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  3.ミッション・コンプリート   

 リオルとジーンは森を徘徊(はいかい)していた。はぐれた仲間を探しているのだがこのままだと二重遭難になりそうな勢いだ。

 念のため道やその周りに目印を残してフィルに伝わるようにしているが一向に巡り会えない。はぐれてから結構な時間が経つ、モンスターと遭遇していてもおかしくない、何度かエンカウントしていてもお釣りが来るレベルだ。リオルとジーンも探している間に散々な目にあった。

「あいついねえな。低級モンスターが出るとこまで来たのに影も形もないぜ。ひょっとして跡形もなくなってんのか」

「それだとバジられたってよりもニプラムで消し飛ばされたって感じじゃない。もっと奥まで飛ばされたのかも」

「そんな奥まで飛ばされていたら不味いな。服とか破けていてもおかしくない。破けてなくても形崩れを起こしているかもしれん。そうなったらまたしてもケイトの怒りががが」

「色んな意味で形無しね」

 二人揃ってため息をつく。モンスターを呼び寄せることも承知で大声を出し呼びかけたりもしているが声は返ってこない。

 ひたすら森を奥の方へと進んでいると前方から発光する小さな物体が飛んできた。リオルとジーンの方へと近寄ってくる。正体はすぐに分かったフィルの使い魔だ。

「リオルさーん、ジーンさーん」

「ヴェレではないか! 服は……じゃないフィルはどうした、無事か?」

「はい大丈夫ですよ。すぐ近くまで来ています」

「そうか無事か、良かった」

 安否が分かり大事は去ったことでジーンは胸を撫で下ろす。

「早速案内してヴェレちゃん」

「お任せを。こっちです」

 水先案内人として使い魔が先導する。ようやく尋ね人の捜索が終わりそうだ。



 使い魔が案内した先に見知った姿があった。その隣に見知らぬ姿もあった。

 捜索活動からの開放感からかリオルとジーンは思わず走り出す。

「マスターさん、いましたよー」

「え!? うそん!? もう見つかったのん」

 フィルもリオルとジーンの存在に気付き駆け寄る。感動の再会だ、煌輝彩虹空間(キラキラくうかん)に突入してもなんら不思議ではない。

「無事であったかフィル」

「ああ、なんとかな。結構危なかったけどね」

「良かった。90割型あきらめかけていたわ」

「あきらめ過ぎじゃね!? いやでも心配かけたな。すまなかった、そしてサンキューな。あとヴェレもありがとうね。助かった超助かった極超助かっためっちゃ感謝してる」

 不自然なくらい使い魔を褒めちぎる。清々しいほどにいい加減な褒め方だが使い魔はとても嬉しそうだ。自分の主に似ておつむが弱いのかもしれない。

「ところでリオルはなぜ変身を?」

「これは驚いたはずみに変身をしてしまったの」

「ビックリして体が大きくなるとか、そんなお笑い芸人のリアクション感覚で変身できるのかよ」

「割りとお手軽に。実は変身の時、光を出さなくても変身できるわ」

「マジかよ。あの発光は虚飾(きょしょく)かよ。カッコいいし光ったほうが絶対良いって」

「私もそう思う。あとフィルから貰った木剣だけど驚いた時うっかり握りつぶしてしまったの。ごめんなさい」

「わぁお。賢くなったように見えて中身据え置きかよ。体は大人、頭脳は子供を地で行くとは。木剣は大丈夫だ。あともう一本家にある、帰ったら渡すよ」

 大人モードリオルは通常の3倍以上の戦闘力になるが頭の中はそのままだ。賢いのは口調だけ。

「ありがとう。助かるわ」

「それによく見ると服とか汚れたりボロったりしてるじゃないか。道中そんな激しい戦闘があったのか」

「いや戦闘はリオルのおかげでなんともなかった。だけど飛ばされたお前を探すために動物や植物から情報を得ようとして酷い目にあったのだ」

「お前らちょっとは学習しろよ」

「まあ再会できて何よりってこった。そんなことよりさっきから気になっているのだがお前の後ろにいる美しいお嬢さんはどなただ? 紹介してくれ、頼むぅ!」

 再会の喜びと変なテンションでここまで付き合ってくれた恩人のことを忘れていた。ラピスも若干困った顔をしている、あの会話に入り込めずにいたのだろう。と言うより入りたくなかったのかもしれない。

「紹介しよう。この御方はラピスさんといってオレがピンチのところを助けてくれた上にお前らと合流するのを手伝ってくださったのだ」

「紹介ありがとう。大体の経緯(いきさつ)はそんな感じね。無事見つかって良かったじゃないフィル」

「はい、ありがとうございます。この二人がさっき話していたジーンとリオルです」

 軽く紹介してもらったところでジーンが一歩前に出て自己紹介をはじめる。

「初めまして。私フィルの友人で名をジーンと申します。職業はヒーラーをやっております、どうぞお見知り置き下さい。フィルとは幼少からの付き合いでしてね、冒険者になろうと誓いあったのも遠き日の良き思ひ出。今はお互いに駆け出し冒険者として日々精進を重ね――」

「私はリオルと言います。戦士やってます。特技はスニークミッションです」

 リオルも自己紹介をする。ジーンの自己紹介をさえぎる形になったが中身は空っぽだったので特に支障はない。

「ええ、よろしく。ここからダンジョンの出口まで距離があるし、そこまで付き合いましょうか?」

 ラピスからさらなる協力の申し出。初級冒険者にはありがたい話だ、ジーンが速攻食いつく。

「はい! 是非お願いします! 何でしたらそのまま――」

「いえ、これ以上ご迷惑はかけられません。ここまで付き合ってもらっただけでも十分です」

 ジーンの口をふさぎフィルはラピスの申し出を断る。魅力的な申し出ではあるが最後まで頼りっきりでは冒険者の名折れだ。

「それにまだここでの目的を達成してないんです。それを達成しないことには家に帰れません」

 目的とは当然ロキソニーの花を手に入れること。手ぶらでおめおめと帰ったらケイトに何と言われることか分かったものではない。フィルはそれが一番怖い。

「花を摘むだけとはいえ、あまり無理しない方が良いと思うけど」

 森をまだうろつく以上はモンスターと遭遇する可能性もある。初級冒険者のパーティではこの辺りは危険だ。

「大丈夫です。低級モンスターくらいなら私一人でもなんとかなります。花さえ見つければすぐに撤退しますし危険は少ないと思いますよ」

 なんとも頼もしいリオルの言葉。フィルとは大違いだ。

「そこまで言うなら止めないけど。そうね、ちょっとガイドブックを貸してもらえる?」

「ガイドブックですか? かまいませんけど、それで何を?」

 フィルはガイドブックを手渡しながら質問をする。

「ロキソニーの花が咲いているポイントを教えてあげる。この辺りに咲いているはず」

 ラピスはガイドブックのマップに書き込み咲いているポイントを丸く囲って教える。実に分かりやすい、ポイントは数箇所ある、これならフィルたちでも見つけられそうだ。

「そろそろ行くわ。ここまで手助けして上げたんだからしっかり目的を達成して帰りなさい」

「なんとカッコいい。何から何までお世話に、この恩はいつか必ず返します」

「気にしなくていいわ。それじゃあね」

 別れの言葉を告げラピスは立ち去る。フィルはそのうしろ姿を見つめ声を上げて見送る。

「本当にありがとうございました。いつか一緒にクエストに行きましょう!」

 ラピスは振り向くことはないが手を振って応える。フィルたちはしばらくの間、無言で見送りやがて姿は見えなくなった。

「いい人だったね」

「ああ。それに凄腕の冒険者だった」

「さすがだぞフィル! あんな美人さんと知り合った上にクエストの約束まで取りつけるとは。俺たちの未来は明るいな」

「……そうね」

 味気ない返事をするフィル。別れの余韻(よいん)をぶち壊され一気に冷めた。ため息一つ、気を持ち直す。

「まあいい。花探しの続きをしよう。森の出口に向かいつつ教えてもらったポイントを当たって行けばその内見つかるはず」

 ラピスからの情報を頼りに花探しを再開する。マップに記されたポイントは道沿い、あるいは道の近くにあり探しやすそうだ。凄腕冒険者の細やかな配慮であろう、恩情あふれるにくい演出だ。



 現在地から最も近いポイントを手始めに目指す。この一帯はまだ低級モンスターが出現するエリアだ、警戒しつつ歩みをすすめるが視界不良の森の中ではモンスターをすべて避けるのは困難。遭遇戦は必死だが先頭を行くリオルがモンスターを片っ端から斬り捨てていくのでフィルとジーンはまともに戦闘することなく森を進んでいく、どこかで見た気がする光景だ。

「大人モードのリオルくっそ強いな。オレら何もやることなくね?」

「一撃でノックアウトしてるからダメージも受けてないし回復魔法も使う機会ないしな」

 まるで役立たずの二人は雑談しながらリオルの後をついて行く。これもどこかで見た気がする光景だ。フィルはどこで見た光景だったか思い出そうとする。

「ところでフィル、お前体調は大丈夫か? 採取クエとは思えんほどハードな内容になっちまっているが」

「大丈夫だ、問題ない。モンスターはリオルが一人でやっつけてくれてるし、さっきも合流するまでレイヴンさんが一人で……ああ、そうか。既視感の正体が分かった」

 さっきも今も先頭を行く者が襲いかかる敵を蹴散らしていた。

「どうした? 急に訳の分からんことつぶやいて」

「いやお前らとはぐれた時に助けてくれた冒険者、ラピスさんの他にもう一人いたんだ。野暮用(やぼよう)で途中で分かれたけど」

「ほう、もう一人とな。そちらの方も美人さんだったか?」

「ああ。すんごい美人だったぞ。性別は男だったけどな」

 男という単語を聞いた瞬間、ジーンの顔は劇画調のごとき渋い顔になった。

 フィルは思い返す。レイヴンという冒険者の強さを。目にも留まらぬ速さ、長大な太刀を悠然と振り回す怪力。どれをとっても凄腕冒険者と呼ぶに相応しかった。

 だが今目の前にいるリオルも常識外れの強さだ。子供のような見た目とは裏腹に片手で大剣を軽々ともてあそぶ程の豪腕。変身し戦闘力が増した状態ならいか程の強力無双になることか。そのパワーはきっとレイヴンにも引けを取らないだろう。

 そんなこと考えているとリオルがこちらを振り向く。

「あったよ。ロキソニーの花」

「マジかよ!?」

 茂みの向こうのすこし開けた場所に花が咲いている。間違いない目的の青いロキソニーの花だ。

「まさか最初のポイントで発見できるとはね。あっけない」

「いいじゃないか。クエストのキノコも全部集まっているし、お使い任務のロキソニーの花も見つかった。これで目出度くクエスト終了だ」

「それもそうだな。想定外の事態で時間はかかったが終わり良ければなんとやらだ」

 花を摘むためフィルとジーンが側に寄ろうとするがリオルが制止する。

「待って。この花なんだかおかしいわ」

「え? そうなの?」

「見たところ図鑑に載っているとおりの青いロキソニーの花だが、この花のどこが変なんだ」

「花自体におかしなところはないわ。変なのはそこに咲いていることよ」

「どういうことなんだ? 説明してくれリオル」

「レアな花って普通崖の上やその中腹に咲いているものじゃない。なのにこの花は平地に咲いている。どう考えても変よ」

 フィルとジーンはサンダガに撃たれたかのような衝撃を覚える。

「たしかにそうだ。こんな場所に平然と自生しているわけがない。まさかトラップか」

「あり得る話、危ないところだった。英雄コナンくんばりの名推理だなリオル。恐れ入ったぜ」

「でも困ったわね。せっかく見つけたのに罠である可能性が高いなんて。なんとか見極める方法はないのかしら」

「ふむ。ならば発想を逆転してみよう。崖の上に咲いていない、ではなく何故ここに咲いているのか」

 得意気な顔をするジーン。謎は全て解けたと言わんばかりだ。

「その顔、何か閃いたなジーン」

「そうさな。もしやこの花元々崖の上に咲いていたのではないか。それが地震や地割れで落ちてきてここに植わった。そうすれば全ての説明がつき罠である可能性もなくなるわけだ」

「その発想はなかったわ。ジーン、あなた頭いいわね」

「地震という自然現象であれば何もおかしくないな。では花を採っちゃおう」

 花を摘もうと伸ばした手が届く寸前、フィルの体が揺さぶられる。一瞬何が起こったのか分からなかったが体は揺れ続け地面から伝わってくるのですぐに理解できた。

「地震か!? 結構でかいぞ」

 全員身構える。揺れは次第に大きくなり途絶えるように鎮まった。

 体感的には長い間揺れていた気がするが治まってみればそうでもなかった。

「……止んだわね」

「ビックリしたなーもう。だけど驚いたぞジーン」

「何がだ?」

「地震の話をした途端、地震が起きた。まさかジーンに地震を引き起こす力があったなんてな」

「え!? あれジーンの力だったの? 凄くない」

「いや、全くの偶然だ。面妖なこともあるのものだな」

「なんだ偶然か。そいつは残念無念」

「まあ俺は地属性じゃなくて風属性だからな、もしくは光。そう簡単に地震は起こせんよ」

「風属性? その設定はじめて聞いたぞ」

「刻下とは往時。俺にとって今日の閃く識だとしても他者を介せば謂れ因縁にもなり得るものだ」

 勿体つけた言い回しをしているが内容は特にない。

「さすがねジーン。実に分かりやすいわ」

 リオルにはすぐに理解できたようだ。

「ようするに今思い付いたってことだろう」

「そうとも言う。お前の属性は水っぽいな」

「オレは水か。それじゃあリオルは炎かな。それとも髪の色に合わせて雷とか」

「炎と雷ね。悪くない」

「風が(ささや)いているな。嵐が近いのかもしれん。早く花を摘もうか」

「そうね。さっきは地震の話をしていたら地震が来たし、今度は嵐の話をしたから嵐が来るかもしれないわね」

 何気ないリオルの言葉にフィルとジーンは肝が冷える。嘘から出た真ということもある、現に今し方地面が大きく揺れた。

「そうだな、さっさと採ってさっさと帰ろう」

 花を摘んだあとは逃げるようにその場を三人は去っていった。



 ファンタージェスの森を抜けた先の湖畔。巨大なモンスターの亡骸が二つある。今となっては見るも残念な姿だがつい先程まで元気に暴れまわっていた。死因は鋭利な刃物による斬殺。犯人は亡骸のすぐ傍に立っている男。

 亡きものにしたのはレイヴンだ。戦闘を終えたばかりのようでまだ武器を手に持ち(はげ)しい殺気を(ほとばし)らせている。

「もう終わっていたのね。本気を出した兆候があったから急いで駆けつけて来たのだけど」

 人助けを終えたラピスが遅ればせながら到着した。

「一足遅かったな。楽しんでいたが途中から大型モンスターの2体目が現れおってな。遊ぶ余裕もなくなり少々本気を出した」

 戦闘態勢から通常状態に移行する。殺気もすっかり消え失せた。

逢魔香水(おうまこうすい)は処分したはずなのに随分なのが呼ばれてやって来たわね。どんだけ効果あるのよ、あのアイテム」

「どうやらさっき処分した時に使ったやつとは別の逢魔香水を落としていたようでね。それが原因だったみたいだ」

「そんな危険なもの落とすな!」

「上着のポケットに穴が空いてたみたいだ。この服、防御力低いからな。まあそれなりに遊べて楽しかったよ」

「こんな危険なモンスター相手に遊ぶ方がおかしい。また他の人が巻き込まれたら洒落になんないわよ。いっそのことモンスターに食べられた方がいい薬になったんじゃない」

「冷たいこと言うなよ。これでも周りに被害が出ないように気を配りながら戦っていたよ」

「それはご苦労様。あと貴方が途中で押し付けた新人なら無事仲間と合流できたわ」

「仲間は見つけられたか。ご苦労様」

 レイヴンは少し前に出会った初級冒険者のフィルのことを思い出す。騙されて飛ばされた先がレベルに見合わたい場所と運がない上に自ら危険に飛び込む。正確には転がり込んできたが。なんとも無謀な冒険者だったと。

「しかしあれは長生きしないな。身の程知らずは冒険者として致命的だ」

「そう? ある意味冒険者らしい冒険者だったと思うけど」

「理想の冒険者像は人それぞれか。少なくとも俺の理想ではないね。一緒のパーティとか絶対に組みたくないタイプ」

「散々な物言いね。いつか一緒にクエストに行きましょうって言ってたし聞いたら落ち込むわよ」

「そうか、だがあんな危険な真似をするバカ野郎はちょっとね」

「それじゃあもし、貴方があの子の立場だったらどうしたの?」

「無論同じことをするまでさ。当然のことじゃよ」

「さっき馬鹿って……」

「勘違いするな。人助けに冒険者は関係ない。誰かが困っていればモチベーション次第で助けるのが人の道だからね。さあクエストを続けようか。予定外の時間をくった、日付が変わる前には街に帰りたい。明日は用事があるんだ」

 時間が気になり始めたレイヴンは湖の対岸を目指し歩き始めた。

「誰のせいでこうなったんだか」

 魔香水の件といい人探しを押し付けられた事といい不平を鳴らしながらラピスはレイヴンの後をついて行く。



 リオルたちは街へ帰り着く。昼飯前には戻ってくる予定でいたが完全に昼を過ぎてしまった。

 冒険者ギルドに行くとすでにケイトが待っていた。あのようすから察するところ長時間待っていたことが分かる。冒険者でないケイトは本来ならこの場所に用はない。完全に無駄な時間を過ごさせたことになる。

「待たせたな妹よ。随分早いお越しのようだな」

 フィルはこの時間に戻ってくるのがさも当然のように振る舞う。

「おかえり。この場合随分遅く帰ってきたが正しいんだけど」

 ごまかせなかった。やはり長い時間ここで待たせてしまったようだ。

「じゃ俺はクエスト完了報告してくる。ついでに用を足してくる」

 上手いことジーンはその場から逃げおおせる。リオルは酒場に入って早々に飯を頼みに行ったためいない。席についてから注文を取ってほしかった。

「まま、些細(ささい)な事は気にしなくてもいいじゃあないかぁ。ほら約束した花もちゃんと採ってきたぞ」

 青いロキソニーの花を手渡しながら有耶無耶にすることを試みる。

「あ、本当に採ってきたんだ。青いロキソニーの花は珍しいから無理だと思ってた。ありがとう」

「そのくらい当然ですよ。ミッションコンプリート。あー、腹減った。飯にするかな」

 席について一息ついているとリオルとジーンもやってきた。

「やあケイトちゃんただいまー」

「お帰りなさい。何か注文しますか?」

「さっき頼んできたからだいじょうぶ」

 四人でテーブルを囲い談話をはじめる。内容は主に今日のクエストの話だ。

 クエストの話をしていると今日出会った冒険者のことをフィルは今一度思い返す。レイヴンとは途中で別れたせいで礼を言う機会がなかった。どこのギルドを活動拠点にしているのかも聞いていない。あのダンジョンで出会ったということはこの街を拠点にしているのは間違いないが、冒険者ギルドは複数存在する。ここのギルド以外を利用しているとまた会うのは難しいかもしれない。誰かあの二人の冒険者のことを知らないか聞いてみるとしよう。

 しばらく談話にふけっているとノエルたちもやってきた。高難度クエストに行くと言っていたわりには早いお帰りだ。

「待たせたな」

「誰も待ってない」

「おいおい、おかえりなさいくらい言ったらどうだ。挨拶は大事だぞ」

「おかえりなさい。そして帰りなさい」

 早々にガンを飛ばし合うジーンとノエル。

「まさか首を付けたまま帰ってくるとはな。空気の読めない奴め」

「たとえ様式美の崩壊になろうがフラグなんぞことごとく手折(たお)ってやるわ」

「なんなら今から俺がフラグを達成させてやろうか」

「なにしやがる!」

 ジーンとノエルはがっしりと組み合う。そしてそのまま睨み合い、いがみ合う。

 じゃれ合う二人を無視してリオルは大盾戦士とアーチャーに声をかける。

「おかえり。大盾持ちし戦士、略しておっさん。そしてアーチャん」

「どのみちおっさんかよ」

「あだ名アーチャんで確定か」

 こっちはこっちで談笑する。高難度クエストに行っていたせいか、かすり傷が至るところにある。だが大事なく帰って来れたようだ。ひょっとしたら本日一番の危険にさらされたのはフィルだったのかもしれない。

 フィルは他の面々を見つめながら物思いにふけっている。どうにも先程からレイヴンたちのことが脳裏に浮かんで離れないらしい。

 いつもなら騒々しいはずのフィルが今日はやけに大人しい。ケイトは普段とは違う様子の兄に気付き違和感を覚える。

「さっきから呆けてどうしたの? なにか悪いものでも拾い食いしたの」

「お前は兄を一体何だと思っているのかね」

「まさか体調が悪化したの。それなら今日はもう帰って寝たほうが。歯もちゃんと磨いてよ」

「オレは子供か。そうじゃなくて森で出会った冒険者のことを考えていたんだよ」

「さっきの話に出てきた、助けてくれた人たちのこと?」

「ああ、レイヴンさんとラピスさんっていうんだけどお礼をちゃんと言いたくてな。誰か知らないかなーって」

「そこで取っ組み合っている人たちに聞いてみたら?あの二人意外と情報通だったりするし」

「そうだな。ダメなら他の冒険者に尋ねてみればいいだけの話だしな。おーい、ジーン、ノエルちょっと良いか?」

「どうした?」

 取っ組み合いを止め席に着く二人。フィルは今日助けてもらった冒険者について話をはじめる。ジーンとノエルだけでなくリオルたちもその話に聞き入ることにする。だが食べる手は止めない。



 話を終えたところでレイヴンとラピスの二人の冒険者について何か知らないか尋ねる。

「うーん、ひょっとしたら知ってるかも。以前聞いた冒険者がそんな名前だった気がする」

 どうやらノエルには知った名だったらしい。だが記憶が曖昧な様子。

「マジかよ。知ってること教えてくれよ」

「待て、今思い出しているとこだ。ありふれた名前だしな。もうちょっと詳しい情報をくれ。使っていた武器とかどんな格好をしていたとか。特徴になるものを」

「特徴か。ラピスさんは女性でレイヴンさんは男性だったぞ」

「だろうね。それ以外で」

「えーと、ラピスさんはレイピア使ってたな。髪は深みのある青で冒険者っぽくない格好をしてたな。性格は真面目で少し厳しそうな感じがした。でもかなりの美人さんだったぞ」

「ほうほうレイピア使いね。男の方はどうだ」

「レイヴンさんの方は話にも登場した通り長大な太刀が特徴的だったね。長身で190以上はあったと思う。長髪で長いマントを羽織っていた。でも服装は独特だったな、見たこともない衣装だった。異国の服かもしれん」

 その特徴を聞いたジーンは閃く。あの人物しかいないと。

「長くでかい太刀を使い、長い髪に190cm~200mの高身長、それなんてセフィロス?」

「片翼の天使さんじゃねえよ。髪も黒かったし。性格もクールってよりマイペースって感じだったしなあ、不思議な雰囲気のある人だった」

「その通りだフィル。ラスボスさんじゃないぜその二人」

「思い出したか?」

「ああ。その二人少々名の知れた冒険者だ。まずラピスの方だが数年前からこの街で冒険者をやっている。ランクは上級冒険者だが実力は最上級冒険者にも匹敵するらしい」

「最上級冒険者クラスか。通りであれだけ強いわけだ」

「噂だが勇者の血を引いているって話だ」

「勇者の末裔(まつえい)!?」

「あくまで噂だ。あまりに強いからそう言った根も葉もない噂が出てきてるだけだと思うがな。ただ由緒正しい名家の出身らしいから何の根拠もない話って訳でもないとか」

「つまり真実は分からんってことか」

「そうなるな。レイヴンの方だけどな、強いが相当な変わり者でランクは中級冒険者らしい」

「中級? ウソだろ。絶対もっと強かったぞ」

「冒険者になってまだ半年くらいだってよ。冒険者ランクはギルドポイントで上がるからな、強さと見合ってなくても不思議じゃない」

「半年で中級冒険者になったって? 普通は1年くらいかかるだろ? 一体どんなやり方したらそんなハイペースでランクアップするんだよ」

「高ランクの冒険者のクエストに同行して上げていったらしい。実力自体は最上級冒険者超えと聞くからな」

「なるほど、その手があったか」

 旅団に所属している冒険者がよく使う手法だ。飛び級こそないが実力がある冒険者ならこの方法で一気にランクを上げられる。

「だがさっきも言ったように相当な変わり者だとか。一緒にクエストにいった冒険者の話によると振り回されることも結構あるらしい。そもそも他人と一緒にクエスト行くこと自体がレアケースでどこの旅団にも所属する気がないとか」

「へえー、じゃあレイヴンさんとラピスさんは同じ旅団やチームじゃないのか」

「じゃねーの。ラピスは自分のチーム持っているらしいし。レイヴンは色んな旅団から勧誘されているらしいけど断り続けているとか。あと自宅で夜な夜な奇っ怪な道具を用いて実験を行っているとかいないとか」

「なんだそりゃ? 自宅で夜な夜なナニやってるって?」

 自宅、夜というワードにジーンが反応する。

「知らねえよ。俺も人伝(ひとづて)に聞いただけだ。本当か嘘かも分かんねえよ」

「役に立たねえ奴だな。確実な情報だけを持ってこいよ」

「役立たずはテメエの方だろ。何一つ有益な情報持ってねえじゃんかよ」

 取っ組み合い第2ラウンドに突入する二人。

 そんな二人など意にも介さすフィルは胸のつっかえが取れたような表情に変わる。

「奇っ怪な道具で思い出した。アイテム名は分からんが武器を自由自在に出し入れできる不思議なポーチを持っていたぞリオル」

「へー、そうなんだ。四次元ポケットかな」

「いや、そうじゃなくて。ひょっとしてゴッズギフトなんじゃないのかそれ」

 ゴッズギフトという言葉を聞いたリオルも表情を変える。

「それほんと? フィル」

「確証はないよ。だけどそれ以外にもレアアイテム持っているってラピスさんが言っていたからその中にゴッズギフトがあっても不思議じゃないだろ」

「気になる情報だねフィル。そのレイヴンって人どこにいるの?」

「まー、それを知りたいからノエルに聞いていたわけだ」

「そっか。じゃあ今分かっているのはレイヴンって人は変人で強くてレアアイテムたくさん持ってて、一匹狼で夜な夜な変なことしている人なんだね」

「そうだけど言い方どうにかならんか」

「んでフィルはその冒険者が気になって気になってしょうがないんだよね? 恋する乙女みたいなものだよね?」

「恋焦がれてはないが憧れるな。なんてったってあの強さとカッコよさだ。興味あるね」

「私も興味あるよ。じゃあさフィル、その人仲間にしようよ」

「そうだな、仲間にするか……って今なんと?」

 思わずフィルは聞き返す。いつの間にかマウントを取ってノエルをボコボコにしていたジーンもリオルの言葉に反応する。

「レイヴンを仲間にしようよ。ついでにチームも結成しよう。きっと楽しいよ」

 予想外のリオルの発言にフィルはステータス異常「こおり」状態になってしまう。

 固まって動かない兄の代わりにケイトが代弁する。

「でもリオルさん、そのレイヴンさんって人は旅団やチームに所属する気がないんでしょう?」

「だからだよケイトちゃん。どこにも所属していないから何も考えずに仲間に誘えるんだよ」

「たしかに誘うだけならそうかも。でも新人から誘われて簡単にOKしてくれるとはとても」

「その時はその時。仲間にするのは無理でもどこでゴッズギフトを手に入れたとか、強さのヒケツはなんですかとか、聞いたら教えてくれるかもしれないしね」

「なるほど。それならダメ元で誘ってみる価値はありますね」

 ただの思い付きのようにみえて意外にもしっかり考えていた。

 フィルも状態異常を快復し会話に戻る。

「唐突過ぎてちょっと、いやすんげー驚いたがあの人を仲間に誘ってチーム結成か。悪くないオレは賛成するぞ。ジーンはどうだ?」

「反対する理由はないな。レイヴンさんの個性的なファッションには興味あるし」

 ジーンもレイヴンに興味を持ったようだ。ジーンもファッションにはかなりの拘りを持っている。一目拝んでみたくなったのかもしれない。

レイヴンとラピスを冒険者らしからぬ格好と言うがリオルたちも人のことは言えない。全員ほぼ防具を着けてないし、ジーンに至っては半裸だ。これこそ冒険者に似つかわしくない。

 それでも興味を持ってしまったものは仕方がない。行動あるのみだ。

「それじゃあ決まりだね。レイヴンを仲間にするぞー、えいえいおー!」

「おー!っしゃあー!」

 拳を突き上げるリオルにならい、フィルもジーンも気合を入れて拳を突き上げる。

 リオルの珍妙な言動にも慣れてきたと思っていたが、まだまだ想像の斜め上を行く言動をしてくれる。はじめて一緒に冒険をした時の面白さは今なお健在だ。

 レイヴンも風変わりという話。良いチームメイトになれるかもしれない。フィルとジーンもまた妙ちきりんな冒険者なのだから。

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