3話1.プレリュードからメインテーマへ
フィルは朝から懸案事項に頭を悩ませていた。
前回の狩り勝負から数日、ボロボロになった体も復活し今日からクエストを再開する。
回復魔法をかけてもらいその場を凌いだが、反動で体を休める必要があった。回復魔法は身体の治癒力を一時的に高めすぐに傷を治すことは出来るが過度な使用を行うとしばらくの間、治癒力が低下したり体が気怠くなるデメリットもある。
満身創痍で帰ってきたフィルを見てケイトは心配した。服もボロボロにしてしまったためケイトにかなり怒られた。クエストで負った傷は回復魔法である程度ふさがり服がボロっているのが目立ってしまったのだ。事情を説明するためにジーンとリオルにも同行してもらい解説役になってもらった。だが、それが逆に妹の逆鱗に触れた。クエスト中に口喧嘩しクエストを引っ掻き回したジーン、弁明の余地などなかった。フィルとジーン、小一時間は怒られた。
妹のご機嫌をとるために兄は特別クエストを引き受けた。
『ファンタージェスの森に咲く花』
対象:ファンタージェスの森に咲く青いロキソニーの花を一つ採取
依頼主:ケイト・F・フェリー
ロキソニーの花を使った治療薬を作るため、ファンタージェスの森まで取りに行ってこいよ。
フィル(兄) 代筆
ギルドを通した正式なものではなくケイトからの個人的依頼なのでお使い任務やサブクエストとでも言ったほうが正しい。お使いといってもたかしくんが八百屋さんに800ゴールド持って野菜を買いに行くのとは訳が違う。目的地は八百屋さんではなくモンスターが巣食うダンジョンだ、入手するのは野菜ではなく崖の上に咲いた花だ。
正式なクエストでないということは当然ギルドへの貢献にもならない。正直割に合わない。しからばお使いと同時進行できるクエストを受注して行くのが道理というもの。
ギルドの酒場でテーブルを囲みフィルはリオルとジーンに相談する。どのクエストが今回のお使いに最適かを。
「今回はお使い任務の完遂こそ最優先事項、ぶっちゃけクエストはオマケだ。諸賢らの忌憚なき意見を述べてくれ」
フィルが提案し会議が始まった。
「久々の作戦会議だな。今回は個人間の約束事とはいえ契約の不履行は万死に値するぞ。これ以上ケイトを怒らせてはいけない。御飯のお供程度のかるく摘めるクエストにすべきである」
ジーンがお使い任務の重要性を訴える。
「ああ、怒らせたらご飯のお供どころかご飯そのものが無くなる、晩飯抜きは嫌だ」
「べつにモンスターと戦う必要はないし同時にやりやすい薬草やキノコとかの採集クエストでいいんじゃないかなー。ついでに宝石でも採掘しておみやげにしたらよろこぶんじゃないの?」
リオルが妙案を出す。
「素晴らしい案である。ところで宝石ってそんな簡単に採れるのか?」
今まで戦闘クエストばかりだったせいで採集クエストの経験がなく、ジーンも宝石には詳しくはない。
「鉄鉱石とかモカライト鉱石とか掘ってればその内出るんじゃね」
ファンタージェスのガイドブックを読みながら楽観的にフィルが言う。鉄鉱石はともかく、モカライト鉱石は初級冒険者にはかなりレアだ。掘り当てる頃には宝石の原石くらい充分掘れているレベルだ。
「同じエリアの発掘ポイントから鉄や鋼、輝石や宝石が同時に掘れるとかその辺りの鉱脈ってどうなっているんだろうか」
「あと虫あみポイントもね。ロイヤルアカカブト、オウツノアゲハ、発光虫とかムシなら何でもとれるってすごいよね」
ジーンもリオルも採集の仕組みが気になっている。
「まあこの世界は宇宙の法則が乱れているからな、瑣末な問題だよ。そしてこのファンタージェスガイドブックによるとロキソニーの花を採るついでに発掘できそうなのはラピスラズリ、トリフェーン、ルベライトあたりだな」
「問題はケイトちゃんに宝石の原石をプレゼントしてよろこんでくれるかだよね」
「オレらの中には精製スキルが高い奴がいないからな。宝石の加工なんて無理ゲー」
「兄が苦労して手に入れた貴重品なんだ、きっと喜んでくれるさ。そうは思わんかフィル」
「どうだろうか。そもそもあいつが宝石好きかも分からんし」
「根本的な問題にぶつかったね。このままじゃ解決策がわからないままおわっちゃうよ」
「なにをして喜ぶか兄なら知っておくべきだったな」
「くっ、分からん。何をすれば妹は、ケイトは喜ぶのだ。何があいつの幸せなんだ。誰か私を導いてくれ。オレはどうすれば良いのだ」
「本人に聞けば良いんじゃないでしょうか」
眼の前にいるケイトが答える。さっきからずっと同じ席について会話を聞いていたから当然の反応だ。
「な、なんと。そ、そう来るか」
フィルは言葉をつまらせながらも続きを言う。
「つまり許して欲しければ宝石じゃなくオリハルコンでもとって来いと。そういう訳か」
「フィルこいつは不味いぜ。ケイトの怒りは有頂天だ」
「覚悟ヲ決メルシカナイヨ」
三人はケイトの言葉をご立腹と捉えたようだ。
「どう解釈したらそうなるのよ」
想定外の反応に言葉を返すケイト。
「そもそも花を摘んでくるように頼んだ覚えもないし」
「そうだっけ? この間クエストから帰ってきた日に許してほしければ花を取って来いって言わなかったっけ?」
「あれはロキソニーの花があれば本に載っている治療薬が作れるから助かるって言っただけ。取って来いなんて一言も言っていない」
「でもあれば薬が作れて助かるんだろ? その怒りも収まるんだろ?」
「別に怒ってない。あれば助かるのはそうだけど」
「そうだろう? 妹を助けるのは兄として当然の務め。なあにレアな花を摘むくらいモンスターを倒すことに比べれば楽勝よ。晩飯は豪勢にしてもいいのよ?」
「まあ花を摘みに行きたいならそれでいいけど。その方が身の丈にあっているし」
「身の丈にあったとか言うな! そんなもん俺は目指してぬぇ!」
妹が怒っているとか言っていたら自分が怒ってしまったでござる。
「はいはい、夢は大きく潔く。ていうかウザいから花を摘む方向でいいんじゃない」
ケイトは半ばあしらうように言う。
フィルは自分が普通だという自覚はあるが変なところでプライドがあったりして面倒くさい。身の丈にあった人生を送れだとか、身の丈にあった職につけというとプッツンするのだ。
いくら8ビットで常にメモリ不足の脳天でも花を摘むだけなら大した危険もないだろう。心配事が減るならそれに越したことはない。
ロキソニーの花は確かにレアだが店で購入できる、お値段はお高いが。
「ふう、おぐしが乱れたぜ。……よし、決まったな。リオル、ジーン今日のクエストは採集クエスト、キノコ狩りだ。ピッケルと虫あみも忘れるなよ」
みだれた髪を直しながら言うがどこを直したのかよく分からない。元から怪鳥のような鳥頭だろうに。二重の意味で鳥頭のフィルは採掘と虫取りまで同時にこなすつもりだ。取り過ぎてもポーチに入り切らない。採集クエストに不慣れだとこういったことをやりがちだ。何事も経験、やって学んでいくしかない。
「採集クエストか、初挑戦だな。虫取りなんて子供の頃以来だ」
「ちょっと楽しそうだよね。ところで私はタケノコ派だからクエストはキノコ狩りよりタケノコ狩りがいい……かな!?」
キノコとタケノコという言葉が飛び出したことでフィルとジーンの血相が変わった。
「リオルなんてことを! それを言ってしまったら戦争なんだぞ! この場にいる全員巻き込むんだぞ!」
「口は災いの元と言うが、戦いの意思を生む災いの言葉だ。分かっているのかリオル!?」
「タケノコ派とキノコ派、分かり合えないなら戦うしかないじゃない! 敵なんだよキノコ派は!」
タケノコかキノコか、少し口にした途端この有様だ。
リオルはもう後に引けない。フィルもジーンもタケノコが、キノコが、好きだと叫びたい。いや、キノコはどうでもいい。しかし口にしたら戦争だ、それだけは避けなければいけない。ケイトも何か言いたそうだがこんな争いに参加したくないと水を飲み言葉と一緒に飲み込む。
「ようお前ら朝っぱらから何騒いでんだ」
いつ開戦するか分からない空気が漂っている時にノエルがやってきた。
フィルとジーンは途端にテンションが下がる。朝からこんな奴と絡みたくない、この話題はもう終わらせよう。
「やあ、おはよー。えーと誰だっけ?」
三日も経てば相手の顔も名前も忘れるリオル。
「覚えてねーのかよ。ノエルだ、この間クエストで勝負しただろ」
「あー、おもいだした。元気ー?」
「見ての通り元気だ。もう忘れるなよ。ところで何の話してたんだ?」
「キノコタケノコ戦争が始まりそうだったんだけど、なんかもう終わった。だから今からキノコ狩り」
戦争は始まる前に終わった。クエストの話に戻る。
「キノタケ戦争か。それなら俺は断然、タケノ――」
「おっとそれ以上いけない!」
フィルとジーンがすかさず止めに入る。だが不幸にもフィルの突き出した手は拳の形になりノエルの鳩尾に入る、ジーンの蹴りはなぜか急所にヒットした。たまらずノエルは崩れ落ち泡吹いて悶絶する。
「すんでのところで事なきを得たものを……貴様! 一人で戦争でもおっぱじめるつもりか!」
ジーンはまくし立てる。
「全くだ! タキノコ戦争だと!? あんなの戦争じゃねーよ、一方的な虐殺だろ!? ビアンカ派とフローラ派の対立並みに分が悪いわ。フローラ選ぶやつは鬼か? 悪魔か? そんなに魔女狩りにあいたいのか!?」
タケノコ派フィルにとってフローラ派には人権はないようだ。争いたくはないが仕方ない、悪魔は火刑に処す。
「せめてエアリスかティファか、ヒトカゲかゼニガメかくらいには接戦じゃないとね」
リオルも参戦する。新たな火種も蒔かれたが燃え上がる前にケイトがクエストの話をふる。
「それじゃあ今日のクエストはキノコ狩りでお願いしますね。タケノコ狩りではなく」
「え? まあそのつもりだったけど。つーかどっちでも良いけど」
キノコでもタケノコでもどちらでもいい、フィルはなんでもかまわない。
「ではぜひキノコ狩りで。はい決定」
ケイトの一言で本日のクエストはキノコ狩りに確定した。
クエストとキノコタケノコの話をしている間に悶絶していたノエルも復活し立ち上がる。
「相変わらずくだらない話で盛り上がっているな。冒険者ならクエストの話で盛り上げれよ」
鳩尾と急所をさすりながらノエルが早速煽りだす。狙いは当然ジーンだ。
「クエストの話に戻ったところをお前が逸らしたんだろうが」
「ええっ!? キノコ狩り!? それがクエスト!? これだから初級者は。俺だったら恥ずかしくてそんなクエスト行けないね」
「ウゼー野郎だな、お前も初級者じゃろがい。今回の俺達はインターバルなんだよ。てか、そういうお前はどうなんだ? どんなクエストに行くんだよ」
「ふふん。今日の俺達は知り合いの旅団と共同クエストだ。中々の高難度クエストだから経験値たんまり稼げるぜ。羨ましいか?」
「いや、別に」
「そうか羨ましいか。なんだったらお前達も連れて行ってやってもいいだんぜ。キノコなんて採ってても仕方ないだろ」
「いや、別に」
一応クエストの誘いなんだろう、ジーンは完全に流しているが。今回はクエストよりお使いの方が優先、フィルがそのことを説明する。
「今回はお使い任務が最優先でクエストはそのついでなんだ。だから今回はパスな」
「分かったらもう消えろよ。ついでにお前の出番は今回で終わりだ」
「終わらねえよ、消えねよ」
「どうかな? 今回で3話目じゃん? お前今から高難度クエスト行くじゃん? しっかりフラグ立ててんじゃん? 3話目の法則。だろ」
「おいバカやめろ。マジでなったらどうする」
「短い出番だったな。お前は3話目で終わりだから。今後一切おめーの出番も席もねぇから、回想シーンにも出ねぇから」
「本当に性格わりーな!」
「うるさいやつだな。俺達はキノコ狩りに行かなきゃなんねーんだよ、お前にかまってる暇はない」
「なんでそんなにキノコに拘るんだよ! そんなクエストどうでも良いだろ」
「キノコはどうでも良いがお使い任務の花を摘む方はどうでも良くないんだよ。兄の沽券(こけん」に関わることだ、なあフィル」
「おう。妹の依頼一つ簡単にこなせんようでは兄として冒険者としての面子を保てんからね」
事情をフィルが話したことでノエルが事態を理解した。
「なに!? それはつまり今回の花摘みの依頼人はケイトちゃんと言うことか?」
「そうだけど。クエストよりお使い優先ってさっきから言ってんじゃん」
人の話はちゃんと聞けと言わんばかりの物言いをするフィル。
「なるほど。そういう事情があったのか。仕方ないこの俺も手を貸そう」
「はあ? 何言ってんだこいつ。いいからお前はさっさと自分のクエに行けよ。ほら仲間がお迎えに来たぞ」
向こうから歩いてくる大盾戦士とアーチャーに気付きジーンは仲間の元へ戻るように促す。
「やあおっさん、アーチャん。おはよう」
「同い年だ。体はもういいのか?」
「ああ、今日から復帰だ。と言っても今日のところは採集クエストで体慣らしだけどね」
「うんうん、その方が良いよ。無理は禁物だからね」
「体調が万全なら一緒にクエストでもと思ったが、今回は高難度クエストに行く予定だからな。以前からの先約だから無下にもできんし。また今度共にやるとしよう」
今日から復帰するといっても傷はまだ完治していない。今回は無理できないので激しいクエストはまたの機会にすることなどを談話する。
「今日のクエストなんだが俺はフィルの加勢をするぜ。病み上がりで心配だしな。そっちの方は任せる」
ノエルはフィルのクエストに参加すると言い出す。先約はどうした。
「お前は何を言い出すんだ? 病み上がりだから採集クエストを選ぶんだろう」
「大体うちのチームと向こうの旅団とで共同クエストは君が取り付けた約束だろう。言い出しっぺが不在でどうする」
「いいから早くフラグ回収してこいよ」
チームメンバーから総スカンを受けるノエル。ついでにジーンも参加して煽る。
「ま、待ってくれ! 友を助けるのは人として当然のこと。そして助け合うのは冒険者として当然ではなかろうか!?」
「だったらまずチームメイトを助けないとな。ほら行くぞ」
大盾戦士がノエルを掴み引きずっていく。ノエルは最後の抵抗を試み喚く。
「や、やめろ。俺はキノコを、花を摘みに行くのだ。離してぇ」
「はいはい、トイレならクエストに行く前に済ませておいてね」
「お疲れっしたー」
引きずられ立ち去っていくノエルと仲間たちをハンカチを振りながらジーンは見送る。
「一体何しに来たんだあいつ」
「コントでもやりに来たんだろう」
「おもしろかったねー。それじゃあ私たちもクエストに行こう」
「そうだな」
リオルたちもクエストに行くために席を立つ。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
「心配するな、ただの採集クエストだ。危険は一切ない! 途中で大型モンスターが乱入したり、キノコや花の正体が実はビオランテだったりしない限りイレギュラーはありえない」
そのセリフを聞いたケイトは一抹の不安を感じる。
「そーですね。ただの採集クエストですからね。それではよろしく頼みますリオルさん」
「うん、いいよー」
採集クエストでも頼れるはやはりリオル。クエストのキーマンとなり今日もクエストに旅立っていった。
『ファンタージェス』は地方都市アケルナルのすぐ近くにある超巨大ダンジョンだ。入り口の森が大半を占め、森を抜けた先に湖と湿地帯があり更にその先には古代樹の森が広がっている。
入口付近はモンスターが弱い上に数が少なく、奥に行けば行くほど強いモンスターが出現する分かりやすいダンジョンだ。その性質のおかげで初級者から上級者まで様々な冒険者が狩猟のスポットにしている。と言っても初級者でここを中心にクエストをこなすものはまずいない。ファンタージェスの入り口の森は迷いやすく間違って奥の方に進んでしまうとレベルの高いモンスターと遭遇してしまいかねない。本格的にここを狩場にするのは中級冒険者以上になってからが多い。
採集スポットとしても有益でここでしか入手できないものも多々ある。様々な物を一度に集めるのにも適している。図らずとも今回は採集目的に都合のいい形となった。
気を付けなければならないこともある。動物も他ではお目にかかれない珍しいものばかりで、無害な動物を人に害をなすモンスターと間違って倒してしまわないようにしなければいけない。逆に普通の動物や植物に見せかけたモンスターもいるのでこれまた注意を払わなければならない。
今回のクエストは普通とは一味違うクエストになるだろう。入念な準備を終えた三人はファンタージェスの入り口に到着した。
「ここがファンタージェスの入り口なんだね」
そういってリオルは辺りを見渡す。森の入り口近辺は柵で囲われゲートが作られている。ご丁寧にもゲートには「入口」とまで書いてある。さらにその近くには建物が建てられていた。それも一つではない、何軒かある。おまけに停留所まであり馬車が何台か停まっている。その馬車を利用しているのは冒険者じゃない一般人だ。よく見るとこの辺りにいる人間は一般人ばかりだ。冒険者の姿はほとんど見かけない。
「なにこれぇ」
とてもダンジョンの入り口とは思えない光景。まるで観光地か遊園地のそれだ。
「そうかリオルは知らなかったか。ここはアケルナルの観光地の一つだ。危険だから森の中には入れんが森に棲む珍しい動物がこの辺りまで出てきたりして人気の観光スポットになっている」
本当に観光地だった。たしかに建物の一つには観光商工ギルドと案内がある。
「入り口こそこんなだが中は立派なダンジョンだ。ほらそこに冒険者ギルドの簡易施設があるだろ。他にも道具屋なんかもあるからむしろダンジョン探索するには便利なんだぜ」
「そう言われるとそうかも。ところでフィルは? さっきから姿がみえないんだけど」
「あいつなら簡易ギルドに行ってるぜ。ファンタージェスに入る前に連絡しておけば緊急事態に陥った時に何かと便利だとか」
リオルが近辺の異様な光景に気を取られている間にフィルはギルドに向かったらしい。
「クエストの目的とかを伝えるだけだからすぐに戻ってくるだろう」
ジーンの言う通りフィルはすぐに戻ってきた。
「おまた。ギルドに連絡してきたぜ」
「ご苦労さん、じゃあ森に入ろうか」
「ああ、行こう。それからこのダンジョンは迷いやすいから無理は禁物だそうだ。特に初級者は。パーティが全滅したらネコんじゃさんでも簡単には救助に行けないらしいから不味いと判断したらすぐに引き返せってさ」
「なんか危険なかんじだね」
「採集クエストとはいえ油断大敵だな。特にフィルは無理をするなよ」
「お気遣いどうも。だけど大丈夫さ。花とキノコを採るだけで奥までは行かないしいくらなんでもパーティが全滅するようなことにはならないって。では、いざダンジョンへ」
森に入った三人は花とキノコを探しながら進むが入り口近辺には目ぼしい物はない。それはそうだ、スタート地点で採れるのならわざわざクエストで指定されない。モンスターが出現する辺りまで進む必要がある。
今回のクエストで採取する必要があるキノコはファンタージェスの特産品にもなっているファンタキノコだ。目標数は20本以上。大したクエストではないが受注したその日のうちに納品しなければクエスト失敗になる。山菜は鮮度が命。
観光地と化しているだけありしっかりとした道が続いている。道沿いにうっそうと生い茂る森の奥へ進んでいった。
「どのくらいすすめばいいの?」
「30分位歩けば大丈夫だろう。そしたら道からそれて目的のブツを探しはじめるか。だが気を付けろ、道が続いてる辺りまでは弱いモンスターしか出てこないが、道が無くなるあたりからそれなりにモンスターも強くなりはじめるらしいからな」
「そうだな。ガイドブックにもそう書かれている」
ガイドブックの情報を頼りに進んでいくと森に生えている草木の種類も増え、見たこともない珍しい植物が顔を出し始めた。
「ねえー、この植物のはっぱなんでひとの顔になってるのー?」
「人面草だからかな。表情も変化するらしいぞ」
「え、うそ。すごいね。めずらしいから持ってかえろうかな」
「人面草は引っこ抜いたら苦悶の表情のままで固まるらしいぞ」
「じゃあいらない」
さらに森の奥へと進む。今度は見たこともない珍しい動物を見かける。動物同士鳴き声でコミュニケーションを取っているようだ。見た目だけでなく鳴き声もかなり変わっている。
「ねえ、あの動物なんでしゃべってるの?」
「この森の動物は喋るらしいぞ。ついでに人面草にも喋るやつがいるらしい」
「え、なにそれすごい。てかこわい」
「ファンタージェスの森だからね。ガイドブックにもそう書かれている」
「ワンダーランドかな、ここは」
「ファンタジーも突き詰めると動物や植物が意思を持って動き出したり喋ったりするからな」
「そうそう。未来の世界から青ダヌキがやって来たり、鉄で出来た戦艦で宇宙の彼方まで旅立ったりね。ファンタジーだよな」
「それはSFっていうんじゃないの」
「ファンタジーに飛空艇は付き物だからな。ぎりファンタジーだろ。この世界にそんなものは存在しないけど」
「本や絵画の世界、空想の産物だな。よし、この辺で道から森の方へ入ろう」
それなりに奥へ進んだ所で採集クエストに取り掛かる。
「まずはお使い任務の花とクエスト対象のキノコからだな。今回は森での探索になるし迷ったりしないよう分散せずお互いの姿が見える範囲で探していこう。効率は悪いけど確実にね」
「うん、それがよさそうだねー」
「いい判断だ。初の採集クエスト、確実にやっていこうぜ」
三人は同じポイントで花とキノコを探しはじめる。
フィルはこういった事は得意のようで探しはじめて数分のうちにファンタキノコを7本見つけた。リオルも負けていない5本見つけた。ジーンは4本見つけたが全部毒キノコだった。
「今度はどうだ! これは毒キノコじゃないだろう」
「うん、それは毒キノコじゃないな。シビレタケだ」
「またか! なんで俺だけ」
「まあまあ毒キノコとかは調合で使えるし、とっておいて損はないんじゃない」
口をモゴモゴ動かしながら喋るリオル。キノコ狩りをしながら野草をつまんでいる。
「この調子ならクエストはすぐに達成できそうかな。問題は花の方だな」
キノコは集まってきたが花はまだ一つも発見できていない。今回の大本命は青いロキソニーの花だ。見つけられなければわざわざファンタージェスの森にまで来た意味がない。
「こっちにはない。リオル、ジーンそっちはどうだ」
「こっちにもないよー」
「俺の方もだ。この辺にはないのかもしれないな」
レアな花はそう簡単には見つからない。とにかく探して回るのが一番手っ取り早い。
ここでフィルは一つの方法を思いつく。
「喋る動物は近くにいないか、喋る植物でもいい」
「どうしたんだフィル。何を思いついた」
「モチはモチ屋。この森のことはこの森の動物たちに聞こう。花がどこに咲いているか知っているかもしれない」
「名案じゃないか。さっそく喋る動植物を探そう」
「ナイスアイデア! 人面草みたいな花ならさっきむこうでみかけたよ」
そう言ってリオルは人面花が生えていた場所に案内する。
「そこの青紫の葉がはえた木の下に人面花が咲いてたよ」
リオルが指差した先、そこに人面花は生えてない。代わりに白いうさぎのような生き物が木の幹にもたれ掛かって座っていた。
うさぎのようなその白い生き物はチョッキを着ている。緑茶をすすりくつろいでおり、少し腹がふくれているようにも見える。何か食べた後だろうか腹をさすっている。
「あー、食った食った。やはりニンジン面花は美味いウサねー」
どうやらニンジン面花と言うものを食べた後らしい。そしてリオルが見つけたという人面花はそこ咲いていない。
「なにあれぇ。花はどこぉ?」
「兎のモンスター、アルミラージとかなら角が生えてるはずだし謎動物だな。ていうかあいつが食っただろ花を」
「うわー、ツイてない。手がかりになるかもしれなかったのに……ってフィル?」
フィルはずかずかと前に出てうさぎのような生き物の前に立っていた。
「おいウサギ。ここに咲いていた人面花をどこやった」
「げえっ人間。やっべ」
思わず逃げようとするうさぎっぽいのをフィルは素速く掴み上げる。
「お前が食ったんかい。折角の手掛かりを台無しにしやがって」
「ひーっ、堪忍してつかあさい。あっしは好物のニンジン面花を食べただけなんすよー。ウサ」
「いいや、ダメだね! 許さん! なんだその取ってつけたような語尾は」
「おちついてフィル。暴力はいくない。無害の動物を狩っちゃうとバッシングがすごいよ」
下手に動物を狩ると動物愛護ギルドからの苦情が酷い。それ以上に色んな方面からの好感度が下がることになるだろう。
「知ってるかリオル。ウサギは害獣とも見なされるから駆除対象になっているんだぜ」
目がマジだ。うさぎっぽいのは悲鳴を上げて許しをこいている。
「だから落ち着けってフィル。たしかにそいつは人面花を食ったかもしれんが、そいつがロキソニーの花の在り処を知っているかもしれんぞ」
「花ですか? 知ってます知ってます。だから命だけはお助けをー。ウサ」
「だったら花のある場所を教えてもらおうか。どこに咲いているんだ?」
「分かりやした。お教えします。だからおろして下せえ。ウサ」
「ち、仕方ねーな」
フィルはうさぎっぽいのを地面におろしてやる。
「ふー、助かった」
うさぎっぽいのは身だしなみを直す。
「んで、どこなんだ?」
「へえ、旦那ちょっとお耳を拝借。近寄ってもらってよかですか?」
「ああ」
フィルは近付いてしゃがみ耳を傾ける。
「花はですね……バジルーラ!」
いきなり魔法を唱えられ、フィルは何処かへ飛ばされてしまった。
「ざまあみさらせ! 人間をだますのはたまらんのう、ウサ」
捨て台詞をはいてうさぎっぽいのは脱兎の如く逃げていった。
「やろー! やりがった!」
ジーンはうさぎっぽい奴のあとを追いかけようとするがフィルの行方を探すのが先決と思いとどまる。
バジルーラ。説明の必要などないくらいに有名な魔法だが説明させていただこう。バジルーラは相手をどこかへ飛ばしてしまう魔法だ。どこへ飛んでいくかは分からない完全にランダム。こちらが使うと経験値が貰えずイマイチだが、相手に使われるとパーティが分断される心底ウザい魔法だ。
「まずいぞ。じつにまずい。唯でさえあいつは病み上がりなのに。もしダンジョンの奥へ飛ばされたりモンスターハウスに飛ばされたりしたら危険だ」
慌てふためくジーン。緊急事態に焦り冷静さを失う。
「落ち着いてジーン。ここは森だからモンスターハウスはない」
ジーンを落ち着かせようとするリオル。一見冷静のように見えるが驚いた弾みで変身してしまっている。
「お前も落ち着け!」
「私なら大丈夫よ。焦ったせいで力んで木剣を握りつぶしてしまったけど」
荒ぶるリオル。全然大丈夫じゃないこのパーティ。
「落ち着け、まだあわわ、荒ぶる時間じゃない」
「と、とにかく急いでフィルを探しに行きましょう!」
「そうだな。魔法で飛ばされたのならあまり遠くには行ってないはずだ。目印を残しながら周囲を探そう」
リオルとジーンは何処かへ飛ばされたフィルを急いで探しに向かった。