ココロ(夏)
僕とカケルは、親友でした。
同時に、恋敵でもありました。
僕らは二人とも、同じサークルの小夜のことを好いていたのです。
竹馬の友、とはこのことを言うのでしょう。
兄弟のように息がぴったりで、先輩からかわれるほどに僕と仲よくしていたカケルが、実は小夜のことを意識していると知ったのは、帰り道、夏の始まりを告げる夕立に大量の雨粒を浴びせかけられて、シャッターの降りた商店の軒下に逃げ込んだ時のことでした。二人の間を飛び交うのはいつもくだらない冗談だったのに、この時だけはなぜか違ったのです。
「お前、夏祭りに誘いたい相手とか、いるか。」カケルは真剣でした。
「突然、どうしたんだよ。」僕は戸惑いの表情に茶化すような笑いを重ねながらも、今までの仮初の平和が過ぎ去ろうとしているのを直感していました。じわじわと首をもたげながらも目をそらし続けてきた疑念が、確信に変わる時が来たのです。
しかし、僕は、無意識的にその変動を拒絶する方を選んでいました。
「別に。いないよ。」その瞬間、カケルの強張った顔の筋肉がふっと緩むのが分かりました。
こうして、僕とカケルは恋敵になりました。否、正確にいえば、カケルは僕の恋敵でしたが、僕はカケルにとって、一途な恋を応援してくれる無二の親友であり続けました。
* *
今日は海の日。西の空が次第に藍に染まり、セミの合唱も残響程度に落ち着くと、まもなく最初の花火が、夏祭り会場にほど近い港の沖合から上がります。
「OK、もらえたよ!」
あれから一ヶ月後、小夜をデートに誘った結果を、一点の曇りもない笑顔で報告してくれたカケルは、きっと今は、あの子と仲良く手を繋ぎながら、ひんやりとした芝生の上で、いまかいまかとその時を待っていることでしょう。
僕は一人、部屋にいます。そよ風が涼しい、夏の宵。
薄暗い部屋で、読みなれた小説のページを繰っていると、
どーん
ど、どーん
数キロ先から、低い響き。姿は見えない。ただ、空気の震動だけが伝わってきます。
僕にはその花火の音が、傍にいたはずのカケルが、遥か遠く、手の届かない所に行ってしまった報知の如く聞こえました。
どーん
どん、どーん
僕は目をつむりながら、静かに、その響きを味わうように聞いていました。