシュとカサンドラは知っているから口は挟まない。よって何かわからないことがあったら必然的にロランが聞くことになる。


「うん。それはね、うちは『衣食住』の内『衣』と『住』は提供するけど『食』は自分達でなんとかすること。つまり住む家と着る服は用意してあげるけど、食べるものは自分達で用意してねってこと。あ、調味料とかは私が用意するし、料理もするけどね?」


「食べるもの? じゃ、じゃあ、さっき食べたものも全部……?」


「もちろん! 木の実や果物は私が森で摘んできたものだし、それでジャムも作ったの。バターはちょっと離れたところに牛と山羊を飼ってて、そのお乳で作ったんだよ! そこでは鶏と羊も飼ってて、3人で世話してるんだよ? それからお肉はアーシュとカサンドラが森で野生のビックボアを狩ってきたんだ! 久しぶりの大物だったんだからー」


ロランはビックボアを思い浮かべる。

それは野生の大きなイノシシのような魔物で、人間の家畜となり小型化する前の豚の祖先と言われているものだ。確か、とても凶暴で大きな牙も持っていたはず。


「ビ、ビックボアって……魔物じゃあ……」


「うん。でも、美味しかったでしょ?」


(た、確かに……この森で育ったから、美味しかったのかな? いや、そもそもビックボアなんて図鑑では見たことがあったけど、実際には見たことも食べたこともなかったし……)


「他にも簡単な野菜は畑があって、そこで育ててるんだー。私が街で種を買ってきてね」


「えっ? 街で買ってきてもいいの?」


「もちろんだよ! サバイバルしようっていうのでもないからね。小麦とか麺とか、調味料とかはさすがに作るのは手間だから自腹で買ってるし。あ、でも私の場合はおばあさまから、ちょっとだけお給料が出てるから、わりとそんな感じで買えるけど、みんなは何か買いたいものがあったらちゃんと自分でお金を稼がなきゃダメだよ?」


「お金を稼ぐって……ここで?」


「うん。この森には珍しい食材とか魔物とかたくさんいるからねー。それをって街で売るっていうのが一番手っ取り早いと思うよ。私達も時々そうやってまとまったお金をつくってるの。まぁでも……それも結構難しいんだけどねぇ」


そ、相当危険なんだろうな、きっと。と、ロランは思う。


「あ……けど、ここから街まではどうやっていくの?」


「ああ! それは大丈夫。頼めば、おばあさまに魔法陣で送ってもらえるの。でも、そのためにはおばあさまに許可をもらわなきゃダメよ」


「そうなんだ……じゃあ、街以外の場所へも出かけられるの?」


「うーん……それは……」


リッケはどう答えいいか考えているみたいだったが、やがて


「うん。おばあさまの許可が出ればね!」


と言った。


「そっか」


ロランはそれで一応は納得した。


「でも……帰りはどうするの? おばあさんも街までついては来ないでしょ?」


「あ、それはね? 帰り用の魔法陣を小さな紙に書いて持たせてくれるの。あとはそれを起動すればいつでもここに帰って来られるんだー」


「へぇー」


魔法陣って便利なんだなとロランは思った。


「どう? だいたいわかってくれた?」

「うん。だいたい」


「よかったー。まぁ、ここの方針はほとんどそれだけで……あ、でもごはんの時は必ず全員で食卓を囲むこと。これは大事な小屋のルールだから絶対に守ってね? あとはいつどこで何をしてようが個人の自由だから! どうぞのびのび過ごして」


「うん。わかった」

「よろしい」


リッケはにっこりと笑った。


「よしよし。小屋の方針はご理解いただけたようなので、じゃあ、次にそれとは別に『この部屋のルール』を教えるね!」


「おい。それよりも、さっさと新しい食料調達の分担を決めちまわねぇか?」


リッケの話に、先ほどから退屈そうにナイフを回していたアーシュが横槍を入れた。

どうやら早く話を終わらせて欲しいようだ。


「それは、さ・い・ご! おばあさまにも言われたでしょ? ロランくんに教えてあげってて! それまでは大人しくしてて」


「はぁ……チッ……」


アーシュはリッケに言われて観念したのか、溜息を漏らしてごろんとベッドに寝転がった。


「す、すいません……僕のために……」


ロランはなんとなく謝ってしまう。

が、アーシュの返事はない。

リッケは気にせず話を続ける。


「じゃ、まずこれなんだけど」


リッケはそう言うと、部屋の真ん中に付けられていたカーテンを広げた。カーテンを広げると部屋のベッド側と机側、扉を挟んで左右ほぼ半分ずつに部屋が仕切られる形になった。


リッケがカーテンの向こう側から顔だけ出して言う。


「男の子と女の子が同じ部屋で暮らす基本ルールその1。私とカサンドラちゃんが着替えをする時はこのカーテンのこっち側で着替えるから、もし部屋に入ってきてこのカーテンが閉まっていても、絶対に開けないこと。こっそり覗くのも絶対なしだよ?」


ロランはどきっとした。

まさか、覗くつもりなんてないが、そんなところで着替えるの? と。


「も、もちろんだよ! そんなことしないよ」


「貴族さまは、お前らの貧相な体になんて興味ないとよ」


アーシュが茶々を入れる。

ロランはそれがアーシュとの初めてのやり取りだったのにも気づかず、慌てて手を振る。


「い、いや、興味がないとかじゃなくて!」


リッケの目つきが変わる。

ロランはそれを見て動きを止めた。


「と・に・か・く。ここには鍵なんてついてないから気をつけてね? アーシュもよ」


「ケッ……」


アーシュは新しいおもちゃを取り上げられたみたいにつまらなそうに吐き捨てた。

リッケはカーテンを元に戻す。


「ふーっ、まぁ、他にもいっぱいルールがあるんだけど、ロランくんはアーシュと違って、いちいち説明しなくてもいい気がしてきた。ちゃんと女の子に気を遣ってくれそうだし」


ロランはコクコクと力強く頷く。

やましいことなど最初からするつもりはない。それに、もし何かしてしまった結果、先程のような目つきをリッケにされるようになるなんて……そんなの絶対に嫌だった。


リッケはそれから細々とした4人の間のルールも説明してくれた。

お風呂に入る順番は譲り合うとか、家畜の世話とお風呂掃除、それからお手洗いの掃除はローテーションだとか。畑の面倒はリッケが見るし、風呂や炊事場の火入れはカサンドラの仕事、薪割りは男の子の仕事だとか、そういうことを。


一見やることが多そうだが、一人一人の負担はそれほどでもないようだった。少し早起きすれば、リッケの言っていた通り、丸一日自由と言ってもよいくらいだ。


「これで私からの説明は終わりだけど、どう? 何か聞いておきたいことはある?」


「ううん。今はないかな……でも、色々と慣れてきたら、また聞くこともあると思うから、その時は教えてくれる?」

「ふふふっ、もちろんだよ!」


リッケはぐっと親指を突き出した。



「はぁ、やっと終わったか……じゃあ、さっさと新しい食料調達の分担を決めようぜ」


アーシュがタイミングとみて、早速次の話を進める。今度はリッケもそれに応じた。


「うん! じゃあ早速だけど、これからは一人一人じゃなくて、二人一組で動くことにしようと思うんだけど、どうかな? 具体的には、私とロランくんで山菜や果物、キノコなんかの採集を。アーシュとカサンドラちゃんで狩りを担当してもらいたいんだー」


リッケが提案すると、アーシュは眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな顔をした。


「はぁ? おいおいおい、待てよ。ついこの間言ったばかりだろ? 俺はもうこいつとは二度と組みたくねぇって! 爆破の巻き添えくらって、危うく黒焦げにされるところだったんだそ!?」


(爆破……どんな魔法を使ったんだろう……)


ロランはアーシュに非難轟々で指を差されているカサンドラを見て思う。

だが、カサンドラはこの話し合いが始まってからずっと本を読んでいて、今もそれをやめようとしない。


「まぁまぁ! 二人で組んで狩りしたの初めてだったから、カサンドラちゃんも間合いがわからなかったんだよ……きっと!」


リッケがフォローする。

が、


「違う。間合いは計算した。けどアーシュが思ってたよりずっとトロかった。ただそれだけ」


カサンドラが火に油を注いだ。

本を読むのをやめずに。

声は小さいのだが、不思議と聞き取りやすい声だった。けど、この場合はそれがかえってまずい。


「んだとコラ。てめえの未熟を棚に上げて、この俺がトロいってぇのか? ああ!?」

「ええ。だってトロかったじゃない? そのせいで一度ビックボアを仕留め損ねた。だから私がとどめをさした」

「んなこと頼んでねぇんだよ! あと少し弱らせれば一人で狩れた!」

「嘘。かなり危なく見えた。だから援護した」

「援護? 援護ってレベルの魔法じゃなかっただろうが!」

「そうね。そこは反省する。あと、今度からはアーシュのスピードも遅めに計算する。それでいいでしょ?」

「この……偉そうに……俺がいなきゃ詠唱時間も稼げねぇポンコツのくせして……」


そう言われるとカサンドラはパタンと本を閉じた。そして、初めてこちらを振り向くと


「そうよ。それは否定しない。だから私とあなたが組むの。そうでしょ? リッケ」


と言った。


カサンドラは真っ直ぐにリッケを見つめる。

リッケはそれににっこり笑って答えた。


「そうだよ! 二人が組めばきっといいコンビになると思うの! アーシュも言ってたじゃない? 今年はもう弱いボアや食べられそうな魔物は狩り尽くしたって。だったら二人でさ、もっと大物狩ってきちゃってよ!」


「狩ってきちゃってって……おまえ、気軽に言ってくれるがよ……」


「お肉、食べれなくなってもいいの?」


「う……」


リッケのこの言葉には、大食らいの二人も黙らざるを得ず、結局これが最後の一押ひとおしになった。


「チッ……わかったよ。行くぞ、魔法オタク」


アーシュがベッドから飛び降りて言うと、それに従いカサンドラも部屋の壁に立てかけてあった杖を手に取り立ち上がった。いかにも魔法使いが愛用しそうな古風な木の杖だ。


「足引っ張んじゃねぇぞ」

「こっちの台詞」


最後までそんな調子で二人は部屋を出て行った。


「だ、大丈夫……なのかな? アーシュくんとカサンドラさん……」


ロランは心配そうにつぶやいたが、リッケはけろっとしている。


「うん! 大丈夫よ。喧嘩するほど仲が良いっていうじゃん? それより、私たちも行きましょ?」


「う、うん。そうだね」


とりあえず、ロランは初めての食料調達に向かう。


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