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19、リッケと赤い竜

リッケに寄り添うように歩いてきたドラゴンは、大きさから見てもまだ子供の域を出ていないだろう。


全身を綺麗な赤い鱗が覆い、同じく真っ赤な瞳は真っ直ぐにロランを見つめている。


ロランはその瞳に見つめられるだけで、まるで何かを試されているような、落ち着かない気分になった。


「じ、自衛って……このドラゴンのことなの?」

「おいおい、マジかよ……あり得ねぇだろ……」


ロランとアーシュは驚きを隠せない。


それもそのはずで、ドラゴンは滅多に人前に姿を見せない。

見せないどころか本物のドラゴンを見たことがある人など、ほとんどいないだろう。


彼らは人間の生活領域には決して近づかない知恵を持っている。

そして、それは人間側も同じで、ドラゴンの生活領域には決して手を出さない。

双方、手を出せばお互い無事では済まないとわかっているからだ。


なので大抵の地域では、ドラゴンに出会うこと自体「吉事」もしくは「凶事」と伝えられ、どちらにしても畏れ敬う対象としてドラゴンを神聖視していた。


もちろん、ロランも図鑑や昔話の挿絵でしかその姿を見たことがなかった。

しかもその文献曰く、ドラゴンはとても気難しく、気位きぐらいが高いと聞く。


けど、そんなドラゴンがリッケにはぴったりと寄り添って、澄ましているのだ。

いくら子供のドラゴンとはいえ、そんなことはアーシュの言うように「あり得ない」くらい珍しい。


呆然とするロランとアーシュを尻目に、カサンドラはドラゴンに近づく。

そうしてそっと頭を撫でた。


「久しぶりね。ドラコ。元気?」


ドラゴンは目を細め気持ち良さそうにする。

どうやら、カサンドラにも懐いているらしい。


ロランとアーシュは思わず顔を見合わせた。

そんな二人を見てリッケは口を開く。


「二人にも紹介するね! この子はドラコ。私たちの友達で、男の子なの」


少しの沈黙。


「おい……まさか、それで終わりか? 何の説明にもなってねぇぞ。なんでドラゴンがこんなところにいて、なんでお前たちに懐いてるんだよ」


アーシュが呆れて聞くと、聞き方が気に入らなかったのかドラゴンはアーシュを睨みつける。

アーシュは平然としているが、ロランは怖くて仕方がなかった。出会った頃のアーシュの目つきに匹敵する鋭さだ。


「うーん……と、まぁ、色々話すと長いからざっくり言うとね? 私がこの森に来てから一年くらい経った頃、ひょっこり私の前に現れたのよ。それからは私たちの小屋に一緒に住んでて、私とカサンドラの部屋で寝起きしてたの。でも、このとおり体が大きくなっちゃったでしょ? だから、アーシュが森に来る少し前くらいに、この先にある洞穴に引っ越してもらったってわけ。どう? わかった?」


リッケの説明は今度こそ、終わったらしい。


ドラゴンが二人に懐いている理由はかろうじでわかったが、やはり疑問だらけだった。


「ドラゴンがひょっこり目の前にって……そんなこと……本当にあるなんて……」


ロランは考える。


文献で散見さんけんするドラゴンは、ほとんど伝説上の生き物として扱われる。

むろん、歴史上重要な出来事に関係したドラゴンの記述が多かったから、それは仕方のないことかもしれないが、とにかく過去の例に照らし合わせてみても、ドラゴンの方がみずから人前に姿を現わすのは何かの前触れ……『啓示』に他ならない。


しかも、赤い竜……なんて。


「赤いドラゴンが突然現れる……まるで『神聖レフナント王国』の『赤い竜と白い竜』みたいだ……」


ロランがつぶやくと、カサンドラが反応し、


「へぇ。さすがに魔法学校の生徒は博識ね。他国の『国造り神話』まで知っているなんて」


と言った。


「う、うん。授業で習うからね」


「赤い竜と白い竜……?」


「なんだそりゃ?」


ロランは知っていても、リッケとアーシュは知らないみたいだった。

アーシュはともかく、リッケが知らないの意外だが、ロランはつたない知識で説明を試みる。


「レフナント王国ができる時のお話だよ。当時、レフナントの土地を治めていた貴族の家に、双子ふたごの男の子が産まれたんだけど……その子供たちの前にある日『赤い竜』と『白い竜』が現れたんだ。そして、その双子のどちらかがこの土地に新しい国を作り、王になると『魔法使いマーリン』に予言される。さらに、それは『生まれつき父親のいない少年』の助力によって為されるであろうって……」


「あ、なんかそれ聞いたことあんな……」

「えっ? アーシュも知ってるの……? うぅ、それなのに、私は聞いたこともないなんて……」

「おい。その悲しみ方、マジで腹が立つからやめろ」

「はーい。で、そのあとはどうなるの?」


「う、うん。その後、最初は兄弟仲良く国造りを進めるんだけど、途中で王位を狙った弟と白い竜が、兄と赤い竜を裏切って、殺そうとするんだ。それで兄と赤い竜は一度は国を追われるんだけど、数年後、マーリンの予言どおり、生まれつき父親のいない少年に出会って、弟と白い竜を討ち、その土地に神聖レフナント王国を作ったんだ。その男こそが初代国王の『ルフェイン・ヴォーティガン1世』だって言われてるんだよ」


ロランは言った。

カサンドラはその解説に頷く。


(よかった……だいたい合ってるみたいだ)


「えー。弟を、殺しちゃったの……?」


リッケは言う。

その感想ももっともだと思うが、


「ま、まぁ……これはあくまで神話だから……」


と言うしかない。


「でも、そこまで詳細にわかってるんだからよ、あながち作り話でもねぇんだろ?」

「かもしれない……けど、僕は詳しいわけじゃないからわからないや……」


ロランは頭を掻き、カサンドラの方を見る。けど、カサンドラは知らんぷりをしていた。知らないのか、知っていて話さないのかはわからないが、とにかく話す気はないらしい。


「ふーん……ま、いいか。そんなことよりよ。今はそんないわく付きのドラゴンが、現にここにいるってことの方が大問題だぜ……けどいまいちわからねぇのがよ、ロラン。赤いドラゴンなんて、ドラゴンの中ではありふれてるんじゃねぇのか?」


アーシュはロランに尋ねる。

だが、ロランが日がな学校の図書室に閉じこもって、図鑑を読み漁った中には「赤い竜」も「白い竜」もその神話のもの以外はいなかったと記憶していた。


「ううん……赤いドラゴンなんて他にいないよ。これがもし予言のドラゴンに関係していたなら世紀の大発見になるよ……見つかったらどうなるか……」


ロランとアーシュは想像する。

いくつか明るいパターンの想像もできたが、だいたいは暗くドロドロと血生臭い想像に終始した。


これは……見つかってはいけない類のものかもしれない。


「なぁ……ロラン」

「そ、そうだね……アーシュくん。このことは他言無用……僕たちの胸の中にしまっておこう……」

「ええ。それがいいと思うわ。リッケも私たち以外にはドラコを見せるつもりはないし」


カサンドラは言う。

それにリッケは申し訳なさそうに頷いた。


「うん。ごめんだけど、そうなんだ。おばあさまからも、ドラコのことは森の外に出すなって言われてるし……赤い竜のお話は知らなかったけど……でも、もし知ってたとしてもみんなには秘密を作りたくなかったからさ! みんななら、むしろ話しておいた方が安心できるから……私は」


リッケは言う。

リッケにそう言われたら、もう誰にも異存いぞんはなかった。


「も、もちろん、誰にも言わないよ!」

「ふーっ。だな。俺も自分からやばそうなヤマに首を突っ込むほどバカじゃねぇつもりだぜ?」


ロランとアーシュはそう答えた。


その答えにリッケはにっこり笑い、ありがとうと言った。

そして、ドラコを促し、二人のもとに行かせる。


ドラコはロランとアーシュの顔をしばし観察していたが、やがてこうべを垂れた。


ロランはそっと頭を撫でる。

硬くひんやりとした鱗の感触から、なぜか強い生命力を感じた。

アーシュもそれにならい、頭を撫でる。アーシュも何かを感じ取ったのか、目を細めた。


「よろしくね。ドラコ」


ロランが言うと、ドラコは微かに頷いた気がした。



――こうしてドラコを加えた一行は、無事に湖へとやって来た。


それもそのはず、魔物など一匹たりとも出なかったのだ。


その理由はひとえにドラコにある。


ドラゴンは見方を変えると、巨大な魔力の塊なのだ。

なので、古来からドラゴンの住むところには、他の魔物は住まないとされているほど、魔物はドラゴンを本能的に怖れる。


「どうりで、あの辺には魔物が出なかったはずだぜ……」


アーシュは思う。

あの川沿いの近くの洞穴にドラコがいたのでは、魔物が付近に寄り付かないのは当たり前だ。


だから、ドラコさえついて来てくれれば、森の中は常時ピクニック状態になる。

これがリッケの自衛手段……。

確かに役に立つなんてレベルのものではなかった。


「目的地に到着ー! さ・て・と。どうする? お昼までまだだいぶ時間があるけど、からあげ食べちゃうー?」

「愚問ね」

「ああ。今日だけは、俺もカサンドラの意見に賛同だぜ」

「じ、じゃあ……僕も……」


4人は見晴らしのいいところに敷物を敷くと、お弁当を広げ、食べた。

ロランがお茶を配る。

アーシュとカサンドラはいつもと違い、味わうようにからあげを貪っていた。「貪る」はいつも通りだが「味わう」はいつもの二人にはない反応だ。

だから、ロランもからあげを食べてみる。


(……! こ、これは!)


気がつけばロランも二人と競うようにからあげを貪っていた。

恐るべしホロホロ鳥。そして、おばあさんのスパイスとリッケの料理の腕前。


ロランは気がついていないが、近頃二人に負けず劣らず、大量に食べるようになっていた。貴族仕込みのマナーもとっくに崩れている。

そんな三人を見てリッケはまるで母親のように微笑んだ。



――みんなが食べ終わったあとの骨は全てドラコに分け与えられた。


ロランは神聖なドラゴンに食べ残しって……と思うが、リッケは全く気にしていない。

おそらくリッケの中ではドラコもピケロも等しく「森のお友達」なのだろう。

それは良いことかもしれないが、ドラコは気を悪くしないのだろうか?


見てみる。

ドラコは尻尾をフリフリ、顔をニコニコさせてリッケから骨をもらっていた。


(ドラゴンって気難しくて気位が高いんじゃないの……?)


ロランは生まれて初めて図鑑の記述を疑ったのだった。



その後は、リッケがリュックからおもむろにスコップと網を取り出し、貝を採ると言い出した。


この湖には良質な淡水貝がいるらしい。


「ピクニックに来たのに、まだ食料の心配かよ?」


アーシュは言うが、一番食べるのはどこのどいつだと指摘されたら、手伝うしかなかった。


みんな裸足になって、湖畔の砂浜を掘る。


すると、プリプリとした小粒の二枚貝が嘘みたいにたくさん採れた。


「にひひ。今晩はこれで、晩酌ね!」


リッケはオヤジ臭いことを言う。

晩酌の意味がわかっているのかわからないほど無邪気な笑顔だ。



それが終わると、ロランとアーシュは軽く組手をして、カサンドラは読書、リッケとドラコは組手を応援をした。


なんだかんだで、やっぱりみんな体を動かしたりしてしまう。けど、それまで注意しようなどとはリッケも思わない。


「たまには、こういうのもいいね」

ロランが言うと、アーシュも

「……ああ、そうだな」

と答えてくれた。


またみんなでピクニックに来よう。

できれば、恒例行事にして。

月に一度くらい。


ロランはそう思う。

けど、口には出せなかった。

でも、いつかみんなに言ってみようと思う。


そろそろ三時だ。

帰ったらもう夕方。やがて日が暮れる。


ロランは今この瞬間を焼き付けるように、必死に拳を振るう。

アーシュがそれを受け止め、返す。


「いいぞー! やれやれー!」


リッケの野次が飛ぶ。

けれど、森も湖もどこまでも静かだ。


まるで、この世界には僕たちしか存在していないかのように。


それは単なる錯覚だが、この日は、妙な説得力を持ってロランに迫った。


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