18、ピクニックに行こう
ドゥンが帰ってから三週間が過ぎた。
近頃みんな、特訓に熱が入っている。
アーシュはドゥンに教わった瞑想を従来のメニューに組み込み……早朝に起きたら、まずランニング、家畜や畑の当番、朝食、その後瞑想、昼食、ロランとの組手、カサンドラと狩り、夕食を経て、夜の瞑想と一日中、休む暇もないくらいに頑張っている。
ちなみに組手ではロランの0勝32敗と、あの劇的勝利以降、ロランは一度もアーシュに勝たせてもらえていない。
やはり、ショックの魔法を体に撃ち、放出するなどの奇襲はアーシュくらいの相手になると、一度しか通じないみたいだった。
もっと考えて工夫しないと、とロランは思う。
一方、カサンドラは封印の解けた魔書を、毎日取り憑かれたかのように読み耽っていた。
朝の当番と、かまどの火入れ、ロランとの詠唱練習、アーシュと狩りをする以外の時間はほとんど全て読書だ。
なんなら、狩りをする時にも本を読んでいたとアーシュは言っていた。
そんなカサンドラは新しい本について、
「知らない詠唱がたくさんある。だから、全部覚える」
と豪語している。
詳しい内容のことは、まだ不確定な部分もあるとのことで教えてはくれないが、ロランにも合う詠唱魔法を新たにひとつ選んでくれた。
『ホーリーランス』という聖属性には珍しい近接攻撃魔法だ。
一度詠唱すれば手持ちの武器としても、投げても使えて、なおかつ対人、対魔物にも効果があるというロランの求めていたような魔法だ。
カサンドラ曰く、
「ま、本のお礼もあるし、このくらい当たり前」
とのことらしい。
ロランはありがたく、その厚意を受けることにした。
そんなこんなで、ロランも二人のお世話になりながら毎日を忙しく過ごしている。
家畜当番やリッケとの木の実集め、食事の準備、掃除等も、誰に頼まれずとも積極的にこなした。
このように、三人ともそれぞれに新たな目標と、生活のリズムができて、小屋の中はドゥンがいなくなってもなお、騒がしさを増したようだった。
――だが、この傾向をよくないと思っている人もいた。
リッケである。
リッケはロランと一緒に、鶏に餌をやりながら、
「最近、ちょっとみんな頑張り過ぎじゃない?」
と言う。ロランは、
「頑張り過ぎ……?」
とオウム返した。
リッケは頷く。
「うん。だって、最近いつ休んだ? ロラン?」
「えっ? えーっと……昨日の夜はちゃんと早く寝たけど……」
「もー、そういうことじゃなくて! 丸一日とか、半日とかまとまって休んだのはいつ? ってこと」
「や、休んだのは……わからない……いつだろう……?」
ロランは困ったように首を傾げる。
確かに、休んだ記憶がない。
「でしょう? そのくらい、みんな頑張り過ぎてるのよ。まぁ……色々刺激を受けてさ、頑張りたいのはわかるよ? けど、このままのペースで続けたら、絶対よくないと思う。休息も必要だよ」
「ま、まぁそうだね……」
リッケの言うことにも一理あった。
ロランは鶏の卵を回収しながら同意する。
それに「休息をとる」なんてこと、アーシュとカサンドラの発想の中にはなさそうだ。
誰かが言わなければ、いつまでも特訓を続けるだろう。
「でも……あの二人にどうやって休んでもらうの? 言って休むような二人じゃ……」
「へへん……」
リッケはそこでニヤリと笑う。
また、何かを企んでそうな顔だ。
「大丈夫。策はあるわ。私に任せて!」
――その日の夜。
珍しくリッケが夕食の片付けもそこそこに、部屋に戻ってきたかと思うと、三人に向かって
「明日、みんなでピクニックに行こうよ!」
と言い出した。
(そ、それが策……!?)
とロランはがっくりと肩を落とす。
「はぁ? なんだ、藪から棒に」
アーシュが案の定、気乗りしなそうに言った。
ロランはいつでもリッケの援護をできるようにしつつ、成り行きを見守る。
「ピクニックよ。ピクニックー」
「んなことは、わかってんだよ。だから、なんだって急にそんなこと」
「だって、みんな根を詰め過ぎなんだもん。だから、たまには4人でピクニックにでも行って、一日のんびりと過ごすのも、いいかなぁって思って」
「ケッ……余計なお世話だ。俺にはのんびりしてる時間なんかねぇんだよ」
「ふーっ。やれやれ……相変わらず、アーシュは真面目不良だねぇ」
「おい……その言い方はやめろ。あと、その顔も」
「ふふん、そんなに強がってていいのかな……?」
リッケは不敵に笑う。
それから、足元に置いていた籠に手を入れた。
その籠のことはロランもずっと気になっていた。あの籠にリッケは何を入れてきたのだろう。
「これを見なさいっ!」
「……! げ。そ、そいつは!」
(えっ……?)
リッケが取り出したものを見て、アーシュは目を見開き、ロランは首を傾げた。
鳥だ。
いや、首もついてないし、羽もむしってあるから、正確に言えば鳥肉か?
とにかく、リッケはそんな鳥の脚を持って誇らしげに掲げていた。
「て、てめぇ……」
それを見せつけられたアーシュは、リッケを睨みつける。
「どう? 今日、町に出掛けて買ってきたの。こんなに立派な『ホロホロ鳥』滅多にとれないらしいわよ? ちょっと奮発しちゃった」
(ホロホロ鳥? 珍しい鳥なのかな……)
ロランは思い、アーシュを見る。
アーシュはまだリッケを睨んでいた。が、その口元が少し緩んでいるのは否めない。なんだか変な表情になりつつあった。
「……チッ。どうする気だ……それを……」
「ふふっ。もちろん、今からおばあさまの特製スパイスに漬け込んで、一晩寝かせたあと、明日の朝、からあげにするわ。ピクニックのお弁当に入れるんだもの……あ! でも、アーシュはピクニックには行かないのよね? 残念ねぇ……これはピクニックに来た人にしかあげられない」
「なっ……! クソッ……卑怯だぞ」
「あっそう? じゃあ、来ないのね?」
「……くよ……」
「えっ? なんて? 聞こえなかったなぁー」
「行くに決まってんだろ! クソがっ! ピクニックにでも何でも言ってやらぁ!」
「にひひひ。決まりね」
どうやら、リッケの完勝のようだった。
「いやぁ、楽しみだなー」
リッケは笑って、ホロホロ鳥を籠にしまう。
アーシュは耳を少し赤くして、見るからに怒っているようだが、それ以上は何も言わなかった。
これが策だったのか……。
おそるべしホロホロ鳥。
(にしても……アーシュくんって、からあげで簡単に釣れるんだな……)
ロランは思わず笑いそうになったが、アーシュに気づかれそうになったので、危ういところで踏み止まった。
それから、ずっと読書に耽るカサンドラに近づき、
「っていうことになったんだけど……カサンドラさんも行くよね?」
と聞いてみた。
カサンドラはロランに振り返り、頷く。
「行く。私は本が読めればどこでもいいから」
らしい答えだが、それだと休むことになってない。ま、いいか。
「それと、リッケのからあげ美味しいし」
カサンドラもからあげを絶賛だ。
そうまで言われると、ロランもだんだん、からあげが楽しみになってきた。
――翌朝。
リッケがお弁当をリュックに入れて背負い、ロランが飲み物と敷物などを背負う。
アーシュは朝のランニングをしたあと、着替えを済ませていた。腰にはナイフを装着している。
カサンドラは眠そうに目をこすりつつも、しっかりと新しい本と杖を抱えている。ちなみに今日の髪型は簡単なポニーテールだ。
「よしよし。ピクニック日和! これも日頃の行いが良いからね!」
リッケは言う。
が、ロランが来てからというもの、森はだいたいずっと晴れている。
このタイミングで雨でも降ったら、よほど行いが悪かったことになるだろう。
「でよ。今日はどこに向かうんだ? ピクニックなんてしたことねぇし……」
「うん。今日はね、湖まで行ってみようと思うの」
湖は、いつもリッケとロランがキノコ採りをしている辺りに流れる川の上流に位置する。
最近ではロランはアーシュと一緒によくその畔で組手をしたり、瞑想をしたりしているが……
「おいおい……あの辺は魔物が出るんだぞ? わかってんだろう?」
そうなのだ。
魔物が出る。そんなところにリッケを連れて、のんびりピクニックになど行けるのだろうか……。
「そ、そうだよ、リッケ。遠出したいのはわかるけど……リッケにもし何かあったら……」
ロランは心配そうに言う。
けど、リッケはけろっとして、
「ありがと、ロラン。けど、私なら大丈夫。みんなもいるし、それに……私にも私なりの自衛の、し方があるのよ」
と言った。
それを聞いたカサンドラは何か勘づいたようで、
「……いいの? リッケ。あの子を見せて」
と尋ねる。
リッケはカサンドラの問いに頷いた。
「うん。いいの。っていうか、私はいつ見せてもよかったんだけど、あの子が警戒してたんだ。でも、もういいみたい」
「そう」
リッケとカサンドラは訳知り顔だが、ロランとアーシュは何のことかわからない。
「また、妙なこと企んでんのか?」
が、すぐにわかることとなった。
――一行は森を川沿いに進む。
いつもアーシュと急いで駆け抜ける辺りだが、ゆっくりと歩くと見える景色が変わったようで新鮮だ。
と……
「よし……みんな、この辺りで待ってて」
その途中、突然リッケが言い出し、森の中へと消えていった。
ロランはついて行こうとしたけれど、カサンドラに止められて、三人で待つことになった。
「ピケロでも呼んでくるのかな……?」
「ああ? なんだそりゃ?」
「リッケに懐いてる、イノシシだよ」
「はぁ? あいつ、イノシシまで手懐けてんのかよ。けどよ、イノシシが魔物の前でなんの役に立つんだ?
」
「ふふっ」
ロランとアーシュが話していると、カサンドラが笑った。
二人はその表情をまじまじと見る。
カサンドラが笑うなんて珍しい。
「魔物の前で役に立つ……ね」
「ど、どうしたの? ……カサンドラさん」
「いえ、少しおかしくて」
「おかしいって、何がだよ」
「そうね……ま、見ればわかるわ」
(役に立つどころじゃないってことが……)
カサンドラがそんなことを思っていると、リッケが戻ってきた。
何かを引き連れて。
やっぱり動物を呼びに行ったのだ。
しかし、ピケロではない。
というか、それは動物でもなかった。
魔物だ。
いや、「魔物」とその生物を一括りにするのも憚られるほど、その姿は高貴であり、瞳には確かな知性が溢れていた。
「ド、ドラゴン……!?」
ロランとアーシュは同時に言う。
なんと、リッケが引き連れてきたのは、リッケの背丈ほどの大きさの、赤い竜だった。
リッケは照れ臭そうに笑う。
「えへへ……これが私の自衛のし方」