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13、モリエールとドゥンのお茶会

気を失っているアーシュをベッドに寝かせ終わると、ドゥンはリビングへと戻った。


そこで、久しぶりに相見あいまみえた魔女、モリエールに改めて挨拶をする。


「随分、お久しゅうございます。モリエール様。変わらず、お元気そうでなによりです」


「お前もあまり変わってないねぇ。いきなりやってきたと思えば、私の可愛い子供を痛めつけて」


「お言葉ですが、子供というのは無理がありましょう。よくて孫。いや、ひ孫と言った方がよろしいかと」


「減らず口も相変わらずだねぇ。まぁ、いい。わざわざ来たんだ。茶くらいは出そうかねぇ?」


モリエールは紅茶を淹れ、テーブルに運ぶ。


そして、ドゥンと向かい合わせに座った。


子供達がいないから、小屋の中はとても静かで、ソーサーとカップの擦れる、カチャンという音がやけに大きく聞こえる。


「して、ドゥンや。お前は何しにここへ来たのかい? まさか、お前ほどの男がただの『挨拶』とは言わんだろう?」


「ほっほっほっ。それは買い被りですよ。モリエール様。わしは、ただ本当にひと言ご挨拶をと、伺ったまで……」


「はっはっはっ。老いて随分と小賢しくなったもんさね。言わなくとも、お前がここに辿り着いたこと『それ自体』が問題だと、気づかぬ私じゃないからねぇ」


モリエールは紅茶を飲む。


「おっしゃる通りです。しかし、あなた様は『予言の魔女』。よもや何の考えもなしに、自分の居場所をお示しになりますまい? なぜ、ほんのひと時でも、森の結界の外に出られたのですか?」


ドゥンは率直に尋ねた。

モリエールは


(やはり、それを尋ねに来たのかい)


と思う。


「ドゥンや。私を『予言の魔女』などと呼ぶのは、もはやお前を含めて数人くらいのものだ。そのくらい、私の力はとうの昔に衰えおった。今回の件も、ただの気まぐれさね。ちょいと、森の外に子供を迎えに出ただけのことよ」


「子供を迎えに……あの少年、アーシュのことですか?」


「いや、他の子さ。お陰で、近頃は小屋の中が賑やかで、ちっとも退屈しない。お前も子供がおるからわかるだろう? 年を取ると、あの声が恋しくなるんだ」


「ええ。それはわかりますが……しかし、あの少年は『風の民』です。普通の少年ではない。そうなると当然、私はあなたの『あの予言』を思い出してしまいます。あの子が例の子供なのでは、ないかと……」


そう指摘され、モリエールは紅茶のカップを見つめた。

少しの沈黙が訪れる。

が、やがてモリエールはドゥンを見て、またゆっくりと話し始める。


「言ったじゃろ? ドゥン。私の力は衰えておる。あの予言についてもそうだ。私にはもはや先のことは何も見えやしない。アーシュはたまたま保護しただけさ。変な勘繰りはよしとくれ」


「ふむ……」


ドゥンはうなった。


「では……あの予言には、もはや効力はないと、そうお考えなのですか?」


カチャン……


モリエールがそっと置いたはずのカップが、確かな、大きな音を立てた。


モリエールはドゥンの目を真っ直ぐ見つめる。


その圧に、さしものドゥンも気圧されそうになる。


「効力か……いいかい? だいたい予言なんてものは、最初の形を完全に保ち続けるものじゃあない。文脈は変わらずとも、予言の持つ『意図』は刻々と変わっていくものさ……定まった未来などないのと同じようになぁ」


「ふむ……」


それを聞いた、ドゥンは禿げ上がった頭をごしごしと撫でた。


「わしには、よくわかりせんな……なら、予言など初めから必要なかったと……? わしには、あなたがそう仰っているように聞こえます」


「そうさね。その通りだと私も思うよ。ま、今更だがねぇ……」


モリエールは目を瞑って、何かを思い出すように言った。

ドゥンはひとつ大きく息をつく。


「しかし、それではなぜ、あなたは……」


話が振り出しに戻ってしまう。


なぜ、森に? それなのに、なぜ出た?


(ただの気まぐれのはすがなかろうて……)


「それでも……」


ドゥンの言葉を待たず、モリエールは口を開いた。


「それでも、確かめたいことがあるからさね」


と。


見ると、その目には、かつては見られなかった強い意思が宿っていた。


その目が決め手だった。


ドゥンは今日のところは、引き退さがることにした。


「……わかりました。モリエール様がそうおっしゃるのであれば、これ以上は野暮というもの」


「わかってくれるかい?」


「長い付き合いですからな。なので、報告もいたすまい」


「ふふふっ。いいのかい? 果たしてそれで、あやつらが満足するかねぇ?」


「まぁ、なんとでもなりましょう。とにかく、モリエール様に敵意がないことさえわかれば」


ここで、やっとドゥンは紅茶に手をつけた。


とりあえず、わざわざここまで確かめに来た甲斐はあった。


(まだ見定めたいことが、ひとつ残っているがのぅ……)


ドゥンはゆっくりと紅茶を飲み干すと、また口を開く。


「ただ……なんとでもなるのは、あくまで、わしの領分が届く範囲でのこと……既に、動き出した者たちのことまでは……」


「心配いらない。そこまで世話になるつもりはないよ」


「ですが、そやつらの斥候せっこうがじきに、この森にまで来るやもしれません。そうなればモリエール様、あなたも動かざるを得なくなる。そうなると、あなたの居場所がまた……」


「大丈夫さ。うちにはあの子達がいるからね。私の出る幕はないよ」


「……ふむ」


ドゥンはまた唸った。


(やはり、この方はまだ大事な何かを隠しておられる……子供たちがいるからとは……アーシュがいるとはいえ、子供に何ができる……?)


ドゥンがそんなことを考えている時だった。


何やら小屋の外が急に騒がしくなった。


楽しげな話し声が聞こえてきたのである。


子供の声だ。

明るく大きな女の子の声と、少し小さめな男の子の声。


それはだんだん小屋に近づいて来て、ついにドアを開けるに至った。


「ただいまー! おばあさま!」


リッケが元気よく帰宅した。

と、すぐに、見慣れぬ大男に気がつく。

虎だ。

虎の……おじいさん?


「あ、こ、こんばんは……し、失礼しました。おばあさまのお客様ですか?」


リッケは小さくなって聞く。

なにせ、客など本当に珍しい。

まさか、今日来客があるなどと、夢にも思っていなかった。


「そうだ。私の古い友人さ」


おばあさんが促すと、ドゥンは椅子から立ち上がった。

座っていても大きかったが、立ち上がると、さらに驚くほど大きい。


「サハマ・ドゥンという者じゃ。邪魔してすまんのぅ」


「あ、いえ、そんな……あの……はじめまして! 私はここでお手伝いをしています、リッケと申します。それと……」


そうリッケがお辞儀をした後ろ。

そこには、ドアの外から恐る恐る中を伺っているロランとカサンドラの姿があった。


「ほら、二人もご挨拶っ!」


リッケが小声で言うと、二人とも中に入って来た。

ドゥンは興味深げに、新たに入って来た二人を観察する。


なんとも優しげで、気の弱そうな少年。

そして、本と杖を大事そうに抱えている、小柄な少女。


(この気配……二人とも魔法使いじゃな?)


ドゥンは思う。


先にドゥンの前に歩み出たのはロランだった。


「は、はじめまして、ドゥンさん。ロ、ロラン・アトールと申します……」


次にカサンドラがロランの後ろから、ちょこんと顔を出す。


「カサンドラです」


「リッケに、ロランに、カサンドラか。みな、モリエール様のお孫さんというわけですか?」


「そうだ。アーシュも含めて4人。実の孫ではないが、みんな可愛い可愛い、私の孫たちさね」


おばあさんは言う。

そんな会話にロランは一人だけ驚く。


(おばあさんって、モリエールさんって言うんだ)


「そうですか。では、わしにとっても孫同然ということでよろしいですかな?」


「たわけ。そこまで気を許した覚えはないわ」


ドゥンとおばあさんは、楽しそうに言い合う。

こんな感じのおばあさんを見るのも、ロランは初めてだったので、とても新鮮だった。


ロランがドゥンを見ていると、ばっちり目が合った。

ロランは少し怖かったけれど、いい人そうなのはなんとなくわかったので、会釈する。


すると、ドゥンが歩み寄ってきて、ロランの手を取り、力一杯握った。

握手のつもりなのだろうが、手が潰れるかと思うくらい痛い。


「ロラン・アトール。貴族の名じゃな。どこの出かの?」


「あ、あの……僕は、魔法教国出身で……」


「ほう。魔法教国か、それはまたケッタイなところに生まれたのぅ」


「そ、そうなんですか……?」


「まぁの。お主はまだ子供だから、知らぬとは思うが……大人になれば、そのうちわかる時がくる」


「は、はぁ……」


ロランは何が何だかさっぱりだったが、頷いた。


そんな困り顔のロランをドゥンは見つめる。


(アーシュとは、まるで正反対のような子じゃのぅ。じゃが、そんなことより……先ほどから漂う、この少年の魔力の気配……これはいったい何なんじゃ? なぜか、とても懐かしい感じがするわい……)


「ロラン、お主はいつから、ここに?」


ドゥンは何気なく聞いてみた。

モリエールに聞くより、子供の方が何でも喋ると思ったからだ。

思った通り、ロランは正直に話す。


「ぼ、僕は最近来たばかりで……まだひと月です」


(ここに来て、ひと月……?)


時期が重なる。


ドゥンがモリエールの気配を感知した時期と。


(ということは、モリエール様はこの少年を迎えに行くために森の外に……?)


ドゥンが顎のタテガミを撫でて考えていると、


「そうさ。その子を迎えに森の外に出たのさ」


おばあさんが、ドゥンの心を見透かしたように言った。


そして、さらにドゥンの疑問に先回りするように、続けた。


「ロランは、レナの息子さね」


と。


ドゥンは驚きのあまり、口を開けた。


「なぬ……? レナ殿の?」


ドゥンは改めて、まじまじとロランの顔を見つめる。


言われてみれば確かに……その面影がある。

それに、この気配……なぜ気がつかなかったのか。


(……む? 待て。ということはまさか……この少年こそが、例の……)


「あ、あの……」


なぜかドゥンに睨まれて、バツの悪い気持ちになっていたロランが声をかける。

それでドゥンもやっと思考から帰ってきた。


「ああ……何だ? ロラン」

「ド、ドゥンさんも母さんのこと……知っているんですか?」


「……まぁの。昔、大変世話になったことがある……レナ殿は、元気かの?」


「はい。おかげさまで……とても元気です」


「うむ。それは、なによりじゃ」


ガチャ!


そんなことを話していると、廊下へ続く扉が勢いよく開き、アーシュがリビングに入ってきた。


目立つ外傷はない。

どうやら、治癒は効いたようだ。


「……じじい……」


入ってきた途端、アーシュはドゥンを睨みつける。

その不穏な空気を感じ取り、ロランはそっと離れた。


「おお。起きたかアーシュ。どうじゃ? 痛みはないか?」


「ああ、おかげさまでな」


「ほっほっほっ。なら、いい。あれを受けてそのくらいで済めば、もう十分じゃ」


「……ケッ。何が十分だよ。子供だからって甘く見んじゃねぇ! 俺はひとつも満足してねぇからな」


ドゥンは別に子供だから十分だと言った覚えはなかった。

むしろ、大人でもあの一撃を受けて無事で済むものは少ない。

だが、それは隠しておいた。

このまま勘違いさせておいた方がやる気が出るじゃろう。


「満足してないか……」


「当たり前だ! やられっぱなしは性に合わねぇ!」


「ほほう……なら、どうするかのぅ?」


ドゥンは言う。

わざと、挑発するように。


「もう一度手合わせしてみるかの? しかし、それではまたやられるだけだぞ?」


「なっ……わ、わかってんだよ……んなことは……」


いつになく弱気なアーシュは目を背ける。

だが、アーシュはすぐにドゥンの言葉の意図に気がついた。


気がついたが……躊躇う。


アーシュにもプライドってものがあるからだ。


けど本当は考えるまでもなく、アーシュにはここで躊躇う理由なんて何ひとつないはずだった。


目的の為ならば。


強くなる為ならば。


そして、


(あいつをぶっとばす為なら……)


「どうする? アーシュや」


「……へへっ。決まってんだろ……」


つぶやくと、アーシュはドゥンの方に向き直り、深々と頭を下げた。

そうして、


「頼む。俺にもっと精霊術のことを教えてくれ! 時間のあるだけでいい……だから……お願いします!」


と言った。


その光景をリッケとロランは唖然として、カサンドラは平然として見た。


少なくともリッケとロランは、こんなアーシュの低姿勢を見るのは初めてだった。

いったい、自分たちがいない間に何があったのか。


そうわれたドゥンはモリエールを見る。

モリエールはただ、にやりとして頷いた。

どこまでも、手のひらの上という感じだが、滞在は許されたということか。


アーシュはまだ頭を下げて返事を待っていた。

そこへドゥンは


「よし。わかった」


と言う。

アーシュは半信半疑で顔を上げた。


「ほ、本当に、か?」


「ああ。もちろんじゃ。戦士に二言はない。だが、わしがいられるのは、3日が限度じゃ。その間に、お主に教えられるだけのことは教えてやる。それでもよいか?」


そう言われて、アーシュは笑みを浮かべた。

ロランもまだ見たことのなかったほどの笑みだ。


「ああ、もちろんだ! 恩にきるぜ! じいさん!」


「はっはっはっ、よかったねぇ。アーシュ」


おばあさんは高笑いする。

それを聞いたドゥンだけは苦笑いをしていた。


(ここに滞在すれば見えてくるものもあるだろう。しかし、この状況まで見えていたのだとすれば……さすがは、モリエール様と言うべきか……)


「ほんと、何だかわからないけど……とにかく、よかったね! あ、そうと決まれば、ドゥンさんの泊まる部屋を考えないと! ちょっと準備してくるね!」


リッケが買い物袋を置き、廊下に消えるとにわかに小屋の中が忙しくなった。


「さ。お前たちも、リッケを手伝っておやり。久々にお客様のお泊まりじゃ。盛大におもてなししようじゃないかね」


「は、はい!」


言われてロランとカサンドラは慌てて荷物を部屋に置きにいく。


こうして、三日間限定だが、小屋がひとり分、騒がしくなった。


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