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16、解けた封印

まばゆい光を放っていたのは、鍵の青い宝石で、それはやがてゆっくりと収束していった。


ロランは目を開ける。

見ると、カサンドラは既に、恐る恐る本を開いており、そこにはもう以前の妖精の童話や美しい挿絵は、影も形もなくなっていた。


その代わりに現れていたのは、ロランもすっかり見慣れた古代文字と何かの図解だ。


「と、解けたって……え? なんで?」


ロランは覗き込んで、間抜けな声を出す。


カサンドラは真剣な顔をして、早くもブツブツ言いながら、本を読み始めていた。


カサンドラは本から目を離さずに言う。


「あなたが解いたのよ。私は、鍵にこの本の情報を入れておいたの。封印の暗号を知るために。これはそのための道具なの。暗号が解けたら鍵が教えてくれる。あとは、それを本にかざせば、封魔書が真の姿を現すという仕組みよ……」


「え……じゃ、じゃあ、僕は鍵を壊したわけじゃないの……?」


「全然違う」


「な、なんだぁ……よかったぁ……」


ロランはそれを聞いてほっとした。

その声にカサンドラは、呆れたようにため息をつく。


「ほんと、信じられない……私、少し自信喪失しそうよ」


「えっ? な、なんで?」


「……ないしょに決まってるでしょ」


(や、やっぱり怒ってる……? そ、それはそうか……もうちょっとのところだったんだもんね、たぶん……)


「じゃ、じゃあ、僕は夕食の支度を手伝ってくるね。で、できたら呼ぶから……」


「ええ。お願い」


ロランは本に噛りつきのカサンドラを残し、部屋を出る。


たぶん、しばらく一人にしてあげた方がいいだろう。


女の子って難しい。

もしかしたら、カサンドラに限ってのことかもしれないけれど。



――アーシュとドゥンが夕食の時間ぴったりに帰ってくると、早速全員で食卓を囲んだ。


カサンドラは一秒でも本を読む時間が惜しいようだったが、全員で食卓を囲むことは、この小屋における唯一の鉄の掟だから、仕方がない。

それに、いつも魔力を大量に消費しているらしいカサンドラはすごくお腹が減るのだ。適当に済ますこともできない。


ロランの向かいにはアーシュが座っている。


アーシュは見るからにボコボコにやられていた。

傷が全然治癒しきれていない。

顔なんてひどく腫れている。


「アーシュくん……だ、大丈夫? 何があったの」


ロランは聞いた。

アーシュは口の中が切れているのか、痛そうにスープを吸いながら話す。


「昨日話した瞑想の修行あったろ? あれから、今日は組手の修行に移ったんだがよ……あのじじい、手加減てものを知らねぇんだ……」


「そ、そうなんだ……あの、よかったら、ヒーリングかけようか……?」


「いや、いい。これも修行の一環なんだと。なんでも、俺の使う風の精霊の力には、わずかだが治癒力もあるらしくてよ。その感覚を掴んでおいた方がいいだろうって……ま、今まで攻撃のことしか考えてこなかったからな……」


「そ、そうなんだ……すごいね。これでアーシュくんが治癒までできるようになったら……」


ロランはちょっと寂しそうに言う。

そんなことになったら、自分の出番がなくなるからだ。


「まぁな。でも、お前の治癒魔法みたいに即効果があるものじゃねぇし、たかが知れてるぜ? それよりも、やっぱり俺は攻撃を磨きてぇ。せめてじじいに一発、強烈なやつをぶち込めるくらいの攻撃をな……」


「そ、そうだね。なんか、その方がアーシュくんらしいね」


「へっ……知ったような口をききやがって……それで? お前の方こそどうなんだよ? 一人でもちゃんとやれてるのか?」


「う、うん! なんとかなってるよ! 今日なんてね、一人でワイルドウルフを12匹倒したんだ……!」


ロランは嬉しそうに話す。

が、アーシュの方はさして、感動もないようで


「……ケッ。たかが12匹で、そんなに喜ぶんじゃねぇ」


と言う。

その冷ややかな反応に、ロランはがっかりした。


「そ、そうだよね……」

「でも、まぁ……この短期間で、そこまでいったのは、素直にすげぇと思うぜ……?」


しかし、アーシュはそう付け足してくれた。

それで、ロランはすっかり笑顔に戻る。

単純だ。


(アーシュくんに褒められた……えへへ)


(ったく。ワイルドウルフなんかに苦戦しやがって……お前の潜在能力がありゃあ、そんなの瞬殺だろうが……)


ロランのにやけ顔を見て、アーシュは思う。


が、ロランに足りないものが多いのも確かだ。

あとは本人がどのくらい工夫できるか。その「気づき」にかかっている。


だから、あえて口には出さない。

ロランに関しては、今はその急成長だけでも、十分に及第点だろう。


それよりも、もっと自分の心配をしなければ。


「俺も、負けてられねぇな……」


アーシュはロランに聞こえないようにつぶやいた。



――食後。


ロランは話し込むアーシュとドゥンのもとに行き、


「明日のお二人の特訓……お邪魔はしないので、見学させていただけませんか?」


とお願いをした。


「ああ? なんだ、急に?」

「い、いや、その……ドゥンさんも明日で帰っちゃうでしょ? だから、その前に二人が組手をやってるところを見ておきたくて……」

「ほほう。組手をかのぅ?」

「あ、はい……僕、組手が苦手で……それで、いつもアーシュくんに指一本当てられないから……だからドゥンさんは、どうやってアーシュくんをこんなにしちゃえたのかなって……」

「……チッ。そんなに、俺がボコボコにされるところを見てぇのかよ?」

「そ、そんなんじゃないけど……! ただ単に興味があって……」

「ほっほっほっ。よいではないか。向上心がある時が鍛え時じゃ。わしは構わんよ?」

「……はぁ、別に俺も断る理由はねぇよ。今日一人で魔物を狩ったって言ってたしな。もう足手まといにはならないだろ」

「ドゥンさん……アーシュくん……ありがとうございます!」


ロランの申し出が実って、最終日は朝から三人で特訓することになった。



――翌朝、湖畔近くの森。


アーシュは瞑想に入る。


もう三日目とあって、入り方が堂にっているようにロランには見えた。


ドゥンの勧めで、ロランも隣に並び、一緒に瞑想を始める。

足の組み方が魔法教国にはないものなので痺れそうだが、慣れればなんともないという。


ドゥンはそんな二人の瞑想を観察し、時々助言を与えた。


今日は特にロランへの助言が多かった。


「ロラン。お主もただ漫然と目を瞑っておればよいとは、思っていないようだがのぅ。何をどう感じればよいかまではわかるまい?」


「は、はい……」


「ふむ。まぁ、それはそうなんじゃ。お主はアーシュと違い、精霊を身近に感じることはできないからのぅ。じゃから、いくら精霊に祈りを捧げたところで力は得られん。そこで、ひとつの試みをしたいのじゃがの?」


「試み、ですか……?」


「そうじゃ。ロラン、お主は瞑想をして、外の力を内に取り入れるのではなく、内なる力を外に放出する訓練をしたらどうじゃ?」


「内なる力……?」


ロランは眉をひそめる。

内なるといっても……魔法使いは大気中のマナを体内に入れて力を得ているのではなかったか?

内にそもそも力などあるのか?


そんな疑問を先刻承知していたのか、ドゥンは言う。


「不思議そうじゃのぅ。じゃが、内なる力を高め、放出する修行は、瞑想においてはどちらかといえば正当な方法なんじゃ。わしらのような精霊の力を借りる者を別にすればの」


「は、はぁ……」


「誰にでも内なる力はある。それは魔法使いではない者を見ればわかることじゃ。そういった者は精霊の力も借りず、マナも使わず、己の内なる力を鍛えることによって、わしらと同等か、それ以上に戦いよる……わしはそういう奴らを今までに何人も見てきた……」


「は、はい」


「そこで、ロラン、お主じゃ。お主、聞くところによると、攻撃魔法を持っていないらしいのぅ?」


「そ、そんなことは……でも……ただ、使い勝手のいい魔法がなくて……」


「ほっほっほっ。じゃろ? そこで試してもらいたいことがあるんじゃ。でなければ、お主のその、せっかくの手甲てっこうも泣いてしまうぞい?」


「えっ? こ、この手甲のことですか?」


ロランはびっくりして聞く。

ドゥンは、これのことを何か知っているのだ。


「ああ。そうじゃ。わしは門外漢じゃから、詳しいことまではわからんが、それはおそらく『魔導具』の一種じゃの」


「ま、魔導具?」


「ああ。そうじゃ。魔導具は普通の装備と違い、魔力を通し、増幅させることができるんじゃ」


「魔力を、増幅……?」


ロランは疑問に思う。

昨日、その前と手甲を使ってみたが、魔法を撃つ際、魔力が増した感じなんて一切しなかったが……


「なにかやり方があるんですか?」


「ああ。もちろんじゃ。しかし、その魔導具の作られ方によって、やり方は変わる。どれ、見せてみぃ」


ロランはドゥンに促され、手甲を外して渡す。

ドゥンはそれをざっと調べ


「どうやら、これは『封印式』のようじゃのぅ……」


と結論付けた。


「封印式……ってなんですか?」


「うむ。魔導具というのは、魔力を通すと言ったがの。その通し方にも色々と違いがあるんじゃよ。例えば、特殊な鉱石や金属を使って作ったり、術式を組み込んだり、魔法陣を彫り込んでおいたりとな……それと、もうひとつ代表的な方法として『何かを封印して媒介にする』というものがあるんじゃ」


「何かを封印して……ってことは、この手甲にも何か封印されてるってことですか!?」


ロランは手甲を恐ろしげな目で見る。

今までは頼もしい相棒みたく思っていたのに。

だいたい、そんな話、防具屋さんは一言もしてくれなかった。


「ほっほっほっ。まぁ、そう慌てることはないわい。大抵、封印に使われるのは下級の魔物じゃ。魔法の媒介にさえなればよいわけだからのぅ」


ドゥンは笑って言う。

それを聞いてロランもいくらかほっとした。


(か、下級の魔物か……なんだ……それなら大丈夫かも)


「よって、封印式の扱いは簡単じゃ。ただ、その手甲に向けて己の魔力を流してやればよい。どうだ、ロランや。ここまではよいかのぅ?」

「はい!」

「うむ、よい返事じゃ。そして、ここからが封印式のおもしろいところなんじゃがの? 封印式の魔導具に魔力を通すと、なんとそこに封印されている魔物の持つ属性に魔力が変化するんじゃ」

「魔力が変化……?」

「そうじゃ。例えばお主が、内なる魔力を魔法として放出するのでなく、ただ純粋な魔力として放出できるようになったとするじゃろ? すると、それはおそらく聖属性、もしくは無属性なんじゃ。血の影響でのぅ。しかし、この魔導具を使い、魔力を放出すれば、封印された魔物が炎属性であれば炎に。水属性であれば水になるというわけじゃ」

「おお……そ、それは」


便利だ。

とロランは思った。


「と、ということは……この手甲を通して魔力を出せるようになれば、僕は詠唱魔法以外でも、魔物と戦えるようになるんですね!?」


「ほっほっほっ。その通りじゃ。やっと腑に落ちたらしいのぅ。じゃが、すぐに内なる魔力を外に出せるようになるとは限らんし、それにこの手甲の属性が戦いに向いているかどうかも、わしにはわからんぞ?」


ドゥンは言う。

確かにその通りだ。


でも、やってみない手はない。


そう思うとロランは瞑想を再開した。


(内なる力を……魔力を、手甲に向かって流す。そして、そこから放出して武器にする)


そんなイメージでロランは集中する。


具体的にはどうやればいいか。


魔法なら詠唱すればよい。

そうすれば手から勝手に放出される。

考えてみれば詠唱とは、なんてお手軽なんだろう。特に短縮詠唱なんて、魔法名を叫べばいいだけなのだ。


しかし、魔力を出すのは違う。

ちゃんとコントロールしなければならない。

自分の中の魔力の位置、形、量を。

そして、目的を持たなければならない。

なんのために使うか。どのようにして使用し、それでどんな結果を得たいか。

とても具体的に。


ロランは静かに集中し続けた。


すると、


「おお……! これは……」


と言うドゥンの感嘆する声が聞こえてきた。


ロランは目を開けて確かめてみる。


そして、驚いた。


なぜなら、ロランの両手の手甲。


そこから、黒々としたもやが立ち昇っていたからである。


「……えっ!? な、なんですか!? これ!?」


ロランは両手から怪しく立ちこめる、禍々しい靄に思わず顔を背ける。


ドゥンはそんなロランを尻目に、珍しいものでも見るかのように、じっと靄を見つめていた。


「ほぉ……こりゃ、たまげたのぅ。まだこんなものが残っていたとは……」


そして、こう結論づけた。


「こりゃ、闇属性じゃ。封印されているのは、悪魔族じゃな。それもかなり上等な」


「え……」


ロランは絶句する。

その横で、これまでなんとか集中を保っていたアーシュも


「おいおい……マジかよ」


と、さすがに目を開けずにはいられなかった。


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