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15、ロランの一人特訓

――朝。天候は晴れ。


ロランは一人で森に立っていた。


そこで、先ほどから、この先に足を踏み入れるか否か、逡巡しゅんじゅんしている。


ここから先は魔物が出るのだ。

けど、今日もアーシュはいない。

一人で入るには、覚悟を決めねばならなかった。


ロランは深呼吸をし、新しく買った手甲を頼もしそうに撫でる。


カサンドラに言われたのだ。


「せっかく良いものなんだから、毎日装備すれば? その方がおもしろいし」


と。

いったい何がおもしろいかは不明だが、そう言われて着けない理由はない。

ロランは今日も手甲を装備し、特訓に来ていた。


(ふーっ……とにかくワイルドウルフの群れには注意だ……魔法で防御して、詠唱時間を稼いで、各個撃破……背後に注意して……よし)


ロランは戦い方を頭の中で何度も何度もシミュレーションすると、意を決してその先へ足を踏み入れた。



森の深いところに入ると、朝は暗さが増す。


ロランはゆっくりと辺りを見回して、魔物の出現を見逃さないように注意する。

先制攻撃は受けたくない。

それは、魔物との戦いにおいては絶対条件だとアーシュにも教わった。


(こ、怖いなぁ……いつも先に気づくのはアーシュくんだしなぁ……)


ロランは恐る恐る歩く。

森の静けさは、こういうときはかえって不気味だ。


と……


微かな物音がした。


ロランは振り返る。


そこには、既に飛びかかる寸前のワイルドウルフがいた。


「……! クリスタル・ディフェンス!」


ロランはすぐさま、片手で防御魔法を展開する。

すると、ロランの左手の前に透明なクリスタルの壁が現れ、それにワイルドウルフは弾かれた。


ギリギリ……間一髪だ。


ロランはほっとする間もなく、素早く後退し、木に背中を預ける。

そうして、左手で壁を展開したまま、詠唱を始める。


「雷のマナよ。我は求める。汝を。裁きの力を……」


慌てず、心を鎮めながら。

でなければ、詠唱はうまくいかない。


しかし、ロランが見ると、既に5匹のワイルドウルフが集まりつつあった。

嫌でも、慌ててしまう。


(落ち着け……落ち着くんだ……防ぐだけなら難しくない。これなら、僕にもやれるんだ……)


ロランに弾かれたワイルドウルフは立ち上がると、また勢いよく飛びかかってきた。


ロランはそれを正確に防御する。

詠唱は止めずに。


「……ここにきたるは、雷撃の一端。ただ立ち尽くし、そして眠れ!」


ロランはしゃがみ、右手を地面につけた。

そして、狙いを定めて放つ。


「ショック!」


すると、ロランの手から黄色味を帯びた魔力が地面へと伝わり、消える。


が、それは消えたのではなく、地中を走り、ワイルドウルフに向かっていたのだ。


ワイルドウルフはそれに気がつき、飛び上がって逃げようとした。


しかし、その少し手前の地中から飛び出した魔法『ショック』の雷は、容赦無くワイルドウルフに直撃し、全身を焦がして、気絶させた。


また、他のワイルドウルフを感知した魔法は地中で分裂していて、確実にこの場にいる他の全てのワイルドウルフにも襲いかかった。


魔法を放ってからこの間まで、ほんの一瞬の出来事である。


だが、ワイルドウルフは焦げた匂いと黒煙をプスプスさせ、全滅していた。


「……や、やったの……かな?」


ロランは今度こそほっとし、小さくガッツポーズをする。


「よしっ。イメージ通りだ……よかった……僕も、やればできるじゃないか……!」


ロランは少しだけ感動し、涙を浮かべていた。

けど、これ以上余韻に浸っている暇はない。

こっちにその気はなくても、魔物は待ってくれないのだ。

そろそろ、この焦げた匂いに釣られて魔物がやってくるはずだ。


「さぁ……来い」


ロランはまた防御を固めつつ、詠唱を始めた。



――午後。


ロランは結局、ワイルドウルフに二回噛みつかれてしまった。


一箇所は咄嗟に手甲で防御して助かったが、もう一箇所の右足は痛かった。というか、危うくやられるところだった。


やはり魔物の群れは怖い。

一瞬、死ぬかと本気で思った。


こういう時、素早く使える治癒魔法があって本当によかったと、ロランは思う。

その一方で、素早く使える攻撃魔法がないのは、今だに残念でならない。


(カサンドラさんに教わった魔法は、威力はすごいけど、やっぱり隙が大きいよなぁ……)


ロランは詠唱の特訓をしながら考える。


こうやって詠唱を積み重ねることによって、詠唱時間を短縮させられるらしいが、実戦ですぐに使えるほどになるには、あと何十年もかかるそうだ。


(そこまでは待っていられない状況だし……つまり……単独で戦うのは、やっぱり向いてないってことかな……)


「こら。ロラン」


ぼーっと考えていると、カサンドラが言った。


「もっと集中。でないと、意味がない」

「は、はいっ! ご、ごめんなさい!」


ロランは注意されて、詠唱修行に集中する。


カサンドラは納得したように頷いたが、さっきから木陰に座り、うつらうつら船を漕いでいた。


昨夜も遅くまで封魔書の封印と格闘していたらしい。でも、朝は早く起きて手伝いをしたから、とても眠いのだと言う。


(早くって言っても、7時半なのに……)


ロランは心の中でつぶやく。


が、この修行はカサンドラの善意で成り立っているのだから、これ以上は失礼だと、ロランは思いなおし、再度、詠唱に集中した。


(コツコツ、地道に。これで攻撃魔法を覚えられるなら……)



――一時間後。


今日も二つの詠唱魔法をきっちりやりきった。


ロランはひとつ大きく息を吸い込み、吐く。

そうすると体に心地よい疲労感が広がった。


カサンドラのもとへ戻る。

が、カサンドラは木の根元ですっかり眠り込んでしまっていた。


ロランは耳元に近づいて、


「カサンドラさん。終わりましたよ」


と言う。

が、ちっとも起きる気配がない。

カサンドラはこういう時、テコでも起きないのだ。


「ふーっ、まぁいっか……」


何を急いでいるわけでもない。

ロランはカサンドラの隣りに座り、少し休む。


ロランは木々の合間から漏れる、木漏れ日をぼーっと見つめた。


爽やかなそよ風が、疲れた頬を優しく撫で、手をついた土はほのかに暖かい。


「ここは……いい場所だな……」


ロランはふと、つぶやいた。


「けど、僕はずっとここにはいられない……」


とも。


母さんが迎えに来るから。


でも……もし、僕が帰りたくないと言ったらどうなるだろう?


ずっとここで暮らしたいと言ったら……。


母さんは……許してくれるかな?


ロランは思う。


けど、こうやって色々な特訓をしているのは、ただ自分のためにというのもあるが、基本的には、学校であれ以上、悔しい思いをしないようにと、その一心でやっていた。

みんなもそれを承知で力を貸してくれている。


結局のところ、僕の努力の基準は、まだあの世界にあるのだ。

あちらの日常の中に……。


(なら……もし、僕がここに残れるようになったとして……僕が努力する理由って、いったい何になるんだろう?)


ロランは考えた。


(自分のため? それとも、誰かのため? それとも、努力することに理由とか目的とか、そういうものはいらないのかな?)


ロランは思う。

けど、答えは出なかった。


(僕がここに住むことになって、みんなと楽しく暮らして……たぶんそれだけで僕は満足しちゃうと思う。けど、僕はそうでも、みんなはそうとは限らない。みんなも、僕みたいにいつまでもここにはいられないと思ってると感じるから。じゃなければ、アーシュくんも、カサンドラさんも、あんな必死な目をしないはずだ……)


ロランは特訓中のアーシュとカサンドラの顔を思い浮かべる。

いつも、何かを必死に求めているような顔を。


(今のこの生活……みんながいて、楽しくて、ワクワクして……これはきっと、ずっとは続かないんだ)


ロランはカサンドラの寝顔を見つめる。


カサンドラは猫みたいに丸くなり、とても幸せそうな寝顔をしていた。


ロランは少し頬を染めて笑う。


(だから……今、この瞬間を僕は必死に頑張ろう。貴重なんだ。みんなとの時間は……)


「それが、今の僕の努力の理由……」


ロランはつぶやいた。



――結局、いつまでも寝続けるカサンドラをロランは負ぶって帰った。


カサンドラは、小柄で華奢だから、とても軽かった。

けど、そんなことより時折香る、石鹸の香りがなんだかとてもこそばゆくて、ドキドキを抑えるの方が大変だった。


「ただいま……」


ロランが必死にドアを開けると、


「あっ! おかえりー!」


と、リッケが迎えてくれる。


アーシュとドゥンさんはまだいないみたいだ。


「おかえり。ロラン」

「おばあさん。ただいま」


おばあさんは、安楽椅子に座り、新聞に目を通していた。


「おや、はっはっはっ。カサンドラは寝てしまったのかね?」

「はい……」

「もう夕方だというのに……仕方ない子だねぇ。けど、こんな顔をされたら、とてもじゃないが起こせないねぇ」

「は、はい……」

「うむうむ。悪いが、ロランや。もう少し寝かせておいておやり」

「はい。わかりました」



ロランは部屋に戻ると、カサンドラをとりあえず自分のベッドに寝かせた。

カサンドラのベッドまで上げるのは無理だったし、勝手にリッケのベッドに置くのも躊躇われたからだ。


(起きたらちゃんと説明しよう……そうしたらわかってくれるはずだ……)


ロランはその場から離れようとする。


けど、その時ふと、カサンドラのローブのポケットから、例の封魔鍵が頭を出しているのが見えた。


(あ、あれは、確か……)


ロランは好奇心から、それをローブからそっと引き抜く。


封魔鍵は、鍵というより、少し大きめのコンパスのような形をしていた。

本体は金でできていて、ずっしりと重く、真ん中に大きな青い宝石がはめ込まれている。その宝石の周りを縁取るように、古代文字が刻まれたダイヤルのようなものがたくさんついていた。

昨夜からずっとカサンドラがいじっているダイヤルだ。


ロランは試しにダイヤルを回してみる。


すると簡単に回った。


(なんだ。僕にも動かせるんだ)


ロランは嬉しくなり、つい調子に乗ってダイヤルをいじる。

本来なら、カサンドラがせっかく試行錯誤していたものを勝手に変えるなど、絶対にしないロランだったが、この日はどうかしていたとしか思えない。


(ここをこうかなぁ……? まぁ、わからないけど)


ロランは適当にダイヤルを合わせる。

なんとなく、こうかな? たぶん、こうだろうなと。


そして、全てのダイヤルを回し終わった時。


カシャッ。


と、鍵が鳴り、側面から様々な形をした突起物がたくさん飛び出してきたのである。


「うわっ!」


ロランはここで正気戻った。


ロランは手の中の鍵を見つめる。

それは、元の丸い形ではなく、さながら太陽のような形に姿を変えてしまっていた。


(し、しまった……こ、壊した!?)


「……ロラン?」


その声にロランは思わず飛び跳ねる。


振り返るとカサンドラが起きて、そこに立っていた。


カサンドラはロランの手の中の封魔鍵を見つめている。


ロランは今更隠すわけにもいかず、


「あ、あの…… これは……ご、ごめんなさい……」


と言った。


が、そんなロランを無視して、カサンドラは険しい顔でロランの手から鍵をひったくる。

そうして、机に向かった。


(ま、まずい……カサンドラさん、すごく怒ってるよ……)


ロランは冷や汗をかく。

ここは、もう謝り続けるしか……


そう思っていた時。

カサンドラの前の方から、真っ青な光が溢れ出した。


「なっ……!?」


ロランはあまりの眩しさに目を閉じる。


「カ、カサンドラさん……!?」


ロランは心配して近づく。


「ど、どうしたんですか!?」


ロランは聞く。

いったい、何が起こったのか。


けど、それはすぐにわかった。

まだ、眩しくて目も開けられないロランの耳にカサンドラの声が飛び込んできたからだ。


「解けたの。封印が……」


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